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2-5 懲りないひとたち


「痛ってぇ……」


 再び雪は降り始めた夜空を見上げる状態で、ラクードは雪に埋まっていた。その体の上にはノワが抱きかかえられている。このままでは風邪をひいてしまう気がするがそれでも動かない。いや、動けないのだ。何せ全身は先程の鞭打ちでボロボロ。血はまた流し過ぎたし、毒だって完全に抜けた訳では無い。そしてトドメが先程の脱出だ。

 ちらりと右腕を見る。ノワと繋がる左手は使えなかったので必然的に右腕で殴ったのだがその腕は酷い有様だ。裂傷はさることながら、曲がってはいけない方向に曲がっている。どうみても骨折だった。


「まあ、逃げ切れただけよしとするか」


 だが何時までもここで寝ている訳にはいかない。ムヒスはやがて追ってくるだろうしそもそもあの変態屋敷からどれだけ離れられたのかも不明だ。予想以上に天高く吹っ飛ばされ、結構な距離を飛んだ気がするがここがどこだか分からない。だからまずは情報を集めそして治療をしなければなら無い。なら無いのだが力が入らないのだ。


「寒い……」


 それも問題だ。夜になり一気に気温は低下してきた。加えてこの雪だ。どうやら自分はノワの様に寒さに対する耐性は無いようでどんどんと体が凍えていくのが分かる。これでは遠からず限界が来る。そして限界の後に訪れるのは死だ。


「こんな所で死ぬ気は……ねえな」


 少なくともアズラルを倒すまでは。そうでなければ仲間達の死を犠牲に生き残った自分の意味が無い。そう、自分はまだ死ねない。


「ぐっ……この……っ!」


 力を入れる。体を横に倒し起きあがろうとするが力が抜け再び雪に埋もれてしまう。それでも少しずつ体を動かし何とか起きあがるところまでこれた。だが今度は立ち上がり、歩き、そして安全な場所を見つけるという仕事が待っている。その事に意志が折れかけそうになるのを堪え、再び動き出そうとした時だった。


「う……ラクード……?」


 腕の中のノワがゆっくりと瞳を開く。その顔はまだ少し赤いが先程に比べると大分ましだ。ようやく回復してきたらしい。


「よぅ、起きたか」

「え、ええ、ここは………………っ、ラクード!? その傷は!?」


 未だ状況が掴めていなかったノワだがこちらの様子を見て目を見開き、慌てた様に体を支えてきた。


「これはまああれだ。必要経費ってやつだ」

「何を言って……」


 言いかけてノワの顔が徐々に蒼白になっていき、そして俯いていく。


「また、私のせいですね……」

「覚えてるのか?」


 聞くと小さくノワが頷いた。


「はっきりとではありませんが、貴方が庇ってくれた事はおぼろげながら覚えています……。それでまた迷惑を……」


 これでは前回と全く同じじゃありませんか。とノワの体が震える。


「私は足を引っ張ってばかりで……これでは唯のお荷物ですね」

「今回の件は違うだろ。俺だって毒盛られてんだぞ」

「ですが!」

「うるせえ」


 尚も食い下がるノワの額に頭突きをかます。だが力が入らずむしろノワ目掛けて倒れこんでしまった。豊かなノワの胸に飛び込む様な形になってしまい少しラッキーと思ったのは口に出さない。


「ああ、駄目だ。力は入らねえ」

「呑気に言ってる場合ですか!?」

「そう思うなら早く移動だ。後悔も懺悔も俺は要らないがお前がしたいというなら止めはしない。だがそれは後でも出来るだろ?」

「ラクード……」

「と、カッコつけてみたがそろそろマジで限界だから後は頼んだ」


 言うが否や意識を手放していく。急速に狭まっていく視界の中、慌てた様なノワの姿を若干面白く感じつつ意識が落ちていく。





「ラクードっ!? …………気絶しただけですか」


 こちらに倒れ込んだまま意識を失った姿に一度は慌てたが呼吸はしている事に安堵した。だが油断は出来ない。ラクードが衰弱しているのは確かだし傷も治療しなければなら無い。

