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2-7 異端なもの

「まだ見つからないのか?」


 ボラル・マゴリーは不機嫌な顔を隠そうともせずに苛立ちを振りまいていた。その顔には包帯が巻かれており、時折痛そうに擦っては顔を歪めている。


「申し訳ありません。街の宿屋を当たってみましたがやはり発見できませんでした。ですが早々遠くに逃げたとも思えません。彼らの荷物は全てここにありますから」


 深く頭を下げて答えるムヒスの様子にふん、と鼻を鳴らす。ここは先程まで居たマゴリー家の屋敷。あの二人を拘束していた部屋は酷い有様なので比較的無事な部屋に現在は避難していた。


「日も落ちている為に中々骨が折れますので明日再び捜索いたします。それまでは屋敷の修理を」

「出来るのか? お前一人で?」

「お任せを。怠惰に怠惰を重ねて勘当されたボラル様ですがご両親の最後の情けで生活が苦にならない様にと言う事で派遣された私でございます。屋敷の修理から食事の調達まで。なんなりとご命令下さい」

「五月蝿い! お前はいちいち余計な事を言うな!」


 いちいち余計な事を連ねる執事に近くにあったティーカップを投げつけるがいともたやすく回避された事に尚更腹が立つ。だがムヒスの言う事は事実であり、そしてこの執事は自分では制御しきれない事は嫌と言うほど理解している。なのでその苛立ちを紛らわせるかのようにテーブルの上にあった物を手に取った。

 

「ならその万能執事とやら、これの使い方を教えろ」


 ボラルが手に取ったのは鍵の形をしたペンダント型の魔導器だ。見た事も無いタイプからも量産品では無い事は分かる。だがその使い方がいくら弄っても分からないのだ。因みにボラルの周りには他にもラクードとノワから奪った魔導器が転がっている。


「ふむ、あの少女が付けていた物ですね」


 ムヒスもそれを受け取りあちこちとあちこちと弄繰り回しているが結果は思わしくないらしい。それが面白く思えて意地の悪い笑みを浮かべる。


「どうした? なんでもできるんだろう?」

「ふむ、その挑発は心地いいですね。私、少し張り切って参りました……! ですがまずは屋敷の修理にとりかかりたいのでこれはお借りしても?」

「ふん、好きにしろ。どうせ使い方が分からんのだ。持っていても意味が無い」

「ありがとうございます。それでは行ってまいります」


 恭しく頭を下げて去っていくムヒスを鼻で笑うと、ボラルは他の奪った魔導器の吟味を始めるのだった。





「つまり、そのマゴリー家とやらの三男坊がどうしようもないクズというか生ゴミ的に役に立たなくて勘当されたと。だけど親の最後の良心でこの街に屋敷を与えられて馬鹿をしている。この認識で良いんだな?」

「ラクード、生ゴミには色々使い道もあるようですし不燃ゴミの方が正しいかもしれませんよ。……邪魔な意味で」

「なんか私が報告した内容より色々付け加えられてる気がするしどことなく不穏な気配を感じるけどもうそれでいいや」


 投げやりなメルダが頷く。そこに最初あった時の敵意は既に無く、『早くこいつ等いなくならねえかなぁ』という想いがひしひしと滲み出ていた。それにラクードは気づいていたがあえて無視して話を進める。


「街の様子は?」

「部下に調べさせたが今の所は特に何とも。最初はそのマゴリー家の執事……? 執事で良いんだよな? それとも用心棒かあれ?」

「知るか。それでどうなんだ」

「とにかくそのえーとムヒスとかいう執事がアンタら探してた様だけど一端諦めて帰ったみたいだよ」

「成程。しかし簡単に諦めたとは思えませんし、夜が明けたらまた探すのでしょうね……。所で貴方達はフロンノ街の近くにこうして拠点を構えている割には余りマゴリー家の事を知らない様ですが?」

