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1-11 連なる刃

 数十体に及ぶ機導人形を前に。そしてジェネスを背後にしながら息を荒らげつつ刀を構えるラクード。そんな彼にノワが声をかける。


《ラクード、代わってください。ここからは私が》

「……わかった」


 ラクードとしてもここまでの強行軍が中々に堪えていたので素直に代わった。そしてノワが人間に戻りその手に大剣となったラクードを握りしめる。因みにコートは来る途中に既に返してあった。


「ノワ、来てくれたのは嬉しくておねーさん感動なんだけど大丈夫なの?」

「ええ、今はとても調子良いです。彼のお蔭ですね」

「へ……?」


 ノワの返答にぽかん、とジェネスが呆けるが気にしない。調子が良いのは事実だ。それは道中の苦労を全てラクードが請け負った為に体力が万全だと言う事もある。そして昨日までの疑問に対する自分の中での答えが出たからだ。

 その疑問とはラクードの事。何かを隠し語ろうとしない彼に不信と不安を感じ、昨日は感情的にまくし立ててしまった。

 だがそれはもういい。人が話したくない事をこれ以上追及する気は無い。彼が信用ならない? 確かに謎が多い人物だ。だけどその彼がこの街の為に夜通し走り抜けた事実はこの眼で見てきた。ならばその彼を信じようと、そう決めた。


「行きますよラクード」


 ノワが首にかけていたペンダントを取り出す。それは以前使った様な周囲を暖める物でなく、蒼い結晶を中心に複雑な形状をした鍵の様な形をしていた。それを握り小さく呟く。


「《霧風》」


 ぱあっ、とノワが光に包まれそしてその姿が変わる。今までの旅用の動きやすさを重視した服装から、クレスやブレーナのものと似た法衣の様な物へとだ。

 蒼と白を基調としたその法衣はクレスのと同じように動き易さを重視しつつもブレーナと同じように複雑な紋様の刺繍が成されてる。両手両足にも蒼と白のその法衣は伸びており手の甲部分には魔導器の核が埋め込まれている。それは服の各所も同様で胸元や足元にも核が埋め込まれており、時節淡く光っていた。

 その姿を剣の状態で見ていたラクードが思わず声を漏らす。


《お前……魔法少女だったのか》

「違います」


 がくっ、と肩を落としつつもそこはしっかりと否定する。


「クラーヴィス家に伝わる魔導器の一つです。名を《霧風》。その力、お見せします」


 ひゅん、と大剣を振るうとその剣風でノワの髪がふわりと浮き上がる。胸元の魔導器が光を放ち始め、そしてノワの姿が掻き消えた。

 機導人形達が突然消えたノワに戸惑い周囲を探す中、ノワはその中心へと突如として現れる。そしてラクードでもある漆黒の大剣を大きく回転する様に振るった。重さを秘めたその斬撃は機導人形達の胴体を切り裂き、砕き、弾き飛ばしていく。ノワが飛び込んだ場所はまるで台風の眼の様に何も無くなった。それでも難を逃れた機導人形達は飛びかかろうとするがその眼前にノワの左手が付きだされる。


「《霧迷い》」


 ノワの左腕。手の甲まで伸びた法衣に埋め込まれた核が光り、粒子の様に細かく漏れだす。その光に触れた機導人形はまるでノワを見失ったかの様に突然進路を変えると、見当違いの方向に向かっていく。その背中目掛けてノワは大剣を振るい、その胴体を切り裂いた。


《おぉ》


 感心した様に漏らすラクードの声に気を良くしつつノワは更に走る。その速度は常人のそれでなく身体強化が発動している証拠だ。そして先ほどの様に左腕を突き出すと今度はそれを大きく振るう。機導人形達は先程と同じ蒼白い光の粒子に包まれその目標を見失う。その隙間をノワが独楽の様に回転しながらすり抜けて行きその度に機導人形を達を斬り伏せていく。最後に剣を地面に突き刺しそれをブレーキとして、雪と泥を巻き起こして止まった。


