レイナの正体
◇天央歴1027年 2月10日 アルメリア大陸西部 アウローラ王国 タリナ草原 高機動車 車内
少女──レイナを迎え入れたユウキの率いる偵察部隊は、一度本土に戻るために上陸した海岸に向かって車列を進めていた。
「寝ちゃったか。相当疲れていたみたいだな」
ユウキは後部座席で眠りにつくレイナの様子を見ながらそう言った。
「そうですね。魔獣に襲われたこともそうですが、あの様子だと誰かからも狙われていたようですし」
運転手である男──高梨兵長は、高機動車の運転を行いながらもユウキの言葉にそう相槌を打つ。
あんな姿で危険地帯を進んでいた為に当初は単に護衛とはぐれただけと考えていたユウキ達だったが、よくよく考えてみればタリナ草原周辺の道はある程度整備されている聞いているので、わざわざそんな危険地帯を通らなければならない時点で何かしらの存在に狙われているのは明らかだった。
(・・・そう言えば、昨日、王都に潜り込んでる別の偵察隊がこの国でクーデターが起きたとか言っていたな。それとなんか関係があるのかな?)
そんなことを考えていると、相変わらずユウキの膝の上に座っていたアカネがツンツンと指でユウキの肩口をつついてきた。
「どうしたの?」
「隊長さん。あの人、この国の女王だよ。前に見たことあるし」
「──は?」
ユウキにしか聞こえない小声でそう話したアカネだったが、当の本人はそれを聞いて間の抜けた声を出した。
当然だろう。
救助した女性がこの国の女王であることをいきなり告げられたのだから。
「まさか。確かに気品は有りそうだけど、見るからに十代の女の子だぞ?」
「他の大陸や隊長さんの国ではどうだか知らないけど、少なくともこの大陸ではあの年での女王や国王就任は珍しくないよ。と言うか、隊長さんだってそうじゃない」
「うっ」
そのアカネの指摘に言葉が詰まるユウキ。
そう、アカネはユウキがアウローラ王国の対岸に位置する超大国の長である事を知っている。
アカネを助けるついでに解放したものの、行き場所がなくて困っていた奴隷達を迎え入れる手続きをするために本国に戻ったことがあり、その際、アカネも連れていっていたからだ。
「ま、まあ。そう言われればそうなんだけどね」
だが、自分と彼女とでは事情が違う。
なにしろ、自分は成り行きで指導者になったわけだし、そもそも転生する際に元の年齢よりも若返っているために精神的には少年の年齢とは言えない。
しかし、そんなことを言うわけにもいかず、ユウキはそう言ってお茶を濁すしかなかった。
「変な隊長さん。まあ、良いよ。それより聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「もし私の推測通り、あの人が女王だったとして、隊長さんはあの人をどうするの?」
「どうするって・・・そりゃあ、本国に連れ帰って保護するしかないでしょ」
アカネの真剣な問いに対し、ユウキは少し考えた後にそう答える。
もしアカネの言うようにレイナが女王だった場合、真っ先に除外されるのはレイナを旗頭にしてアウローラ王国のクーデター政権を打倒するという選択肢だ。
このアウローラ王国は食料自給率が400~500パーセントと、食料面でかなり豊かな国と見込まれていることから6月までを目処にした軍事侵攻による占領が既に決定されている。
彼女を旗頭にすれば軍事侵攻という形を取らずとも良くなるのかもしれないし、長い目で見ればそれが正しいのだろう。
だが、現在のユウキ達は早期かつ確実に食料を手に入れる必要があり、その為には貴族という存在は非常に都合が悪い。
何故なら、彼らが居るとアウローラ王国からの食料供給に支障が出てしまう恐れがあるからだ。
これが人口数千万単位かつ国土が日本の何倍もある国であれば、統治のために彼らを利用せざるを得なかったのだろうが(もっとも、そんな統治に多大な手間が掛かるような国に侵攻したかどうかはかなり怪しいが)、アウローラ王国は人口200万かつ国土面積も30万平方キロメートルと、丁度日本の国土から北海道を引いたくらい。