「いちいちその街のお家事情まで調べてられるかい。それにこの街に来たはつい最近さ。ようやく拠点も構えてこれから本腰で仕事にかかろうとかと思ってたのに……」

「……言っておきますが強盗行為を続けるつもりなら私も容赦しませんよ」

「わーかってる。もういいんだ。私たちは生まれ変わる事にしたんだ……うん、本当にその方が良い。もう嫌だ……」


 何やら何かを思い出してガタガタと震えるメルダ。ラクードはふむ、と頷いてノワの方を見ると彼女は目を逸らした。


「余程のトラウマを植え付けたみたいだが」

「せ、正当防衛です! それより今はあのムヒスとかいう男の対策でしょう!」


 声が振るえているのは自分でもやり過ぎたと思っているのだろうか。その辺りをからかうのも面白そうだが、確かに今は対策の方が先なので諦める。


「どちらにしろあの変態執事がここを嗅ぎ付けるのも時間の問題だろ。だからそれまでに何か考える必要があるな」

「ええ。ですが正攻法は危険ですね。見つかるまでに傷が完全に癒えるとは思えませんし――」

「ちょ、ちょっと待て!?」


 二人の会話をメルダが慌てた様に遮った。


「ここがバレるってどういう事だい!?」

「そりゃそうだろ。街には居ない。外は雪で遠出も難しい上に標的は手負い。と言う事は街に居なくても近くに居る可能性が高いと考えるのが妥当だろ? そしたらあの野郎はこの周囲を調べ始める。そんな中で、最近この辺りに居座り始めた強盗団の話を聞けばそれを調べる可能性は十二分にある」

「そ、そんな……。は、早く出て行ってくれ!? 金は、金は出すから! 絶対に嫌な予感がするんだよ!!」

「はははは、俺達を襲ったのが運の尽きだな。安心しろ、金は貰うがしばらくは居座ってやる」

「ああ……あああああああ!?」


 頭を抱えて唸るメルダを楽しそうに見下ろすラクードにノワが半眼を向ける。


「まるで居座り強盗なのですが……」

「先に喧嘩を売ったのはこいつ等だ。その分はキッチリ落とし前付けて貰わねえとな」


 底意地の悪そうな笑みを浮かべるとノワは小さくため息を付いた。そして頭を抱えて唸るメルダを見つつふと顔を上げる。


「正攻法は不可能ならばやはり搦め手でしょうが、罠を張るのが一番ですね」

「俺もそう思っていた。ここにいずれ来る可能性が高いのならとことんそれを利用してやるのが良いだろ。……本当はもう一つ案があったんだが」

「何でしょう?」


 興味ありげにノワが首を傾げる。


「簡単だ。こいつらの持ってる炎を撒き散らす槍あるだろ? あれをマゴリーの屋敷にぶち込みまくって火あぶりにする。そして出てきた所を狙い撃って俺達の魔導器でぶった切る。」

「どこの魔女狩りですか……。というか街中でそんな事したら私達一気に犯罪者なのですが」

「そこはここの強盗団に罪を着せてトンズラすればいいんじゃねえか?」


 ラクードの言葉にメルダの肩がビクッ、と震えた。


「却下です。流石にそれは彼女達が気の毒ですし火が他の屋敷に移る可能性もあります」

「だからもう一つの案、って言っただろ。まあこの小屋を利用するのはいい手だと思うぜ」

「決まりですね。それでは――――あの、どうしたのですか?」


 気が付けばノワの足下にメルダが縋りついていた。


「わ、私達に罪を着せて逃げるとか冗談だよな!? その作戦は無しなんだよな!?」


 どうやら本気で恐れているらしいメルダにノワは苦笑して頷いた。


「当然です。流石に私だってそこまでできません」

「お、おおぉ!」


 ぱあっ、とメルダの顔に希望がさす。その顔目掛けてノワは微笑み、


「貴方達の罪は罪でしっかりと償って貰いますので安心してください」


 一切の悪意無く告げたノワのその言葉に、メルダの顔から血の気が失せた。





 翌日。雪は止むことなく未だ降り続いていた。昨日から降り続くそれにより唯でさえ険しい山道は更に動きづらくなる。それ故にフロンノの街の住民たちも極力街から出ることはせず、早く止むのを願いつつもいつも通りの生活を続けている。だが雪は止むことなく直も降り続け、昼を過ぎた頃になっても止むことは無かった。

 そんな中、ムヒスと言う名の執事は特に苦も無く山道を歩いていた。服装は何時もの執事服。防寒着らしい者は来ておらず、真白の山道を歩くその姿は異様の一言に尽きた。そしてもう一つ異様な点がある。それはムヒスは雪の上を文字通り歩いており、その足が雪に埋もれる事が無いのだ。その光景が益々異様であり、森の動物たちも何かを感じてか近寄ろうとしなかった。


「ふむ、この辺りでしょうか?」


 地図を片手にムヒスが呟く。彼が持っているのはこのフロンノの街周辺の地図。その地図には幾つか印がついており、それは彼が怪しいと思った場所を示していた。

 夜が明けてからムヒスは例の二人の捜索を再開していた。それも昨晩の内に屋敷の修繕を終えてだ。朝起きたら屋敷が殆ど直っていた事に主人であるボラルが口をあんぐりと開けて呆けていたが彼に取っては造作も無い事だ。そして未だ放心状態の主人に一言告げ、捜索を開始していた。

