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1-12 彼と彼女の旅立ち

「正直に言えば、私はあの警官達の事をあまり好きでは無かった」


 四方を壁に囲まれ、天井だけは薄暗くなってきた空を見せる小さな箱庭のような部屋。その中心に仰向けで倒されたサガの隣でセシルは煙草をふかしていた。

 サガの四肢はラクードとノワによって既に失っている為、まともに動くことは叶わない。更にはその体も縄が巻き付けられ地面に杭を打つことで固定されていた。特にサガの頭部は厳重に固定され、上だけを見る様にされている。


「いつもいつもぼんやりのんびりと世間話。仕事は遅いし荒事にはあまり役立たない。だからこそ私たちの様な自警団が作られたのだが、何のための警官なのかと何度も考えたさ」


 ふぅ、と煙を吐きつつセシルは空を見上げていた。動けないサガは体の拘束を解こうと身動ぎしているが効果は無い様だった。


「だがな、それはあくまで警官としてだ。一人の人間としてはそれなりに仲良くやっていた。ジジイ共の世間話もよくよく聞くと面白い事もある。当たり外れはあるがそれも一興だろう? そんな、連中だった」


 小さく笑うと煙草を足元に捨て踏み潰す。


「だが死んだ。お前が殺した」


 言葉とは裏腹に、その顔に感情は無い。ただ無機質な目でサガを見下ろしている。


「お前が牢屋から脱出した際、彼らはお前の前に立ちふさがったな? そして必死にお前を止めようとして、しかしそれは叶わず数人が死に。そして重傷者も多数だ。だがその彼らが奮闘したからこそ、住民の避難の時間が稼げ目立った被害は無かった。彼らも分かっていたのだろうな。自分達が時間稼ぎにしかなら無いと言う事を。正直に言えば私は驚いているんだ。普段は碌に動かないジジイ共が、今回は一番の功労者だったのだからな」


 ゆっくりとサガに近づき、そして固定されたサガの顔を見下ろすとサガの眼が煌めいた。


「ふん」


 顔を傾けるとそのすぐ横をサガの眼から放たれた光が夜空へと抜けていく。両手両足を失ってもこの光線があるからこそ、このような形で固定されているのだ。セシルはそんなサガの顔の近くにしゃがみこむと懐から黒光りする銃を取り出し、サガの眉間目掛けて引き金を引いた。

 乾いた発砲音。銃弾はサガの眉間に直撃し、しかし弾かれてどこかへ飛んで行った。


「ㇺだァダ」


 サガが小さく笑うがセシルは気にした様子も無く再び引き金を引いた。またしても銃弾は弾かれるがもう一度。更にもう一度と。


「はっきり言ってお前が憎くてしょうがないよ。だがお前にはまだ聞きたいことがあるし、法の裁きというやつを与えなければなら無い。それが残念で仕方がない」


 話しながらもセシルは銃を撃ち続ける。弾が切れれば補充し何度も何度も。サガもセシルの意図が見え無いのか戸惑う中、セシルは語る。


「そんな私だが一つ気づいた事がある。お前の眼だ。その眼がる限りお前の安全な搬送など出来やしない。目隠しも意味がなさそうだし、ここは私がひと肌脱いでやろうと思ったんだよ」


 再び弾を補充しつつ、セシルは初めて笑った。


「貴様の眼を潰す。頑丈さが取り柄な様だが無敵と言う事ではあるまい? 何発目でお前の眼球が抉れるか今から楽しみでしょうがない」


 ぶるり、とサガの体が小さく震え、そしてやっとセシルの思惑に気づいた。彼女は『危険な目を潰す』と言う言葉の元に復讐しようとしているのだ。じっくり、じわじわと。


「銃以外にも様々な工具を持ってきた。ノワ達がようやく傷つけられたというレベルだから長丁場になるだろうが付き合ってもらうぞ。因みに私のお勧めは鋸だ。楽しみにしておけ」


 深く、深くセシルが笑う。その笑みを見てサガはこれから地獄が始めるのだと、そう悟った。






 うっすらと眼を開けると薄暗い部屋の天井に揺れる影が目に入った。


「起きましたか?」


 隣から声がする。ぼんやりとした頭を押さえつつ体を起すと、自分が白く清潔なベッドで寝ていた事に気づいた。尤もそのベッドも自分の汚れで一部が大分酷い事になっていたが。


