ミリティア防衛戦
転生世界ミリティア領海。
「聞いての通りだ。第一魔王の狙いは、我らがミリティア世界に<絶渦>を構築すること。それを渦動し、この銀水聖海を壊滅するのだそうだ。カカカカッ、いやいやいや、なんともスケールの大きい仇討ちではないか!」
俺と配下たちの状況は常に魔法線で共有されている。
デュエルニーガも、そんなことは百も承知だろう。それでも、構わずミーシャたちに自分たちの復讐を打ち明けた。
かつて、<絶渦>を止めたこと。悪意の怪物――ムルガを滅ぼし、銀水聖海を守ったと信じている人々に真実を突きつけたかったのだ。
それが醜悪な正義であることを。
『哀れな親子よ』
<思念通信>から響いた声は、冥王イージェスのものだ。
「手厳しいな、冥王。オマエなら、残された者の気持ちもわかるのではないか? ん?」
『それとこれとは別の話。大衆が愚かだからといって、滅ぼしてしまえばそれで仕舞いよ。憎悪に狂った怪物は、安らかに送ってやるのが情けというもの』
絡繰神の部隊を突破して、イージェスはその後方へ飛んでいく。
見えてきたのは、<深魔創淵>の魔法陣。そして白いメッシュを入れたおかっぱの青年、パリントンである。
「ふむ。外れであるな」
イージェスを見るなり、パリントンはそう言った。
「槍使いよ。命が惜しければ、私の姉様ルナ・アーツェノンを差し出すのである」
それを聞き、イージェスは深く嘆息する。
「世迷言を」
「なに?」
癇に障ったというように、パリントンが冥王を睨む。
「奥方様の想いは最初から貴様にはない。ならば、潔く身を引くのが義というもの」
彼は緋髄愴ディルフィンシュテインの穂先を奴に向け、静かに構えた。
「貴様の醜い妄執に、ここで引導を渡してやろうぞ」
◇
ミリティア世界に構築されつつある<絶渦>、その元凶<深魔創淵>を止めるために動いたのはイージェスだけではない。
飛空城艦ゼリドヘヴヌスは、絡繰神が張った弾幕の隙間を縫うように飛び抜けて、そこへやってきた。
待ち受けていたのは、白金の体毛を持つ、巨大な虎。銀城世界バランディアスの元主神、王虎メイティレンである。
その神眼がゼリドヘヴヌスを捉え、不気味に笑った。
「お久しゅうございます、メイティレン様」
ゼリドヘヴヌスから、ファリスはそう声をかけた。
「主ならば、逃げぬだろうと思ったわ。さすがよの、ファリス。さすが妾の見込んだ、美しき翼じゃ」
そう口にして、メイティレンはケタケタと笑声をこぼす。
「なにが目的ですか?」
「というと?」
「あなたが第一魔王の配下に甘んじているとは思えません。彼の目的は銀水聖海の破壊ですが、そうなってはメイティレン様も困るはず」
ニヤリ、とメイティレンは笑う。
「妾の目的は主じゃ、ファリス。主が妾のものになると誓うならば、今すぐこの<深魔>の一部をミリティアにくれてやろう」
そうメイティレンは言った。
「確実に故郷と銀水聖海を守れるのじゃ。悪い取引ではなかろう?」
ファリスは静かに目を閉じる。
それから、答えた。
「お断りします」
瞬間、メイティレンは神眼を剥き、怒りをあらわにした。
「この魂は魔王陛下のもの。たとえ指の爪一つとて、あなたにお譲りできるものはありません」
◇
魔王列車は絡繰神が手薄なところを飛んでいき、<深魔創淵>の魔法陣を目指していた。
乗っているのはアルカナと、ファンユニオン、そして魔王学院の生徒たちである。
銀灯のレールを伸ばし、全速力で突き進めば、そこに帆が竪琴のようになっている船が見えてきた。呪弦船である。
船首に立っているのは、呪歌世界ディメディオンの元首、呪歌王ボイズだ。
すっと息を吸い込み、そして勢いよく放つ。
キィィィィィィィンッと金切り音のような呪いの歌が響き渡ったかと思えば、それが「あーーっ♪」と別の音にかき消された。
「お前か」
魔王列車の上に姿を現したのはエレンである。
彼女がその歌でもって、ボイズの呪歌を相殺したのだ。
「どうして銀水聖海を壊そうとするの?」
強い口調でエレンは問いかけた。
「復讐だよ」
呪いを込めた声で、ボイズは言う。
「俺たちは泡沫世界だ。簡単に言えば、お前たちミリティア世界と同じだ。違うのは火露を奪われたおかげで、歌の調和が崩れ、銀泡が呪われたってことだ」
泡沫世界にしてはボイズは強い。つまり、不適合者なのだろう。
「呪歌世界は滅びかけだ。その前に俺たちから奪っていった銀水聖海の奴らを呪ってやりたいってだけだよ」
「まだ滅びてないなら、助けられるかもしれないよっ。歌で銀泡が呪われたなら、歌で呪いを解けるかもしれないっ!」
「歌で呪いを解く? 誰がだ? お前たちがか?」
エレンの言葉を、ボイズは鼻で笑った。
「無論、呪いは解くさ。お前たちに呪いを押しつけてな」
◇
最後の一か所には、祝聖天主エイフェとバルツァロンドが向かっていた。
待ち受けているのは彼らの天敵、災人イザークである。
「天主、あまり前に出ないように。無道剣エフェクをレイに託した今、あなたは祝福の権能を使うことができません」
バルツァロンドが進言する。
「使えないからこそです。バルツァロンド、あなたの弓は後方に控えてこそ生きる。祝福がないこの身は、よき盾となるがゆえに」
「馬鹿なっ。天主を盾などと、そんな恥知らずな真似はできはしない!」
「義よりも今は利をとるべきかな。第一魔王は、この戦いに命すら惜しむことはない。銀水聖海に明日があると思っているようでは、皆、海の藻屑と化す」
「それは、そうですが……」
バルツァロンドは言い淀んだが、次の瞬間、視線を鋭くして前を見た。
「なにか見えたかな?」
「……いません……」
「いない……?」
一瞬、どういうことかわからず、エイフェは聞き返していた。
「災人イザークがいないのです」
「どこかに身を潜めているのでは?」
「そう思っていましたが、ここまで来ればどこに隠れようとこのバルツァロンドの魔眼から逃れることはできません。奴はすでにこの領海から離脱しています」
確信を持って、バルツァロンドは突き進んでいく。
やがて、見えてきたのは、<深魔創淵>の魔法陣である。手が触れる距離にまで接近したが、やはりイザークの姿はどこにもない。
それどころか、アムルの一派は誰もここにはいないのだ。
「<深魔創淵>の魔法陣を放棄した?」
不可解そうにエイフェが言葉を漏らす。
だとすれば、災人はいったいどこへいったのか?
『総員に告ぐ。<深魔創淵>の魔法陣は押さえたが、災人はここを放棄した! 恐らく奴は別の獲物を狙っているはずだ』
バルツァロンドが<思念通信>を送る。
『災人イザークなら、こっちに来たぞ!』
声が返したのはエレオノールである。
『すぐに応援に向かおう』
『えっと、ボクは大丈夫かも』
バルツァロンドが怪訝な顔で聞き返す。
『どういうことだ?』
エレオノールは答えた。
『正帝の部隊の、魔導気球を攻撃しているみたいだぞ』




