祝福の剣
転生世界ミリティア領海。
銀泡の正面にパブロヘタラ宮殿を配置し、その二つを守るように配下たちは広く布陣を敷いた。
宮殿に残っていたパブロヘタラの学院同盟は、各々の世界に避難している。戦うことを希望した者もいたが、正帝、第一魔王、どちらを相手どったとしても力不足だ。
「来たか」
領海外に飛ばしておいた監視の目、影のフクロウの視界を俺は魔法陣に映し出した。
一直線にこちらに向かってきている軍勢がある。その先陣を切っているのは災人イザークだ。その後ろ
にナーガたちアーツェノンの滅びの獅子と、災亀が続く。
「イーヴェゼイノ……」
ミーシャが呟く。
「こっちは傀儡皇ベズ、パリントンとメイティレン、それに……」
サーシャの視線が鋭くなる。
『呪歌王ボイズ……!』
エレンがそう声を上げる。
冥王イージェスはその隻眼を光らせ、奴を見据えた。
『問題ばかりを起こす輩と思ってみれば、第一魔王の手先だったか』
奴がパブロヘタラの輪を乱したのは、アムルの思惑だったのだろう。魔王の注意を俺に向けさせ、大魔王ジニアを誘った。
そして、深淵魔法を奪ったのだ。
「正帝も動いたようだね」
レイが言う。
別の視界に映っているのは、絡繰神の大軍勢である。そして、それを指揮しているのが――
『あ、あれっ。教育神ガーガリ様と、門下宗匠カルラ様ですよっ……!」
目を大きく見開いて、ナーヤが言った。
その隣でエールドメードは愉快そうな笑みを覗かせ、納得がいったと言わんばかりにうなずいている。
『なるほどぉ。あっちは正帝だったわけだ』
『……ママ……』
不安げにゼシアはエレオノールの袖をつかむ。
幼い瞳は、絡繰神とともにやってくる女性と幼子を捉えていた。
「パルムとフレアドールです……」
レイの前世、レブラハルドの記憶からすれば、彼女たちが敵に回ることはわかっていた。
その姿や力は、絡繰神が聖剣世界の住人から写し取ったものなのだろう。
「アノスの予想通り、第一魔王と正帝ヴラドはいないみたいだね」
影のフクロウの視界に目を配らせながら、レイがそう言った。
「ああ」
俺は配下全員に<思念通信>を飛ばす。
「俺とミーシャ、サーシャは願望世界へ向かう。レイとシン、ミサは聖剣世界だ。残りの者はミリティアを守れ。防衛の総指揮はエールドメードに任せる」
『カカカカ、任されようではないかっ!』
大仰な身振りをつけ、エールドメードが答えた。
「レブラハルド」
声をかけてきたのは祝聖天主エイフェである。
「聖剣世界は正帝に支配されてしまった。狩猟貴族たちも皆、囚われの身となっている。これは私の咎。虹路を絶対なるものと信じ続け、自らの目と耳と肌で感じたものを疑おうともしなかった」
狩猟貴族たちの正しき良心が具現化したもの、それが虹路だ。されど、それは正帝に埋め込まれていた歯車によって狂わされていたのだろう。悟られぬよう少しずつ、されど確かに絡繰世界が望む方向へ進むように。
「オルドフとあなただけは、虹路の指し示す正義に疑問を覚え、自らが信じる暗闇の道をたった一人で歩もうとした。私たちの真の勇者」
彼女は虹の翼を広げる。
今まで以上に眩く輝いたそれは、根本から切り離され、形を変えていく。
一本の聖剣がそこに生まれた。
「私の祝福の全てをこの聖剣、無道剣エフェクに託す。今更、身勝手なれど、どうか、大きな暗雲に立ち向かう一助になれば」
「僕は聖王として、正しいことはなにもできなかった」
レイは言った。
「あの日、僕は正帝ヴラドに首を奪われた。記憶と姿を奪われ、偉大なる父を奪われた。故郷を奪われた。僕は本当に戦わなければならない敵を忘れたまま、今日まで生きてきた。けれど」
まっすぐ前を見据え、彼は言葉を放つ。
「遠回りだったけど、正しくもないけど、この道を歩めてよかった。そう思える明日を作ってみせる」
彼は無道剣エフェクを手にした。
「きっと、僕たちの世界は応えてくれる。そう信じているよ」
レイの言葉を受け、祈るようにエイフェは手を結んだ。
「偉大なる勇者に、祝福を」
レイは笑って応じ、そしてこちらを振り向いた。
「アノス」
魔法陣を描き、俺はそこに敵味方の配置図を映し出す。
徐々に正帝の部隊と、第一魔王の一派が迫ってくるのがわかる。
敵の包囲網の一点を、俺は指さす。
「俺たちでここをぶち抜き、その後に二手に分かれる」
こくり、とレイはうなずく。
「では、行くぞ」
俺とミーシャ、サーシャ、レイとシン、ミサは五時の方角へ飛び出した。
待機させておいた樹海船アイオネイリアに乗り込み、すぐさま発進させる。
みるみる加速し、光の矢の如く船は直進していく。
まもなく見えてきたのは正帝の部隊、絡繰神の大軍勢だ。奴らは<淵>から量産されるため、いくら滅ぼしても終わりはない。
とはいえ、ここで幾分か削っておけば、防衛組は守りやすくなるだろう。
「<破邪聖剣王道神覇>」
レイが振り上げた無道剣エフェクから神々しい光が立ち上った。
それを振り下ろせば、光は純白の道と化す。ミリティア世界に進行してくる絡繰神の大軍勢を、その純白の道が飲み込み、斬り裂いていく。
「<黒七芒星>」
黒七芒星を目の前に描き、更に俺は魔法陣の砲塔を向けた。
「<極獄界滅灰燼魔砲>」
魔法陣の砲塔から、終末の火が撃ち放たれ、それが黒七芒星を纏う。
唸りを上げる滅びの火が、純白の道を灰に変え、同時に飲み込んだ絡繰神たちを滅びつくしていく。
それにより、ミリティア世界を包囲するべく向かってきた大軍勢に、ぽっかりと穴が空いた。
俺たちはそこを通り、ミリティアの領海を抜けた。
「追って来ないみたいですね……」
後ろの様子をうかがいながら、ミサが言う。
「あの部隊の狙いはミリティアとパブロヘタラなのだろうな。戦力が分散するなら、好都合といったところか」
聖剣世界に来られたところで、迎え撃つだけの軍備は整っているというわけだ。
いずれにせよ、火蓋は切られた。
「それじゃ、アノス」
「また魔王学院でな」
ふっとレイは穏やかな笑みを返す。
「うん。また魔王学院で」
樹海船はそのまままっすぐ願望世界ラーヴァシュネイクへ。
レイとシン、ミサは途中で降りて、聖剣世界ハイフォリアへ向かった。