 ボラル・マゴリー。ふとそんな今の主人の事を思う。正直に言ってしまえばあまり深い思い入れは無い。それでも彼に仕えるのはマゴリー家の主人に頼まれたからだ。息子と違い、その両親たちにはムヒスは頭が上がらない。戦争後に行き場の無かった自分を拾ってくれた恩人でもあるからだ。そんな恩人たちからの願いをムヒスが拒否する事は無かった。それが例えどうしようもない末っ子の世話だとしても。


「むしろ私の手で調教――でなくて矯正するのも一興かもしれませんな」


ボラルとこの街に来る前、そんな事を真剣に呟くムヒスにマゴリー家主人は苦笑いしつつも息子を預けたのである。あれはつまり『ある程度ならオッケー』だと言う事に違いないとムヒスは解釈し、実際にそうしている。だがそれでもボラルが望み、命令した事については忠実に行動しているのは、例えどんなにダメ人間でもそれがマゴリー家の血筋だからか。このままでは矯正の二文字も怪しいのに従ってしまうのはやはり恩人の息子相手だからという所もある。我ながら矛盾しているとは思うが、中々に難しい問題なのだ。

そんな事を考えつつ歩いていると遂に目的の場所を見つけた。フロンノから数キロ離れた山の中。そこにひっそりと建つ小屋だ。小屋と言っても大きさはそれなりにあり、あれなら十数人が生活できるレベルだろう。今は小屋には明りが灯っており、中に人が居ることが伺える。


「さて、彼らは居るでしょうか?」


 勿論ムヒスが探しているのはあの小屋の持ち主である強盗団などでは無い。街中では見つけることが出来なかった例の二人組が目的だ。怪我をしているしそう遠くには逃げていないだろう。そして街中を完全に探し切った訳では無いが、一度宿の主人に情報を売られた身だ。警戒するのなら街中を避ける可能性は高いと踏んでこちらを優先に探しに来たのである。ここに居なければ街中を探し直すだけだ。

 ゆっくりと近づき小屋の入口までたどり着いた。窓にはカーテンがかかっており生憎と中は見えない。だが確かに光が漏れている事から人は居るのだろう。

 さて、どうやって中に入ろうかと考える。一番楽しそうなのはこのまま扉をぶち破る事だろうか? だがもし勘違いだったら小屋の持ち主に申し訳ない気もする。けどよく考えてみると、情報通りならここはおそらく最近居ついたと言う強盗団の拠点だ。だったら遠慮する事も無いかもしれない。なので遠慮なくぶち破ってみよう。よしそうしよう。

 決めるが否や両腕に嵌めた手甲型魔導器《乱慟鞭》を起動する。同時に身体強化の魔導器も起動。掌から光が伸びそれは鞭の様にしなりながら伸びていく。その光を手甲に覆われた手で握りしめるとムヒスは楽しそうな笑みを浮かべ、


「お邪魔します」


 言葉だけは丁寧に、小屋の扉を光の鞭でぶち破った。扉はあっけなく破壊されその残骸が中へと吹き飛んでいく。そして意気揚々と中へ入りこみ、そして眉を顰めた。


「おや?」


 確かに明かりはついている。扉から入った最初の部屋は大広間になっており暖炉には火が灯り、大きなテーブルには食べかけの食事や酒たち。つい先程まで人が居た気配は確かにあった。だが肝心のその人が居ない。これは一体どういう事か?

 不審に思いつつ奥の部屋への扉を見つけると慎重に歩いていく。だが罠らしい罠は無く簡単に扉の前へとたどり着いた。首を傾げつつもその扉も鞭で破壊し中へ侵入する。だがその部屋もやはり無人だ。そこにあったのは本棚とベッド。そして小さな机のみ。やはり誰も居ない。


「逃げられましたか? それとも……」


 不審に思いつつもここに標的は居ない事は確かだと判断し踵を返す。ここに居ないとなるとやはり街中か、それとももっと違う場所だろうか? とにかく探しに戻ろうとした時だった。


「む?」


 不意に天井から音が聞こえた。思わず顔を上げるがそこには何もない。何もないが―――何かがくる?


