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2-8 蒼銀


 かつてこの大陸で繰り広げられた戦争。そこで求められたのはより素早く、より効率よく、より圧倒的に敵を倒すための力だ。そしてその為の武器として魔導器が使用されることは必然だったと言える。

 だが敵も味方も魔導器を持つ以上、更なる力が必要となるのも当然とも言えた。その為に各陣営は魔導器を研究しより進化させていった。


「その一つがまあこれな訳ですよ」


 眼を見開き驚くノワの正面、ムヒスはゆっくりと起きあがる。それにつれその姿がより明らかになっていく。

 胴体の半分以上を覆う硬質の肌。金属を擦る様な音は先の衝撃で何かが干渉しているからか。左腕は生身であり血を流しているのに対し、右腕は硬質の腕が一部凹んでいるだけである。そんな腕を見て嘆息しつつムヒスは微笑んだ。


「人間と魔導器の融合実験。その最初期の産物で、実験自体は半分成功といった所でしょうか? 強固な肉体は得られましたが拒絶反応も中々に大きくてですね。結局こうして中途半端な体となったわけです」


 しかし、とムヒスは首を傾げた。


「驚かれるのは予想していましたがどうも妙ですね? まるでどこかで見た事ある様な眼だ」

《実際見てんだよつい最近》


 忌々しげに吐き捨てるラクードの言葉にノワも頷く。多少なりと様相は違えども、あの体の発想はラズバードの街で倒したサガと同じだと気づいたのだ。


《一つ訊く。お前にその処置を施した奴の名は覚えてるか?》

「ふむ? 処置を施したのは当時所属していた軍の研究者達なので複数名居ますよ。ですが計画の立案者なら覚えております。確かアズラルとかいう名だったかと」


 その名を聞いた瞬間、大剣であるラクードから大きな殺気が漏れる。それは握っているノワですら背筋が凍る程のものだった。


《なるほどなあ。あの野郎は随分と昔からくだらねえ実験やっていた訳か》

「ご存じなのですか?」

《ご存じも何もその変態クサれナルシストを追ってるんだよこっちは。ついでについ最近そいつが作ったお前の進化系みたいな奴を倒したところだしな》

「ほう、ではラズバードの街で暴れた化け物とはそれの事だったのですね。それは是非見て見たかった……」


 左程残念そうには見えずにムヒスが首を振る。その首元に先ほどまでは服により見え無かったきらりと光る物が見えた。ノワのペンダント型魔導器《霧風」だ。それにノワが反応した。


「それは私の!」

「ああこれでしょうか? そうだ丁度良かった。使い方が分からないので教えて頂けますか?」

「馬鹿にして!」


 ノワが大剣を握りムヒスへと距離を詰める。腰を落し腕を引く。柄を握りしめ足は前に。そして慣性と遠心力を加えた一撃をムヒスへと叩き込む。だが、


「なっ!?」

「左腕はやられましたが、右腕はこの通り頑丈でして」


 ノワが叩き込んだ一撃。ラクードの魔力によって重さの加えられた筈の一撃をムヒスは右腕一本で受け止めていた。


「ではお返しです」

「くっ!?」


 途端、下から感じる圧倒的な気配。咄嗟に背後に跳んだノワの目と鼻の先を、勢いよく振り上げられたムヒスの脚が通り過ぎていく。風圧により蒼銀の長髪がなびかせつつ着地したノワだがそこに間髪入れず光の鞭が襲いかかった。その余りにも早い連撃に回避が間に合わず、ノワの肩にそれが叩き込まれる。ノワの体が衝撃で弾かれ背後に転がる様にして倒れ込む。肩に走る激痛。だが思っていたより衝撃が弱かったのはラクードが咄嗟に魔力でシールドを張ったからだ。だがそれでもしばらく腕を動かせそうにない。


《ちいっ!」


 咄嗟にラクードが人間に戻り、そのノワの体を抱える。メルダ達から奪った身体強化の魔導器――これは指輪型だった――を叩いて起動。未だ癒えぬ体に力を籠め地面を蹴る。反動で全身に痛みが走りラクードの顔が歪む。それでも体を動かし木の陰に隠れるとそこに隠し置いていたメルダ達から借りた魔導器掴み、投げる。


「こいつでどうだ!」


 ラクードが投げたのは親指の先程の球体だ。数十個あるそれを飛礫の如く投げつけると、球体が光りそして球体同士をつなぐように光の線が走っていき、まるで網の様な形状となって迫りくるムヒスへと襲いかかった。


