55話 伏せる月
一度は消え去った禍々しい魔力は再び体を覆い尽くす。
しかし、頭ならモヤがかかってる様子もなくクリアだ。初めてだったかもしれない。これまでも黒紅を振り続けてきたが想いに答えてくれたのは。
能力で強制的に力を使うのではなく、武器と対話でもしているかのような感覚に陥る。
こんな時ではあるが久しぶりだな、このゲームのような感覚は。
自身への強い殺意により『黒紅』は『黒紅ノ伏月』へと進化しました。
黒騎士は同じく黒剣を生成してこちらを攻撃しようと振り向くがそこに俺の姿はない。
黒騎士は背後に立たれていることにも気付かない。首が落とされても俺を認識することはできない。
まるで月が雲で隠れその存在を消すように、伏せるように誰も見ることは叶わない。
強力な認識阻害が新たなスキルとして追加されたからだ。
飛んでいた黒剣は黒騎士の消滅と共に消えていく。
何本骨が折れたから分からない、何箇所の筋肉が断裂してるから分からない、最後の力を振り絞って体を動かした。もはや意識を保つことはできなかった。
§
薄暗い家屋で男は見事にテロ攻撃が失敗していくのを眺めていた。
「くそっ!!」
机の上にあった地図や計画書を荒く払い床へ巻き散らす。
この日のために全てをかけてきた。金を払って傭兵を雇い、仮想空間技術を盗み、わざわざ街の外で問題を起こして実力者をできうる限り排除して、さらには諸刃の剣にもなりうるダンジョンの氾濫すらもプライドをかなぐり捨てて結構した。
にも関わらず仕掛けた魔法陣は一つも作動することなく破壊もしくは解除されている。
多くの同胞をこの戦いで失った。しかも幹部の一人は死亡、もう一人は重症だ。
どうしてこんなことになった。そもそもの対処が早すぎるのだ、あの魔法陣は相当な術式で秘匿されているはずなのにも関わらず初めから知ってるかのように実力者がそれぞれの地点へ向かっていた。
組織に内通者がいたというのか? いや、そんなことは重々承知で全ての魔法陣の座標を知っているのは私だけ……いや、すぐ横で人形のように控えているこのアスだけだ。
まさか……
部下の中では比較的歴は短いが最も成果を上げていたのがこのアスなのだ。
「アス、少し聞きたいことが」
「葉月様、お客様のようです」
男が問いかけようとしたところ、途中でアスに遮られる。
客だと!? こんなところになぜ?
ここは擬似ダンジョンの塔の最上段に位置している。まず見つかることはない。歴戦の冒険者達でさえ真下を通っても気づかなかったほどの隠遁の術が施されている。
ゆっくりと開かれた扉から現れたのはこの世のものとは思えないほどの妖艶さを漂わせる美女だった。葉月は何度もその顔を見たことがある。リーナと呼ばれるその女は今回の作戦における要注意人物の一人だからだ。しかし、目の前に存在しているのはまるで別人のようなオーラを放つ。
「なぜ、お前がここに? いやそもそもどうやってこの場所を」
リーナの後ろにアスは控え、恭しく一礼をする。
その姿はまさに完璧な主従関係だった。
「アス、やはりお前が裏切ったのだな」
葉月は机を強く叩いて額に血管が浮き出るほどの怒りをあらわにする。
「そういうことじゃ、大人しく死んでしまえ」
リーナはゴミを見るように葉月を見下す。
「それがお前の本当の正体ということか、化物め」
葉月はそういうと姿を消す。隠れ家を隠した強力な隠遁の術は葉月自らが発動していた。
もちろん自身にもその効果をかけることができる。机を叩いた時に発動させていたのだ。
認識外からの攻撃。これが幹部まで登り詰めた葉月の力だ。
§
皆月は病院のベッドの上で目を覚ました。左腕に重みを感じ、かすれる目で横を確認すると光月さんが座って寝ていた。
起きたことに気づいたのか光月さんも目を覚ました。
「皆月さん!! 目を覚ましたんですね、1週間も寝てたんですよ」
「光…月さん、無事でよかったです」
「こっちの台詞ですよ、良かった……ほんとに心配したんですよ……」
「すみません、助けないとと思って無我夢中で」
「無茶はしないでっていったのに……」
「すみません、状況はどうなってますか?」
「被害は大きかったですけど、もう大丈夫ですよ」
その言葉を聞いて安心したのか、全身の力が抜けて、激痛が走る。
「皆月さん、無理しないでください、全身ボロボロで動ける状態じゃないんですから」
「はい、安静にしときます、それにしてもお腹空きました」
「あぁ、1週間もまともに食べてないですからねすぐに用意させますね」
「ありがとうございます」
「そういえばここだけの話なんですが、今回の活躍で皆月さんの功績が認められてランク昇格の話が来てるみたいですよ。お祝いしなきゃですね」
カシャっと横のカーテンが開く。
「お嬢ちゃん、こっちまで聞こえとるぞ、まったくうるさくて叶わんわ」
……!?
「えっ……親方…なんで……」
そこには元気そうな親方の姿があった。
「あはは、ヤッホー柊夏、無事でよかったね、お二人さんが熱々すぎて出るタイミングを失ってたよ」
鈴のその発言で皆月と光月は顔を真っ赤にする。
病院での生活は続き、親方は俺よりも先に退院していって、もちろん武器を作り続けると言い残していった。
その後も冒険者やギルド職員など本当に色々な人達がお見舞いに来てくれて、さまざまな話をして笑いあった。
その中には燐の姿もあった。最初は人が変わりすぎて誰だか分からなかったが、いつのまにか随分と立派になったようだ。
命の危険に晒されて冒険者を引退していく人間は少なくない、賢明な判断だろう。
しかし、そんな選択肢は俺にはなかった。冒険者として未知の世界に足を踏み入れ、強敵と戦う。
危険は元々も覚悟の上なのだ。自殺願望があるわけではない。光月さんという帰るべき場所もできた。
それでも俺は今日も……
ダンジョンに潜って武器と戯れる。




