2-6 怒れる『彼女』
雪道を歩くには体力がいる。
深く降り積もった雪に足を踏み入れては沈み、そしてそれを持ち上げまた先に進む。その行動をひたすらに繰り返すのだがこれが体力を奪っていくからだ。それなりに整備された街道ならまだしも、今ノワが歩いているのは森の中の獣道。故に雪は遠慮なく積もっており彼女の体力を奪っていく。
「魔導器があればまだマシでしたね……それに《霧風》も取り返さないと」
たとえば身体強化の魔導器があればこの苦労はかなり軽減される。他にも暖をとる魔導器を利用すれば体力の低下も多少は防げるだろう。だが今は全ての魔導器を奪われているのでそれも出来ない。特に気になるのは《霧風》だ。クラーヴィス家に伝わる大事な魔導器。それがあんな連中の手にある事は耐え難い苦痛だが今は我慢するしかない。今は安全な場所で休むのが先だ。
気合いを入れ直して足を進める。安全な場所、と言っても街は危険なので自然とそこから離れる形になる。雪風を防げて暖を取れるような場所、例えば洞窟などがあれば一番いいのだがそうそう簡単に見つかるものでは無い。最悪、完全に街が寝静まってからどこかに忍び込むことも考えてはいるが、その為にもそれまでどこかで休む場所を確保しなければなら無い。
「……?」
改めて気合いを入れ直した時だった。不意に視線を感じ周囲に視線を巡らす。雪の積もった傾斜と枯れた木々。どこかで枝に積もった雪が落ちた音。それ以外は静かな夜の森だが何か違和感がある。足を止め警戒の色を濃くすると正面から女性が一人現れた。
「はは、本当にいたよ。しかも顔色も悪いねえ」
「あなたは……」
その女には見覚えがあった。昼に襲いかかってきた者達でリーダー格だった女だ。そして彼女の登場と同時に周囲の木々お影から次々と人影が現れる。全員がマントを羽織りその手には剣や槍。そして銃などの武器を手にしていた。
「何の用でしょうか?」
「言わなくても分かってんだろ? 昼は好き放題やってくれたが今度はそうはいかないよ」
女の言葉に囲んでいた者達が口々に『そうだ!』だの『ひいひい言わせてやる!』だの口汚い言葉でノワを罵る。そんな様子を女は満足そうに見回しにやり、と笑った。
「そういう訳だよ。安心しな、アンタら売れば金になりそうだから殺しはしないさ。まあ、それ以外は保証できないけどねぇ。特に男の方! アイツには借りがあるからね。その借りを存分に代えさせて貰―――」
「貴方達―――」
気分よくまくし立てていた女の言葉をノワの声が遮った。その事に女が不快そうに顔を歪める。
「なんだい今更謝罪かい? だが駄目だね。徹底的に――」
「黙りなさい」
特別何かをしたわけでは無い。ただノワは一言そう告げただけだ。だがそれだけで女を初めとして取り囲んで居た者達が押し黙る。何故ならノワの声には底知れぬ冷ややかな怒りが籠っていたからだ。
「私達は疲れているんです。それに彼の治療も本格的にしたいし休む必要があるんです。つまり忙しいのです。なのであなた達の相手をする時間も余裕も無いんです。邪魔なので今すぐ消えて下さい」
そう言い切り睨みつけると女が一瞬気圧されたかのように後ずさった。だが直ぐに気合いを入れ直したのか武器を構え直した。
「言ってくれるじゃないか。だがそんな話聞いてやるつもりは無いね。お前ら、やれ!」
それが合図。取り囲んでいた者達の中から数人が槍の様な物を構えそして投げつけてきた。形状から察するに昼に見た炎を撒き散らす物だろう。それを冷めた思考で冷静に判断するとノワは数歩前に出る。そして襲い掛かってくる槍を紙一重で避け、そして掴んだ。
「へ……?」
槍を投げた男が間抜けな声を発するがそれを無視して掴んだ槍をくるり、と回し他の槍を打ち払う。打ち払われた槍達は行き場を失い力なく墜落していく。そして件の炎は発生しなかった。
