表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
786/791

暗闇の道をともに


 そこは雲に覆われた空、無数の歯車が回転し、赤い星々を引き寄せている。


「君の正義はなんだろうか?」


 問うたのは、正帝アイゼルだ。


 レイとミサは、彼のもとまで辿り着いていた。


「先王オルドフの仇を討つことかな?」


「そうだね」


 静かにレイは答えた。


 穏やかに見える表情の裏側には、熱い想いが渦巻いている。


「我が父、オルドフは聖剣世界の平和のみならず、宿敵、災淵世界イーヴェゼイノさえ気にかけ、この海の調和を願っていた。一方的な正義を振りかざし、その命を奪ったのが君だよ、正帝」


「君は正義だ。聖王レブラハルド」


 肯定されると思わなかったか、レイは訝しげにアイゼルを見返した。


「正確には、オルドフの命を奪ったのは古き正帝ヴラドだ。だが、安心してほしい。ヴラドは悪だった。ゆえに、この正帝アイゼルが滅ぼした」


「……なにをおっしゃってますの?」


 呆れ半分にミサが言う。


「姿形が変わっただけで、君も同じ正帝のはずだ」


「同じ正帝というものは存在しない。正帝とは人物を指すのではなく、正義の形を指す。今の形では完全なる正義を実行できないと判断した時、正帝は古い正義を書き換え、新しい正義を構築する。過ちを犯した正帝を自ら滅ぼすことで、完全なる正義への一歩を刻むのだ」


