エピローグ ~魔王学院~
二千年後――
鍛冶鑑定屋『太陽の風』。
朝日がまぶたを差し、俺は目を覚ました。
ベッドから起き上がると、魔法陣を描き、制服に着替える。
その足でリビングまで行くと、朝食はとらずに家を出た。
まだ朝は少し早いため、ミッドヘイズの往来に人はいない。この二千年で変わっていった街並みを眺めながら、俺は歩いていく。
やがて、見えてきたのは魔王城デルゾゲードである。
門を開き、中に入る。向かった先は第二教練場だ。
ドアを開ける。
まっすぐ歩いていき、俺は自席に腰をかけた。
授業が始まるわけではない。かつて、賑やかだったこの教室は今や使われていないのだ。
正帝アイゼル、第一魔王アムルとの戦いを経て、転生世界ミリティアは泡沫世界でありながら、深淵世界となった。
転生の秩序が銀水聖海を循環し、どの世界にいようとも<転生>を使うことができるようになった。
あの戦いの最中、レイたちは影珠を用いて、最期を迎える前に影の魔法陣で<転生>を使った。そのはずだ。
しかし、二千年が経った今も、彼らは未だ生まれ変わっていない。
ミーシャ以外は<転生>を使ったのは、転生の秩序が循環する前だ。ミーシャにしても、まだミリティアが深淵世界になった直後のことだった。あるいは、秩序が完全には働いていなかったのやもしれぬ。
仮に転生できたとして、ミリティア世界には生まれなかったのかもしれない。
記憶を失ったのかもしれない。
そう思い、各世界を旅しているものの、彼らを見つけることはできなかった。
手がかりはない。
しかし、そうだとしても、なにを失ったとしてもここに来るはずだと考えた。彼らの想いが、ともに学んだこの教室に導いてくれるはず、と。
この二千年間、俺は魔王学院に通い続け、彼らを待っていた。
もしくは――間に合わなかったのやもしれぬ。
転生の秩序が循環する前に、<転生>の効果が切れ、彼らの根源は永久に戻らぬやもしれぬ。
だが、それを確かめる術はどこにもない。
誰もいない教室で、俺は椅子にもたれ、目を閉じた。
しばらくして、遠くから僅かに喧噪がした。
今日は魔王学院の入学式だ。新入生たちや、式の準備で多くの魔族がデルゾゲードを訪れる。
まだ時間はある。一休みしても問題はないだろう。
暖かな陽光が肌を撫で、次第に意識が微睡んでいく。
「――アノス」
静かに俺を呼ぶ声が聞こえた。
ふと気がつくと、俺は玉座に座っていた。デルゾゲードにある魔王の玉座だ。
傍らにはシンが控えており、視線の先にいたのはレイだ。隣にミサの姿も見えた。
外は暗い。夜なのだ。
「決めたよ。正帝とは僕が戦う。父オルドフの誇りのために、僕がその道を示さなきゃならない」
これは遠いの日の夢。
あの戦いの直前に、彼らと過ごした夜の記憶だ。
「正帝とは絡繰機構。奴には個別の人格と呼べるものさえないやもしれぬ。手はあるのか?」
すると、いつものように柔らかくレイは笑った。
「なんとか、やってみるよ」
「では任せた」
レイは踵を返し、立ち去ろうとする。
しかし、途中で足を止めた。
「……きっと……」
彼は言った。
「僕はきっとこの戦いで命を落とす。生きて戻ってくるつもりなら、きっと僕の目的は果たせないはずだから」
「レイ」
彼の背中に俺は言った。
「それでも、お前は目的を果たし、ここに戻ってくると俺は信じている」
レイは振り向かず、黙って俺の言葉に耳を傾けている。
「いつも、お前は俺の勇者だ」
噛みしめるように、レイはその場で僅かに頷き、そして玉座の間を後にした。
ミサはそれを見送った後、俺の方を向いた。
「止めたいか、ミサ」
俺は問う。
「いいえ」
凛とした瞳で、彼女は即答した。
「レイさんの、お父さんが懸命に歩んできた道を無駄にしたくない、つなげたいっていう気持ちは、よくわかります。あたしも同じ立場なら、きっとそうするはずですから」
出会った頃から変わらぬまっすぐさで、彼女は言った。
俺と、そして父であるシンに向けて。
「だから、最後まで一緒に戦います。それが言いたかったんです」
ぺこりと頭を下げて、彼女は踵を返す。そうして、レイを追いかけていった。
「早いものですね」
傍らで、ぽつりとシンが言う。
「子どもが大きくなるというのは」
「そのようだ」
「我が君」
シンはこちらを向くことなく、いつものように実直な口調で言った。
「私はあなたの剣となり、右腕となり、多くの敵を斬りました」