「大分寝てしましたね。体はもう大丈夫ですか?」


 声をかけてくる銀髪の少女は誰だっただろうかと考え、直ぐに思い出す。ノワ・クラーヴィス。自分と鎖で繋がれてしまった少女だ。そこでようやくラクードは自分が長い間寝ていた事に気づいた。


「俺はどれくらい寝てた?」

「約半日ですよ。外がもう暗いでしょう?」


 言われてみれば確かに窓から見える外は既に暗く、部屋の光によって照らされる雪がチラチラと見える程度だ。ラズバードの街に付いたのが早朝という事を考えると確かに半日だ。


「悪いな。俺が寝ちまったらお前まで動けなかったか」


 よくよく見ればノワもどこか薄汚れている。服自体は件の《霧風》から普段着に変わっている様だが、体の汚れはそのままだ。


「構いません。貴方の疲れは当然なのですから」


 

 そう言うとノワは改めてラクードに向き直り頭を下げた。


「改めてお礼を言わせて下さい。今回はありがとうございました」

「なんだよかしこまって。その件は話したじゃねえか」

「それでも、です。何か私がお礼として出来る事があれば言って下さい」

「一応言っておくがその発言不用意にしない方が良いぞ。なんかエロく感じるから」

「茶化さないで下さい」

「と、言われてもな」

「貴方、ノリンさんの時は直ぐに謝礼の話を出したじゃないですか」

「そりゃそうだが……というか結局商品も取り返せてねえし謝礼もパーか……」


 がくっ、と項垂れているとノワはため息を付き諦めた様に首を振った。

 

「わかりました。なら思いついたら言ってください」

「ああ、そうしとく。それで結局の所被害はどうだったんだ?」


 聞いてみるとノワの顔が少し暗くなった。


「数名、警官に死者が出ています。それに重軽症者も多数です。ですがそれは全て警官と自警団だけで住民には目立った被害はありませんでした」

「上出来、とは言えないがそれでもマシな方だろ。死んだ奴には悪いがそれで済んだのはむしろ幸運だ」

「分かっています。ですが分かっていてもやはり考えてしまうものです」


 悔しそうに拳を握りしめるノワにラクードは何も言わない。慰める気も無いしそれが必要だとも思えない。何故なら碌にこの街を知らない自分がそれをいった所で白々しいと思ったからだ。


「っ、すいません。一人で感情的になってしまって」

「別に。それよりあのロリコン野郎はどうなったんだ?」

「そのロリコン発言には色々言いたいことは有りますが後にしましょう。彼は氷が溶けた後、セシルさんが取り調べています。ですが眼のあの攻撃が危険なので」

「ああ、あの人間やめた象徴みたいな馬鹿げたやつか」

「ええ。なので厳重に拘束して顔も動かない様に固定しました。何か聞きだせれば良いのですが」

「まあ難しそうだがな。またアズラルの野郎を探し直す必要がある」

「彼が数日間居ると言っていた街にまだ居る可能性は?」

「無い。わざわざこちらを煽って選択させたんだぜ? そのあいつが俺達がまた戻るまで呑気に待っててくれると思うか?」

「……思いませんね。あの性格粗悪品はでは」

「そういうことだ。ってことはまたしばらく――」


 言いかけた所で突如、どたんっと音を立てて扉が開いた。驚きノワが振り返る向こう、ジェネスとブレーナが部屋に入ってきた。


「あらあら、やっと起きたのね」

「ならばやる事は一つ!」


 頬に手を当てのんびりとした笑みを浮かべるブレーナとぴっ、と二人を指さすジェネス。そんな二人に訳も分からず首を捻ってしまう。

 対し、ジェネスとブレーナは簡潔に告げた。


「朝も言ったけどあんたら汗臭いのよ!」

「と、言う事でお風呂に行きましょうね?」


 笑顔で例の黒布を掲げるブレーナを見て、ノワの顔が引き攣った。






「あー身に染みる」

《……老人みたいですよ》

「ほっとけ」


 それなりに広いクラーヴィス家の浴場。その湯船に浸かったラクードが満足げに声を漏らす。浴槽のすぐ横には黒布で巻かれた刀の状態のノワが立てかけられていた。

 あの後ジェネスとブレーナによって二人は半ば強制的に風呂へと叩きこまれた。色々言いたいことはあったが確かに汗臭いのは事実であったし、汚れもある。なので二人は素直に従う事にして、まずはノワが入り、そしてその後として今ラクードが湯船に浸かっている。


