36 閑話 レンカと計画
本日四話連続更新予定です。これは三話目。
レンカは頭を抱えていた。
つい先ほど、なぞのロリを抱えたイコマが古都に帰還して、こう言った。
「二週間後に一万人くらい生き埋めになっちゃいそうだから、古都に避難させたいんだけど、手伝ってもらってもいい!?
あとコレ、弱体化したダンジョンボス。投獄しといて!」
無茶苦茶である。
――いえ、喜ばしいことではあるのでしょうけれども。
単独行動が得意なイコマが、ナナを置いてダッシュで帰ってきたという。
行きは四日かかったところを、走り通しの強行軍で一昼夜。ロリという荷物を抱えて、である。
とにかく情報共有が最優先だと考えたらしい。加えて言えば。
「ほら、こういうときに頼りになるのってレンカちゃんでしょ?
だから甘えちゃおうかなって」
真正面からそんな風に言われると、レンカも乙女なので断れない。
疲労困憊のイコマはいったん休ませて、レンカが知恵を絞ることになった。
大阪は副都とすら言われた大都会。天変地異の影響を強く受け、死者の数も多かったはずだが、そうはいってももとより古都奈良の七倍近い人口が暮らしていた。
なにわダンジョンは生き残りが築いた街を集合させた巨大集落だった。
その人口は、解放後の古都ドウマンに匹敵する。
人口がいきなり二倍になるなんて、普通は考えられない。異常事態だった。
「……早急に受け入れ態勢を整えねばなりませんわね」
幸い、古都の面積自体は余裕がある。
平城京の推測人口は七万人以上ともされているし、急ピッチで都市の再開拓も進んでいる。
フジワラもメガソーラーを含む様々な電力関係機材を持ち帰ってくれる手はずだ。
食糧に関しては、カグヤがいる。古都ならば、受け入れられなくはないと結論した。
仕事も山ほどあるので、人手が増えること自体はありがたい。
だが、問題はどうやってダンジョンを脱出し、どうやって古都に来てもらうか、だ。
それまでどうやって生き延びてもらうか、と言い換えてもいい。
――まずはダンジョンから、とにかく住民を避難させる必要がありますの。
ダンジョンの外に出してしまえば、生き埋めの心配はなくなる。
しかし、いきなり古都に来られても困るし、まず不可能だ。
ゆえに、レンカは手順をこう決めた。
「古都から工兵隊を派遣して、大規模な難民キャンプを形成。
周辺のモンスターも狩って安全確保。
しばらくそちらで過ごしていただきつつ、古都への移住……あるいは、難民キャンプを起点にして大阪の再開拓に着手。
問題は、やはり物資ですわね」
なにわダンジョンの主たるユウギリは、古都近郊の刑務所に幽閉することにした。
明治時代に建てられたレンガ造りの刑務所だが、非力な少女を幽閉するだけならば、十分だろう。
見張りに人員が割かれたのは痛いが、必要経費だ。なにせ、竜の情報源である。
そのユウギリが言うには、大阪のモンスターは減っていくはずだという。
物資さえあれば、キャンプは可能だ。
そう、物資さえあれば。
――ないわけでは、ないのですけれど。
ある。より正確にいえば、生み出せるものがいる。
日用品であろうと食品であろうとキャンプ設営資材であろうと、元手と時間さえあれば無尽蔵に増やせる傑物が。
だが、一万人のキャンプを支えるとなれば、今までの比ではない
「……やはり、責任をとっていただくしかありませんわね」
ぼそりと呟き、机の上に置いた魔石を手に取る。
なにわダンジョンのドロップ品で、イコマから託されたものだ。
さっさと使ってしまえばよかったのに、わざわざレンカに確認を取るあたりに性格が出ている。
――『複製』をAランクに上げていただきます。そのうえで、少なくとも秋の収穫祭が終わるまでは、ひたすら勤しんでいただかねばならないでしょうね。
激務になるだろう。働きすぎないよう、目を光らせておかないといけないが、ちょっと働かせすぎないと間に合わない気がする。
古都、なにわ、両方合わせて二万人。東からも西からも、難民は流れてくる。
いずれ古都の人口は、カグヤの『農耕』でも養いきれない人数になるだろう。
――魔石か、あるいはイコマ様やカグヤ様レベルの人材が必要ですの。
やることは山積みだ。
執務室を出て、本部のすぐ隣に作った幹部居室に向かいながら、レンカは嘆息する。
――さすがは国造り。一筋縄ではいきませんの。人口が増えすぎる前に、統治機構を作らねばなりませんわね。
気合いを入れなおさねばならない。計画もいくつか前倒ししなくては。
レンカは木製ロッジ風の幹部居室に入り、イコマの部屋の扉をノックした。
またすぐに大阪に戻ってもらうことになるから、シャワーを浴びさせ、仮眠中であるはっずだ。
「イコマ様、いらっしゃいますの?」
「ひゃわっ!」
――なんですの、いまの声。
聞いたことのある声だ。
具体的には、この時間帯は畑仕事を終えて、普段なら書類仕事に勤しむ女性の声。
「ちょ、ちょっと待ってくれるっ?
すぐに片付けるよぅ!」
レンカは半目になって、『片付け』を待たずに扉を開けた。
ぐっすり眠るイコマのそばで、彼のジャージを着用したカグヤが固まっていた。
どうやら、寝ている間に洗濯前のイコマのジャージを着用し、いろいろと堪能していたらしい。
レンカは憤慨した。仕事をさぼって、まさか彼シャツを楽しんでいるとは。
「……なぜわたくしも呼んでくださらなかったのです?」
「え、その……えへへ。ちょっとひとりで楽しみたくて……」
気持ちはわかるが、欲望に正直すぎる。
というか。
「ほんものがいるのですから、ほんもので楽しめばよいではありませんか。
――ホンモノで楽しむ!? いやらしくていいですわね!」
そこで、もぞり、とイコマが動いた。
薄目をあけて、眠そうにレンカとカグヤを見た。口元をむにゃむにゃさせており、どう見ても寝ぼけている。
「……だめだよ、ナナちゃん……激しすぎ……むにゃ」
そう言って、イコマは再びベッドに突っ伏した。
レンカはカグヤと顔を見合わせて、黙ってベッドのそばに寄って座った。
「……どう思う?」
「ヤりましたわね。十中八九」
すん、とカグヤが真顔になって、眠るイコマを揺すった。
「にゃ、なんだよ……って、カグヤ先輩!?
なぜここに!? なぜ僕のジャージを着て!?」
「いっくん、正直に答えて。……ナナちゃんとは、どうだったの?」
混乱していた様子のイコマだったが、十秒ほど黙ってから、顔をぽっと赤らめて、シーツを握りしめて口元に寄せた。
「は、激しかった……です……」
「なるほど。よくわかったよぅ。
レンカちゃん、先に私の用事を済ませてもいいかな?」
「……仕方ありませんわねぇ」
結論からいうと、レンカがイコマに魔石を返したのは、数時間後のイコマの再出発直前になった。
やけにつやつやした顔のカグヤに見送られる、やけにげっそりした顔のイコマは、快晴の古都の空を見上げてこうつぶやいた。
「……ほんものの太陽って、黄いろかったんだなぁ」
――それは過度な疲労と睡眠不足で自律神経が乱れているからそう見えるだけですの。
とどのつまり、簡単にいえば。
「――いやらしい! いやらしいですわ、イコマ様!」
そういうことだ。
後片付けパートはシュンッて終わらせてしまう癖がある男です。
次回、二章最終回です。