「そうだな」
「他の誰でもない、魔王の剣であったことが、私の誇りです」
それ以上、彼はなにも言わなかった。
俺も聞くことはなかった。
それだけで、十分だったのだ。
「他の者の様子を見てくる」
俺は立ち上がり、玉座の間を後にした。
やってきたのは中庭である。
そこにはエレンたちファンユニオンとアルカナがいた。
「やっぱり、新曲が欲しいよね」
「うんうん。やっぱり、決戦って感じがするからっ!」
正帝も第一魔王もかなりの強敵だが、彼女たちは緩い会話を繰り広げている。
「さっきの曲はだめなのだろうか?」
と、アルカナが聞く。
「あれはね、うーん」
と、ノノが頭を悩ませる。
「色で言うと、白だから、ちょっと違うんだよね」
ジェシカが言う。
「黒が良いということだろうか?」
不思議そうにアルカナが尋ねた。
「黒だと行きすぎだから、もうちょっとだけ濃くしたいかなぁ?」
シアが言う。
「ベージュだろうか?」
再びアルカナが問う。
「おしい! ベージュっていうかね」
「ね! 肌色っていうか!」
「肌色と肌色のぶつかり合いっていうか!」
「肌と肌のぶつかり合いっていうかっ!」
「そういう歌で、銀水聖海の人たちの度肝を抜きたいよねっ!!」
堂々とエレンが言い放つ。
アルカナはしばし頭を悩ませた後、
「……それなら、わたしに考えがある」
「ほんとにっ!?」
「カナっちのアイディアッ!?」
「アノス様と一つ屋根の下のっ?」
「「「「聞きたい聞きたい聞きたい聞きたいっ!」」」」
ファンユニオンの少女たちがものすごい勢いで食いついた。大きな戦いが控えているとは思えぬほど、普段通りだ。彼女たちはあれで問題あるまい。
俺は中庭を後にして、学院の廊下に移動する。
「あー、アノス君だぁ」
俺を見るなり声をかけてきたのはエレオノールだ。
彼女はゼシアと一緒だった。
「戦いの前に、魔王様がこんなところでぶらぶらしてどうしたの?」
「皆の様子を見ておこうと思ってな」
エレオノールは笑みをたたえ、人差し指をピッと立てた。
「優しいぞ」
「お前たちも休める内に休んでおけ」
そう口にして、先へ歩いていくと、後ろからエレオノールが抱きついてきた。
「どうした?」
「休んでるんだぞ」
「ゼシアも……します……!」
と、ゼシアは母親の真似をするように俺の前からもたれかかってくる。
「よし!」
勢いよくエレオノールは俺から離れた。
「ボクはずっと覚えてるぞ。アノス君はアゼシオンとの戦争の時、ディルへイドを守るだけじゃなくて、敵のはずのボクたちを助けてくれた」
にっこりと笑い、エレオノールは言う。
「それが魔王学院なんだ。今はボクもその一員だから、絶対に負けないぞ」
「銀水聖海も……救い、ます……!」
両拳を握って、ゼシアは意気込みを見せた。
「だから、こっちはボクたちに任せて、安心して行ってきていいんだぞ」
「ああ、頼りにしている」
手を振るエレオノール、ゼシアと別れ、俺は廊下を歩いていく。
遠くから声が聞こえてきた。
「――ごめんなさああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっっっ!!!」
謝っているような悲鳴がみるみる近づいてきて、走ってくるナーヤの姿が見えた。
彼女は俺に気がつくと、立ち止まろうとしたが、
「カカカカカカカッ! 走れ、走れ、走れ、居残りっ!」
と、彼女の後ろから追い立てるようにエールドメードが走っていた。
「は、はいっ! アノス様、廊下を走ってごめんなさぁぁぁぁぁぁいっ……!!!」
謝りながら、ナーヤは廊下を走り去っていった。
「また妙なことを始めたものだ」
すると、エールドメードが俺の前で急停止する。クイッと彼は振り向いた。
「いやいやいや、どうにもこれから始まる戦いが不安のようでなぁ。緊張をほぐすための荒療治だ」
なるほど。
「緊張だけなら、いつものお前は放っておくだろう」
「カカカカ、確かに確かに。正帝と第一魔王、今回の敵は粒ぞろいだ。オレも死ぬかもしれんなぁ」
「危うければ逃げることだ。生き延びなければ話にならぬ」
すると、思案するように奴は顎に手をやった。
「生き汚いのは得意中の得意だが、いやいや、しかし、どうにもアレはああ見えて頑固なところがある。それでこそ、ギャンブルのしがいがあるというものだが」
ナーヤの方を熾死王は見た。