 そう思った矢先ラクードの体が光りそして大剣へと姿を変えた。驚き思わず刀身を見るが反応は無い。だが自分の時は意識を失った後に刀になったという話は聞いていない事から、彼が最後の最後、完全に意識を失う前に変身したのだろう。自分が移動しやすいようにと。


「全く、分からない人ですね」


 気遣いは分かる。分かるからこそ普段の様子からの差を感じて苦笑してしまう。それからゆっくりと体を起こし大剣を背負った。まだ体は多少痺れるが動けない程では無い。早く移動すべきだろう。

 周囲を見回す。夜空から降る雪と雪化粧をし始めた木々。そしてその向こう、少し下った辺りに街の外灯が見える。フロンノは山に囲まれた盆地の作りになっている為、ここからだと街の様子が良く見える。ラクードが一体どのような手段でここまで来たのかは分からないが、あの妙な男達から逃げた事は明白。そしてラクードの状態から察するに……


「あそこですね」


 少し離れた場所。距離にしては200かそこら先にある屋敷から煙が上がっている。恐らくあれが捕まっていた場所だろう。つまりあそこは避けなければなら無い。問題はどこに逃げるかだ。

 街中にある宿は真っ先に除外した。また罠でも張られていては堪らないからだ。宿に限らず、あまり人目には付きたくない。だがこのまま雪の中外を歩いていでは体力の方が危険でもある。自分とてまだ万全では無いのだ。


「とにかく、どこか場所を探しましょう」


 気合いを入れ直すとノワは雪道を歩きだした。





 メルダ・ムスングは機嫌が悪かった。そしてそれを隠そうともせず周囲に怒りを撒き散らし続けている為にその周りだけ人が寄り付かない。そしてそれが更なる怒りを呼んで居た。


「おいお前ら! 何で逃げてる?」

「い、いえそんな事は……」

「嘘つくんじゃないよ。バレバレだ!」


 下手な嘘をついた子分に酒瓶を投げつけると子分は『ひっ!』と情けない声を上げて逃げいていく。だがそんなものでは気は全く晴れない。


「ああ胸糞悪いね!」


 これもそれも、あいつらのせいだ。あの妙な二人組。美味しいカモかと思いきやデタラメに強く、まったく歯が立たず自分達は惨めに負けた。あの黒髪の男の馬鹿にする笑みを思い出すと今にも叫びだしたくなる。


「あの野郎……次に会ったら今度こそモノにしてやる……」


 ギラギラと復讐の炎を燃やすメルダの様子に周りの子分達の反応は様々だ。恐れ、鬼の眼に触れないようにするもの。また始まったか、と苦笑しながら酒を煽る者。興味なく、ただ黙々と酒を飲む者。彼らは全員メルダの部下である。そしてその部下達の殆どが大なり小なり怪我をしている事にメルダの怒りが更に増す。

 ここはメルダが率いる強盗団のアジトである小屋だ。フロンノより少し離れた山間にひっそりと建っている為にこの場所を知る者は少ない。フロンノの街の住人達もこの付近でメルダの部下がうろついている為に近寄ろうとしないので尚更だ。

 メルダは歳はもうすぐ30となるまだまだそれなりに若く見える所謂美人の部類だ。女にしては長身で筋肉質。三白眼に煤けた赤色の髪を無造作に後ろで縛っている。何故彼女がこの強盗団を仕切っているかと言えば父である先代から受け継いだからだ。昔から父の仕事を目の当たりにしてきて憧れていた彼女は父の死後にその憧れの頂点に立った。もとより父や古参の者達に戦い方を仕込まれていた事もあり実力も十分。そして普段は粗暴ながらも部下たちの面倒はよく見る為に慕われている。

 そんな彼女が荒れているのは昼にあった二人組と奇妙な老人のせいである。二人組にはそれこそもういいようにやられ恥をかいた。そしてそんな二人を一蹴した老人は自分達を見ると『まあ、やんちゃも程ほどに』と妙に上から目線の言葉を残し去っていったのだ。残されたメルダ達は完全に眼中にない。そんな様子に腹を立てアジトに戻ってからずっとこうして荒れているのである。


「そろそろ落ち着けよメルダ。若い連中がビビってるぞ」


 そんなメルダに古参の中でも重鎮とも呼べる男が声をかける。彼はメルダがまだ10になる前から知っている為に娘を相手にしている様な感覚だ。メルダも彼にはあまり強く出れないのでふてくされれてしまう。