「面白い物を持っている!」


 光の網がムヒスを捉える寸前、大きく跳躍してそれが躱された。ちっ、と舌打ちしつつラクードがノワを抱えて更に下がる。そして別の木の陰に隠しておいた剣を手に取った。

 対ムヒス対策が何も小屋での奇襲だけではない。手数を増やすためにもメルダ達より奪った魔導器や武器をそこかしこに隠しているのだ。


「代われ!」

「すいません……っ」


 悔しそうに息を荒らげながらノワが応え、そして光に包まれ刀へと変身した。その柄を握り両手に武器を持ったラクードが構える。


「来いイロモノジジイ!」

「あなた方に言われたくはないですね!」


 そして二人が激突した。





 左手に握るノワが変化した刀。右腕にはメルダ達から奪った剣を手にムヒスへ迫る。一方、片腕を潰されながらも笑顔を絶やさないムヒスもそれに応戦する。


「わたくしのカワイソーな過去を発表したのですからもう少し反応しても良いと思うんですがね」

「タイヘンデシタネー」

「つれないですなあ!」


 ムヒスの光の鞭がしなり、横から叩き付ける様に襲いかかってくる。咄嗟に高く跳びそれを回避。そのまま距離を詰めると叩き付けるようにして刀を振り下ろす。だがムヒスも地を強く蹴ると跳びあがり、体を捻る様にして引き絞りそして蹴りでそれを迎え撃った。

 刀とムヒスの脚がぶつかり合い響く金属音。どうやら脚も胸部や腕と同じ様に特別性らしい。その事に歯噛みしつつ、ならばと右腕の剣を振り下ろす。狙うは生身が見えている首元だ。


「おおっと」


 殺意を乗せた一撃。だが傷の酷かった右腕は思った以上に力が入らずその速度は遅い。むしろたった一日で、骨折していた筈の腕で剣を握れること自体が異常なのだ。そんな弱々しい一撃はムヒスが首を傾ける事で容易く回避された。ちっ、と舌打ちし脚とぶつけ合っていた下端を引き戻しつつ着地。同じく着地したムヒス目掛けて刀の切っ先を向けた。


「動きを止めろ!」

《氷柱撃ち!》


 刀の周囲に光が溢れそしてそれが凝縮。先端を鋭利に尖らせた巨大な氷の塊が複数生成される。そして間髪入れずそれが凄まじい速度で射出された。


「む? これは面白い!」


 超高速で迫る巨大な氷の塊。当たればひとたまりもないそれに対してもムヒスは笑顔で鞭を振るう。鞭に捉えられた氷柱たちは砕け周囲に破片を撒き散らしていった。


「くそっ、どこまでデタラメなんだ!」


 全ての氷柱の迎撃を終えたムヒスが地を蹴り迫る。迫る鞭を刀で防御しながら毒づきつつ、後退。より木々が生い茂った場所へと移動していく。


「成程。木々の間隔が狭いここなら鞭は使いにくいと思ったのでしょうか?」


 追うムヒスはふむ、と頷きつつ躊躇いなくその中へと入ってきた。


「ですがそれは少々舐め過ぎですねえ。この《乱慟鞭》はその程度では防げませんよ?」


 ムヒスが右腕を掲げるとそこから伸びる光の鞭の様子が変わった。まるで生き物のように宙で光がくねると、突然その光が数本に分かれたのだ。その数は5本。そしてその5本の鞭からチリチリと放電が始まり次第にそれが大きくなっていく。音も段々と大きく、まるで金切声の様な耳障りな物へと変化していく。


「さあ、暴れなさい」


 その言葉を合図に5本の鞭が一斉に周囲に伸びた。それらはまるで生き物のように独自に動き、そしてその光を木々に叩き付けていく。それらが直撃した木々はいともたやすく砕け散っていく。


「うおお!?」


 容赦なく蹂躙を行う光の鞭は、当然木々の間を走るラクードにも迫る。咄嗟に体を投げ出し一際太い木の幹に隠れるが、その瞬間頭上を鞭が通り過ぎその木すら中ほどから容易く砕かれた。


「くそったれ!」


 木の陰から飛び出し地を這う様にして走る。どうせ隠れてもたいして意味が無い。それにここに逃げ込んだのは別にあの鞭の動きを止める為では無いのだ。

 砕けた木の破片。積もっていた雪が舞い視界が悪くなっていく。その中を全速力で走りムヒスへ迫る。あわよくばムヒスがこちらを見失ってくれていれば良かったがそうはいかないらしい。接近したこちらに気づいたムヒスが5本に分かれた鞭を一斉に振るう。

 顔を狙って正面に来た一本目を右腕の剣で弾く。だが力が上手く入らない為に衝撃で剣を手放してしまった。そこへ横から来た鞭がその剣を更に遠くへ弾き飛ばした。もはや回収する時間は無い。