「まあ、いざとなれば、言いくるめてトンズラするとしよう。銀水聖海にはまだまだ面白そうなものがごまんとあるからなぁ」
カカカカカッ、と笑いながら、エールドメードはナーヤを追いかけていった。
俺はそのまま第二教練場にやってきた。
人の気配を感じ、ドアを開ける。
中にいたのはミーシャとサーシャだ。二人はこちらを振り返った。
「戦いはまもなくだ。そろそろ、休め」
俺は言った。
ミーシャがこくりとうなずくと、サーシャは言った。
「わかってるんだけど、ちょっとね」
「見ておきたかった」
「なにをだ?」
俺は問う。
「ここはアノスと一緒に、色んなことを学んだ場所だから」
そうミーシャは答えた。
今回の戦いがどれだけ過酷なものになるか、彼女たちもすでに承知しているのだ。
「思い出すな」
同意を示すようにサーシャがうなずく。
「アベルニユー。お前は俺に会うなり因縁をつけてきた。前世のことも忘れてな」
「はっ、はあっ!? ちょっと、今、そんな話をする雰囲気じゃなかったでしょっ!」
慌てたように、サーシャは顔を真っ赤にした。
「大体、そっちだってすっかり忘れてたじゃないっ!」
ビシッとサーシャは俺の顔を指さした。
「わたしも」
便乗するようにミーシャが言った。
「忘れられて寂しかった」
「お前も覚えてなかっただろうに」
すると、悪戯っぽくミーシャがはにかむ。
「言ってみたかった。たまには」
「もう。ミーシャまで、わけわかんないこと言って」
呆れ半分でサーシャがため息をつく。
「それで? なにを恐れる必要がある?」
サーシャは一瞬戸惑ったように、こちらを見た。
「長い時を経て、記憶を失い、力を失い、姿形が変わっても、俺たちはまた出会ったのだ」
すると、安心したようにサーシャは笑った。
ふんわりと、ミーシャが微笑む。
「じゃ、次転生したときは忘れないでよね、魔王様」
「すぐ気がついて」
「賭けるか? 気がつかなかった者の負けだ」
挑発するように笑みを返し、俺はそう口にした。
「いいわよ」
「約束」
二人はそう言うと、気が楽になったか、入り口に歩き始めた。
第二教練場を出て行く際、サーシャは俺を振り返って、
「じゃ、また後でね」
ミーシャが小さく手を振って、彼女たちはその場を後にした。
なぜ、こんな昔の夢を見るのか? あるいは、帰らぬ彼らが俺に別れを告げに来たのか?
もう――待たずともよい、と。
「――アノス」
声が聞こえた。
ひどく懐かしい声だ。
二千年前の夢のような。
俺は目を開いた。
第二教練場の自席に俺は座っていた。
隣にはミーシャがいた。
サーシャもいた。
レイとミサ、エレオノール、ゼシア、エンネスオーネもいる。
教壇にはエールドメードとシン、ファリスが立っており、遠くの席にナーヤが座っている。
アルカナとエレンたち、そしてあの戦いで命を落とした魔王学院の生徒たちが、席に座っていた。
二千年前と変わらぬ姿で――
「なによ? 転生してないのにわたしたちのことを忘れたのかしら?」
そうサーシャが言うので、俺は思わず笑ってしまった。
「なに、これでは賭けにならぬと思ってな」
すると、サーシャは目を丸くした後、俺と同じように笑った。
「それもそうね」
「でも、どうしようか? せっかくだから、なにかしたいよね」
レイが言った。
「なにかって、なによ?」
「今日の授業」
すると、ミーシャがこちらに視線を送ってきた。
なにか案はないか、ということだろう。
「ふむ。そうだな」
俺が立ち上がると、皆がこちらを向いた。
「お前たち以外にも、あの戦いで転生した者はいた。あるいは、この魔王学院に来ているやもしれぬ」
レイたちは納得したようにうなずく。
不敵な笑みを覗かせ、俺は言った。
「行くぞ。今日の授業は転生者探しだ」
以上で『魔王学院の不適合者』の物語は完結となります。
最後までお読みくださいました皆様、誠にありがとうございます。
かなり長い物語を、途中更新が滞ったにもかかわらず、終わりまで見届けてくださったなら、こんなに嬉しいことはありません。最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
またWEBが完結しました記念としまして、新作『全知全能の王、御言葉が勘違いされる』を書き始めましたので御覧になっていただけましたら嬉しいです。↓↓↓にスクロールしていただくと、リンクがありますので、よろしくお願いします。