《絶好調じゃねえか。強化したとかいう人形共が形無しだな》

「ええ。不思議と調子が良いんです。それに貴方の切れ味も上がっていませんか?」

《そうなのか? そこはよくわからん》


 実際、調子が良いのだ。体力が温存されていたと言うのは勿論一つの理由だろう。だがそれ以上に体が軽い。それはノワとしても不思議な所だった。


「ノワ―!? なんかノリノリなのは良いけどこいつ等まだ生きてるーっ!?」


 遠くでジェネスが叫びつつ足元に這いよる機導人形の頭部を潰していた。現在周囲には胴体を切断された機導人形達が転がっている。だがそれでも活動は停止していないのか、まるでゾンビの様に腕だけで這ってきているのだ。クレスやブレーナ。そしてセシルもいまだ活動を続ける機導人形に止めを刺していっているがやはり数が多い。ならば、


《俺に任せな》

「大丈夫なのですか?」

《俺の体力舐めんなって言っただろ。前と同じだ。思いっきり地面に叩き付けろ》

「……わかりました。ですが無茶はしないで下さいね」


 少し不安そうに頷くと剣を構える。そんなノワに生き残った機導人形が迫る。その腕からは炎の鞭を展開しており、それは昨日見たアズラルといた人形と同じだ。だがそれだけでは無い。両腕から銃口を覗かせた物。背中から更に二本、腕を生やした物なども入り混じっている。そんな人形達を見てノワは顔を顰めた。


「悪趣味ですね」

《今更だろ》

「違いありません」


 銃を生やした機導人形がノワ目掛けて銃弾を放つ。対しノワは姿勢を低くし、まるで地を這う様に沈めながら高速で右に左に動き、それらを躱しながら距離を詰め、そして蹴りを入れる。小柄ながらも速度の乗った一撃に機導人形がよろめいた所に体を回転させ慣性を乗せた斬撃を頭部に見舞う。機導人形の頭部は真横に引き裂かれその体から力が抜けた。そしてその動かなくなった人形を土台にノワは高く飛び上がった。


「姉様、ジェネス!」

「な、何っ!?」


 少し離れた所で機導人形を必死に潰していたクレスとジェネスが振りかえる。そんな彼女らにノワは天使の様な笑みを浮かべ、


「避けて下さいね」

「へ?」


 空中で大剣を振りかぶる。大剣が黒い光を放ち始め、それを見たジェネス達は青い顔をして慌てて下がっていく。


「行きます!」

《グラビティエラー!》


 叫びと共にノワが大剣を地面へ全力で叩き付けた。次の瞬間、叩き付けられた地面を中心に波紋の様に黒い光が広がっていき、そしてその周囲に凄まじい加重がかかった。


「ちょっ!? アブなっ!?」

「なっ、ノワ!?」


 慌てて逃げるジェネスとクレスの手前で這い寄っていた機導人形が音を立て、軋んでいく。それでも人形達は動こうとしていたが、やがてはその体を完全に押しつぶされその動きを止めていく。

 やがて地面すらも陥没し機導人形の残骸が転がるその中心に降り立つとノワはうん、と頷いた。


「やりますね。しかし今のは?」

《適当に思いついた技名。分かりやすいだろ?》


 ふっ、とノワが笑い、答えるラクードの声もどこか誇らし気だ。だがジェネスとクレスからすればたまったものでは無い。


「ノワさん!? なんかノリノリで仲良さ気だけどちょーと危ないんじゃないかなぁ!?」

「ノワ! 私まで巻き込む気か!」

「いえ、姉様なら避けられると信じていたので」

「それはそうだがいきなり過ぎるだろう!」

「ねえノワ、私は!?」

「ジェネスなら……喜ぶと思って」

「何か勘違いしてる様だけど私マゾじゃないからねー!? ちょっとドキドキしたけど」

《すげえなアイツ。恐怖を喜びに変換してやがる》

「彼女は色々……その、残念な所があるので」


 ジェネスの反応に若干引いていたノワ達だがそこにセシルの声が響く。


「何を遊んでいる! 奴が動いたぞ!」


 セシルの言う通り、今まで機導人形達の奥で遅々と進んでいたサガが顔をノワに向け、そして眼が文字通り光った。


「っ!?」


 悪寒を感じノワが咄嗟に横に飛ぶ。その頬を霞めるようにしてサガの眼から放たれた光がノワの立っていた場所を雪ごと融解させた。蒸気が巻き起こり地面がまるで炎の様に赤く染めあがる。


