醜い願い
転生世界ミリティア領海。
真っ赤な斬撃が雨あられの如く、降り注いでいた。
絡繰神の部隊が放つ<断罪刃弾>である。それらが弾幕のようになり、迎え撃つ魔王軍の魔法障壁を撃ち抜いていく。
先陣を切っているのは、教育神ガーガリが操る魔導気球、そしてフレアドールが操船する銀水船ネフェウスである。
奴らは消耗を恐れず進軍を続け、ミリティア世界に魔法砲撃が届くところまで到達する。
そこで、絡繰神の部隊は二つに分かれた。
銀水船ネフェウスはそのまままっすぐミリティア世界へ向かい、魔導気球は銀水学院パブロヘタラに進路を変えている。
恐らくは、<絡繰淵盤>が狙いだ。
一方でアムルの一派はまだ攻撃を仕掛けて来ない。
ミリティア世界から大きく距離をとったまま、パリントン、メイティレン、ボイズ、イザークは散開していた。
時を追うごとに四名の距離も離れていき、ちょうどミリティア世界を囲むように布陣した。
彼らは同時に手の平をかざす。
途方もなく深い魔力がそこに集中した。
「「「「<四裂深魔>」」」」
出現したのは黒い球、果てしなく凝縮された力の塊である。
影のフクロウの視界に映し出された魔法陣を見ながら、エールドメードはニヤリと笑みを覗かせた。
「な・る・ほ・どぉ! 大魔王から奪った深淵魔法を、四分割したわけだ! 確かに、それなら、第一魔王でなくとも操ることができるかもしれないなぁ」
「え、し、深淵魔法……! だ、大丈夫なんですかっ?」
隣でナーヤが焦りを見せた。
深淵魔法はアムルが持っているというのが前提だった。つまり、アレは熾死王たちにとって想定外の戦力だ。
「落ち着け、居残り。奴らの位置ではまだミリティア世界には手が届かない」
「そ、そうですか」
ほっとナーヤが胸を撫でおろす。
「深淵魔法でもなければな」
「えっ?」
瞬間、イザークたちが操る黒い球が弾け、漆黒の魔法陣を描いた。
「「「「<深魔創淵>」」」」
漆黒の魔法陣から黒い線が互いに伸びて、銀泡を囲うひし形を作る。
すると、ミリティア世界が黒い光に覆われる。
力を感じた。
ミリティア世界の内部に、生まれつつある大きな力の塊を。
『エールドメード先生!』
<思念通信>が届く。
『魔王城デルゾゲードが攻撃を受けています!』
声の主はエミリアである。
彼女は勇者学院の生徒たちとともに、ミッドヘイズまで来ていた。
視界に映るのは、デルゾゲードから黒い光が立ち上る光景だ。それは<深魔創淵>が発する光とそっくりで、少しずつ天に向かい、拡大している。
「中の魔族は無事かね?」
「わかりません! <思念通信>が通じません。ただ、魔力は見えます。生きてはいるんだと思います」
「迂闊に手は出すな。それは深淵魔法だ。被害が拡大しないように、ミッドヘイズの住人を避難させたまえ」
「わかりました!」
エミリアたちはすぐに行動を開始する。
「さてさてさて。本当に攻撃だとすれば、温すぎるなぁ」
愉快そうに口の端を吊り上げながら、エールドメードが言う。
「なにか別の目的があるってことですか?」
ナーヤが聞く。
「ああ。アレに似ていると思わんかね?」
◇
「<淵>を創る。あの世界の象徴、魔王城デルゾゲードに」
願望世界ラーヴァシュネイク。<絶渦>。
ミーシャとサーシャが中心に向かって降下する中、そんな声が響き渡った。
二人の目の前に、白い星が輝いたかと思えば、それは人型に姿を変えていく。
現れたのは、希輝星デュエルニーガである。
「転生世界ミリティアは優しさと微笑みでできている。だから、その<淵>は優しさと微笑みを呼び寄せる。それは<絶渦>となり、この銀水聖海を飲み込む。私たちの最後の星、ムルガが消えたあの時のように」
淡々とデュエルニーガは語る。
「優しさと微笑みこそが、この海を滅ぼす。それがアムルの復讐。そして、私の復讐」
「……銀水聖海の人々が、絶対的な悪を願ったから、だから、ぜんぶ滅ぼそうって言うの……?」
サーシャが問うた。
「そういうことになる」
「それが本当にムルガの願いだって本気で信じてるの?」
「恵まれた人」
デュエルニーガは言った。
「あなたは願いを叶えてきたのだろう。けれど、この海には願いを叶えられない人の方が多い。そして、その大多数の人々がムルガを生んだ。あの子の願いもまた叶わなかった。すでに叶わなかったのだ」
「今からだって、叶えられるはずでしょ。彼が最初に願ったのが銀水聖海の平和なら、こんな選択は間違ってる!」
「私たちは、死人に口がないからと、故人の願いを歪曲することはしない。それは本当に故人の願い? 生きている誰かの願いではないの?」
はっきりとデュエルニーガはサーシャの考えを否定する。
「彼が願ったのは銀水聖海の平和などという大きなものではない。平和のために、自らが戦うという、その行動そのものだった。それは彼が生きて、叶えなければならない小さな願い。誰も代わりに為すことはできない」
「だからって、銀水聖海を滅ぼして、それでどうなるっていうのよっ?」
「復讐はなにも生まない」
一瞬、サーシャは返答に詰まった。
それがわかっているのなら、なぜ? そう思ったのだろう。
「けれども、ムルガが最後に願ったのは復讐だった。せめて、それを叶えてやりたいというのが、アムルと私の願い」
デュエルニーガは言った。
「銀水聖海の人々は、無自覚に悪意の怪物を生んだ。自らの絶対的な正義を願って。その無自覚な醜悪さを、突きつけてやりたい」
「そんなの……!」
「醜いと思っただろう。けれども、それが普通の人。ムルガはその醜悪な正義に殴られ続けて、誇り高くあろうとは思えなかった。結局のところ、ムルガの心もまた崇高ではなかった。私もそう。アムルだけは違った。けれども、彼は醜い化け物にならなければ、愛する我が子に寄り添えないと知り、その誇りを捨てたの」
まっすぐ迷いのない瞳でデュエルニーガはサーシャを見つめた。
「自暴自棄になって、全てに当たり散らし、憎悪の炎に我が身を焼かれ、燃え尽きるのみ。銀水聖海の人々が望んだ、悪意の怪物。それが私たち」
彼女は言う。
「恵まれた人。あなたの大切な願いを壊してあげる。そうすれば、二度とそんな高いところから、ものは言えなくなるだろう」
デュエルニーガが魔力を解放する。
身構えたサーシャの代わりに、口を開いたのはミーシャである。
「あなたの言う通り、人は醜悪かもしれない」
慈愛に満ちた表情で彼女は言った。
「だから、わたしは優しく笑いかけたい」