「な、なんで……?」
その事態に驚く者達を冷ややかな視線で睨みつつ、ノワはもう一度、はっきりと告げる。
「私は早く彼を安全な所で休ませたいと、そう言いました」
握る槍を手元で回し、その矛先を女へと向ける。
「邪魔するのなら徹底的に潰します」
どこまでも冷ややかな瞳と言葉。しかしその裏に隠された怒りに女たちが気づいた瞬間、ノワは一気に駆けだした。
駆けだすと同時ノワは落ちていたもう一本の槍を拾うと直ぐに前方に投擲した。槍は放物線を描きそして木に突き刺さると炎の渦を撒き散らす。女の部下たちが慌ててそこから逃げていくがノワの狙いがそこでは無い。
(やはり、起動条件は穂先が突き刺さる事ですね)
昼の戦いで一度見ていた魔導器だ。予測は立てていたが正解の様だった。あまり使い勝手の良くない魔導器だが大量生産品なのだろう。だが今は貴重な武器だ。一つは敵の牽制に。そしてもう一つ、邪魔な雪を溶かす役割があるからだ。
ちらり、と背中の大剣に目を移す。今の所反応が無い所を見ると意識が戻っていないのだろう。ならば彼を使うのは却下だ。出来るだけ休ませてやりたい。だからこそこの槍を手に入れた事は僥倖だった。
「こ、このっ!」
炎の渦からは逃げずにこちらを向かい撃つのは二人。対してノワは炎によって雪が溶け、多少なりと動きやすくなった地面へと着地すると槍を振るう。
一人目。同じ槍と剣を両手に持った男は槍を捨てると剣を振り下ろす。槍と剣がぶつかり合い甲高い反響音が響く。手に感じる衝撃を無理やり抑え込みノワは背後へ跳躍。距離を取るとその槍の矛先を男に向け、突く。
「ぬぅう!」
男は剣を振り上げその矛先を上に弾く事で逸らした。だがそれは予定通りだ。ノワは両手で槍を持つと、その衝撃を利用して槍を縦に回転。石突を男に向け、踏み込む。
「がああっ!?」
突いたのは男の右肩だ。骨が折れる音と共に男の腕から力が抜け剣が落ちる。男は悲鳴を上げて地面をのた打ち回った。
そんな男の顔に蹴りを叩き込みつつ落ちた剣を拾うと、槍をもう一人へと投げつける。
「う、うわあ!?」
味方があっさりやられたことに呆けていたその男は慌てて剣でそれを弾くがそこに大きな隙が出来た。その隙に接近したノワは奪った剣を逆袈裟に振り上げ男を斬り倒した。
「う、撃て! 銃だよ銃! 銃弾までは掴め無い筈だ!」
女が慌てて命令を下し、その部下達――銃を持っているのは女ばかりだ――が一斉に銃口を向けてきた。
対しノワは一人目が捨てた槍を拾い上げるとその矛先を真下に突き立てる。魔導器としての力が発動し、槍を中心として炎の渦が巻き起こる。その炎の熱さに顔を顰めつつノワは身を低くして駆ける。そして炎の渦を突破するが否や銃を構えた女達へと距離を詰めた。
「い、いつの間に!?」
「寝なさい」
炎によってノワを見失ったかと思った突然目の前に現れた事に女たちが慌てふためく。そんな彼女達の間を駆け抜けつつ腹へ剣を叩き込み、掌打を頭部へと叩き込み、背後から斬る。その際に持っていた銃を奪い取ると少し離れた所に居る連中へと撃つ。
「こういう武器は慣れませんね……」
初めて使った為に狙いは適当だ。事実当たりはしなかったが牽制にはなった。その隙に更に速度を上げて駆け、そしてリーダー格の女の元へとたどり着いた。
「このアマっ……!」
部下達をいいようにやられた女が激昂し銃を向けるがそれを剣先で弾き飛ばす。そのまま返す刀で切り伏せようとしたが女も剣を抜き放ち迎え撃ってきた。
剣戟。体格に勝る女が力で押し込もうとするが、ノワは剣を傾け刃を滑らせながらそれを受け流し踏み込む。踏み込んだ足を支点に体を回転。女の横に回り込むと横なぎに剣を振るった。剣は女の脇腹へと届いたが響いたのは金属音。マントの下に着ていた軽鎧に弾かれたのだ。
「ちょこまかと鬱陶しいね!」