「何なんですかあれは」

《お前への偏愛拗らせて人間やめたらしいな。アズラルが言ってたのはこの事か》


 警戒しつつ様子を伺う中、サガはその異様に肥大した両腕を振り上げそして地面へ叩き付けた。轟音と震動が周囲に響き、ノワの体も振動で揺れるが視線はサガから離さない。そしてその視線はゆっくりと面を上げた、半ば人形化したサガの眼と合った。


「くラァァァヴぃすゥぅ!」


 金属を擦る様な不快な咆哮。それを撒き散らしながらサガが飛び出す。その速度は巨体に似合わずかなりの速度を持っていた。


「姉様、ジェネス! 他の人形達は任せます!」


 返事を聞く間も無く、ノワも迫るサガへと向かう。機導人形はまだ残っているが大分減った。ならば満身創痍の彼女らにそちらを任せ、この奇怪な変化を遂げた男は自分達が相手にすべきだろう。

 お互いに距離を詰め、そしてサガがその巨大な腕を振り下ろしノワが大剣を振り上げた。強い衝撃。歯を食いしばり刃を押し込もうとするが、身体強化をされたノワの力でも変化したサガには及ばず弾かれてしまう。ノワは空中で一回転しつつ着地するとその左手をサガへ向け振るう。そこからあふれ出た蒼白い光の粒子がサガの視覚を惑わせる……筈だった。


「むダだっ!」


 サガの両腕が炎に包まれる。それだけでは無く、なんとまるでドリルの様に回転を始めた。勢いよく回転するそれは炎と相まってノワの放った光を霧散させていく。


「なっ!?」

《とことん人間捨ててんだなぁおいっ!》


 その余りにも人外染みた動きに驚きつつ背後へ跳躍。それを追いかける様にサガの回転する拳と炎が迫る。その動きは確かに早いがノワ程では無い。右に、左に、そして背後に跳びつつそれらを躱し機会を伺う。だがそのノワの足下から突如として無機質な槍が飛び出した。


「っ!?」


 見ればサガの足下に不自然な亀裂が出来ており、そのまま地中へと伸びている。咄嗟に上に跳びそれを躱すが隙が出来た。迫りくるサガがその腕をノワへと振るう。咄嗟にノワも大剣で防ぐが明らかに力が足りなかった。異様に肥大したサガの腕力と回転するそれが重なりあった威力でノワ背後へ強く弾き飛ばされた。