「何が――」


 口を開いたムヒス。その視線の先で、突如として天井が降ってきた。


「ぬうう!?」


 咄嗟に《乱慟鞭》を振るい、落ちてきた天井を砕く。だがそこで気づいた。落ちてきたのは天井だけでは無い。小屋の屋根そのものが崩れ一気に振りそそいて来たのだ。


「何とも激しい歓迎ですな!」


 襲いかかってくる小屋の残骸を前に、ムヒスは顔を歪ませて笑った。そしてその体へと残骸たちが一斉に襲い掛かった。





「かかった!」


 小屋から離れて数十メートル。メルダは自分達の拠点が崩れていく様を見て空しさ半分ヤケクソ半分に叫んだ。もはや彼女の精神は嘆きや怒りを通り越し悟りの域に近い。

 彼女の視線の先では、崩れていく小屋の屋根から青い影が跳んだところが見える。その正体はノワ・クラーヴィス。屋根の上で雪に埋もれつつ待ち構え、あの執事が中に入るのを確認するとその背に背負った大剣を突き刺したのだ。その途端小屋がまるで押しつぶされるかのように崩壊を始めたのである。一体何をしたのかはよくわからないがもうどうでもいい。今はこの仕事を終わらせて早く平穏な生活へ戻りたいのだ!


「お前ら、やりな!」


 号令を上げると同じように隠れていた部下達が一斉に雪の中から現れる。その手には槍や爆弾を手にしている。顔は寒さと恐怖で蒼白いがこれをやらなければあの二人組に制裁されるかもしれない。ノワが聞けば怒りそうであるが、そんな恐怖感を背に彼らは一斉に手に持った武器を崩壊する小屋へと投げつけた。

 槍が突き刺さり炎が渦巻く。その中に投入された爆弾が轟音を上げて爆発していく。それが幾度も続きその度に拠点であった小屋が木端微塵に砕けていく様をメルダはどこか悟りを開いた様な瞳で見つめていた。


「お、おいメルダ……」


 そんな彼女を心配した古参の男が声をかけるとメルダは『ハハハ』と乾いた笑いを漏らし、


「酒場作る時はもっと頑丈にしなくちゃなあ……」

「…………」


 男は何も言わずメルダの肩をそっと叩いた。もう何か色々悼まれなくて。


「とりあえず逃げるぞ。あの二人との約束は果たした。だからもう関わらない様に地の果てまででも良いからとにかく逃げるぞ」

「ああ……」


 メルダも頷くと部下達に撤退の合図を送り自らも離脱していく。もう関わりたくない。だから二度と出会いませんようにと真底願いながら。





「彼らは撤退した様ですね」

《まあ一応やる事やった訳だし良しとするか》

「……まるで悪役の台詞の様なのですが」


 炎を上げる小屋を前に大剣となったラクードを手にノワがため息を付いた。流石に彼らの小屋まで破壊したのはやり過ぎだろうかと思ったがそんな思考ラクードが一蹴する。


《元々悪行して溜め込んだ金で建てたんだろ。気にする事はねえよ》

「まあそうなのでしょうけど……。それよりもどう思いますか? やりましたと思います?」

《あのイカレた頑丈さなら殺ったと考えるのは楽観的だな。だがダメージ位は与えられてなけちゃここまで派手に罠に嵌めた甲斐がねえ》

「やりがいの問題なのでしょうか……」


 会話しつつもノワは気が気でない。何せたった半日で居場所を突き止められたのだ。それを見越して準備は行い、メルダの部下達の報告でこちらに近づいて来ていることを察知して大急ぎで準備をしてきた。そうして罠自体は間に合ったが、ラクードの傷自体はまだ完全に癒えてないのだ。それなのに初っ端から屋根の上からの全力の加重攻撃を仕掛けた。これでラクードがまた倒れたた目も当てられない。


「本当に大丈夫なんですね?」

《ああ、心配しすぎだ》


 不安げに尋ねると返ってくるのは力強い言葉。だがこの男が無茶をし過ぎるのは短い付き合いだがよく理解している。理解しているが故に不安はぬぐえない


《それよりも、だ。来たぞ》

「っ」


 炎を上げる小屋の残骸。そこからゆっくりと炎をかき分けて人影が現れた。その姿を見てラクードが舌打ちする。


「全く……中々派手な歓迎でわたくしちょっぴり驚きました」

《ああそうかよ。そのままポックリ逝ってくれれば良かったんだけどな》


 炎の中から出てきたムヒス。その執事服は焼け焦げ、所々破れている。更には左腕は裂傷で血を流していて力が無い。だがそれでも足取りは軽くにこやかにほほ笑みながら現れたのだ。


