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深淵の創造


<願望の星淵>。


 アイシャの胸を貫き、その根源をつかんだデュエルニーガは、とどめとばかりに<混沌赤流星(アルガ・デロム)>を直接叩き込む。


 混沌の力に満ちた赤い星の光が漏れたその瞬間、地上が激しく震動した。<願望の星淵>にまで余波が伝わるほどの強大な力が二つ、ぶつかり合っているのだ。


 デュエルニーガは一瞬そちらに視線を向けた後、荷を下ろしたような表情をみせた。


「どうやらアムルが先だった」


 展開した<混沌赤流星(アルガ・デロム)>の魔法陣を発動せずに、彼女はそう語りかけた。


「二律僭主が有する最大の脅威、<涅槃七歩征服ギリエリアム・ナヴィエム>。しかし、その七歩

目を踏ませることができれば、私たちの勝ちだとアムルは言った」


 星々により、赤く照らされているその<淵>が、次第に暗く、闇に覆われていく。


 それは影だ。


「滅びの深淵が銀水聖海を消し飛ばし、私たちの復讐はようやく終わる」


 そうして、影が世界の全てを覆いつくす。


 小さな呟きがこぼれ落ちた。


「ムルガ……今から、私たちもいくよ……」


 その声をかき消すように、世界を覆いつくした影が粉々に砕け散った。


 一瞬、なにが起きたかわからなかったか。デュエルニーガは目を丸くする。


 その隙をつき、自らの胸を貫いている手をアイシャが握った。


「アノスは負けない。なにがあっても」


 ミーシャが言うと、<源創の神眼>がその瞳に現れ、デュエルニーガの手首が凍りついていく。


「あげる」


 デュエルニーガは自らの腕を切り落とし、後ろに下がった。


<希輝の神眼>が輝けば、アイシャに刺さっているその腕が赤い混沌の光を放ち始める。


混沌赤流星(アルガ・デロム)>だ。


 いかにアイシャといえども、至近距離で混沌の魔法を食らえば滅びは必至だ。


 だが、その腕がアイシャの根源をつかんでいるため、避ける手段もない。


 絶望がよぎるその僅かな猶予で、先に決断したのはサーシャだった。


 アイシャが光に包まれる。<分離融合転生(ディノ・ジクセス)>の光だ。


 その体が二つに分かれ、ミーシャとサーシャに戻った。融合を解除したのだ。


 デュエルニーガの腕が刺さっているのは、サーシャの方である。


「はああぁぁぁぁぁっ!!」


 彼女はまっすぐデュエルニーガに突っ込んだ。接近していれば、<混沌赤流星(アルガ・デロム)>に自分も巻き込まれる。


 彼女は魔法障壁を展開し、サーシャの前進を阻もうとする。


 だが、サーシャの体は影となり、魔法障壁をすり抜けた。理滅剣だ。自らの魔法障壁により、逆に逃げ場がなくなったデュエルニーガに、その刃が突き刺さる。


「……ぁ……!」


 彼女の体から血が溢れ出す。


「これで、終わりよっ!!」


 サーシャが渾身の力を込め、理滅剣の刃がデュエルニーガの根源に食い込む。


<希輝の神眼>が再び輝く。


 サーシャの根源に突き刺さった腕が、赤い輝きを発し、<混沌赤流星(アルガ・デロム)>の大爆発を引き起こした。


 ミーシャの目の前で、その命が消えていく。


 その神眼()で見るよりも早く、彼女はずっと一緒にいた自らの半身が欠けてしまったことを感じたのだ。


 声が聞こえた。


 自らの中の、もう一人の自分。


 アイシャの時に遺していった、姉の声が。


『――ありがとう、ミーシャ。あなたと二人だったから、毎日が最高だったわ――』


 ミーシャの頬を一筋の雫が伝う。


「……サーシャ……」


「彼女は強く、優しく、勇敢だった」


混沌赤流星(アルガ・デロム)>の爆煙の中に、人影が見える。