「くれてやるっ!」


 剣を諦め更に前へ。頭上から振り落とされた三本目の鞭を前に体を投げ出し避ける。地面に左手を付き押し出す様にして更に前へ。そして残りの二本が辿り着く前にムヒスへとたどり着く。


「っらぁ!」


 腰だめに構えていた刀を振り抜く。強化された肉体から放たれた一撃はムヒスの右腕の手甲によって阻まれる。だがそれで止まらない。突進の勢いはそのままに体を押しこむ。


「まるで猛獣ですな!」

「なら喰われちまいな!」

《同感です!》


 果たしてノワのその同感はどちらに対してなのか非常に気になったが今は後だ。ムヒスが繰り出してきた蹴りを刀を引き戻しその腹で受ける。だが異常に強力な衝撃に体が宙を浮く。不味い。


「くっ!?」

「ほらほらほらほら! 行きますよ!」


 追う様にムヒスが跳躍。光の鞭を消した手甲に包まれた右腕での掌打を刀で受けつつ空中で睨み合った。


「どうしました? 動きが鈍くなってきましたよ? 強がりもここまでですかなあ!」

「いちいち癇に障るジジイだな!」


 互いの武器を弾きあい体が開く。そこへ叩き込まれた蹴りを防ぎ切れずラクードは雪が降り積もる地面に叩き付けられた。


「がはっ!?」


 落下の衝撃が全身に響き渡る。治りきっていない傷が燃える様に痛み、それに喘ぐ間に直ぐ隣にムヒスが着地した。


「貴方は面白いですねえ」

「何……?」


 すぐ横でこちらを見下ろし笑うムヒスの言葉に眉を顰める。


「ずっと感じていたのですよ。貴方のその口ぶりにはどうにも違和感……いえ、違いますね。『わざと悪ぶっている』ような印象があるのですよ」


 ふむ、とムヒスは顎に手を添えて考えている。


「そうしなければなら無いのか、それとも自分の本性を必死に隠しているのか。色々気になる所は有りますがまあ良いでしょう。後でじっくり聞かせてもらうとします」


 ムヒスの手甲に再度光が灯る。その光は伸びていきやがては鞭へと変化した。その腕を振り上げるムヒスを見返しながらラクードは笑った。


「二つ、言いたいことがある」

「む?」

「一つ。お前の言った事は知らねえな。勝手にそう思い込んでろ」

「あくまでその姿勢は崩さずですか。まあ良いでしょう」


 ムヒスが振り上げている光の鞭が重なり合い再び一本の太い鞭と化した。だがそれに構わずラクードは続ける。


「もう一つだ。お前は俺がここに来たのは鞭を阻害する為とか言ったな」

「ええ。実際そうなのでしょう?」

「それに対する答えだ。―――――馬―鹿」


 ムヒスが怪訝な顔になりそして気づいた。雪の上に落ちたラクードの右腕が先ほどからずっと雪の中にあった事を。そしてそこから勢いよく飛び出したラクードの右腕に握られていたのは数本の槍を束ねた塊だ。


「燃えちまいな!」


 身体強化のリソースを全て右腕に回し投げつけられたその槍はムヒスに直撃すると大きな炎を撒き散らした。


「むうううううう!?」


 いくら体が頑丈でも生身の部分もあるのだ。アレだけの熱量を与えられて無傷な訳が無い。ムヒスが怯んだ隙に跳ね起きると叫ぶ。


「傷は!?」

《大丈夫、行けます!》


 視線の先で炎に包まれながらもムヒスが右腕を横なぎに振るうのが見えた。

 咄嗟にラクードが取ったのは上へと刀を投げ付ける事だ。鎖で繋がれたそれは数メートル先の空中で止まると光に包まれノワへと変化する。そして今度はラクードの体が光に包まれ大剣へと変化した。そしてその柄に繋がっている鎖をノワが引き寄せその手に大剣を手にする。


「―――行きます!」


 こちらの通常ではありえない回避方法に炎に包まれながらムヒスが目を見開く。その腕は鞭を振るった態勢のまま。そこへ着地したノワが距離を詰め、今度こそとばかりに大剣を横なぎに振るった。


「むぅ!?」


 咄嗟にムヒスが体をのけぞらせ紙一重でそれを躱す。だが炎を切り裂き首元の直ぐ傍を通り抜けたノワの一撃は、ムヒスの首から下がっていたペンダント《霧風》を繋ぐチェーンを切り裂いた。