《あれだけやって腕一本か? どこまで頑丈なんだあのジジイ》

「いえいえ流石に焦りましたよ。ですがまた届かない。……さて」


 未だ健在の右腕に光が灯り、そこに光の鞭が現れる。それをしならせ地面を叩き、ムヒスは笑った。


「今度はこちらが行きましょう!」


 たんっ、と軽い足取り。それだけで一瞬で距離を詰めるとノワに目掛けて鞭を振るう。


「くっ!」


 咄嗟に横に飛び鞭を回避。一瞬前まで立っていた場所に鞭が打ちつけられ雪を散らし地面を抉った。その威力に冷や汗をかきつつノワもまた大剣を振るう。だがムヒスは直ぐに腕を引くと背後に跳んでそれを回避。そして軽くステップを踏むと宙へと跳んだ。


「素早い……!」

《来るぞ!》


 跳んだムヒスは雪の積もった木々の枝に着地すると、そこを足場に更に跳ぶ。上へ下へ。右へ左へ。縦横無尽に跳びながらノワへと鞭を振るう。


《伏せろ!》


 咄嗟にラクードが叫び大剣から黒い光が溢れノワを覆う。その光はノワに襲いかかる鞭を寸前で受け止め、弾き返した。


「助かります!」

《だが何度も持たねえ!》


 ラクードの言う通り異常な威力を持つ光の鞭は容易くその光、ノワを覆う斥力の壁を削っていく。あまり時間は無い。


「ならばっ!」


 止まっていても埒が明かない。ならば動くのみ。足に力を入れて、一気に跳ぶ。既に身体強化は済ませているその体は高く跳びあがりムヒスと同じ様に雪の降り積もる木に着地すると、その木をもう一度蹴りムヒスへ向かう。


「正面突破、勇敢ですね!」

「はあっ!」


 かなりの速度で放たれた弓矢の様なノワの一撃。大剣の切っ先を前に木の上でにやけるムヒスを貫くべく放たれた一撃だが紙一重で躱された。交差越しにお互いの眼が合う。ムヒスは心底楽しそうに。ノワは相手を射抜くような冷たい眼差しで。


「出直すと良いでしょう!」


 ムヒスが腕を引き、光の鞭を呼び戻す。空中で姿勢を取れないこちらを狙うつもりだ。だがノワとてそう易々とやられるつもりは無い。懐に手を伸ばし、そして取り出した物をムヒスへ向けた。それを見てムヒスの眼が見開かれる。


「この距離なら、私でも当てれます」


 それはメルダ達強盗団から借りた拳銃。それを超至近距離からムヒス目掛けて、撃つ。

 渇いた銃声と腕に伝わる衝撃。それに構わず慣れない銃の引き金を何度も引く。銃弾はムヒスの胸に全弾命中し、ムヒスのバランスが崩れた。そして背後に倒れ込むようにして木から落下していく。


《いまだ、やれ!》

「はい!」


 地面に着地するが否や、足を踏みしめそしてムヒスが落ちた場所へと走る。大剣を振りかぶるとラクードもやる気満々なのか、何も言わずともその刃に光を纏わせた。


「《天帝割断!》」

《オシオキだっ!》


 鈍く光る黒の光を纏った刃。それをムヒスが落ちた場所へと全力で振り下ろす。あれだけ頑丈な男だ。これくらいやらなければ安心できない。

 直撃。木から落ちたムヒスは躱す事も無くその一撃を直に受けた。衝撃と光が撒き散らされ、周囲の雪や土が吹き飛んでいく。轟音が響き、周囲の木々から雪が落ちていく。そんな惨状の中心で大剣を振り下ろしたノワは小さく息をついた。


「流石にこれで少しは――」

「ええ、効きましたねえ」

「!?」


 刃を振り下ろした粉塵の向こう。そこから響く呑気な声に背筋が凍る。馬鹿な、あれだけの攻撃を受けてまだ動けるのか?

 そんなノワの疑問は粉塵が晴れることで驚きに変わった。それは実際に攻撃を叩き込んだラクードも同様である。


《テメエ、まさか……》

「ええ。少々特殊な体をしてまして」


 そこには両腕を交差して大剣の一撃を受け止めた姿のムヒスが居た。だが問題なのはそこでは無い。


「俗に言うハイブリットという奴でしょうか? まあそんな感じなのですよ」


 衝撃により破けた衣服。その下にあったのは肌色の肌だけでは無い。

 無機質で硬質な、鎧の様な肌がそこにあった。


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