 アイゼルはそう説明する。


「正帝アイゼルと正帝ヴラドは別の正義だ。君たちにわかりやすくいうのなら別人だ。私なら、先王オルドフを滅ぼすことはなかった」


 レイは目の前の男を睨む。


 その瞳は、珍しく怒気をあらわにしていた。


「そんな方便が通用すると思うかい?」


「事実だよ。絡繰世界ではそうなっている。我々の文化を君が理解できないというのなら、仕方がないけれどね」


 正帝アイゼルは俯瞰したような瞳をしながら、レイに言葉を発する。


「私は先王オルドフを滅ぼしてはいない。先ほど、生まれたばかりだ。一つ君に問いたい、聖王レブラハルド。私を滅ぼすというのなら、そこにどんな正義があるというのか?」


 レイは静かに目を閉じた後、ゆっくりと口を開く。


「逆に聞くよ、正帝アイゼル。君はどんな正義をもって、僕たちを滅ぼそうとするんだい?」


「銀水聖海の全ての正義を集めた存在が正帝アイゼルだ。君たちがこの完全なる正義に逆らおうとする限り、その集合正義によって裁かれる」


 アイゼルは言った。


「それとも、私が完全なる正義だと認めるかい?」


「君が本当に完全なる正義だという保証はない。また新たな正帝を作る可能性はないのかい?」


「そうかもしれないね。しかし少なくとも、君一人の正義に比べれば、多くの正義により行動を決定している」


「やっぱり君は間違っているよ」


 はっきりとレイは断言した。


「多くの正義を集めたところで、完全なる正義には決して辿り着きはしない」


「君なら辿り着けると? それは驕りだよ、聖王レブラハルド」


 正帝アイゼルは手を掲げる。


 そこに光が集い、霊神人剣エヴァンスマナが召喚された。


「なぜ平和を求めながら、完全なる正義の誕生を喜ばしく思わないのか?」


 霊神人剣を握りながら、アイゼルは穏やかに言う。


「答えは簡単だ。君が偽善者だからだよ、聖王レブラハルド」


 アイゼルの姿がブレた。


 次の瞬間、僅かな残像を残し、彼がレイの目の前にいた。


「偽善は抹消しなければならない」


「ずいぶんと野蛮な正義ですわ」


 アイゼルが現れることを読んでいたのか、そこにミサは<覇弾炎魔熾重砲(ドグダ・アズベダラ)>を撃ち放った。


 青き恒星が派手に爆発する。


 だが、無傷だ。


 虹路が魔法障壁のようにアイゼルを守り、<覇弾炎魔熾重砲(ドグダ・アズベダラ)>を完全に遮断している。


「<天帝虹路砲(オルロアズ)>」


 アイゼルが多重魔法陣を描く。


 そこから、放たれたのは虹路の魔法砲撃だ。


 素早く後退したレイとミサは、魔法障壁を展開する。


 白い虹を彷彿させる砲弾は二重の魔法障壁を容易く貫通した。レイが無道剣エフェクでそれを受け止める。


 ジジジジジジと激しい火花を散らせながら、レイが後ろに押されていく。


「はあっ……!!」


 渾身の力を込めて、彼はどうにか<天帝虹路砲(オルロアズ)>を弾き飛ばした。


「<歯車天帝虹路砲(ベガロ・オルロアズ)>」


 大小無数の歯車が、先ほどと同じく多重魔法陣を描いた。


 一発を防ぐのさえ困難だった虹路の砲門が、彼らの周囲を取り囲むようにズラリと並べられている。


「使いますわ」


 即座にミサは判断した。


 彼女の背にある精霊の羽根が光を発する。


「精霊魔法――<精霊魔法生誕(リ・レノ)>」


 ミサの瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。それを彼女は手の平で受け止めた。


 その精霊魔法は、全ての精霊の母たる大精霊レノの力。彼女の涙は、噂と伝承をもとにした精霊を生む。


精霊魔法生誕(リ・レノ)>は、精霊を生むことはできないが、噂と伝承をもとにした精霊魔法を生むことができるのだ。


 噂と伝承の範囲はミリティア世界に限られる。


 その理をミサは影珠の力を使うことによって破壊した。噂と伝承の範囲を銀水聖海に広げたのだ。そうして、彼女が精霊魔法のもとにした噂と伝承は――


「<大魔王常闇魔眼(ジニア・ヴァーズ)>」


 ミサの右眼が朱く輝く。


 大魔王ジニア・シーヴァヘルドの<常闇の魔眼>である。彼女は四方八方から撃ち放たれた虹路の砲弾を一睨みする。