 赤い光が発せられ、爆煙が晴れる。デュエルニーガはまだ生きている。サーシャの決死の攻撃ですら、届かなかったのだ。


「それでも、叶わない願いがあった。これがこの海の現実」


 冷たい瞳を向け、デュエルニーガはそう言った。


「違う」


 ミーシャはそう言葉を返す。


「なにが違うというの?」


「願いが叶わないぐらいで、わたしたちは幸せを諦めたりしない」


「それは綺麗ごと。願いが叶わない生に、どんな意味があるというの?」


「生きる意味はあるものじゃない。自分で作るもの」


 デュエルニーガの問いに、はっきりとミーシャは答えた。


「サーシャはそれを見つけたから。彼女が生きた日々は、奇跡だった」


 ミーシャがその手につかんでいるのは、影珠だ。


 魔力が解放されれば、<絶渦>の中に無数の影絵が現れた。人や馬、建物、道や森、城など様々なものがある。


 それは転生世界ミリティアだった。


 空には<創造の月>の影絵があり、雪月花を降らせている。


<創造の月>が光り輝くと、そこに影絵のミリティア世界中から光の粒子が集い始める。


 本物のミリティア世界と影絵のミリティア世界はつながっている。遙か遠い海を超えて、平和を願う人々の想いが集まり、魔力に変わっているのだ。


想司総愛(ラー・センシア)>である。


「あなたがなにを創ろうと、ラーヴァシュネイクの星々はその全てを壊すだろう」


 デュエルニーガがすっと手の平をかざす。


「<赤星絶渦(オズマ)>」


 影絵のミッドヘイズの中心に突如として出現したのは赤い星。それが渦を巻き、街を飲み込んでいく。


「この影絵は、本物のミリティア世界の影。光がある限り、影が消えることはない」


 ミーシャの言葉を裏付けるように、影絵の<創造の月>が雪月花を降らせれば、たちまちミッドヘイズは創り直される。


 その間にも、<想司総愛(ラー・センシア)>の魔力は積み重なっていく。


 影絵のミッドヘイズには、エミリアがいた。ラオスや、ハイネ、レドリアーノ、勇者学院の生徒たちや、メルヘイスたち七魔皇老もいる。


 地底では、ディードリッヒを始めとするアガハの騎士たち、祈りを捧げるゴルロアナと、ジオルヘイゼの教団。そして、アルカナが救ったガデイシオラの者たちが。


 アハルトヘルンではレノや、彼女の家族である精霊たちが。


 神界には樹理四神を筆頭とした神族たちが、皆想いを一つにして、このラーヴァシュネイクに魔力を届けてくれている。


 膨大な光量は、歯車の集合神エクエスとの戦いの時以上だ。深層十二界ですら、滅ぼすことができるだろう。


 それでも、足りない。


 この深淵世界が有する魔力は、ミリティア世界の生きとし生ける者の想いを束ねたとて、半分にも満たないだろう。


 銀水聖海では深きは浅きに流れるため、泡沫世界の魔力が深層世界を上回ることはない。


 その絶対なる理が、たった今、破壊される。


 影絵の世界に、一人の勇者が姿を現す。レイだ。


 死してなお、平和を願う彼の想いが溢れんばかりに光を放ち、<創造の月>に集められる。


 彼だけではない。


 隣にはミサがいる。その後ろにはシンが、カボチャの犬車に乗ったエールドメードとナーヤ、ゼシアとエレオノールが駆けつけた。


 魔王聖歌隊や魔王学院の生徒たち、アルカナ、ファリス、イージェスもいた。


 死んだ者たちの想いが、影絵を創り、<創造の月>を目映く輝かせる。


「遠く離れても、全て失っても、想いはここに」


 ミーシャが自らの胸元に手を触れ、そう言った。


 彼女の傍らにもう一人の影が姿を現す。サーシャだ。


「わたしたちはいつも一緒」


 ミーシャは指先をそっと伸ばす。


「<総愛聖域熾光砲ラー・センシア・トライアス>」


 銀水聖海の理を超えて、生者と死者の想いの結晶が真っ白な光となり、照射された。


