かつてのボクに
銀水船ネフェウス甲板。
フレアドールとエレオノール、パルムとゼシアが死闘を繰り広げていた。
放たれる光の複製剣を、パルムが魔法砲撃で撃ち落し、振り下ろされた狩猟剣アウグストを、エレオノールが軍勢鎧剣ミゼイオリオスで受け止める。
互いの力は拮抗している。ゆえにその天秤が僅かでも傾けば、一瞬で決着はつくだろう。
「正帝が全てって、どういうことなんだっ?」
剣戟を交わしながら、エレオノールが問う。
「そのままの意味です。私たち絡繰神は、正帝という絡繰機構の一部にすぎません。自我はあれど自由はなく、意思はあれど選択はできない。万が一、正帝が滅びれば、私も、私の根源クローンであるパルムもまた機能を停止するでしょう」
「君がこんな侵略行為をしたくないっていうなら、ボクたちは力になれるかもしれない!」
「お人好しですね、あなたは。故郷を滅ぼしにきた敵にかける言葉ですか?」
狩猟剣アウグストが光の如く走り、エレオノールの頬を切り裂いた。
「力になれるというのでしたら、今すぐ死んでください。そうすれば、私たちは平穏な暮らしに戻れます」
「そんなの嘘だぞっ!!」
軍勢鎧剣で、フレアドールの聖剣を打ち払い、エレオノールは叫ぶ。
「ボクたちも同じだったっ! ボクもゼシアも、戦うための道具として生み出された! 戦争が起きなく
たって、平穏な日々なんてないっ! 毎日が地獄だった!!」
一瞬、フレアドールが目を丸くする。
「ボクは、君がパルムにこんなことをさせたいなんて、絶対思えないぞっ!」
「……エレオノール……」
まっすぐな視線を向けながら、フレアドールは言った。
「……この戦場で、あなたに会えてよかった……」
狩猟剣アウグストが彼女の手から離れ、甲板に転がった。
彼女は静かに口を開く。
「私を斬ってください。今、パルムは私を通じて正帝の絡繰機構とつながっています。私さえいなければ、彼女だけなら逃げられます」
エレオノールが目を見開く。
「そんなこと……そんなことできないぞっ!!」
「お願いします、エレオノール。あなたにしか託せない! 私は生まれた時から手遅れなのです。あの子だけでもっ!!」
「君がいなくなったら、パルムはどうするんだっ!?」
「あなたなら、わかるでしょうっ!!!」
声を張り上げ、訴えるように彼女は言った。
「私は、私はもうパルムのような根源クローンを作りたくありません。ここで終わりにしてください」
エレオノールの目から、涙の雫がこぼれ落ちる。今にも泣き崩れてしまいそうな、くしゃくしゃの顔で、フレアドールは訴える。
「……お願いします……どうか……!」
「……駄目だぞっ。絶対――」
言いかけて、エレオノールははっとした。
突如、フレアドールが頭を抱え、苦しみ始めたからだ。
「う……ぐぅ……ぁ……」
禍々しい歯車が彼女の瞳に浮かび、ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、と回転し始める。
「フレアドール……?」
「早く……してください……正帝がこの体の支配権を奪おう、と……ああぁぁぁぁっ……!!!」
禍々しい魔力がフレアドールから立ち上り、歯車の瞳で彼女はエレオノールを見た。
ゆらりと体を揺らし、魔法陣に手を突っ込む。
引き抜かれたのは、祝聖礼剣エルドラムエクスである。
虚ろな声で彼女は言った。
「祝聖礼剣、秘奥が壱――<聖別>」
神々しい光が祝聖礼剣から放たれる。
寸前のところでそれを回避したエレオノール。しかし、それは膨大な十字の光となりて、彼女の後方で戦闘中だったエレネシアの戦艦を貫いた。
派手な爆発を引き起こし、戦艦が三隻が大破する。
「ゼシア、下がってっ! まともに食らったら危ないぞっ!」
ゼシアとエレオノールは、フレアドールから距離を取っていく。
「これでも下がれますか?」
フレアドールはパルムのもとまで飛んでいき、そして、その心臓に祝聖礼剣を突き刺した。
