32話 ギルドマスター代理
「ハァ、全く……この忙しい時に勘弁してほしいよ、どうしてこう重なるんだ」
ギルドマスター室で肘をついてため息をつくのはこのギルドのトップでもあるギルドマスター本人ではなく、ギルドマスター代理を任せられている蔵井理人である。
そして愚痴を聞くのはツカサよりも少し若い20代前半の女性だ。
2人がギルドマスター室で何をしているのかというとギルド運営に携わる仕事をこなしている。
本来はギルドマスターがやるべきもののはずなのだが、どうにも現場の人間といった感じで事務作業はせずに現場へ出て行ってしまうためにこういうことになる。
そして副ギルドマスターはサポートが本職なのでとかいってギルドマスター代理としては動かない。
机には山積みの書類が溜まり、日々様々な案件が舞い込んできては面会に駆り出される。
多少の不満はあれど辞めてしまおうとは思ったことはない。
それなりの報酬も貰っているし、それにギルドで他の冒険者と関わるのは割と楽しいと思っていた……
今まではね……今はそんなものどうでも良くなるくらいに忙しい。
数年前からこのギルドマスター代理というよく分からない仕事をしているが、元々は友人達と一緒に冒険者をしていた、それなりに努力もしたが友人たちに遅れを取るようになってついて行けずに冒険を辞めた。友人たちからの激しい説得で引退ではなく休養中扱いとなっている。
この忙しさの原因はここ最近のテロリストの活動が活発になってることにある。
以前あった擬似ダンジョンやS級鍛治師襲撃などあったが全てテロ組織『ジュゼルバル』の介入が
確認されている。
結局は未だに何が目的だったのか謎のままだが、武闘会に乗じて何かをするのではと考えられている。
今名前の出た武闘会も忙しさの原因で毎年あるイベントだがギルド職員にとっての戦場ともいえるイベントだ。失敗は許されない。
「リヒトさん、ネットでも大々的に取り上げられてた雷龍vs雷帝の被害の苦情が来てますよ」
あー、もう最悪……
「それはナギサさんの管轄でしょ、ナギサさんに振っといてよ」
「魔法対策会議の出席催促が来てますがどうしますか?」
「ギルドマスターが参加すれば僕は必要ないでしょ、欠席にしといて」
「近々、不知火家の当主交代があるとの情報が入っていて、荒れそうなので人員を送って欲しいと要請が来ています」
「エンジュさんに自分のとこのケツは自分で拭いて下さい。周りには迷惑をかけないようにと伝えといて」
「とりあえずは緊急を要しそうなものは以上となります。できればご自身で確認された方がいいのでは……」
「悪いけどそんな暇はないよ。僕はエマを信じてるからエマが重要だと思うもの以外はほっといていいよ」
「分かりました……」
これがいつもの光景だった。上がってきた報告をエマが確認して重要そうなものをリヒトへ伝える。リヒトはそのほとんどを他者へと振り、自身では基本的に行動しない。
エマはリヒトに言われた通りに手配を進める。
エマは大学を出てそのままギルド職員となった。
ギルドに務めるのは一種のステータスであり、憧れでもある。それは事務仕事だったとしても変わることはない。
はじめに誘われた頃は本当に嬉しかったものだ。
しかし、その内容はリヒトの秘書として務めるというもの。
それ自体は別になんの問題もないが、問題はリヒトがあまりにも働かずに、1日のほとんどをこの部屋でダラダラと動画を見てお菓子を食べて過ごしていることにあった。
当初は疑問もあったが今は全面的にツカサを信頼している。
今でもリヒトの生活はそのような堕落したものだが、なぜかどれほどの難しい案件だったとしてもリヒトの言う通りに進めれば丸く収まり解決するからだ。
さらには問題が発生する前から何かを察知して動いているようなこともあり、失敗という失敗を見たことがない。
「エマ、アマンバードカンパニーってどうなってる? 何か動きはないかな」
「アマンバードカンパニーですね、今のところは聞いてないですが、何か気になる点でもありますか?」
「うーん、いや、別に気にしなくていいや、休憩してくれていいよ」
そしてリヒトは何かあったとしても心の内にしまい、外に情報を漏らさない。
エマは部屋を出てすぐにアマンバードカンパニーを調べさせる。リヒトがいうからには何かあるはずなのだ。
リヒトはエマがいなくなったことを確認して動画を見始める。
机を開けばお菓子の山々がストックされていて、飲み物も完備されているのだ。
しかも特注で作らせたこの机は魔法技術の細工が施され飲み物もキンキンに冷えている。
動画を見ながら、ネットでアマンバードカンパニーのホームページを確認する。
「なーんだ、新作はでてないか……」
ついつい独り言が漏れてしまう。
リヒトは魔法技術というものが大好きで武器や防具からこの机のような日用品まで魔法技術の施されたアイテムを集めるのが趣味なのである。
そしてアマンバードカンパニーといえばそういった技術でも相当に優れていて新作が出ないかと待ちわびているのだ。
もちろん色々な情報をネットで漁りなにか掘り出し物がないかをチェックする。
こうして書類の山は動くことなくギルドマスター代理の一日は終わる。




