魔槍と紫電
「ぬんっ!」
イージェスは骨の魔槍を突き出す。その穂先から六本の血槍が現れ、ジグザグに動きながら、パリントンに襲い掛かる。
対するパリントンは、両手の指先から八本の<赤糸>を伸ばしていた。先端にくくりつけられているのは獅子縫針ベズエズである。
その赤黒い縫い針と緋色の血槍が鍔迫り合いを演じるように、幾度となく衝突する。
押されているのはイージェスの方だ。
二本のベズエズが血槍の隙間を抜けて、彼の顔面を狙う。それを緋髄愴ディルフィンシュテインが、即座に打ち払った。
「遅い」
突如、目の前に出現したパリントンが、<根源戮殺>の手刀にてイージェスの腹部を貫いた。
「……ちぃ!」
ディルフィンシュテインを突き出すも、奴の姿はすでにそこになく、遥か後方に下がっている。
即座に獅子縫針ベズエズが降り注ぐ。
血槍とディルフィンシュテインでそれを防ぐも、捌ききれず、二本のベズエズがイージェスの両足を貫いた。
彼は視線を鋭くする。百戦錬磨のイージェスの魔眼にも捉えられぬあの奇妙な動き。あれを封じなければ、勝機はない。
「力の差がわかったか?」
パリントンは言う。
「私は<深魔>の四分の一を手に入れたのである。下等な泡沫世界の住人如きが、どれだけ背伸びをしても届きはせん」
<赤糸>が複雑に絡み合い、魔法陣を形成する。そこに深き光が溢れた。深淵魔法の光だ。
「<四裂深魔獅子縫針>」
<赤糸>が螺旋を描きながら、先端の縫い針が撃ち放たれた。
それは暗く、黒く、そしてなにより深き光を纏う。限りなく深淵に近い深層大魔法が、死の静寂すら感じさせ、イージェスに迫る。
「緋髄槍、秘奥が伍――」
イージェスは穂先を上にして、骨の魔槍を静かに構える。瞬間、彼の足を拘束している<赤糸>に緋色の斬撃が走った。
「<緋閃裂爪>」
その技は物体を空間ごと斬り裂く。即座に飛び退こうとしたイージェスは、しかし、足を引っ張られた。
彼の隻眼が険しさを増す。
確かに<赤糸>は切断した。しかし、彼の足に刺さっている縫い針はまだなにかにつながっている。隠されているもう一本の糸と。
<四裂深魔獅子縫針>が眼前に迫る中、イージェスは左手をぐっと握りしめる。
指の隙間からゆらゆれと漏れているのは影だ。影珠である。その魔力が解放され、大きく広がった影を、イージェスは体に纏う。
次の瞬間、<四裂深魔獅子縫針>がその影を貫き、四散させた。
「……逃がしたか……」
手ごたえがなかったか、パリントンがそう呟く。
「そう思うは己の驕りよ」
「がっ……!!」
パリントンは背後から、骨の魔槍にて胸を貫かれた。
彼はその目でギロリ、と後ろを睨んだ。イージェスだ。影珠は界間転移には使わず、<背反影体>にて影体を作った。<四裂深魔獅子縫針>を一時的に耐え、その隙に自らの両足を斬り落とした。
緋髄愴ディルフィンシュテインで、次元を切り裂き、パリントンの背後に転移したのだ。
「<深魔創淵>の止め方は?」
隻眼を光らせ、イージェスが問う。
白状せねば、このまま根源を突き滅ぼすとばかりに。
「……で……ある……」
かすれた声でパリントンは言う。
そして、笑った。
貫かれた胸から<赤糸>が溢れ出し、ディルフィンシュテインの穂先にぐるぐると巻きついて拘束し
た。
「そんなことは不可能なのであるっ!!」
パリントンの指先から無数の<赤糸>が伸びていき、それが周囲をぐるりと回って、イージェスに襲い掛かる。
彼は影珠に残った魔力を全て解放する。
紫の光が弾け、雷鳴が轟く。
「<掌魔滅尽十紫帯電界刃>」
ディルフィンシュテインに紫電が走り、巻きついた<赤糸>を切断した。
「がぁ……!! おのれぃっ……!!」
根源を紫電の魔槍で貫かれながらも、パリントンは<赤糸>を伸ばす。
イージェスはディルフィンシュテインを抜き、迫りくる<赤糸>を悉く、その紫電の魔槍で斬り払った。
パリントンは後退する。下がりながらも更に<赤糸>を放つが、イージェスはディルフィンシュテインから六本の血槍を伸ばす。
その六本全てが紫電を纏っていた。
隙間も間断もなく無数に襲い掛かる<赤糸>を、血槍が次々と切断する。そうして、開いた道をイージェスがまっすぐ突っ込んでいく。
みるみる距離が縮まり、槍の間合いとなった。
パリントンが獅子縫針ベズエズを二本手にして、打って出た。
間合いを一気に詰めて、小回りの利かない槍の弱点をつこうというのだ。
「愚の骨頂よ」
瞬間、槍閃が二つ走り、ベズエズがくるくると宙を舞う。
単純な武器同士の戦いでは、イージェスの技量が遥かに上だ。ディルフィンシュテインが紫電を纏い、目にも止まらぬ速度で疾走した。
「<四裂深魔獅子縫針>」
螺旋を描く<赤糸>、深淵を纏ったベズエズが、イージェスの予想だにしない方向から撃ち放たれた。
咄嗟に血槍とディルフィンシュテインを盾にしたが、その全てが打ち砕かれ、イージェスの根源に突き刺さった。
「……っ! そう、か……」
イージェスは魔眼を光らせ、<四裂深魔獅子縫針>が放たれた方向を睨んだ。
「……不可解な動きと思ったが、貴様が糸を引いていたか、傀儡皇……」
それを聞き、姿を現したのは傀儡皇ベズだ。
パリントンが突如転移したように動いたのも、<赤糸>を斬っても獅子縫針がなにかにつながれていたのも、傀儡皇の<黒糸>によるものだ。
「言い残すことはそれだけか、槍使いよ。お前はもはや助からん」
そうベズは言った。
「…………」
イージェスは言葉も返せず、そのまま銀海の流れに任せて、漂っていく。
「次の仕事がある。上手くいくならば、お前の望みも遂げられるだろう」
「はい。傀儡皇様」
ベズに<黒糸>が巻きついていき、奴は環境に溶け込むように姿を消した。
パリントンはミリティア世界の方角へ去っていく。
「……く……」
目が霞み、イージェスの視界が暗くなっていく。
朧げな意識の中、彼は思うように動かぬ手を伸ばす。
その手は空を切る。
そのはずだった。
「心配しないで。一番」
その手を誰かが優しく包み込んでいた。