一瞬、なにが起きたかわからないといった表情でパルムは母親の顔を見た。
瞳の歯車が、ぎい、と音を立てて回っている。
「あなたたちはこの子に同情しているでしょう。今ならば、まだ助けられるかもしれませんよ」
フレアドールは祝聖礼剣を抜く。
パルムはゆっくりと銀水船の甲板に落下していく。
その小さな口が、最後の力を振り絞るように僅かに動いた。
「ゼ……シア……母上……を……助けて……」
瞳いっぱいに涙を溜めながら、突き動かされるようにゼシアとエレオノールは再びフレアドールに向かっていく。
「敵に同情するとは、愚かなことです」
祝聖礼剣から<聖別>の光が放たれ、ゼシアとエレオノールに襲い掛かる。
「自分の世界の住人を無理やり戦わせて、そんなの正義なんて言わないぞっ!!! 正帝っ!!!」
かろうじて<聖別>を避けて、なおも二人は彼女に押し迫る。
近づけば近づくほど回避は困難になるが、時間をおくことはできなかった。今にも、パルムの命の灯火は消えようとしている。
「別世界の住人を写し取ったことによる生じた思考回路の不具合です。それはすでに正帝に書き換えました」
「不具合でもなんでも、彼女がいた事実は変わらないっ!!!」
「正義の実行の妨げとなる感情を抱くこと、それこそが悪です。ご安心を。私は二度と悪心を抱くことはありません」
キッと睨みつけ、エレオノールが声を上げる。
「ボクは、君を絶対に許さないぞっ!!!」
フレアドールまで残り僅か、至近距離にて再び<聖別>の光が放たれた。
「ママッ……!!」
ゼシアが前に出て、ありったけの光の複製剣を作り、盾とした。
<聖別>が直撃し、みるみる光の複製剣が破壊されていく。ゼシアが手にしていた緋翔煌剣エンハレーティアがぽっきりと折れ、彼女の体を光が焼いた。
「今……です……」
「よくやったぞ、ゼシアッ!」
落ちていくゼシアの後ろから、エレオノールが飛び出して、フレアドールに肉薄する。
軍勢鎧剣ミゼイオリオスを勢いよく突き出した。
狙いは彼女の根源ではなく、その瞳の歯車だ。鮮血が散り、ギィィィンと甲高い音とともに、右眼の歯車が破壊される。
「愚かな選択です」
祝聖礼剣エルドラムエクスが、エレオノールの喉元に突きつけられる。
その切っ先に、膨大な光が集中した。
「祝聖礼剣、秘奥が壱――<聖別>」
十字の光が銀水聖海を貫いていき、後方に迫ってきた戦艦を二隻破壊した。
だが、生きている。
その切っ先は、かろうじてエレオノールから逸らされていた。
「……今……です……私が……完全に……消える……前に……」
正帝の歯車に逆らって、震える手を押さえるようにしながら、フレアドールが言う。
「どうせ、私は……写し取っただけの人格……誰かが犠牲にならなければならないなら、私が……」
瞳から血の涙をこぼしながら、彼女はそう訴えた。
「早くっ! エレオ――」
彼女が言葉を発するのを封じるように、エレオノールは優しく抱きしめた。
瞬間、フレアドールの瞳の歯車が回転し、グシュッと肉を突き破る音がした。
その聖剣が、エレオノールの根源を串刺しにしたのだ。
「あ……あぁ……」
「全員まとめて、幸せになってもいいはずだぞっ!!!」
エレオノールの声とともに、影の魔法陣が描かれる。
影珠だ。ゼシアとエレオノールの二つ分である。
そこに宿った二律僭主の魔力によって、エレオノールはフレアドールの根源に干渉した。
その瞳の歯車の回転が鈍くなり、やがて止まる。
次の瞬間、歯車はバラバラに砕け散った。
「……なに……を……?」
「君を……ボクの魔法にしたんだ……もうこれで自由だぞ……」
力を使い果たしたように、エレオノールはそこから落下していく。
銀水聖海の波に流されていく彼女を、幼い手がぎゅっと抱きとめた。
ゼシアだ。
「ママ……」
「頑張ったね、ゼシア。偉いぞ……」
そう口にして、彼女は我が子の頭を優しく撫でた。
二人の体に亀裂が走り、そうして、光の粒子となって消えていく。
ただ影の魔法陣だけが、そこに残されていた。