 瞬間、それらは闇に吞み込まれ、消え去った。


「<破邪聖剣王道神覇レイボルド・アンジェラム>」


 レイが光の剣を振り下ろす。


 アイゼルに向かってまっすぐ伸びた光の道が、しかし次の瞬間、八つ裂きに切り裂かれた。


「<天牙刃断(てんがはだん)>」


 蒼白の剣閃が八つ、レイに襲い掛かる。ミサが<常闇の魔眼>でそれを闇に呑み込んだ瞬間、<歯車天帝虹路砲(ベガロ・オルロアズ)>が彼女に集中砲火した。


「ミサッ!!!」


 派手な爆発が巻き起こる。


「……問題ありませ――!?」


 間一髪、<常闇の魔眼>で致命傷を避けたミサだったが、目の前にはすでに正帝アイゼルが迫っていた。


 奴は霊神人剣を振り上げている。


「正義には勝てない」


 鮮血が散った。


 ミサの顔に、赤い血が降り注ぐ。


「……これは……?」


 正帝アイゼルの腕に、一本の矢が突き刺さっていた。


 白い虹――虹路を纏った矢が。


 アイゼルは魔眼を光らせ、その矢が飛来してきた方角を睨む。


 だが、いない。


 歯車を散りばめた雲の中に、その姿はない。


 願望世界ラーヴァシュネイクの空のどこを探しても、やはりいない。


 更に、アイゼルは銀泡の外、願望世界ラーヴァシュネイクの領海にまで視界を広げた。


 しかし、そこにもいないのだ。


 正帝アイゼルは<絶渦>から得た絶大な魔力を使って、遥か彼方まで視線を飛ばした。


 そこは転生世界ミリティア領海。


 銀水船ネフェウスの船首に立ち、弓を構えた狩猟貴族――バルツァロンドがそこにいた。


 彼の口が動き、アイゼルは唇を読んだ。


「このバルツァロンド、どれだけ離れた距離だろうと弓を外したことは一度もない」


「<銀界歯車魔弾(ドゥール・ゾネイド)>」


 アイゼルは魔法陣を描く。


 銀の歯車が五つ出現し、勢いよく回転する。それらは銀泡の外へ飛び出して、光よりも速く銀水聖海を突き進む。


 銀滅魔法だ。


 狙いはミリティア領海から界間射撃を行っているバルツァロンドである。


「そんな遠いところから撃った歯車の一つや二つ、落とせないなどありえない!」


 目にも止まらぬ速度で虹路を纏った矢が次々と放たれ、<銀界歯車魔弾(ドゥール・ゾネイド)>を五つ、あっという間に射抜いてみせた。


 矢が突き刺さった銀の歯車は、その場で爆発を巻き起こす。


「正帝アイゼル、貴様の正義は間違っている! ヴラドと別人格だとか、銀水聖海中の正義を集めただとか、そんな細かいことは知りはしない! 私の狩猟貴族としての勘が、貴様の正義を射抜けと叫んでいるっ!!!」


 バルツァロンドが放った矢が銀水聖海を超えて、正帝アイゼルに降り注ぐ。


 遠ければ遠いほど加速する特性を持つそれは、長い距離を経て、アイゼルの魔眼にすらかろうじて映るかどうかというほどの速度に達している。


 後退したアイゼルの足を矢がかすめ、血が溢れ出した。


 来ることはわかっていた。それでも避けきれなかったのだ。


「無道剣、秘奥が壱――」


 バルツァロンドが作った隙を逃さず、レイはアイゼルとの距離を詰めた。


「<示閃(しせん)>ッ!!!」


 アイゼルの前に展開された虹路の障壁に一点、小さな黄金の光が灯る。


 そこに向かって放たれたレイの突きは、黄金の軌跡を描いた。


 虹路の障壁が<示閃(しせん)>によって破られ、アイゼルの肩に刃が食い込む。すぐさま、霊神人剣が横薙ぎに振るわれた。レイは剣を引き、それを回避した。


「バルツァロンド。君に問おう。君の勘は本当に正しいのかい? 理性もなく、思考もなく、知恵もなく、そうして下した決断が正義に足ると、言い切れるのかな?」


 レイとミサに<歯車天帝虹路砲(ベガロ・オルロアズ)>を放ちながら、アイゼルは再び<銀界歯車魔弾(ドゥール・ゾネイド)>を放った。


「少なくとも言えることは一つだ、正帝アイゼル。私の勘すらも正しいと思わせることのできない貴様が、完全なる正義であるはずがない。私が悪に見えるというのならば、貴様の存在が、私に弓を握らせている。貴様が悪を作ったのだ。それが完全なる正義と言えるのかっ!?」