 デュエルニーガはそれをどこか羨望の眼差しで見つめていた。


 星のような瞳で、じっと――


「<|星のかけらを手の平に包んで《ラ・アース・レオネイアス》>」


 彼女の前に、瞳と同じ形の星が出現する。先程と同じく、その手を伸ばし、真白の星を優しくつかむ。


「影絵を創っている光は、その白銀の月」


 デュエルニーガがそう口にした直後だった。


 影絵の<創造の月>が星型に抉られた。


 その世界が終わりを告げるように、影絵たちが消えていく。どれだけの想いがあろうとも、それを具現化している権能が消えれば、維持することはできない。


 デュエルニーガに向かって放たれた<総愛聖域熾光砲ラー・センシア・トライアス>も消滅し、影絵の世界は完全に崩壊した。


「これであなたたちの奇跡は終わり――」


 言いかけて、デュエルニーガは目を丸くする。


 影絵の世界が崩壊したその一瞬の隙をつき、自分に向かって飛び込んできている影が二つあった。


 ミーシャと影絵のサーシャである。


<創造の月>が破壊された以上、影絵は全て消え去るはず。そう考えたであろうデュエルニーガは次の瞬間、理解した。


 ミーシャが手にしているのは理滅剣ヴェヌズドノアだ。サーシャが遺していったものである。


 それを使い、影絵を維持したのだ。


「言ったはず。ラーヴァシュネイクの星々は全てを壊す」


<希輝の神眼>が光を放ち、影絵のサーシャに星型の穴が空く。


「どんな奇跡も」


 デュエルニーガが、ミーシャに視線を移す。


 至近距離まで近づいた彼女は<源創の神眼>をデュエルニーガに向けた。


 瞬間、ミーシャの胸が星型に抉られた。


「どんな希望も――」


 最後に残ったミーシャの希望、理滅剣ヴェヌズドノアにデュエルニーガは<希輝の神眼>を向ける。


 願いを断つ残酷なるその神眼()が、しかし目の前の光景に釘付けになっていた。


 ミーシャの手の中で、理滅剣が創りかえられていく。


 つぼみをつけた一本の植物。ムルガが育てていた卵樹(らんじゅ)のつぼみだ。


 ゆっくりとそれがミーシャの手を離れ、デュエルニーガのもとへ浮遊してきた。


 敵であるミーシャが創り出したそれを、危険だと感じながらも、デュエルニーガは壊すことができなかった。


「……どう……して……?」


「あなたの心を見たから」


 アムルから話に聞いたものの、ミーシャは卵樹のことを詳しくは知らない。


 彼女が見たのは、デュエルニーガの想い。


 心の深淵を覗き、そこにあったものを<源創の神眼>で形にしたのだ。


「これが、あなたの深淵にあったもの」


 デュエルニーガの瞳から、涙の雫がこぼれ落ちる。それは星のようにキラキラと輝いている。


「ごめんね」


 ミーシャはデュエルニーガの手の平の上に、そっと、卵樹(らんじゆ)のつぼみを置いた。


 穴が空いたミーシャの胸にヒビが入り、そこから光の粒子が漏れている。


「あなたたちの願いは叶わない」


 優しく、慈愛に満ちた表情でミーシャは言った。


「けれど、創るから。あなたたちの新しい願いを。アノスが……わたしたちが創るから」


 ミーシャの顔に亀裂が走る。


「だから、もう一度だけ信じてほしい。わたしが、滅びるまでの間でいい」


 デュエルニーガは呆然と目の前を見つめた。


 そこにある卵樹のつぼみを。


 彼女は卵樹のつぼみから片手を放して、魔法陣を描こうとする。しかし途中で消して再び、卵樹のつぼみを両手で持った。


 まぶたを下ろして、白く輝くその神眼()を閉じる。


「……疲れた。あとはアムルに任せる……」


 そうデュエルニーガは呟いたのだった。



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