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25話 お伽の国

 超高級レストラン『お伽の国』、前回光月さんとディナーに来たレストランよりも高層階に位置するこのレストランはまず店内に入った瞬間から別世界へ訪れたと気づくだろう。

 部屋の細部まで凝られた設計になっていて至る所に魔法技術が駆使されている。

 天井はまるで外にいるかのような星空が広がり、壁一面は完全ガラス張りで夜景が一望できる。

 まるで星海の中に浮いているような錯覚を覚える。

 楽団の奏でる音色は不思議と体の隅々まで響き渡り、一瞬で心地の良いリラックス状態へと誘う。

 周りにも数組のお客がいるが各テーブルごとに認識阻害の魔法が張られているので顔などは認識できないが最高峰の認識阻害なのか顔が分からなくても気にならない。

 さらに盗聴防止魔法も張られていて情報が漏れることはありえない。

 ここのレストランを訪れる人はそれだけ重要な人物が多いということである。


 もちろん金額の方も庶民には手の届かないほどの値段設定で俺には上級ダンジョンに潜れるようになったとはいえ、相当な背伸びをしてギリギリ1回が限界だ。

 しかし、天上人達からすれば安いものだ。

 なぜ安い金額で料理にサービスを提供しているのかというと、バックにお金が湯水のように湧いてくる方々がスポンサーについて他の方にも広めたいとこの値段設定でやっているらしい。


 じゃあ親族何世代かに渡って貯金すれば来れるのかというとそれは無理だ。

 このレストランは完全予約招待制を採用しているため認定された人物から招待された人間しか予約できないようになっている。

 俺がそんな天上人の知り合いといえばアマンバードの社長、天鳥さんしかいない。

 たまたま食事の話になった時にここを紹介してもらった。


「皆月さん、大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫ですよ、前払い制でもう支払いも済んでますから」