「きゃああ!?」

《ちっ》


 ノワが飛ばされた先には大通りに構える店の壁。咄嗟に身構えるノワだがそれより早く右手に違和感を感じた。握っていた筈の大剣の柄が突然温かくなったのだ。


「掴まれ!」

「っ!」


 それはラクードの左手だった。咄嗟に従いラクードの手を強く握りしめるとラクードはノワの身を引き寄せ、そして、


「おぉらぁ!」


 雄たけびの様な掛け声と共にその足を壁へと叩き付けた。壁が音を立て崩れ、衝撃で勢いが弱まる。そんな状態で二人は抱き合う様にして店内に転がり込んだ。


「っ、痛ってえ」

「あ、当たり前でしょう!? 何をやってるんですか貴方は!?」

「何って……蹴った」

「子供ですか!? てっきり何か案があると思ったら力技なんて……」

「別に良いだろ。結果オーライだ」

「またそれですか……」


 がくっ、とノワが肩を落とす。そんな彼女を気にする事も無くラクードは壊れた壁穴から大通りの覗いた。


「しかし面倒だなあの野郎。遂に足まで伸ばし始めたぞ。余程お前への愛が深いとみえる。そのうち天使の羽根でも生えるんじゃねえか?」

「冗談でもやめて下さい。鳥肌が立ちます」

「あっちは冗談じゃない様だがなっ!」


 不意にノワの首根っこを掴みラクードが店内から飛び出した。突然のぞんざいな

扱いにノワが不平を溢そうとするが、通りの向こうで両腕をこちらに向けているサガを見て口を噤む。


「ヨこぉセぇエエエェェ!」


 ごうっ、とその巨大な両腕から炎が吹きあがり真っ直ぐに迫る。ラクードは店内から飛び出すと直ぐに横に飛びそれを躱すが、その炎は突如進路を変え追撃してきた。その速さと太さは先日とは訳が違う。避ける暇も無く二人が炎に包まれた。


「ちょ、ノワ!?」


 機導人形達を倒しながらもこちらを気にしていたジェネスが悲鳴を上げる。それはクレスやブレーナ達も同じで、特にクレスはその身を震わせると怒りに満ちた形相でサガを睨みつけた。


「貴様ぁぁ!」


 目の前の機導人形達を無視してサガへと詰め寄ろうとするが、長い戦いで疲労した体は上手く動かずそれは叶わない。ならば、とその背後からブレーナが全てを焼き尽くす紫炎を放つが、それはサガに当たるとまるでなんて事も無いように霧散してしまった。その状況に流石のブレーナも呑気な顔は出来ず歯噛みする。


「硬すぎるわ……! けど何とかして……」


 別の魔導器を発動させ、クレスも再度サガへと迫ろうとした時だ。突如ノワ達を襲っていた炎が切り裂かれた。


「ヴぁアぁ!?」


 サガも戸惑い呻きを漏らす中、その炎が凄まじい速度で消えて行き、その中から男が一人歩み出る。それは黒髪黒目。無造作に伸ばしたボサボサの髪を揺らしながら、不敵な笑みを浮かべる黒コートの男の姿。その手には蒼銀の輝きを放つ刀が掲げられている。そう、ラクードだ。

 ラクードは掲げていた刀を降ろすとその峰で自らの肩を叩きつつ、にやり、と笑う。


「残念」


 刹那、地面をたたき割る程に強く踏込みサガへと跳びかかった。





「早い硬いウザい。全く面倒な事だな!」

《ラクード、どうする気ですか!》

「俺でも斬れなかったんだ。だったら絡め手で行くしかねえ!」


 刀を構えサガへと迫る。対しサガは回転し炎に包まれる両腕を振り回しこちらを迎撃してきた。


「邪魔くせぇ、消してやれ!」

《はいっ!》


 迫る巨大な炎の鞭に対し刀を一閃。刀から放たれた魔力を帯びた冷気がその炎を消し去っていく。だが回転する腕まで消えた訳では無い。異様に強化されたその腕の一撃とラクードが振るった刀がぶつかり合う。金属が擦れ合う耳障りな音が響き、刀と回転する腕の間から火花が飛び散った。


「っの野郎!」


 だがラクードは先程のノワとは違い弾かれることなくその場に踏みとどまる。押されそうになる刀逆に無理やり押し込んでいく。

 そのまま力比べが続くかと思われたが変化が起きた。刀から発せられ魔導の冷気が徐々にサガの体を覆っていき、そして関節を凍らせ始めたのだ。


「!?」

「気づくのが遅せえよ!」


 慌てた様に背後によろけるサガを更に追撃。関節が凍り動きが鈍くなった腕を掻い潜り懐に飛び込むとその首目掛けて刃を振るう。ぎんっ、と人間相手では本来ありえない硬質な音が響くが、小さな傷はつける事に成功した。それを見届けるとラクードは股の下をくぐり抜けて背後に周る。


「思いっきり斬りつけてアレだけか。まあ無傷ってよりはましだな」

《姉様の攻撃を弾いた時はどうかと思いましたけどやはり首元はそれほど硬くない様ですね。おそらくは関節も。刀の様に小回りの利く武器なら懐にも入り込みやすいですし。……ところで先ほど凄い音が鳴っていたのですが私の体は大丈夫なのでしょうか……?》