こうなるとアウローラ王国の貴族を味方につけるメリットは正当性以外にはないし、もし彼らがアウローラ王国の事を気に入らないと駄々を捏ねれば、アウローラ王国からユウキ達の国に向けた食料輸出やそれに伴うインフラ整備に妨害を入れてくる可能性がある。
まあ、杞憂であるのかもしれないが、それでも万が一が食料の供給が遅れてしまえば、わざわざ軍隊を出動させてまでアウローラ王国の内情に関わった意味が無くなってしまう。
故に、ユウキは軍事侵攻という形を取って王族・貴族勢力を一掃し、完全に自分達で直接統治してアウローラ王国からの食料供給を強制的に行わせるつもりだったのだ。
・・・いっそ清々しいまでの侵略計画だったが、他に方法がない以上、ユウキはすぐに実行する腹積もりだった。
だからこそ、ユウキは彼女が国のために立ち上がるという選択肢を取られては困るのだ。
「俺たちにとって彼女がこの国に居られることは非常に困る。だから、本国で保護するのが一番なんだよ」
勿論、始末するのが一番手っ取り早くて確実なのは理解している。
だが、理解と納得は別であり、なんの罪もない彼女を殺したら後味が悪くなるのは確か。
甘いと言われようと、ユウキの頭には彼女を処分するという選択肢は存在しなかった。
「・・・隊長さんは優しいね。普通、そういう場合って利用するつもりが全く無いなら殺すと思うけど」
「甘いというのは否定しない。でも、不必要な殺戮はしないというのは俺の信条だからな」
「ふーん」
「・・・不満そうだな。もしかして、女王に恨みでも有るのか?」
「別にないよ。ただ、私が奴隷に墜とされたのに、自分は王族っていう高貴な身分のままなことに、色々と思うところがあるから。ああ、勿論、隊長さんの奴隷であることに不満がある訳じゃないけど」
「そっか。だが、それを言ったら、俺も一応は彼女と同じような立ち位置に居ると思うんだが?」
「うん。でも、隊長さんは私を助けてくれたでしょ?」
「あれは偶然だよ」
そう、全ては偶然だ。
そもそもアカネが助かったのは彼女が奴隷商人から逃げた先に偶々ユウキ達が居たからにすぎず、何かが違えば、レイナがアカネを助けていた未来も有ったかもしれない。
まあ、『歴史にifはない』とよく言われるように、アカネを助けたのがユウキであるというこの世界で起きた事実を曲げることは出来ないが、それでもそういう未来を辿る可能性は有ったのだ。
「だから、まあ・・・そう辛く当たるのは止めてあげてくれ。レイナだって俺達には分からないような苦労もしてきただろうしな。それに・・・レイナが本当に女王ならクーデターで帰る場所すら既になくなってる」
そう言いながらも、ユウキは内心で滑稽な話だと自嘲していた。
元々、クーデター騒ぎが有ろうが無かろうが、ユウキ達はこの国に軍事侵攻をする予定になっているのだ。
それを考えると、レイナが居場所と帰る場所を無くすのは時間の問題でしかなかったと言える。
「・・・分かったよ。確かに筋違いだと思うから、恨むのは止める。でも、多分、仲良くはできない」
「構わないよ」
ユウキはキッパリとそう言った。
実際、アカネがレイナの事をどう思うかは本人の自由だ。
まあ、流石に危害を加えようとしていたりすれば別だが、そうでない限りは悪感情を抱いていたとしても、ユウキになにかを言う資格は存在しない。
もっとも、アカネのレイナへの敵意もそれほど長くは続かないだろう。
なにしろ、アカネのレイナへの悪感情は肉親や親しい人間を殺されたとか、そういうはっきりとしたものではない。
故に、何かの切っ掛けがあれば簡単に変わっていくだろうし、そうでなくとも時間が勝手に解決していく可能性が高い。
ユウキはそう考え、今後の彼女らの関係改善に期待することにした。