「器用な事をする!」


 驚きに目を見張りつつ交代するムヒス。その隙に宙に舞った《霧風》をノワが掴む。


「取り返しました!」

《喜んでねえでとっとと使え! 今は一つでも武器が欲しい!》


 はい! と頷きノワが《霧風》を握りしめその名を呼ぶ。


「《霧風》」


 光が広がりノワの姿が複雑な紋様が刻まれた蒼と白を基調とした法衣へと変わる。法衣の各所に埋め込まれた魔導器の核が淡く光り、その光はノワの蒼銀の髪に反射して幻想的な雰囲気を醸し出す。


「反撃開始です」


 姿を変えたノワが大剣を構え、跳んだ。





《その姿見て思うけどよ、あのジジイがそれ使えなくて良かったと真底思う》

「同感です……!」


 本当にと、心の底から同意しつつノワは右腕を振るった。法衣の手の甲部分に埋め込まれた魔導器の核が光りその力を発揮する

 

「《霧迷い》」


 光は周囲に撒き散らされそして敵の視覚を奪う。自身に纏わりつく炎を振り払っている内にこちらを見失い周囲を探るムヒスの背後に周り込むと大剣を上段から振り下ろす。


「これは怖い!」


 寸前の所でムヒスが気づき手甲で防がれた。間髪入れずラクードが重力波を展開。衝撃にムヒスの体が宙を浮く。そしてそれを追撃する様にノワも宙を飛んだ。


―――これ以上戦いを長引かせない。


 それが今のノワの第一目標だ。その理由は単純、ラクードの容体にあった。まだ完全に治っていないのに先程までの激しい動き。次第にその動きが鈍って行っているのがノワには分かっていた。ならば可能な限り早くこの場を終わらせなければなら無い。


「一気に行きます!」


 宙を浮くムヒスへ両手に握った大剣を振り上げる。ムヒスが咄嗟に脚でそれを受け止め、硬質な反響音が響く。だがこれで止まらない。


「《転天(てんてん)風蹴(かざけり)》」


 法衣が淡く光りそして埋め込まれた核の一つが起動。宙を飛ぶノワの足下に光が収束し、そしてそれを――蹴る。


「なんと!?」


 空中闊歩。いや、跳躍と言うべきか。宙に浮いたまま更にもう一段階跳んだノワのその動きにムヒスがあんぐりと口を開けた。そんなムヒスを跳び越え上を取ったノワが今度は大剣を振り落す。


「《天帝掌握》!」

《グラビティ―エラー!》


 大剣に光が溢れそれが更なる重さとなる。異常なまでに加重を加えられた刃をムヒスへと叩き込む。ムヒスも右腕でそれを防御するが、刃がぶつかった途端、凄まじい重力の波に押され地面へと叩き付けられた。それもその筈。今の攻撃は切るためでなく叩き付ける為の面の圧力を与えたからだ。

 地面へと叩き付けられたムヒスは雪を撒き散らしながらも直ぐに跳ね起きる。呆れた耐久力だ。だが自分とてこれで終わりでは無い。

 もう一度《転々・風蹴り》を発動。宙を蹴り地面へと急降下する。続いて右腕の甲にある核を起動。青白い火花が散りそれが大剣へと絡みつく様に広がっていく。《霧風》の魔導器の一つ《憑雷(ひょうらい)》だ。


《おぉ!?》


 その力を知らなかったラクードも若干驚く中、電光纏う大剣をムヒス目掛けて突き降ろす。


「次から次へと面白い!」


 跳ね起きていたムヒスが鞭を構えつつ体を捻る。紙一重でそれを躱すとお返しとばかりにその鞭を振るおうとする。だが、


「これで終わりです」


 躱され地面へと突き刺さった大剣。それが纏っていた電流が一気に周囲へと拡散した。それはムヒスとて例外でなく、至近距離でその直撃を受けた体が吹き飛ばされる。


「ぬぐう!?」


 初めてムヒスの顔が痛みに歪む。それだけでなく体に流れた電撃により体が痙攣しているのか、受け身一つ取れずに地面へ転がり落ちた。それでも動こうともがくムヒスの眼に大剣を掲げたノワの姿が写った。


「あなたがいくら頑丈でも、これを耐えられますか?」

《これだけ隙があるんだ。容赦なく全力で叩き込んでやる》


 ノワが掲げた大剣。その大剣が黒光を纏っていく。これまでで最大のそれはやがて大きく膨れあがる、本来の刀身の数倍の大きさの黒い光の刃と化した。空気が振動しうねりを上げる。まるで猛獣の唸り声のような重い音が周囲に響き渡っていく。

 その光景を見て、ムヒスの顔が引き攣った。


「ほんと、容赦がないですねえ」

「必要ありませんので」

《必要ねえからな》


 直後、ノワが大剣をムヒスへと振り下ろし、世界が割れるのではないかと言う轟音と衝撃が山に響き渡っていった。


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