「……見た所刃こぼれとかはしてねえし大丈夫じゃないか? というか刃こぼれしたら本人はどうなるんだろうな」

《気にはなりますが試したくはありませんね》


 そりゃそうだろうとラクードも頷く。気軽に試して取り換えしのつかない事になったら笑えない。


「こザかッしぃ!」


 自らの体を覆う氷を砕きながらサガがゆっくりと振り返る。それをうんざりと見つめつつ再度刀を構え直した。


「流石にチマチマ斬り続けるのはキリが無いな……試してみるか」

《何をですか?》


 ノワの問いに足を踏み鳴らす事で答える。男物の厳ついブーツは音を立て地面を削った。


「これだ」

《以前も思いましたがもしかしてその靴は》

「魔導器仕込みだ。いくぜ」


 サガが咆哮を上げる。それに真正面からラクードが突っ込む。ノワもラクードが何をするのかは分からずとも刀から冷気を発っし続けている。そして再度の激突。先ほどと同じように繰り出された炎はノワが消し、高速で回転する腕と刀がぶつかり合う。

 先ほどと同じような力比べが始まるかと思われたが、そこでラクードは片足を振り上げ思いっきり地面へと叩き付けた。


「《裂鎚》!」


 ラクードの足。正確にはそのブーツの踵部分が光り大地を割砕く。ノワの時と同じように足下を取られバランスを崩したサガがよろけた隙に再度接近。サガの右腕の関節を狙い刃を振るった。

 鈍い金属音。そして首を斬った時の様に小さくだが傷が入る。だがラクードはそこで止まらない。刃を振り切った動きをそのままに体を回転させつつ飛び上がる。そして振り上げた足をその右腕関節目掛け叩き付けた。


「オラァ!」


 気合いの一言と共に放たれたその一撃は発動した魔導器の力も乗せて叩き付けられる。びきっ、と何かが軋む音を鳴らしサガの右腕は奇妙な方向に曲がった。


「あアッ嗚呼ああァ!?」

「うるせえ!」


 痛みに喘ぐ声を耳障りに感じつつ逆の左腕関節にも斬撃を見舞う。そして跳躍すると付いた傷目掛けて今度は踵落しを叩きこんだ。踵に響く何かを砕く感触。サガの左腕は音を立て千切れとんだ。


「貴ぃザまァァっ!?」


 千切れた腕からは血が噴き出す。次は首を狙おうとしていたラクードだが痛みに暴れるサガがのたうった際にその返り血を浴びてしまい視界が塞がってしまった。


「まずっ――!?」

《左へ!》


 視界を奪われ焦るラクードだがノワの言葉に咄嗟に従い左へ跳んだ。刹那、体の直ぐ右側を何かが勢いよく通り過ぎる感覚。それに寒気を覚えながらも地面を転がる。


《上へ!》


 再びノワの指示。転がった勢いに乗せて立ち上がるとそのまま宙へ跳ぶ。空中で目元を擦りようやく視界が回復した時、自分の足下を奇怪な光線が通り過ぎていくのを見た。先ほども見た目から出した光だろう。つくづく人間を辞めている。


「危ねえ、助かった!」

《お互い様です》


 光線を避けつつ着地。体に付いた血を拭いつつサガと相対する。サガの右腕はひん曲がり左腕は千切れた。大分戦力は落ちた筈だがまだまだ動きを止める様子は無い。


《もう一度先程と同じ方法で》

「無理だ。ぶっ壊れた」


 ちらり、とブーツを見ると踵部分がボロボロに凹み、一部は千切れてしまっている。先ほどの二発で限界が来てしまったらしい。ノワもそれを見たのかため息を付いた。


《ならやはり貴方で斬るしかないでしょうね。しかし》

「ああ。俺も気づいた。切れ味はやっぱお前の方が上だわ。俺のはどちらかと言うと叩き潰しているたいなもんだしな」


 刃としての機能はノワの刀の方が上で有り、威力という意味ではラクードのが上。同じ刃物ながら用途が違うのだ。


《ならばやる事は一つですね。貴方の大剣では小回りが利かないので私で傷をつけ、そこを貴方で斬る》

「やれんのか? タイミングが合わなきゃ二人仲良くお陀仏だぞ?」

《やります。……いえ、やりましょう。私達なら出来る筈です》


 そんなノワの言葉に少し驚いてしまう。つい昨日、こちらの不信さに声を上げていたの言うのにだ。そんな疑問を含んだ顔で刀の状態のノワを見ると彼女が少し笑ったような雰囲気になった。