「けどさ、悔しいだろやっぱり。なんとかギャフンと言わせたいじゃないか……。それにあの魔導器だって売ればかなりの金になる」

「それはそうだが命あっての物種だろ。その辺りは親父さんも良く言ってたじゃねえか。

「けどよう」

「けども外道もあるか。……なあメルダ。別にこの仕事を続けなくたって良いんだぜ? 親父さんも言ってたろ? お前のやりたいように、自由に生きろって。お前が強盗業やめて別の道を選ぶってんなら俺達だってついていく」

「いきなり何言ってんだよ」

「いや、今日みたいな奴を見ると思うんだよ。世の中には俺達が束になっても叶わない相手が居る。今回は運よく怪我だけで済んだが、今度は本当に殺されちまうかもしれないだろ? そりゃ、こんな仕事してんだ。そういう可能性だってある事はわかってる。だが俺達はお前にそんな未来を歩ませたくねえんだよ」


 何時になく神妙な男の言葉。だがメルダははっ、笑った。


「私は好きでやってるから良いんだよ。ガキの頃から皆を見て育ってきた。親父は死んじまったが今はそんな皆が囲んでくれて、更には新しい弟分妹分見たいな連中も出来た。それが楽しくてやってんだ。だからいいのさ」

「……そうかい。なら俺はこれ以上言わねえよ。飲みすぎんなよ」


 男が納得したのかは分からない。だが小さく笑うとメルダの前にあった酒瓶を軽く小突いて戻っていった。その背中を見ながらメルダはふと思う。


(けど、そういう未来もあるにはあるんだよなあ)


 先程言った事は嘘では無い。だが男が言った事も事実だ。自分達はいつ死ぬか分からない、日陰者の生活をしている。今まではそれで良かったが、自分より年下の弟分や妹分が増えてくるとたまに思うのだ。こいつらをこのままにして良い物か、と。


「どこかに儲け話でもあればなぁ」


 大金を手にすれば選択肢は増える。今より安全マージンをよりとって安定した収入を得られるかもしれない。だがこの仕事は、儲けが多ければ多いほど危険が増す界隈だ。故に相手は慎重に選ばなければなら無い。

 そういう意味では昼の二人はまさにカモだと思っていた。多少やるにしても所詮は二人。自分達が一斉にかかれば簡単に捕まえれて、あの奇妙な力を売り物に出来たかもしれないのに。それを思い出すとまたしても怒りが込み上げてくる。それを紛らわそうとグラスを手にした時だった。突然小屋の扉が開き部下の一人が駆けこんで来た。


「あ、姐御!」

「頭って言えっていってんだろが! それでなんだい?」


 入ってきたのはまだ17の少年とも呼べる弟分。昼の戦いでも比較的怪我が少なかったのでフロンノ様子を見に行かせていたのだ。


「い、居ました! あの二人組の片方が!」

「何だって!」


 がたっ、と椅子を蹴り上げ立ち上がる。他の連中も驚いた様に少年の報告を聞いている。


「さっきフロンノの東の森を歩いているのを見ました! 男でなく女の方でしたけどどうも調子が悪いのか少しふら付いてました!」

「でかした!」


 願っても無いチャンスだ。昼のお返しが出来そうな上に相手は弱っていると来た。だが一応念は押した方が良い。昼はボロクソにやられたのだから今度は確実に行く。


「オルテ! シュマ! アンタら夜目が効いたね。そいつと一緒に女の様子を確認してきな! 他の動ける連中は出る準備! 昼のリベンジだよ!」

「おおおぅ!」

「やってやるぜ!!」


 初めは報告を聞いて青ざめていた者達も弱っている様だという少年の話を聞いてやる気だが出たらしい。比較的傷が浅い者達が各々の武器を手にし始める。見れば先ほどメルダに声をかけた男も苦笑しつつ武器を手にしていた。そんな部下達の様子に満足そうに頷きメルダは笑う。


(今度はいいようにやられないよ……!)


 それに上手くいけば大金が手に入る。そう、これはチャンスなのだ!


「一度やられた相手だ、今度こそ本気でいくよ!」


 小屋の中に強盗達の気合いの雄たけびが響いた。


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