星はまた輝いて
アムルの言葉通り、絡繰神を引き連れ、正帝ドミエルがラーヴァシュネイクに侵攻してきた。
そして――
三日間の死闘の末、正帝ドミエルはその深層大魔法を発動した。
「回れ。<銀世歯車悪滅爆壊>」
歯車の魔法陣の内側から、大爆発が巻き起こり、銀の光が天地をつなげる柱となった。
「パパッ!!」
<願望の星淵>の中で、戦いの行く末を見守っていたムルガが、悲痛な叫び声を上げる。
「心配はない」
傍らで、デュエルニーガは言った。
「彼は銀水聖海最強の第一魔王。ジニア・シーヴァヘルドさえも超え、次の大魔王となる」
「……限り――」
光が収まりつつある中、爆心地から声が響き、正帝ドミエルは目を見張った。
「貴様に悪を憎む心がある限り、俺を滅ぼすことはできん」
銀の光の中心に赤く燃えるものが二つある。
<心火の魔眼>だ。それが正帝ドミエルの悪を憎む想いを吸収し、魔力に変えている。
滅びたはずの根源がみるみる内に再生されていき、<銀世歯車悪滅爆壊>の光が真っ二つに割れた。
第一魔王アムルの姿があらわになった。
彼の両腕に集まった終末の火が七重の螺旋を描き、魔法陣を構築した。
「<極獄界滅壊陣魔砲>」
終極の黒炎が正帝ドミエルを怒濤の如く飲み込んでいく。奴が操っている絶渦の絡繰神が反魔法を全開にしても、体についた黒炎は消えず、指先からボロボロと崩れ落ちるように黒き灰に変わっていく。
それだけではない。絡繰世界デボロスタ自体も、その余波を受け、大地が焼かれ、崩れ落ちていく。
「……理解に苦しむよ、第一魔王アムル。他者の憎悪を取り込み、理由なき憎しみに支配されていきながら、力を求めてなんになる……?」
黒炎に焼かれながらも、正帝ドミエルは言う。
「行き着く果ては、己の身すらも焼き焦がす憎悪の化身だ」
「ああ」
アムルは即答した。
「そうだろうな、正帝ドミエル。お前の言う完全なる正義がなんであれ、俺は今、お前が憎くて仕方がない」
アムルの魔眼が憎悪に燃える。
共鳴するように、絡繰世界デボロスタの海に赤い星々が輝いて見えた。
『デュエルニーガ』
アムルの<思念通信>が彼女に届く。
『身の程知らずの絡繰世界に、<淵>を操れるのが自分たちだけではないことを教えよう』
デュエルニーガの星の瞳が純白に輝く。
<希輝の神眼>である。
すると、<願望の星淵>が活発に動き始めた。
<希輝の神眼>は星を操る。その権能で<願望の星淵>の勢力を増しているのだが、普段ならば悪意が膨れ上がり、暴走状態となる。
ムルガにも悪影響が出るのだが、その悪意を<心火の魔眼>で吸収することで、安定して<淵>を制御しているのだ。
赤い星々は渦を巻き、みるみる空に拡大していく。
絡繰世界の<淵>――<絡繰の淵槽>に反応させたのだ。
<淵>と<淵>の干渉は、より強力な渦となる。
「……これは……貴様が……<願望の星淵>を……<絶渦>に……?」
次の瞬間、絡繰世界の大地がぐしゃりと歪んだ。巨大な手に握りつぶされる紙風船のように、絡繰世界
が音を立てて崩れ、<絶渦>に吸い寄せられていく。
絡繰世界が<絶渦>に飲み込まれていくのだ。
「第一魔王……それ以上、<絶渦>の悪意を吸収するな。それではこの銀水聖海ごと、滅びるだろう」
「それがどうした」
正帝の絡繰神に接近し、アムルはその胸に紅蓮の右手をねじ込んだ。
すでに終極の黒炎に飲み込まれていた正帝の絡繰神は完全に砕け散る。
その破片から、歯車が一つこぼれ落ちた。
落下していった歯車は、ぽちゃんと水槽に沈んだ。<絡繰の淵槽>である。
「逃がすか」
正帝の歯車を追おうとして、アムルは強烈な衝動に襲われた。
「……く……」
憎悪だ。
<願望の星淵>から吸い取った銀水聖海の憎悪が、アムルの一人の体に集中している。
ドス黒いという言葉を遥かに超えるほどの不快な感情。
それは悪意の深淵。憎悪の極地。
今すぐに世界の全てを破壊し尽してしまいたくなるほど、理由なき憎しみに全身を縛られていた。
力の加減などできる気がしない。