女が振り返りつつ振るった刃を剣で受け止め、その衝撃を利用して背後へと跳ぶ。女が銃を撃ってくるがそれを横に飛び躱しつつ、ノワは剣を女へ向け投げた。
「なっ!?」
こちらの行動が予想外だったのだろう。女は目を見張りつつその剣を自分の剣で弾く。だがその眼はこちらを捉え続けていて隙が無い。ならば、と先ほど手に入れた銃を乱射。これだけ距離が近いのだ。どんなに下手でも掠り位はするだろう。
案の上、女の腕に銃弾がかすり怯んだ。好機とばかりに最後の力を振り絞り全力で女へと迫り跳躍。驚きに目を広げるその顔目掛けて掌打を叩き込んだ。
「がっ!?」
女がよろけ仰け反る。その胴体に着地する様に地面へと倒し、女が落とした剣を拾い上げ首筋へと突きつけた。
「…………さて」
女の眼は驚愕と死への恐怖。色々な物が混じって震えていた。そんな彼女へ可能な限り威圧感と、冷たさを意識しながらノワは冷酷に告げる。
「どうしますか?」
押し倒された状態でメルダは自分の愚かさを呪っていた。
確かに弱っていた。確かに最初は有利に思えた。相手が女の方だったというのもそんな思いに拍車をかけた。
だが結果はどうだ? こちらの武器をいいように使われ完敗も良い所。仲間の半数は倒され残りも相手と自分達の間にある力の差に戦意を失いかけている。それでも武器を捨てないのは自分がこうして捕らえられたからか。そんな状態に涙が出そうになった。
恐る恐る自分を押し倒す女の顔を見る。美しい少女だ。白くきめ細やかな肌。透き通った瞳と煌めく蒼銀の長髪。女として羨ましく思う程の美貌。だがその彼女の眼は今は鋭く細められておりこちらを見下ろしている。冷ややかなその瞳にメルダは身震いする。これ以上抵抗したら、今度こそ殺される。そんな予感がしたのだ。
そんな少女は少し考えた様な顔をするとところで、と口を開いた。
「あなた達……その様子からして街中に宿を取っている様には見えませんがどこかに拠点があるのですか?」
「あ、ああ。確かにある……!」
口答えすると殺されるかもしれない。ノワが聞けば酷く憤慨しそうな事を考えつつメルダが慌てて答えるとノワは成程、と頷いた。そして相変わらずの冷たい眼差しで言い放つ。
「では案内しなさい。嫌とは言わせません」
その底冷えする様な視線に対し。メルダは必死に首を縦に振りつつ思う。
やっぱり、転職考えようかと。世の中は不条理だらけだこん畜生とか。
「ラクード、起きて下さい。ラクード」
《あ……?》
こちらを労わる様な声とどこか感じる温かさ。それにくみ上げられるかのように意識が浮上していく。
「起きましたね。具合はどうですか?」
《あー……何とも言い難い》
こちらを見下ろすノワの姿を見て段々と思い出してくる。確かノワに後は任せ自分は剣に変わって休んでいたのだった。
何となく周囲に意識を向けると今いる場所の景色が浮かぶ。そこは小さな部屋で、所々染みや傷がついた木製の壁が見えた。天井からつるされたランプはゆらゆらと揺れておりどこかから隙間風が入っているのかと思われる。だが部屋自体は汚くは無く、それなりに整えられていた。
「そうですか。一応ちゃんとした治療もした方がいいと思うので人間に戻っていただけませんか?」
こちらを気遣いつつノワが問う。正直、朝の時の様に勝手に回復する気もしたが確かに念には念をという言葉もある。ラクードは素直に応じると人間へと姿を変えた。その途端、右腕に激痛が走る。
「くっ……」
「やはり魔導器の自己再生も完全ではありませんね。治療をするので我慢してください」
ノワの言う通り、一番傷が酷い右腕は血こそ止まっているものの、傷自体は酷い物だ。それに骨も折れたまま。痛みがあって当然だ。
そんな右腕にノワは薬を塗り込み、更には治療用魔導器で回復をかけている。一通りそれが終わると添え木を当て包帯で右腕を巻いていく。
「……手際が良いな」
