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正義の絡繰機構


 それは遙か昔。

 秩序に支配された銀水聖海の始まりだった。


 絡繰世界デボロスタ。


 空と海は青く、陸地は緑に溢れ、夜には暗闇が訪れる、平均的な銀泡である。


 特色は全ての都市が、大小様々な歯車にて作られていることだ。


 ある都市で、一人の少女が捨て猫を拾った。


 すると、世界のどこかで歯車が回った。


 カタカタカタ、と噛み合った大小いくつもの歯車が回転し、その絡繰機構は思考する。


 少女の目の前にどこからともなく絡繰神が現れ、その右手で頭を握り潰し、殺害した。


 捨て猫は有害な病を有しており、少女が助けたことで一七七人の死者を出す。彼女はそのことを知らなかったが、無知ゆえに命を奪うことは悪であると見なされた。


 またある都市で一人のゴロツキが赤子を殺した。


 すると、世界のどこかで歯車が回った。


 カタカタカタ、と噛み合った大小いくつもの歯車が回転し、その絡繰機構は思考する。


 異常なし。世界に悪はいない。


 絡繰神は現れなかった。


 赤子は成長すると、多くの人間を滅ぼす大悪党になることが秩序により定められていた。悪を殺すことは悪ではないと見なされた。


 そして、またある都市では今後の国の在り方について議論をしている集団があった。


 国をより良い方向に導くため、賢者たちは知恵を絞る。


 すると、世界のどこかで歯車が回った。


 カタカタカタ、と噛み合った大小いくつもの歯車が回転し、その絡繰機構は思考する。


 どこからともなく、絡繰神が現れ、議論をしている賢者全員を殺害した。


 賢者たちの議論は、正帝の是非を問うものだった。


 絡繰世界デボロスタにおいて、正帝とは完全なる正義を実行する正義の味方であり、そして人々を永遠に救い続ける絡繰機構を指す。


 世界の意思、世界の仕組みと言い換えても良い。


 この絡繰世界では、世界そのものによって、完全なる正義が実行される。


 正帝ドミエル。


 それがこの時の絡繰機構の名称であった。


 なぜ国をより良い方向へ導こうとした賢者たちが殺されたのか?