 海を超えて飛んでくる銀の歯車に、バルツァロンドは矢を放った。


 先ほどと同じだ。


 迫りくる銀の歯車に、次々と矢が突き刺さり、銀水聖海に爆発が巻き起こる。


「答えてみろ、正帝アイゼ――」


 ドゴォォンッとバルツァロンドが乗った銀水船ネフェウスに爆発が巻き起こる。


「船底に被弾っ!」


「威力はさほどではありませんが、修復には時間を要しますっ!!」


 狩猟貴族たちが報告を上げる。


「……魔力を抑えた<銀界歯車魔弾(ドゥール・ゾネイド)>を、死角から放ったのか……」


 バルツァロンドがそう呟く。


 弓の天才といえど、さすがに彼は願望世界ラーヴァシュネイクまでの全てが見えているわけではない。


 正帝アイゼルの位置は、レイと共有した魔眼で見ており、その道中は海図と、影のフクロウの魔眼()、なにより魔力を見ることで補っている。


 魔力を小さくされてしまうと、銀水聖海中にある他の魔力に紛れてしまい、判別がつきづらいのだ。


「正義を実行する上で大切なことが一つある。悪を他責にする言葉には耳を貸さない。なぜなら、全ての悪は自らの責によるものだからだ」


 更に大量の<銀界歯車魔弾(ドゥール・ゾネイド)>が、バルツァロンドに向かって撃ち放たれた。


 彼の弓がそれを射貫いていくが、魔力を小さくした一部の歯車だけは追い切れず、銀水船が被弾する。


 威力が小さいとはいえ、それは正帝アイゼルにしてはということだ。


 避けられない魔法砲撃を撃たれ続ければどうなるかは、想像に難くない。


「バルツァロンド卿、あと五発……いえ、三発耐えられるかどうか……!」


「船が落とされたとて、矢を放ち続ける。私がやられる前に、必ず兄上が正帝の首を取る」


 直後、銀水船が真っ二つに割れた。


 飛んできた銀の歯車を、船体を切断したのだ。


「残念だが、それほどの猶予は最早ない」


 アイゼルの声とともに、銀水船ネフェウスが大爆発を巻き起こす。


 船首にいたバルツァロンドは、その身を銀水聖海に投げ出された。


「バルツァロンド卿ーっっっ!!!」


 従者の一人が手を伸ばすが、バルツァロンドには届かず、彼の体は流されていく。


 とどめをさすべく、アイゼルは<銀界歯車魔弾(ドゥール・ゾネイド)>の魔法陣を描く。


「させませんわっ!!」


<常闇の魔眼>を光らせ、アイゼルが構築する魔法陣をミサは一瞬で闇に飲み込んだ。


「手遅れだよ」


 雲の中に回転する大小無数の歯車、それがアイゼルと同じく<銀界歯車魔弾(ドゥール・ゾネイド)

