1 堕天の牙
ジラルドを追放した冒険者ギルド『栄光の剣』絡みのエピソードです。
次回からまたジラルド視点に戻ります。
「やれやれ、モンスターの襲撃を防ぎきれず、積み荷を根こそぎ奪われたとは、ね」
依頼主──とある商会の主人は馬鹿にしたようにため息をついた。
「最近、クエスト失敗が増えてるんだってぇ? 天下の『栄光の剣』も落ちぶれたもんだねぇ」
「も、申し訳ありません」
『栄光の剣』のギルドマスター、バルツは平謝りだった。
(くそっ、ちょっと前までは『ぜひ「栄光の剣」様に護衛の仕事をお願いしたいんですよ~。予約がいっぱいなのは知っていますが、うちとそちらの仲じゃないですか、お願いしますよ~。報酬にも色付けさせてもらいますから』なんて愛想を振りまいていたくせに!)
内心で毒づきつつ、表面上は愛想笑いを浮かべる。
黙って耐えるしかなかった。
「邪神大戦の英雄『黒き剣帝』が仲間たちと設立した冒険者ギルド──そんな栄光も地に落ちたもんだ。所属する冒険者は減る一方なんだろう?」
「い、いえ、そんな……」
「隠しても知っているよ。我々にだって横のつながりというものがあるんだ。仕事柄、優秀な冒険者ギルドの助けが必須だからね。各ギルドの情報には自然と詳しくなるのさ」
依頼主が笑う。
ただし、バルツを見る目はどこまでも冷たい。
最近はこういう目で見られることにも、すっかり慣れてしまった。
『栄光の剣』はもう駄目だ。
かつての戦力はない。
ここを得意先にするのはやめて、これからは別のギルドと──。
依頼主が何も言わずとも、視線がそう語っていた。
(これ以上、落ちぶれるわけにはいかない。『栄光の剣』は天下に有数の冒険者ギルドで、俺はそのマスターなんだ!)
背中がじっとりと汗ばむ。
「そういえば、最近すごい冒険者が出てきたそうじゃないか。なんでも──あの伝説の『黒き剣帝』が全盛期並みに活躍し始めたんだって?」
「えっ……?」
「昨日だったか、第二階位の堕天使を一瞬で倒したそうだよ。君らのギルドもそれくらいの活躍をしてくれたらいいんだが……まあ、今のメンバーじゃ無理か。ははは」
(ぐっ……)
バルツは拳を握り締めた。
屈辱で全身が震える。
少し前までは、立場は逆だった。
栄光の剣のクエスト達成率はトップクラス。
難度の高いクエストの依頼がひっきりなしで、かなり先まで予約が埋まるほど。
それらのクエストを、エースのヴェルナ・ロードをはじめとした精強な冒険者たちが高い成功率でこなしていき、ギルドの名声はさらに高まる──。
そんな好循環を繰り返していた。
(なぜ、こんなことになっているのだ……)
──その後もさんざん嫌味を言われた末に、バルツは追い出されるようにして商会を後にした。
「お困りのようですね、バルツ様」
帰り道、バルツは突然声をかけられた。
振り返ると、全部で十人ほどの冒険者が立っている。
「……なんだ、お前たちは」
全員十代や二十代のようだが、身にまとう気配は歴戦の猛者のそれだった。
(最低でもBランク……たぶんAも何人か混じっているな)
バルツは内心でつぶやいた。
冒険者のランクを示すペンダントを見るまでもない。
落ちぶれたとはいえ、バルツは名門ギルドのマスターである。
冒険者の力量を見抜く目には絶対の自信があった。
「我らは『堕天の牙』に所属する者です。私はメティスと申します」
リーダーらしき女が丁寧に一礼した。
褐色の肌に長い金髪の美女である。
楚々としながらも、匂い立つような色香を漂わせていた。
ごくり。
バルツは思わず生唾を飲みこむ。
「で、その『堕天の牙』が私になんの用だ?」
このあたりの有力なギルドの情報はすべて頭に入っている。
『堕天の牙』といえば、数か月前から勢力を伸ばしつつある中堅ギルドである。
なんでもAランクやBランクの腕利きが何人も新加入したんだとか。
「単刀直入に申しますね。ぶしつけながら──移籍のお願いに参りました」
「移籍?」
「我々は以前から『栄光の剣』に憧れておりました。冒険者ランクを上げ、いつかは『栄光の剣』のような名門ギルドに入りたい、と」
告げるメティス。
「そして今、私たちはいずれもAやBランクに到達しています。私を含めてAが7名、残りの3名はBです」
「ほう」
「一方で『栄光の剣』は最近、冒険者が少なからず離脱し、苦しい状況だとお聞きしました。微力ながら、私たちがその手助けをできれば……と」
「では、お前たちは全員『栄光の剣』に来てくれるというのか?」
バルツは思わず身を乗り出した。
Aランクが一気に7名、Bランクも3名が入ってくれるとなれば、大幅な戦力アップである。
エースのヴェルナたちが抜けた穴もかなり埋められる。
少なくとも、ここ数週間の成績急落をある程度食い止められるだろう。
「もちろん、『栄光の剣』ほどのギルドとなれば入会審査も厳正でしょう。私たちを認めていただけるなら、ですが──」
「認めるに決まっているだろう!」
バルツは即決した。
今は喉から手が出るほど人材が欲しい。
(……しかし、いくらなんでも都合がよすぎないか?)
頭の片隅に懸念が浮かぶものの、それを押し殺して、バルツはメティスたちに会釈した。
「歓迎するぞ、君たち全員を。ようこそ『栄光の剣』へ──」
※
「……少しくらいは警戒するかと思ったが、まったく疑いもせずに我らを迎え入れたか」
「これだから人間は短慮だというのだ」
「我ら邪神軍が地上に作る拠点の隠れ蓑として、お前のギルドを利用させてもらう」
「所属する冒険者はそれなりの数がいるようだから、下位の堕天使か聖獣、神操兵あたりの素材にでも使うとするか」
「今はせいぜい喜ぶがいい」
バルツに聞こえないよう、神術による通話でメティスたちが話していた。
そんな会話の内容など想像もしていないのだろう、バルツは機嫌よく鼻歌を歌っている──。