「クリス姉様がよく無茶をするので必然的になれました。きつくないですか?」
「ああ、大丈夫だ」
良かった、と微笑むノワはさておき周囲を改めて見回す。部屋には今自分は座っているベッドの外に、小さな机や本棚などが備えられていた。そして壁には様々な剣や槍が飾られている。
「ここは宿か? それにしては何かおかしいが。それにその魔導器も」
「違いますよ。とある親切な方々が場所を提供して魔導器も貸してくれたんです」
「……?」
どこか含みのあるノワの言葉に首を傾げるが、確かに休むところがあるのは有難いので気にしない事にした。そんなラクードのノワは右腕に包帯を巻きつつノワが首を傾げる。
「しかし先ほどは聞きそびれましたが何をしたらこんな傷になったのですか?」
「ああ、そりゃあれだ。思いつきってやつだ」
「はあ……?」
意味が分からないとノワが首を傾げるがラクードは適当に誤魔化す事にする。何故だかわからないが正直に言うと怒られる気がしたからだ。
「それより、だ。これからどうするかだな。とりあえずあの連中に喧嘩売りに行くことは確定だが」
「そうですね。財布なども奪われていますし――」
「お前の魔導器もな。取り返さなきゃならん」
その言葉にノワが驚いた様に目を見張る。気づかないとでも思っていたのだろうか? 彼女の首に何時も下がっていた鍵型のペンダント。魔導器であるそれが見当たらない事から察するに奪われたであろう事は見た瞬間に気づいていた。
「……ありがとうございます。ですが何をするにしてもまずは傷を癒さなければなりません」
「それに作戦も必要か。手っ取り早いのは武器だが」
「それならここの家主に聞いてみるとしましょう。色々持っていそうですしね」
またしてもノワがどこか含みのある顔で微笑む。それに何かを感じもう一度聞いてみることにする。
「なあ、結局ここは何処でここの家主って誰なんだ?」
「貴方も知っている人ですよ。そうですね、もう少ししたら会って見ましょうか?」
ふふ、と笑うノワ。丁度その時部屋の扉が控えめに叩かれた。おっ? とノワに目配せすると彼女は頷く。
「どうぞ」
「……失礼する」
ゆっくりと警戒する様に開かれた扉。そこから現れた人物にラクードは思わず目を見張る。
「お前は」
「………………」
不機嫌そうに顔を逸らすその女。それは昼に襲いかかってきた一味の一人だった。
「で、つまりだ」
女――メルダと名乗った女が持ってきたのは夕食でそれはノワが頼んでおいたものらしい。湯気を立てたスープと干し肉にパン。上等とは言い難いが文句は言えないだろう。毒の混入を疑ったがそれを言うより早くノワが適当に切り取り、まずメルダに食べさせていたので抜かりはない。因みに毒は無かった。
だが今はそんな料理は一先ず置いておき、ラクードは今しがた聞いた話を反芻していた。
「懲りずにまた襲ってきたお前らを半ギレ状態のノワが粛清かまして子分にしたってことで良いのか?」
「ああ……もうそれでいいよ……」
「違います」
どこか諦めた様なメルダと断固としてそこは否定するノワ。だがラクードからすれば同じような物だ。
「私はちゃんと選択肢を与えましたしお願いしましたよ?」
「望みどおりの事を言わなきゃ殺すような目立った癖に……」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでもない。なんでもないよ……」
どうしてメルダはここまで疲れているのだろうか。少なくとも昼にあった時の面影な無い事に疑問を感じていると、こちらの視線に気づいたのかメルダはどこか自嘲気味の笑みを浮かべた。
「世の中は逆らわない方が良い奴らも居るって、改めて実感しただけさ」
「良くわからんがお前がそう言うならそれでもいいが。だが部下達は納得したのか?」
「最初は反発したさ。最初はね……」