「ここで疲れを取って、明日からはまたアズラルの野郎を探しにいかねえとな」

《そうですね。もう別の場所に移動したとしても情報収集位は出来る筈です。ならば出来るだけ早い方が良いです》

「まあな。つーかお前は大丈夫なのか? 街を長く離れるかもしれねえんだぞ?」

《先ほど貴方が寝ている間にその話はしました。もうじき父様達も帰ってきますので街の警備も大丈夫でしょう》

「父様ねえ。そんなに強えのか?」

《はい。クレス姉様ですら手も足も出ません》


 そもそも肝心のクレスの戦闘力を知らないので何とも言えない。だがそれなりの実力はあるノワがそう言うのだから相当な物なのだろう。だがノワの言葉に続きがあった。


《そして母様はその父様より強いです》

「母親が?」

《はい。父様は母様には頭が上がらりません》


 それは強い弱いというよりは家庭内ヒエラルキーの問題ではなかろうか。だが突っ込むのも野暮なので何も言わないでおく。


《まあそういう訳なので今回の様な事はもう起きないかと思います。なので私も街を出ます。そもそも貴方と繋がれている以上それしか選択肢がありませんしね》

「違いねえな。ならもうしばらく頼むわ」

《ええ、こちらこそ》


 こんっと布越しに刀を叩くとノワもそう答えた。

 それから暫くは無言の空間が続きラクードはゆっくりと湯船を楽しんだ。そしてそろそろ出ようかと思い立ち上がり刀を掴むがノワの反応が無い事に気づく。


「おい、どうした?」

《…………》


 寝てしまったのだろうか? そう言えば自分は随分長い間寝ていた様だが、彼女はそんな様子は無かった。ならばそれも頷ける。それに無理に起こす必要もあるまい。

 そう判断すると刀を持ったまま風呂を出て脱衣所まで戻ると改めて刀を壁に立てかけた。そして着替え始めようとした矢先、《んっ……》と刀からノワの声が漏れる。やはり寝ていたらしい。


「起きたか。少し待ってろ」

《……ここは……? 暗い……?》


 どうもぼんやりとした声を漏らす刀を見て、ふと初めてノワの寝起きを見た時の事を思い出した。あの時も彼女は相当寝起きが悪かった。


「おい、大丈夫なのか? とりあえずすぐ着替えるから待って――」

《着……替え……? あぁ、旅に、でる……んでしたね。いまいきまふ……》


 まふって。

 どうやらこれは重症だ。とっとと着替えて目を覚まさせるべきだろうかと考えていた矢先、その刀が突如光った。


「おい」


 その光はノワが人間に戻った光。どうやら寝ぼけたまま戻ってしまったらしい。脱衣所の床に座り込むように現れたノワはとろん、とした眼でこちらを向き、そして硬直した。

 ノワの視線の先。真正面にはラクードが居る。それも全裸で。そして座り込んだノワの視線は丁度ラクードの下半身でもっとも重要な部分で固定されていた。


「………………」

「………………」


 とろん、としていたノワの眼が次第に普段の状態に戻っていき、それに準じて顔色は青くなり、そして続いて赤くなっていく。口をパクパクと開閉し何かを言おうとするがうまく言えない。そんな様子ながらも視線は固定されたまま。


「ら、らららら、らくーど?」

「……一応言っておくが俺は悪くねえと思うぞ」


 ぽかんとした表情のノワがようやく顔を上げ問うのに対し、ラクードは一応自らの無実を主張する。ノワは再び顔を降ろし、そして目の前にある物を改めて認識し、そして、


「きゃああああああああああああああああああ!?」


 絶叫染みた悲鳴を上げた。


「なんだ騒々しい!」


 顔を真っ赤にして悲鳴を上げるノワとどうしたもんか、と腕を組んで考えていたラクード。そんな脱衣所のドアが開きセシルが現れた。その手に着替えを持っている所を見ると仕事がやっと終わり湯に浸かりに来たといった所か。