《決めたのですよ。今、この時は貴方の事を信じようと。確かに貴方は粗暴ですし口は悪いですし他の皆さんが言う様にちょっと見た目がアレなのでアレですが》

「オイコラ」

《それでも走ってくれた》

「―――――っ」

《自分にも大切な事があったのに、それでもこちらの為に行動を起こしてくれた。今はそれだけで十分です》


 ノワの言葉には迷いが無い。だからこそラクードは戸惑ってしまった。このように人に信頼されるのは一体何年ぶりだろうか? それがどこか小恥ずかしく、思わずぶっきらぼうに返してしまう。


「そうかよ。後で裏切られたとか言うんじゃねえぞ」

《ふふ。そうしたら私の見る目が無かったと言う事ですよ》

「お前人に騙されやすいタイプだろ?」

《以前詐欺商人を言い負かして泣かせたことありますよ?》

「ああ、もういい! 好きにしろ」

《はい。だから安心して下さい。それとも貴方は不安ですか? 私が失敗すれば貴方も危険ですよ》


 ノワの探る様な問いに鼻を鳴らす。何を今更。


「あてにして無ければそもそも一人で全部やってるさ」

《……ありがとうございます》


 満足げなノワの声。それがどこかむず痒く、誤魔化すかの様にラクードは刀を振った。


「おしゃべりは終わりだ。いくぞ」

《ええ》


「グ、らぁぁヴぃスぅぅ!」


 いよいよその言葉すら聞き取りづらくなってきたサガが再度目から光を放つ。それを紙一重で横に躱しつつサガへと迫る。そんなラクードの正面の地面が突如突き破られ硬質の槍の様な物が飛び出してきた。伸ばされたサガの足だ。その数は2本。

 対し二人はその身を入れ替える。ラクードが大剣へ。ノワが人間へ戻りつつ、その身を回転させ、重みと魔導の力を乗せた大剣が振るわれサガの伸ばされた足を切り裂いた。だがノワはそれを確認するまでも無く走る。

 サガが雄たけびを上げ、奇妙にひん曲がった腕を無理やり振るう。同時に放たれた炎がノワの視界を奪い、その身を焼こうとするがその寸前、再度ノワとラクードが入れ替わり刀となったノワの冷気でその炎を切り裂いた。


「こっのおおおお!」


 振り落されるサガの巨大な腕。それをギリギリ躱そうとするが少し掠ってしまう。高速回転しているそれは掠っただけでラクードの服と肌を削り血が噴き出すがラクードは止まらない。上段から振り下ろした刃が邪魔な右腕関節に再度傷をつける。その瞬間再び二人は入れ替わり、大剣を握ったノワがその傷目掛けて今度は刃を振り上げ、今度こそその腕を斬り飛ばした。だが二人はまだ止まらない。

 サガが足を振り上げノワを蹴り上げようとするが、それを剣の腹で防ぐとその衝撃で宙へ跳ぶ。即座にラクードに入れ替わると刀を振るいサガの足下を氷漬けにする。だがそんなサガが首を捻り強引にラクードを視界に収めるとその眼から光を放った。


「馬ー鹿!」


 ラクードは刀を足元に投げるとその刀がノワに変化し、代わり大剣となったラクードをノワが鎖を使って引き寄せそれを回避した。そしてノワが大剣を握ると同時に再び交代。深く沈むように身を沈めたラクードが体を回転させつつ、その凄まじい切れ味を誇る刀でサガの膝関節に刃を振るい、そして再びノワと交代。回転はそのままに勢いを乗せた大剣の斬撃がサガの両足を切り裂いた。両足を関節から裂かれ、倒れて行きながらもその眼をノワに向ける。だがその眼が光るより早く、人間に戻ったラクードがサガの前に踊り立つ。