>の魔法陣を構築していた。


 アイゼルはレイに<天牙刃断(てんがはだん)>を七発放ち、彼の手を塞ぐ。


 次の瞬間には、霊神人剣を構え、ミサに肉薄していた。


「自らを守るか、バルツァロンドを守るか、さあ、君の正義はどちらを選ぶんだい、ミサ?」


 血の雨が降り注ぎ、アイゼルの顔を赤く濡らした。


 魔王を滅ぼす聖剣は、ミサの胸を貫き、根源を突き刺している。


 そして、<銀界歯車魔弾(ドゥール・ゾネイド)>の魔法陣は破壊されず、バルツァロンドめがけて発射された。


 アイゼルは目を丸くした。


 ミサは自らの身も、バルツァロンドもどちらも守らなかったのだ。


 彼女の魔眼は朱く光を放っている。


 これまで以上に、力強く。


 それは根源が滅び去る時に発生する最期の輝き――


「知っていますの」


 彼女の姿が真体を失い、普段のミサに戻っている。最早、真体の力を使うことすらできないのだ。


「あたしの大好きな人は、自らの命を捨ててもみんなの平和を守る、本当の勇者なんです。だから……」


 はっとして、アイゼルが振り返った。


 レイが無道剣を手に、突っ込んできている。


 七発の<天牙刃断(てんがはだん)>、それをミサが最期の魔眼で闇に飲み込んだのだ。


 霊神人剣を振ろうにも、その刃をミサが握っている。


「それでも、届かないよ」


 雲の中の歯車が<歯車天帝虹路砲(ベガロ・オルロアズ)>の魔法陣を描いている。


 白き虹の光が集中し、レイに撃ち放たれようとしたその瞬間、上空から飛来した数多の矢が、歯車を全て射貫き、爆発させた。


「……バルツァロンド……!?」


 アイゼルが彼方に視線を向ける。


 彼の体に<銀界歯車魔弾(ドゥール・ゾネイド)>が食い込み、それは根源にまで達している。


 その瞬間、バルツァロンドは自らに向かってくる歯車を撃ち落とさず、レイの活路を開くために、ここに矢を放ったのだ。


「……これが答えだ、正帝アイゼル! 貴様の正義に、命をかけられる者が何人いるというのだっ……!?」


 最後の力を振り絞るように、バルツァロンドは叫んだ。


 その思考の歯車が、鈍い音を立てたその一瞬の間に、レイは無道剣エフェクをアイゼルの心臓に突き刺していた。


「正帝アイゼル。今こそ、我が父オルドフの正義を示す」


 無道剣が更に押し込まれ、血が溢れ出す。


 正帝の瞳の歯車がぎぃ、ぎぃ、と回った。


「正帝アイゼルは、<虹路の泉淵>により形作られたもの。この世に正義を思う者がいる限り、私が滅びることはない」


 ドスッと正帝アイゼルの手が、レイの胸を貫いた。


「<天帝虹路砲(オルロアズ)>」


 体内にて虹路の砲撃を放たれ、七つあるその根源がみるみる滅び去っていく。


「ところで、君はオルドフの正義と言ったのかな?」


 勝利を確信したようにアイゼルはそう語りかける。


「彼は正帝ヴラドが聖剣世界に埋め込んだ歯車に気がつかず、己の正義に確信が持てなかった。完全なる正義どころか、勇者と呼ぶのもおこがましい存在だよ」


「君の言う通り、父上は迷っていた」


 口から血を流しながら、レイはまっすぐアイゼルを見据える。


「自分が感じたことと、虹路の指し示す道が食い違っていたから。災人イザークとの約束も、それが本当に正義なのか、聖剣世界ハイフォリアを破滅に導く愚行なのか、ずっと迷っていた」


 すっと息を吸い、それからレイは言った。


「だからこそ、父は真の勇者であり、それこそが本当の正義だと思う」


「……なに?」


「正義っていうのは、自分が正しいと確信することじゃない。自分が間違っているかもしれないと疑うことだ。たとえ、銀水聖海中から全ての良心を集め、どれだけ立派な正義を見つけたところで、僕たちは自らが正義だと確信した時点で間違えてしまっている!」


「そんな脆弱なものが正義と呼べるか」


 大きくレイは頭を振る。


「違う。一方的に相手を打ち負かすなら、そんなのは剣も言葉も変わりはしない……! 正義は弱くなきゃいけない。迷い、苦しみ、あがきながら、本当にこの道が正しいのかと不安にならなきゃいけない!!」


 レイは叫んだ。


 ありったけの想いが、そこに届くと確かに信じて。


「明かり一つない暗闇の中、僕たちは剣を向けてきた相手と、手を取り合う道を探さなきゃいけないんだっ!!!」


 無道剣エフェクが、祝福の光を発する。


 敵を斬るためでも、<淵>を滅ぼすためでもなく、ただそれは語りかける力。想いを相手に伝える、対話のための剣だ。


 ガタン、と歯車が回った。


 正帝アイゼルの体が白い光に包まれ、そこから一つの歯車がこぼれ落ちた。


「……な……に……?」


 白い光とともに、歯車が次々と落下していく。


 絡繰機構とその神体は、<虹路の泉淵>により、構築されている。銀水聖海中から集められた正義、この海を生きる人々の、一人一人の良心により。


 その心が、レイの訴えに耳を傾けたのだ。


 正しさで裁く(つるぎ)ではなく、己の弱さを認め、一歩を踏み出す勇気を手にするべき、と。


「なぜ……だ?」


 アイゼルが困惑したように声を上げた。


 なんの攻撃も受けていないのに、彼の歯車がバラバラになっていく。


「私が……消えていく……正帝アイゼルが……」


「それが答えなんじゃないのかな? この海のみんなが……君の絡繰機構が、完全なる正義なんて矛盾し

てるってことを、認めたんだと思う」


 アイゼルの瞳の歯車が、ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、と回転する。


「違……う……私……は……正帝……完全なる……正義を実行する者……な、り……」


 紙細工が崩れるように、ボロボロと正帝アイゼルの体は歯車に分解されて、地上に落下していく。


 レイもまたその力を失い、ぐらりとバランスを崩した。


 無数の歯車とともに、彼は落ちていく。


「レイ……さん……」


 虚ろな視界の中、レイは懸命に手を伸ばす少女の姿を見た。


 彼女の手に、必死に手を伸ばして、僅かに指先が触れる。


「ミサ」


 手を取り合う二人。ミサの体に亀裂が走った。


「よかった」


 ほっとしたようにミサは笑う。


「……なにがだい?」


「今度は一緒です」


 アゼシオンとディルヘイド。かつての戦争を思い出したか、ミサはそう言った。


 彼女の体をそっとレイは抱きしめる。


 彼の体に亀裂が走った。


「愛してるよ」


 涙を浮かべ、ミサが唇を動かした。


 言葉は声にならず、二人の体が粉々に砕け散り、光の粒子となって消えていく。


 ただ影の魔法陣だけが、そこに残されていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
力有る対話で盲信の集合正義を瓦解させたか…。 真の勇者だな…、レイ…。
バルツァロンドが一生カッコいい。
絶対正義の正体は、妄信か
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