争奪戦
「災人イザーク……」
突如現れた宿敵を前に、祝聖天主エイフェは警戒をあらわにした。
「どきな」
勢いよく突進したイザークに対して、レイは聖剣を構え、エイフェは虹の翼を広げた。
しかし、彼は二人を通り越して、上空に浮かんでいた絡繰神を狙った。
「<災牙氷掌>」
凍てつくイザークの指先が、絡繰神の腹部を貫通する。その水銀の体を凍結させ、ぐっと拳を握る。
絡繰神は粉々に砕け散った。
だが、その破片の一つ一つが、一か所に集まっていき、みるみる再生していく。
「しち面倒くせえ」
人型を取り戻していく絡繰神を見下ろすと、イザークは軽く舌打ちをした。
「おい」
くいっとイザークは顎をしゃくる。
「犬じゃないんだから、そんな風に呼ばないで」
険のある顔でやってきたのは、日傘を手にした義眼の少女、コーストリア・アーツェノンである。
「コーストリア。こんなところで文句を言わないの。災人さんが自分勝手なのは今に始まったことじゃないでしょ」
その後ろからやってきたのは車椅子に乗った義足の女、ナーガ・アーツェノン。
そしてもう一人――
「どの道やることは変わらん。皆殺しだ」
隻腕の男、ボボンガ・アーツェノンがそう言った。
災淵世界イーヴェゼイノの最大戦力、アーツェノンの滅びの獅子が三人、ここに揃っていた。
「ボボンガ。目的はパブロヘタラだって言ったわよね? ミリティア世界と祝聖天主、絡繰神の全員を相手にできるわけないでしょ」
弟を諫めるようにナーガが言う。
「適当に暴れてな」
「災人さんはどこに行くの?」
「決まってんだろ。一番面白ぇところだ」
言うや否や、イザークはパブロヘタラ宮殿に向かって急降下した。
「むかつく奴」
毒づきながらも、コーストリアは修復しつつある絡繰神に魔弾を放つ。ナーガ、ボボンガも同じく魔弾を放った。
「イザークッ!」
レイが災人を追いかけ、言葉を放つ。
後ろにはエイフェがついてきている。
「なぜ、災淵世界は第一魔王に味方にするんだっ?」
そう彼は問うた。
ナーガが相手にすると言及したのは、ミリティア世界、祝聖天主、そして絡繰神だ。傀儡皇ベズは含まれていなかった。
敵ではないとすでにわかっているからだ。つまり、災淵世界は第一魔王アムルについたということである。
「面白えからだ」
牙を覗かせ、災人は笑う。
直後、パブロヘタラ宮殿の外壁に体ごと突っ込んだ。
イザークの突進に、頑強な壁は脆くも崩れ去る。容易く内部へ侵入したイザークは迷わず、階下を目指した。
そこに虹の光がちらついた。
魔法障壁が展開され、イザークを阻む。ジジジジジとけたたましい音を立て、彼の進撃がそこで止まった。
災人イザークに相反する力。彼の天敵とも言える、祝福の権能によって、降下を妨げられたのだ。
先回りして、転移したエイフェとレイが災人の前に立ち塞がっていた。
「なにが面白いんだい?」
「アムルの野郎だ。銀水聖海中の小世界に喧嘩を売るんだと」
「なんのために?」
「気に入らねえからだろ」
こともなげにイザークは言い放つ。
「己の感情を理由に、この海の平和を脅かす輩に与することが、其の方の正しき道だと言うかな、災人イザーク」
憐憫の瞳で、祝聖天主エイフェは彼を見つめる。
「はっ」
と、イザークはその言葉を笑い飛ばす。
「くだらねえ。どいつもこいつも、気に入らねえことに、ご大層な大義名分をつけりゃ、それが正義って顔してやがる。てめえらも根っこは同じだろ、ハイフォリアの主神」
「心底が同じならば、争うことはなきかな。其の方が虚飾と断ずる大義名分とは、より良き世界を願う人の道。ただ感情のままに暴れることとは大きく異なる」
「同じ穴の狢が、自分たちだけは正しく、自分たちだけは崇高だって言いやがる。滑稽だぜ」
「其の方に道を説いても詮無きかな」
「で?」
エイフェとイザークの視線が交錯し、火花を散らす。
次の瞬間、エイフェは虹の翼を広げ、目映い光を放つ。
「遅え」
エイフェが祝福の権能を使うよりも先に、その眼前にイザークは接近していた。
凍てつく拳が勢いよく繰り出される。虹の翼が一瞬それを阻んだが、たちまち凍りつき、そして砕け散った。
イザークの拳がエイフェの土手っ腹に突き刺さり、その体がくの字に折れる。
「天主っ!」
レイが聖剣を振りかぶり、災人イザークを斬りつけにかかる。奴は体をそのまま軽く捻ると、エイフェをレイの方向へ吹っ飛ばした。
咄嗟に剣を引き、レイはエイフェを受け止める。
どうにか衝撃を受け流すと、彼ははっとして頭上を見上げた。
「落ちな」
イザークの足が、レイとエイフェを二人同時に蹴り落とす。
ズゴオォォォォッと宮殿の床をいくつも貫き、二人は下層へと落ちていく。
そうして、叩きつけられた場所は氷の床――<絡繰淵盤>だった。
辺りは黒穹のように暗く、ぼんやりと光るその床だけがどこまでも延々と続いている。
「く……」
聖剣を杖代わりにして、レイが立ち上がろうとする。
「じっとしてな」
降りてきた災人が手を伸ばす。
そこから放出された冷気が<絡繰淵盤>に吹きつけられ、氷の柱を打ち立てた。
イザークはその柱をむんずとつかみ、ぐっと力を入れた。
