正義と悪と
霊神人剣エヴァンスマナを召喚し、正帝アイゼルは地面を蹴った。奴はまっすぐ俺に飛び掛かってきて、その聖剣を振り下ろす。
「<背反影体>」
影の右手でエヴァンスマナを一瞬防ぐ。
すぐさま、その影は斬り裂かれるが、僅かな時間を使い、その斬撃を俺はかわしていた。
「<深源死殺>」
右手を漆黒に染め、聖剣を振り下ろした奴の腹に指を伸ばす。
刹那、第一魔王アムルが背後から迫ってきた。
俺と正帝が重なるその瞬間に、奴は紅蓮の右手で二人まとめて貫こうというのだ。
俺は跳躍し、身をかわす。
紅蓮の右手はそのままアイゼルに向けられ、迎え撃った霊神人剣の突きと衝突した。
ジジジジジジ、と魔力の火花が散り、その余波で砂煙が巻き上がる。
「<影縫鏃>」
中空から魔法の鏃を十本ずつ、正帝アイゼルと第一魔王アムルの影に撃ち込んだ。
影を縫い止めることで、本体の動きを止める。されど、アイゼルとアムルは両者ともに力づくで動き、
<影縫鏃>の縛りを引きちぎった。
「――<天牙刃断>」
八本の剣閃が俺とアムルを同時に襲う。
「<極獄界滅灰燼魔砲>」
俺は終末の火を八つ、八本の剣閃に向けて撃ち放つ。<極獄界滅灰燼魔砲>は、<|天牙刃断>を黒き灰に変えて、正帝アイゼルに降り注いだ。
即座に奴は飛び退いてかわす。
そこへアムルが飛び掛かった。その紅蓮の右手で落ちてきた<極獄界滅灰燼魔砲>をつかみ、正帝アイゼルに叩きつける。
「霊神人剣秘奥が伍、<廻天虹刃>」
紅蓮の右手を、奴は霊神人剣にて受け止める。
<極獄界滅灰燼魔砲>が爆発するも、それは斬り裂かれ、アイゼルの背に七本の虹刃が形成された。
更にぐうっとアムルは右手を押し込む。
踏みとどまったアイゼルの足が地面にめり込み、背の虹刃が八本、九本と増えた。深淵に至った正帝アイゼルの虹刃は、レイが使っていた時よりも、魔力の吸収量が多い。
並の深層大魔法では、一本の虹刃すら必要としないほどに。だが、その紅蓮の右手と鬩ぎ合うだけで、虹刃の数は刻一刻と増えていく。
「第一魔王アムル。この銀水聖海の正義、正帝アイゼルの絡繰機構にて、採決する」
アイゼルの神眼の歯車がぎい、ぎい、ぎい、と回転する。その純白の髪が、ゆらゆらと揺らめき、天から眩い光が降り注いだ。
「賛成多数。第一魔王アムルを筆頭に、その一派、希輝星デュエルニーガ、災人イザーク、王虎メイティレン、傀儡皇ベズ、パリントン、呪歌王ボイズ、全てが皆、この海に災いをもたらす悪人ばかり。よって、正帝は第一魔王を悪と決定した」
そう言った瞬間、降り注いだ光が魔力に換わり、アイゼルは紅蓮の右手を打ち払った。
「この海の全ての正義がアイゼルの力だ」
突き出された霊神人剣が、第一魔王アムルの魔法障壁を貫き、アムルの胸をドスンと刺した。
「私に出会った悪は、決してその存在を許されない」
「……知っている」
低い声でアムルは言った。
「正義の名のもとに、悪は滅びる。繁栄することなどないだろう。誰も彼らを救うことはない。滅びて当然だ。俺もそう思っていた」
正帝アイゼルが更に霊神人剣を押し入れようと力を込めた。
その刃を紅蓮の右手がつかむ。
霊神人剣は動かない。
「その正義が、今は憎い」
<心火の魔眼>が燃え盛り、アムルの膂力が跳ね上がる。
刃をつかんだまま、彼は霊神人剣を押し抜き、そのままアイゼルの懐に飛び込んだ。
虹路が魔法障壁のように展開される。
しかし、アムルの右手はそれを真っ向から貫いた。至近距離にて、正帝アイゼルに魔法陣が描かれる。
「<極獄界滅壊陣魔砲>」
終極の黒炎が、正帝アイゼルを飲み込み、願望世界の遥か上空にまで打ち上げた。
直撃を受けた奴の両腕が、ボロボロと黒き灰になり、崩壊していく。
「どれだけ強かろうと、正義なき力は無力」
空から虹路がアイゼルに降り注ぎ、黒灰に変わった両腕が再びそこに具現化していく。
「それを教えてあげよう、第一魔王アムル」
アイゼルの瞳の歯車を光り、回転した。
すると、連動するように上空でゆっくりと回っていた歯車が加速した。
<絶渦>から、更に多くの星々が虹路を伝って、歯車まで上っていく。願望世界の<絶渦>を全て飲み込み、我が物とするつもりだろう。
「違うな。正義など、所詮は無力だ」
アイゼルの両腕が再構築されるより先に、アムルは飛び上がった。
しかし、はっとして奴は動きを止めた。
「俺を忘れるとは。らしくないな、アムル」
第一魔王の背後をとり、<深源死殺>の指先をその首筋に当てていた。
奴はただその燃えるような瞳でこちらを見返すばかりだ。
「仲間割れとは、つくづく悪とは始末に追えないね」
正帝アイゼルは、俺たちから距離をとるように更に上昇し、遥か上空に展開された歯車の中へと消えていく。
聖剣世界ハイフォリアの方角から、それを追うように光となって飛んでいく三つの人影が見えた。
「アノス」
ミーシャが声をかけ、そして、海に視線を向けた。
「ああ。任せた」
「行ってくるわ」
サーシャがそう答えて、ミーシャとともに海の中へ降下した。願望世界ラーヴァシュネイクの深淵――
<絶渦>の中心を目指して。
「なにがあったのだ?」
第一魔王アムルに俺は問う。
「今更、話が必要か?」
奴はそう問い返した。
「事情を知ったところで、俺もお前も変わらん」
「お前が言うならば、そうなのだろうな」
俺は言った。
「変わらぬからといって、聞かぬと思うか?」
再びそう問うてやれば、奴は静かに俺から視線を外した。そうして、ミーシャたちが潜っていった<絶渦>を見る。
「興味本位であそこへ行った。それが始まりだ――」
アムルは訥々と、その過去を語り始めた。




