正帝の兵
魔戦絡繰エルガンデ、教育神ガーガリ、門下宗匠カルラは災人イザークを三人で包囲する。
頭の歯車が回転し、エルガンデが口を開く。
「エルガンデは、災人イザークの首を捕獲します」
「うるせぇ」
言うや否や、イザークは地面を蹴った。
獰猛な獣の如く、奴はまっすぐエルガンデに襲いかかる。
界殺災爪ジズエンズベイズを大きく振り上げ、振り下ろす。
ギィィィィィンッと激しい摩擦音が響いた。
イザークの災爪を受け止めたのは長大な車輪の剣。エクエスが<運命の歯車>を用いて作り出したものに似ているが、それよりも強い魔力を宿している。
「正車輪剣ベルテクスバロッゼオ」
刃の車輪が高速で回転し、イザークの災爪としのぎを削る。
無数の火花と、冷気が散る中、両者は違いに一歩も引かず、全力で押し合いを続けた。
力比べを制したのは、イザークである。
エルガンデの左足が僅かに下がると、ここぞとばかりに正車輪剣を押し込み、左手の災爪を歯車の頭部に食い込ませた。
「弱え」
ズガンッと、そのまま災人はエルグランデを床に叩きつけた。
正車輪剣が地面を転がる。
「消えな」
イザークはエルグランデを足で踏みつけると、両爪を大きく振りかぶる。
獰猛な獣の如く、たわませた全身のバネを使って、ジズエンズベイズを振り下ろす。
「甘いです」
その寸前で飛び込んだのはカルラである。彼は正車輪剣を拾い、イザークの背後から心臓を狙った。
しかし、柔軟に体を捻って反転すると、その災爪がカルラの顔面から胴体を一気に引き裂いた。
根源が真っ二つに割れる。
だが、それでもなおカルラは動いた。
根源に致命傷を追いながらも、その手で正車輪剣をイザークの胸部に突き刺す。
血が溢れ出た。
ギロリ、とイザークはカルラを睨んだ。
「てめえ、どうなってやがんだ?」
根源を切り裂かれて、動ける生物などいるはずがない。イザークは一瞬疑問を覚えたが、行動に移るのも早かった。
その爪をカルラの顔面に突き刺したのだ。
「凍んな」
イザークから冷気が放たれ、カルラが凍結していく。次の瞬間、足元から血が溢れ出し、災人が眉をしかめる。
エルガンデが、その歯車の腕を回転させ、災人の足を削っているのだ。
「ちっ!」
「終わりである」
イザークの眼前に、いつのまにか立っていたのは教育神ガーガリだ。
彼の持つ鞭が怪しい光を放っている。
「執刀鞭ミラぜル」
高速で振りぬかれたその鞭は、いとも容易く災人イザークの首を刎ねた。
がっくりとイザークの胴体が膝から崩れ、その場に倒れる。
教育神ガーガリは、イザークの首をつかんだ。
「立て、腑抜けどもが」
ガーガリは執刀鞭ミラぜルにて、エルガンデとカルラを叩く。怪しい光が弾け、災爪を受けたエルガンデの体と、カルラの体が治癒していく。
二人はむくりと起き上がった。
「災人イザークを写し取り、<深魔>を奪う。それに耐えられる強力な器が必要である」
「了解しました。エルガンデは、絡繰神を製造します」
エルガンデは魔法陣から巨大なネジ巻きを取り出す。破壊された<絡繰淵盤>に魔法陣を描き、その中心に差し入れた。
ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、とネジ巻きが三度巻かれる。
「<絡繰淵槽水銀創造>」
銀の粒子が立ち上り、人型の水銀を作り始める。
液体の体がみるみる固体となっていき、首のない絡繰神がそこに現れた。
「これで災人イザークも正帝の兵となる」
ガーガリはイザークの首を絡繰神の胴体に乗せる。すると、銀の光が溢れ出し、水銀の体が別の姿へ変わっていく。
笑みを覗かせるガーガリは、しかし次の瞬間、顔をしかめた。
「強力な器か。いいね。確かにこっちの絡繰神の方が力を発揮できそうだ」
絡繰神が写し取った姿は、災人イザークではなかった。
ガーガリが見たことのない男――グラハムだ。
この場に潜み、災人イザークの首が置かれるより先に、自らの根源を絡繰神に移動させ、その体を乗っ取ったのである。
「お前は何者だ?」
ガーガリが問う。
「ああ、そういえば」
グラハムは手にしていたイザークの首を放り捨てる。
「彼は生きているから危ないよ。油断させて、内側から食い破るつもりだったんだろうね」
善良そうにグラハムは笑う。
転がっていったイザークの首が「ちっ」と舌打ちをした。
「絡繰神形グライム」
グラハムを見て、エルガンデは言った。
「二律僭主ノアを泡沫世界にて滅ぼすように仕込んだ正帝の兵とエルガンデの記憶にはあります」
「なるほど。ならば、味方ということか」
気を取り直して、ガーガリはエルガンデに命令を下す。
「では、改めて災人イザークにとどめを刺せ」
「了解しました」
正車輪剣を手にして、エルガンデは災人イザークの首があるところまで歩いていく。
その状況ではもはや逃げることはできないのか、イザークはただエルガンデを見ている。
エルガンデは正車輪剣を振り上げ、そして――
「<深源死殺>」
黒き指先に後ろから頭部を貫かれた。グラハムだ。
ガーガリが目を丸くする。
「なに……?」
「なぜ……どういうことですか、グライム」
「さあ、どういうことだろうね」
煙に巻くように、グラハムは薄っぺらい笑みを返す。
「ただ気に入らないと思ってね」
「気に入らない……なにがですか?」
「つまり」
グラハムはイザークの首を遠くへ蹴っ飛ばした。
「君たちを裏切った方が面白そうだってことだよ」
一瞬、エルガンデは困惑を示すように押し黙った。
彼女だけではない。
ガーガリやカルラは理解できないといった風に、疑問の表情を浮かべている。
正帝によって作られた、正義の兵が裏切るなど、絡繰世界では決してありえないことだったのだろう。
「カーカッカッカッカ! 今だ、今だ、今だぁっ! ぜっっっっっっこうのチャーンスッ!!」
機を狙っていたか、深層へ降りてきたのはエールドメードとナーヤである。
二人はまっすぐ災人イザークの首を取りに行く。
「させるな! カルラ!」
「はい!」
カルラとガーガリが飛び上がり、彼らもまたイザークの首へ向かう。
エールドメードの方が距離は近いが、速度はガーガリたちが上だった。
「あなたの歯車は壊れてしまったものとエルガンデは判断します」
頭部を貫かれながらも、無理やりぐるりと反転し、エルガンデは正車輪剣を横薙ぎに振るった。
グラハムが咄嗟に<深源死殺>の両手で防ごうとするも、その指がいとも容易く落とされた。
けれども、彼は冷静にその刃から身を引いて、回避する。
「泡沫世界用の絡繰神形では、深淵世界を攻め落とすために製造された魔戦絡繰には決して及びません」
グラハムの体は絡繰神のものだが、七本落とされた指は回復しない。
「僕が壊れている? どうだろうね?」
その指をぼんやりと見つめながら、彼は言った。
「もしかしたら、僕だけが正常で、君たち絡繰世界の全てが壊れているのかもしれないよ」