「いえ、お金のことじゃなくて……それも少しは気になりますが、今日のこと聞きました。結構危ない状態だったとかで、別の日にした方がよかったんじゃないでしょうか」


「あぁ、剛力さんとの試合ですか、仮想世界でのことなんで傷も戻ってるんで大丈夫ですよ」


「それなら良いんですが、あまり無茶しないでくださいね」


「はい、それにしても光月さん、ドレス似合ってますね、すごい綺麗です」


『お伽の国』にドレスコードはない、入店時に専用のスタッフがその人にあった衣装をセットアップしてくれるからだ。

 光月さんの着ているドレスは大人の妖艶さを漂わせる漆黒の生地でそれだけでも十分に綺麗だと思ったのにこの部屋に入ってさらに驚愕した。

 部屋に広がる星空をドレスが吸収したように漆黒の生地に光り輝く星々が映し出されていく。

 そのドレスは光り輝いて派手なはずなのに光月さんの美貌を際立たせ、決してドレスがメインになることはない。

 いつまでも見てられる……


「皆月さん、そんなに見られると恥ずかしいんですけど……」


「……っ!? すみません」


 コース料理が次々と運ばれてきて、そのどれもが絶品の品々だった。

 最上の調理の魔法使いによる料理がこれほどとはと舌鼓を打つ。

 魔法使いとは比喩でもなんでもなく、本当に魔法使いが魔法を使って調理をしているのだ。

 例えば火の魔法を使うことにより思い通りの火加減を実現していたり、氷の魔法を使えば瞬間冷凍したりと調理魔法という分野もあるくらいだ。

 ここのシェフのように成功すれば巨万の富を得ることもできるというわけだ。


 特にメインディッシュに出てきた竜尾(ドラゴンテール)のステーキは思い出しただけで頬が溶けそうだ。

 一般的にモンスターは食べることができない。なぜなら体内に多量の魔力を蓄えているからだ。

 その多量の魔力が食べる人によっては毒にもなるため調理にはその魔力を取り除く技術が必要になり特殊調理の資格が必要になる。

 得てしてモンスターの値段は一般流通する食材に比べると値段が高くなる。

 ではそこまでして食べる価値があるのかだが、魔力の通っていた食材は異常なほどに美味しい。

 そしてその通っている魔力が多ければ多いだけ美味くなる。


 俺も光月さんも満足して後はデザートを待つのみだったが事態は一変してしまう。

 それは光月さんの端末に一通の連絡が入ってから始まった。


「えっ!? そんな……」

 光月さんが端末を見て放心状態になっている。


「どうしたんですか?」


「青江さんが緊急入院したって……それとギルド職員は緊急招集って……」

 光月さんの言葉に現実が受け入れられない。

 事実確認のために鈴に連絡を入れるが返事がない。


「親方が……すぐに出ましょう、光月さんはギルドに行ってください。俺は工房に行ってみます」



§



 急いで来てみたが静かに佇む鍛治工房『青江』の姿はそこにはなかった。

 工房の周りでギルド職員に冒険者、警察が慌ただしく動き回っている。


「すみません、ここの工房にお世話になってる者です、通してくれませんか?」


「悪いけど今は立ち入り禁止なんだよね」

 工房を取り囲むようにバリケードをはる警察に話すが通してもらえそうにない。


「その人は関係者なので入れてあげてください」

 鈴が警察に事情を話し工房に入れてもらえた。

 中は想像以上に静かであまりにも静かすぎる。


「鈴、親方は?」


「病院に搬送された、とりあえず手術は終わって命に別状はないってさ、でもいつ目を覚ますか分からない……それで丁度着替えを取りに帰ってきたところに柊夏の姿が見えたから、一緒に病院行ってくれる」

 いつもは気丈な鈴が疲れ切っている。目元はさっきまで泣いていたのだろう、腫れている。


 病院について親方の様子を確認して鈴に詳しい話を聞いた。

 本当は事件の話なんてさせたくなかったがどうしても話したいと言われて俺は鈴が辛そうに話すのを静かに聞くことしかできなかった。


 強盗に入られ戦闘が起きて重度のダメージで意識不明になっているらしい。

 しかしながら、あの工房は警備体制は相当高く、親方自身も鍛治職人といえど全く戦えないわけではない。

 犯行はかなり緻密に計画されていたものらしい。

 そして犯人は未だに捕まっていない。


 ひと通り話してスッキリしたのか、鈴の表情もほんの少しマシになっている。


「弓の調子はどう?」


「凄く助けられてるよ」

 唐突に投げられた質問に答える。


「親父に聞いたけど相当修行したんだってね、弓なんだけど数日私に預けてくれないかな、改良するからさ」


「こんな時に何言ってんだよ!?」


「親父はメソメソしてる暇があるなら鉄でも打っとけっていうと思う。それに手を動かしてないと不安だから」

 その瞳には強い意志が宿っていた。



§



 工房には自分1人、今までなら隣には必ず父がいたが今はいない。

 静寂の中、翡翠弓『松風』と対面して瞑想に入る。自分にとっての初めての子供と言っていい。

 この後も数個作ったが一番の出来はこの子であり、自分の古くからの友人のために作ったとあって思い入れも強い。

 集中して耳を澄ませば空気の流れる音に魔火床(まほど)の火が呼吸する音も聞こえる。


 魔槌を振り下ろし鍛錬を始める。魔槌がリズムよく甲高い音を響かせる度に翡翠の色が深くなっていく。

 魔火床の特殊な火によって熱せられ形を変えた魔石を弓に流し込む。

 魔石とひとくちに言っても同じものなど存在しない。一つ一つに癖がありその癖を熟練の技で見抜き最適な状態で素材と融合させて武器とする。

 だいたいの鍛錬が終わると寝かす工程に入る。

 これによって融合させた魔力を馴染ませる。

 馴染んだ後は再び魔槌を打ってより強固にさせる作業もある。


 寝かせている間に間に弦を作る作業に取り掛かる。

 一見すると一本の糸に見えるが実は魔糸という特殊な素材が何十本も編まれて一本の糸を作っている。

 繊細で緻密な作業を手作業で器用に魔糸の一本一本を編んでいく。


 何時間編み続けただろうか、弦を作り終えた頃にはとっくに夜中を迎え、休憩を入れる。

 軽く小腹を満たしていると幼い自分と父との思い出が蘇る。


「お父さん、なんでお母さんが入院しているこんな時に仕事なんてしてるの?」

 母が体調を崩し入院していた。幼い私は知らなかったが余命僅かだったことを父は知っていた。


「俺が鍛治職人でこれしかないんだ。ただひたすらに打ち続けるしかない」

 父は泣きながら工房に篭り、ときどき母に会いに行っては目を腫らして帰ってきていた。

 母にそれを伝えると泣き虫なんだからと笑っていた。


 この時の父も今の私と同じ気持ちだったのかもしれない。

 己の無力感、自分には何もしてやれることがない。やれることといったら鉄を打つこと、か……

 不安を押しつぶすように武器と向き合う。


 ふぅ、作業に戻ろうかな。



§



 鈴が翡翠弓『松風』を持って行ってからも俺は病院にいた。


「皆月くん来てたんだね」


「天鳥さん、リーナさん、親方のお見舞いですか」


「あぁ、青江さんには随分と世話になったからね、本当はすぐにでも飛んで来たかったがちょっと面倒なことが起きていてね、それの対処に追われてて面倒だよ。元気そうだな、問題は意識だけか」