「ええ。この小屋に帰ってくるなりいきなり中から襲い掛かってきましたしね」
「それでどうしたんだ?」
「一人目は床に沈めて二人目は壁に叩き付けました。三人目勝手に転んで四人目に槍を投げつけました。入口が狭かったので比較的楽でしたね」
「因みに五人目以降は?」
「五人目はビビッて逃げて六人目以降は土下座してたよ」
どこか投げやりなメルダの言葉に思わずノワを見ると彼女はふっ、とどこか哀愁に満ちた顔で遠くを見つめていた。
「何故か妙に恐れられてしまいまして……。それ以降私が姿を見せると皆逃げるんです」
「そりゃあれだけ容赦なく目の前で叩き潰されれば戦意も喪失するよ……。唯でさえ怪我人だらけだったんだから」
「あーまあ何となく状況は分かった。それでここのドンに収まったノワにいいように使われてる訳か」
「何とでも言いな。……これが終わったらどこか良い街を探して酒場を開くんだ。そして仲間達と平和に暮らすんだからな」
どうやら相当に堪えたらしい。軽く現実逃避しているメルダを追い出すとラクードは改めて苦笑した。
「随分と派手にやったな」
「正直自分でも少し反省しています」
頬を赤くしてそっぽを向いてる所からするに言葉通り反省しているのだろう。個人的には別にそれくらい構わないんじゃないかとかいっそもっとやれとか思うのだがそれを言うと怒られそうなのでやめて置く。
「もうこの際ついでなのでフロンノの様子を確認する様に頼んでおきました。情報を元にこれからの作戦を考えましょう」
「すっかりドンだな。転職するか?」
「冗談でも怒りますよ?」
壮絶な笑みを浮かべて睨まれる。流石にからかいすぎたか。
「とりあえずそういう訳なので今はしっかり休みましょう。では……どうぞ」
どこか誤魔化す様に顔を振るとノワが机の上の器を手に取りスプーンをこちらに向け――ってちょっと待て。
「どういうつもりだ?」
「どうもこうも。貴方のその右腕では器もスプーンも掴めないでしょう?」
確かに今自分の右腕は包帯で雁字搦めに固められている。だが左腕がある。それを言おうとするより早くノワが首を振った。
「左腕だって鞭打ちのせいで痛むのでしょう? なので私が食べさせます」
「おい待て。それは流石に」
「駄目です」
「いやだからな」
「駄目なのです」
「俺の話を」
「聞きません」
強情なその様子に思わず突っかかろうとするがその瞬間痛みに顔を歪めてしまう。それを見てノワはそれ見た事かと呆れた様にため息を付いた。
「恥ずかしいのは分かります。……正直私だって恥ずかしいです。ですが貴方言いましたよね? 『お前がしたいというなら止めはしない』って」
「いや確かに言ったがあれは」
「自己満足だとは分かっています。それでも少しでも役に立っておきたいのです。なので諦めて看病されてください」
「なんかとてつもない理屈を聞いてる気がする……」
「気のせいです」
そう言ってスプーンを突き出すノワ。その顔はやはり恥ずかしいのか頬が赤い。元々白い肌なのでよくわかる。そんな美少女に看病されることは男としては嬉しい事なのだろうが、恥ずかしいのも確かだ。どうにかして回避しようと策を講じるが体は碌に動かず、そして味方は居ない。
「さあラクード、口を開けて下さい。私が貴方を癒します」
「だから何で時たま無自覚なエロ発言するかなお前はっ!」
きょとん、とするノワと脂汗を流すラクード。二人のそんな様子はしばらく続くことになる。
「姐御……なんか中でいちゃついてる様な声が」
「頭って言えって何度言ったら……まあいいや。それより行くよ。これ以上関わってまた痛い目にあいたくない」
「逃げ腰ですね……」
「命あっての物種だ。それはもう全員身に染みている」
そう言って振り向くメルダに、部屋の中に居た部下達は各々の怪我を見つめ合い同時に頷くのだった。