「何度も何度も、いい加減しつこいんだよロリコン野郎っ!」


 刀でも、魔導器ですらも無く。身体強化されただけのラクードの拳がサガの顔面を殴り飛ばし、続くように振り上げられた足がサガを地面へ叩き落とした。

 お互いの動きが少しでもズレればあっと言う間に死を迎える連携撃。だが不思議と上手くいった。遠くで機導人形達の相手をしながらこちらを気にしていたジェネス達も目を見開く中、言い様のしれない高揚を感じた。


「これで」

《終わりです》


 悲哀と怒りの絶叫を上げるサガの顔目掛けてラクードが刀を振り下ろした。





「やりましたね」

「ああ」


 人間に戻ったノワが座り込んだラクードの横に並ぶ。そのラクードの正面には氷漬けにされたサガが転がっていた。

 止めは刺さなかった。別に情が沸いた訳では無い。この男がアズラルと出会いその身を人外に変えている。その辺りの経緯を聞く必要があったからだ。それにこの男がしでかした罪を償わせる必要がある。

 ノワは初め、ラクードが止めを刺すと思っていた。しかし意外な事に彼は止めを刺さずに今に至る。それが不思議だった。


「何故止めを刺さなかったんですか?」

「止めも何も、お前じゃこのジジイを斬るのが一苦労だろ。まあ時間かければそうでもないが、余計に疲れるし、」

「疲れるし?」

「お前がうるさい」

「……ああそうですか」


 思いのほか投げやりな理由だった。だがそれでも良いだろう。この男に関してはこの後キッチリ取り調べをしなければなら無い。問題は半ば狂ったこの男に対しそれが出来るかどうかだが。

 ふと背後を見ると機導人形達の掃討も終わりを告げていた。そもそもラクード達が来たときに相当数を屠り、残りの大多数にも大なり小なりダメージを与えたので多少なりと楽になったのだろう。この調子なら任せても大丈夫そうだ。


「ところでやけに調子よかったな。バリバリ氷漬けにしてたし」

「それを言うなら貴方も先日よりも威力が上がっていた気がしましたが」


 うーん、と二人で首を捻る。しかし理由は分からない。ほんの数日で何か大きく変わった事があっただろうか? 疑問に思い思案するノワの足に不意に重みがかかった。


「ラクード?」


 見れば座り込んだラクードが寄りかかっている。不思議に思い身を屈めるとラクードが小さく呻いた。


「眠い……」

「は?」


 言われて思いだす。多少休憩したものも、彼が夜通し走り続けていた事に。


「ノワ、後頼むわ……」

「ちょ、ラクード!? ……って、え?」


 寄りかかられる重みが増し慌ててその身を支える様にノワも座り込む。ラクードは本当にどうやら限界だった様で座ったノワの方に寄りかかる様にして寝息を立てはじめていた。そんな彼の様子に最初は顔を赤くしたものも、やがて呆れた様にため息を付きそして笑う。


「全く、初めて名前を呼びましたね」


 それに人に断りも無く寄りかかってくるとは。

 けどまあ良いだろう。今、ここでこうして穏やかな心で居られるのは彼の頑張りがあったからこそだ。ならばこれ位の事。


「お疲れ様でした。そしてありがとうございます、ラクード」


 寝ている姿は少年の様なラクードにそう、笑いかけるのだった。







「ノワ―? ノワさーん!? できれば手伝って欲しいなーって」

「駄目よジェネスちゃん。なんだか近づける雰囲気では無いわ」

「ま、まあここらの人形達は粗方片付いた。数もここが一番多かった様だし山は過ぎただろう」

「そういう事だ。念の為ここを片付けたら他の場所へ向かうぞ」


 そんな会話をしつつ4人は生暖かい眼で二人を見つめていたとか。


タイトル変更しました

某有名狩猟ゲームに似た名前で全く違う用途の武器があったので紛らわしいかなと

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