「そうです、いつ目覚めるか不明で……」


「大丈夫だよ、何があっても必ず治すし、こんなことしてくれた奴にもお礼はするよ、では悪いけどもう行くね、君も忙しくなる、気持ちを切り替えたまえ」

 かなり抑えてはいたけどそれでも殺気が漏れ出ていた。今まで一切気づかなかったがかなり強い。

 それよりも忙しくなるってなんのことだろうか?


 考えていると緊急連絡が入った。

 内容は冒険者ギルドへの招集依頼。



§



「セツラと七魔には事態の把握とあれの回収を任せる。俺たちは手を回してネズミ狩りをする、力を貸してくれ」


「もちろんだとも、久々に面白くなりそうじゃの」


「こんな舐めたことをして、ただでは済まさないぞ」


 天鳥とリーナを乗せた車がアマンバード本社へ向かっていたが街の外れで襲撃に遭い車が爆発する」


「ハァ、ネズミ狩りをやろうとするとこれだよ、向こうも狩られるとわかってるようだね」


「主よ広範囲に認識阻害の結界が張られたようじゃ」


 爆炎も車の部品も何故か天鳥とリーナを避けるように飛んでいき、無傷で立つ2人は爆発などなかったかのように会話をしていた。


 2人の前に3人の怪しい人影が立ち塞がった。

 そのうちの1人が車の運転手に声をかける。


「おい、無傷じゃねえかよ、失敗したな!!」


「いや、失敗じゃねぇよ、魔法かなんかで防いだみたいだな」


「秘書が風系の魔法使いだ、さっさと片付けろ」


「どうやら運転手もグルだったみたいだな」

 天鳥は焦る様子を一切見せない。


「社長さんよ、あんたの能力は分かってんだよ、使役系の能力だろ、残念だがここにはあんたご自慢の影法師はいないぜ」


「おい、そこの秘書、今すぐ投降して俺らの相手してくれんなら命は助けてやるぜ、アハハハッ」


「ふーん、やる気かよ、どうせ俺らの相手をすることには変わりねえけどな」


 4人のうちの1人が魔法を放ったが、やはり天鳥とリーナを避けるように後方へと逸れていった。


「おい何やってんだ!!」

 魔法が当たらないのを見た運転手はナイフで襲い掛かるが出した腕はあらぬ方向へと捻り曲がった。


「うぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「おい、何だよあれは話と違うぞ」

 焦りを隠せない3人の頬から汗が伝う。

 目の前の社長と秘書からは魔力をほとんど感じず強い気配もない。

 男たちの所属する暗殺ギルドの情報通りだったはずだ。

 だが結果は見ての通りで想定外のことが起きている。


「君たちの言った通り俺の能力は使役系で間違いない。ただ残念なことにリーナの情報が誤っていたようだ」


「バカな、何も感じないぞ」


「それは力の差がありすぎるからさ、親切がてらに教えてあげるよ、リーナの本当の力は空間を支配する能力だよ、風魔法なんてどこかの社長が流したデマだったってことさ」


「くっ……」

 暗殺者たちは天鳥とリーナにバレないよう暗号で会話をする。

(逃げるぞ!!)

(あいつはどうする?)

(あの怪我じゃ逃げれない、置いていくぞ)

(分かった、タイミングを見計らって目眩しの魔法を使う)


「ちなみにどうして君たちに本当のことを話したと思う? 話しても情報が外には漏れないと判断したからさ」


「今だ、やれ!!」


「リーナ、殺さないでね」


 目眩しの魔法が発動していない、横を見ると両腕が逆を向いている。

 すぐにやばいと判断し、背を向けて逃げようと一本を踏み出すと違和感を感じた。

 どうして前を向いて走ろうと踏み出したのにかかとが先に見えるんだ。


 想像を絶する痛みで気を失った。


「これじゃあ当分話は聞けそうにもないな」


「殺してはないぞ」


「まぁ、そうなんですけどね」


 天鳥とリーナは両腕、両足が捻れさらに腰から背中にかけても雑巾を絞ったようになっている肉の塊を見て笑みをこぼしながら会話をする。

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