正帝を滅ぼそうとすれば、願望世界までも巻き込んでしまうだろう。
アムルはぐっと心を押さえつけ、指一本たりとも動かさなかった。
ほんの少しでも、刺激を与えれば、張りつめた糸が切れてしまいそうだ。
正帝は強く、そして厄介だった。奴に致命的な傷を与えるには、<絶渦>の力を使うしかなかったが、その代償は思った以上に大きい。
抑えようとも、宥めようとも、言いようのない憎悪がみるみる心の中で膨れ上がっていく。
「パパッ!」
ムルガが走ってくる。
来るな。そう言いたかったが、最早言葉を発することもできない。
少年はそのまま勢いよく、アムルに抱きついた。
「やっぱり、パパが一番だね。悪い奴をやっつける、壊滅の暴君だ」
屈託なくムルガは笑う。
アムルはその燃えるような魔眼で、ぎこちなく彼を見た。
「……パパ? 大丈夫?」
不安そうにムルガが聞いてくる。
「どこか……痛いの……?」
「心配するな」
アムルは笑った。
「お前がいる限り、俺はやられはせん」
嘘でも、虚勢でもなかった。
ムルガが笑いかけてくれた時、心に巣くっていた憎悪がすっとどこかへ消えていった。
<心火の魔眼>も収まり、これ以上<願望の星淵>から悪意が流れ込んでくることはない。
穏やかな表情でアムルは少年の頭を撫でる。
「ありがとな、ムルガ」
「じゃ、ぼく、ずっといるっ! パパと一緒に壊滅の暴君になって、銀水聖海の平和を守るんだっ!」
再び、ムルガはぎゅっとアムルにくっついた。
彼を抱きかかえながら、アムルは後ろを振り向いた。
そこにいたのはデュエルニーガだ。
「助かった」
「まだだ。正帝はいずれ、またやってくる」
「記憶を?」
「断片的だが、概ね目的はわかった。絡繰世界デボロスタは、この銀水聖海に出ることのできた最初の世界だ。奴はその特権を使い、他の世界が泡沫世界である内に自らの歯車を植え付けた。目的はこの海の正義を一つに統合する秩序を築くこと。正帝という名の正義を」
<心火の魔眼>によって、アムルは正帝の憎悪を吸い取った。
それに伴い、その絡繰機構の記憶が一部、流れ込んできたのである。
「そのために必要なのが、<願望の星淵>のようだ」
まだ<絶渦>に至る前に、外の世界ですでにその名が広まっていたのは、パブロヘタラが発端だ。
そして、裏から手を引いていたのが絡繰世界の正帝である。
「絶対なる悪が生まれれば、自ずと正義は一つに統合される、と考えている」
「……正帝の計画が全て実行されたとして、正義が統合されるとは思えない……」
デュエルニーガはそう言った。
「奴らの世界では、統合されない方が不思議なのだろう。その軋轢こそが、正義を抱える奴らが強行な手段をとる理由だ」
「……どうすれば、いいと思う?」
それを聞き、アムルは僅かに表情を綻ばせた。
「どうしたの?」
「お前が、もう滅びるだけだと言っていた時のことを思い出した」
その言葉に、デュエルニーガはうなずき、そしてアムルを見た。
「あなたを見ていて、ムルガを見ていて、私には一つ願いが生まれた。もしかしたら、ラーヴァシュネイクを復興できるのかもしれない、と。<願望の星淵>とその子は、私たちに残された最後の希望。どうか、力を貸してほしい、第一魔王」
そう彼女は言った。
かつて、暗く沈み込んでいたその瞳は、目映いばかりの輝きを放っている。
それはまるで星のように。
願望世界ラーヴァシュネイク。願いが星に変わるこの世界において、主神である彼女が再び希望を宿した証だった。
「力は貸さん」
「……申し訳ない。確かに、あなたにあなたの人生が――」
「この子がラーヴァシュネイクの満天の星を望む未来こそ、俺の願いだ」
驚いたようにデュエルニーガは目を丸くする。
「くれてやる。でなければ、叶えられん」
「ありがとう、第一魔王。私たちも約束しよう。なにがあろうと、あなたと運命をともにする、と」
アムルが笑えば、デュエルニーガは薄く微笑した。
ラーヴァシュネイクの赤い空には、三つの白い星が寄り添うように輝いていた。