 彼女はラクードを見ると眼を細め、そしてその隣で真っ赤になっているノワを見るとため息を付き、一言。


つくるなら(・・・・・)計画的にしろよ」

「何をですか!?」

「つーか普通こういうのって立場逆じゃねえか?」


 そんな二人のツッコミを背に、セシルは去っていった。






 翌日。

 クラーヴィス邸の前でラクードとノワはブレーナ達の見送りを受けていた。


「ノワちゃん、体に気を付けるのよ」

「鍛錬も怠るなよ」

「はい、ブレーナ姉様。クレス姉様」

「いいなー。私も行きたい」

「また家族に怒られますよ、ジェネス」


 他にもわらわらとノワの出発に対し見送りの言葉をかけていく人々。その隣で特にそういう相手が居ないラクードがのんびりと欠伸していた。だがそんなラクードにセシルが声をかける。


「ラクード・ウルファース」

「何だ? おっと」


 セシルが鞄を放りラクードがそれを受け取る。視線で問うとセシルは面倒そうに説明した。


「使えそうな魔導器のセットだ。餞別代りだから持ってけ」

「意外だな。お前は俺の事信用してないと思ってた」

「完全に信用したわけでは無いがお前がこの街を救うために助力してくれたのは事実だ。それに対する礼とでも思っておけ。それとノワを頼んだぞ」

「そうかよ。ま、使える物は有難く使わせてもらう」


 お互いにぶっきらぼうな会話だが、それほど親しいわけでは無いこの二人の間では十分だった。それはセシルも同じだったようで手をひらひらと振るとそのまま去っていった。その先には馬車があり、その荷台には厳重に拘束されたサガ姿がある。その頭部はなぜか布に覆われており、時節なにやら呻き声が漏れている。これは聞いた話だが、結局有用な情報は引きだせなかったらしい。

 そして―――





「…………」

「…………」


 ガタゴトと揺れる室内は無言で包まれていた。

 今回も前回と同じように途中までの道のりは歩いていき、そして途中で馬車に乗った二人は狭い客室で無言で向かい合っていた。

 ラズバードの街を出てから、正確には昨日の脱衣所の事件からずっとこの調子である。と、言っても喧嘩をしている訳でなく、単に話そうとするとノワが赤面し会話にならないのだ。

 まあその内に治るだろうし無理に話す事もないだろうとラクードもそのまま放っていたがノワとしてはそうともいかないらしい。何度か躊躇った後、声をかけてきた。


「その、昨日はすいませんでした。それにあれからの態度も」

「別に構わねえけどな。恥ずかしいなら無理する事もねえだろ」

「お互い嫌でも近くにいるんです。そういう訳にもいかないでしょう」


 まだ少し顔は赤いが大分慣れてはきていたらしい。ノワはぱんっ、と自分の頬を叩くとうん、と頷いた。


「まずはクリティブですね」

「そうだなそこで馬車を乗り換えるか場合によっては歩きだな」

「ですね、雪はまた強くなってきていますし本格的に積もったら馬車は無理そうです」

「ま、なる様にしかならねえさ。行くしかねえんだから」

「そうですね。これからもよろしくお願いします」


 ノワの礼に、ラクードが少し考える様に首を傾げた。


「どうしました?」

「いや、ただまああれだ。こちらこそよろしくって事だ」


 本当は、自分がこのように誰かと旅をするなどもう二度と無いと考えていた。仲間達を失ってから先は特定の人物と長くいた事など数える程しか無く、それも全て必要であるからそうしたまでだ。そういう意味ではノワとも同じだろう。だが彼女は今まであった者たちの中でも少し違う。自分の例の噂やクリティブの警察の様な反応を見たにも関わらず自分を信用している。まだ出会って少ししか経っていないのにだ。そしてそれをどこか心地よく感じる自分がいる事も事実。そんな自分が意外だったのだ。

 だがそんな想いは顔に出さず、代わりに鎖で繋がれた左腕を差し出す。ノワもこちらの意を読んだのか右腕を差出し、互いの拳を軽く叩き合わせた。


「頼むぜ、ノワ」

「貴方こそです、ラクード」


 お互い笑いあう。

 そんな二人を乗せ、馬車は雪道を走っていくのだった。


と、いうことで一章終了です


いくら書き溜めても改めて読むと直したいところが多々あるもんですね

それと評価の程、ありがとうございます。突然上がったのでちょっと驚きました。

これからもよろしくお願いします。

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