 賢者たちの議論は、正帝への不信を生む。やがて、正帝に刃向かう者、絡繰世界デボロスタの巨悪を誕生させるのだ。


 巨悪は正帝を滅ぼすために、人々を何万人と滅ぼし、絡繰世界自体を危機にさらすだろう。


 たとえ、善良な者たちが、善良な思想のもと、善良な行いをしたとしても、その結果が巨悪を生むのだとすれば、その者たちはやはり悪に他ならない。


 人々を永遠に救い続ける絡繰機構、正帝ドミエルはそのように判断したのだ。


 正帝ドミエルがつかわす人工の神、絡繰神――それは絡繰世界の主神であり、完全なる正義のための代行者だった。


 絡繰世界の人々は、絡繰神の行いに疑問を挟まず、それを確かに正義と信じて疑わなかった。


 ゆえに、世界は平和だった。


 正帝は確かに淀みなく、完全なる正義を実行できていたのだ。


 絡繰世界の中だけならば。


 カタカタカタと歯車は回り、正帝ドミエルは思考する。


 その絡繰機構は気がついたのだ。デボロスタは進化できる。そして、世界には外側があることに。


 正帝ドミエル、大小無数の歯車を集合させ、人型を作った。それがドミエルの体となり、ドミエルはデボロスタを進化させた。


 ドミエルはその権能でもって、銀泡の外に出ることに成功したのだ。


 そうして、銀水聖海を巡る旅に出た。


 しばらくして、わかったことがあった。


 銀泡の外に出ることができるのは絡繰世界だけだ。


 その証拠にどの銀泡からも人が出てくることがないのである。


 ドミエルは自らの世界が一番最初に外を知った世界であり、それ以外は泡沫世界であると結論づけた。


 だが、もう一つ正帝ドミエルにとって重要なことがあった。


 銀水聖海には多種多様の世界が存在する。


 そして、多様な法則、多様な価値観を持ち、それぞれの世界の文化を築いているのだ。


 それを知った時、歯車がミシミシと軋み、スムーズに回転しなくなった。


 多様な価値観、多様な文化を前にしては、完全なる正義が成立しない。


 絡繰世界の正義は、他の世界においては悪になり得る。


 正帝ドミエルは、このままでは完全なる正義が実行できないと悟った。


 ゆえに、彼はまだ他の世界が泡沫世界であることをいいことに、全ての世界に向けて、歯車の種をまいた。


 それは他の世界に絡繰世界の秩序を植えつけるものだった。その歯車によって、神族たちはある一つの価値観によって行動するようになった。


 それは世界において、秩序が最も優先されるものであること。何人たりとも秩序に逆らうことは許されず、全ての生物は秩序に従い生きる。


 正帝ドミエルは、秩序を優先する絡繰世界の価値観を銀水聖海中に広めれば、ただ一つの完全なる正義を実行することができるのではないかと考えたのだ。


 試みはある程度は上手くいった。しかし、完全には成功しなかった。


 他の世界が優先するのはその世界の秩序であり、絡繰世界の秩序ではない。それぞれの世界では秩序が異なるため、それぞれの正義は異なるものとなったのだ。


「これではだめだ。もっと秩序を」


 カタカタカタ、と歯車が回る。正帝ドミエルが次に実行したのは、他の世界を進化させ、深淵に至らせることだった。


 各世界へ埋め込んだ歯車を操り、泡沫世界から浅層世界へと進化させる。


 そのために、正帝ドミエルは泡沫世界に穴を空けた。銀泡から火露が抜け落ちる穴である。


 循環するはずの火露が外に抜け落ちていけば、自ずと違和感を覚える者が出てくるだろう。それは世界の外――銀水聖海を知ることにつながり、世界の進化につながる。


 そして、泡沫世界から抜け落ちた火露を回収すれば、その世界はより深い層へと到達する。


 それにより、各世界の深さに差が生じ始める。


 元々、銀水聖海は全ての世界が同列だった。浅きも、深きもなく、それゆえ調和が保たれていた。


 しかし、火露が移動し、深層に移行する世界が生じていくごとに、全てのものが浅いところから、深いところへ移動するという秩序が生まれた。


 それこそが、正帝ドミエルの狙いだ。


 目をつけたのは、願望世界ラーヴァシュネイク。願いが星になって輝くその世界を歯車で操り、ドミエルはまず<淵>を作った。


願望(がんぼう)星淵(せいえん)>。銀水聖海中の願望を集め、具現化する力を有す。


 正帝ドミエルは考えたのだ。誰もが望む完全無欠の倫理と論理、この銀水聖海のあらゆる願望を集め、形にすることができれば、全ての人々がそれを求めるだろう。


 その願望を具象化したものこそ、統一された価値観。手に入れれば、完全なる正義を実行できるはずだ、と考えたのである。


 願望世界ラーヴァシュネイクが深淵に至るまで、悠久の年月を、正帝ドミエルは待った。


 そして、とうとうその時は来た。


「これは……驚くべきことだ」


 正帝ドミエルは想像だにしなかった結果を目の当たりにした。


<願望の星淵>が集めた銀水聖海の願い、渦をなすその暗い輝きは、純然たる悪に他ならなかった。


「だが、都合がいい。大きく、純粋なる悪は、ただ一つの正義を生む。人々は団結し、一つになり、完全なる正義はなる。それこそが、世界の最善。それこそが、正帝の務めだ」


 カタカタカタ、と正帝の歯車が回った。


 正帝ドミエルは、絡繰神を作り、絡繰世界デボロスタごと願望世界ラーヴァシュネイクへ進行した。


<願望の星淵>を<絶渦>へと進化させ、<淵>の力が最大限に高めるために。


 だが、<願望の星淵>に手をかけたその時、正帝ドミエルの計画に初めて狂いが生じた。一人の男が立ちはだかった。


 赤く燃える瞳に、絶大なる魔力を宿した――第一魔王アムルが。


「なんの用だ?」


 泰然としながら、アムルは問うた。


「私は完全なる正義を求める絡繰機構、正帝ドミエル。世界の深淵を一目見に来た」


 正帝ドミエルは答えを聞き、アムルは笑った。


「なにがおかしいのだ?」


「完全なる正義を掲げる者が、最初に向けてきたのが憎悪だからだ」


 第一魔王アムルの魔眼が燃えている。<心火の魔眼>だ。それは憎悪を見抜き、力に変える双眸である。


「私は嘘をついてはいない。正帝とは、完全なる正義を実行する者だ」


「俺が邪魔だと思っただろう。隠す必要はない。初対面の相手に、これだけの憎悪を向ける輩はそうそういない」


 燃える魔眼でアムルは正帝ドミエルを射抜くように見た。


「隠してはいない」


 ドミエルは言った。


「第一魔王アムル。貴様は調和のとれた完全なる銀水聖海の秩序を乱す不適合者。正義にとって、憎むべき悪そのものだ」


 アムルの視線が険しくなる。


 正帝ドミエルとは初対面だ。にもかかわらず、奴は彼のことを知っている。見られていたのか。いったいなぜ? どのようにして? そんな疑問が頭をよぎる。


「ここで排除させてもらおう」


 疑問を横に追いやり、アムルは鼻で笑った。


「話が早い」


 正帝ドミエルと第一魔王アムル、両者の死闘が始まった。


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正義謳っておいてやってることが軒並みカスの所業で笑う
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