ゴ、ゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴ、<絡繰淵盤>が震動し、ミシミシと亀裂が入る音が鳴った。
「イザーク、君の目的もこの――」
「早い者勝ちだぜ」
ゴオオオオォォォォッと音を立てて、<絡繰淵盤>が持ち上がる。災人イザークは全身の筋肉を躍動させ、それを頭上に投げつけた。
レイは咄嗟に聖剣を氷の床に突き刺し、体を固定する。
「手をっ!」
レイが伸ばした手を祝聖天主がつかむ。
投げられた<絡繰淵盤>は、パブロヘタラ宮殿を破壊しながら突き進み、そのまま外へ投げ出された。
「災淵世界の猛獣が。貴様には過ぎた代物だ」
声が響いたのは<絡繰淵盤>からである。
氷の床から、ぬるぬると水銀が滲みだしてきて、それは人型を形成する。
三体の絡繰神に変化すると、奴らは同時に災人に飛びかかった。
「うぜえ」
三方向から振り下ろされた赤い斬撃を避け、災人は絡繰神に肉薄する。その土手っ腹に<|災牙氷掌
《ガルムンク》>を突き刺した。
たちまち絡繰神は凍りついていく。
「なにボケッと見てんだ。とっとと持ってけ」
「命令しないで!」
コーストリアが飛んできて、<絡繰淵盤>に魔法陣を描く。
レイが魔眼が光らせ、その魔法陣の術式を睨む。
「あれは……<災禍相似入替>か」
「恐らく、<絡繰淵盤>と入れ替える物が、彼らの陣地にあるのだろう」
そうエイフェが言った。
二人は魔法を阻止するため、同時にコーストリアに突っ込んでいく。
「今更焦っても、遅いから」
コーストリアが<災禍相似入替>を発動すると、<絡繰淵盤>が光り輝いた。
目を眩ますようなその目映い光が収まると、そこにはまだ<絡繰淵盤>があった。
「入れ替わらない……? なんで……!?」
コーストリアが苛立ち交じりの困惑した声を上げた。
「ここに来るまでに、お前たちの陣地にあった石造りの舞台は壊してきた」
はっとしたようにコーストリアは振り返った。
彼女の義眼が、俺の顔を捉え、憎悪に染まる。
「アレと<絡繰淵盤>を入れ替えるつもりだったのだろう?」
「アノス・ヴォルディゴード……!!」
ギリッとコーストリアは奥歯を噛む。
ミリティア世界からここまで来るのはなかなかどうして距離があったが、間に合ったようだ。
「退け。それとも、皆殺しが望みか?」
俺は泰然と構え、そう問うた。
「ハッ!」
絡繰神を凍結させ、粉々に砕くと、災人イザークは牙を覗かせ、笑った。
「記憶が戻ったてめえとなら、とことんやり合ってもいいぜ。なあ、二律僭主」
「……え?」
驚いたように、コーストリアは災人イザークを振り返った。
「どういう――」
「災いなるもの、正しき道へと導かんかな。聖ヴァージアリアの祝福」
エイフェが手をかざす。そこから、イザークに向かって、真っ白な光の道が伸びていく。
「温い」
右拳に魔力を込め、イザークは思いきり叩きつける。
まっすぐ奴に向かっていた白き光の道は、豪腕に叩き落とされ、当たらない。
だが、エイフェの狙いは別にあった。
「はあっ!!」
白き道を駆け抜けていくレイは、聖ヴァージアリアの祝福により、その魔力が底上げされる。
光の道により祝福された聖剣を、思いきりイザークに振り下ろした。
奴は左手にてそれを受け止める。冷気が噴出され、聖剣が阻まれるも、レイの勢いは止まらない。
「はああああああぁっ!!」
冷気を斬り裂き、その刃がイザークの手の平を切りつけた。
鮮血が散るも、構わずイザークは聖剣をわしづかみにした。
ぎりぎりと二人は力比べをするように押しやっている。純粋な膂力ではイザークが上だが、聖剣もレイ自身も、エイフェの権能によって強化されている。
更に彼女が魔力を込めることにより、その押し合いは拮抗した。
「なんでっ……!」
コーストリアが創造魔法にて、石造りの舞台を合計八つ創り上げる。
すかさず、それを八方向へ撃ち出した。石造りの舞台は彼方へとすっ飛んでいく。そのどれかを、<災禍相似入替>で入れ替えるつもりなのだろう。
「<覇弾炎魔熾重砲>」
俺は蒼き恒星を八つ撃ち放ち、石造りの舞台を全て燃やし尽くした。
「このっ!」
コーストリアは日傘の先端を俺に突き出す。
それをなんなく手でつかみ、ぐっと押さえた。
「何度も試しただろう? こんなものでは俺は倒せぬ」
そのままコーストリアを持ち上げ、<絡繰淵盤>の上に叩きつけた。
ドゴオォォォッとけたたましい音が響き、氷の床に亀裂が入る。
「……なん……で……!」
血を流しながら、コーストリアはその義眼で俺を睨みつけた。
「なんで、君が二律僭主なのっ!? 私が会った僭主は、君じゃないっ!」
「すまぬな、コーツェ」
俺は魔法陣を描き、二律僭主に扮する時に使っていた仮面をそこから取り出す。
彼女は息を呑んだ。
「ゆえあって、俺は二律僭主に扮していた。まあ、結局、俺が二律僭主だったのだがな」
「……意味……わかんない……」
震える唇で、コーストリアはそう言葉を吐露した。
「お前を騙していたということだ」
「意味わかんないっ!!」
激情に駆られるように、コーストリアは起き上がり、素手のまま殴りかかってきた。
アーツェノンの滅びの獅子だ。その拳は凄まじい破壊力を誇る。しかし、俺は軽くそれを手の平で受け止めた。
「正体を隠し、お前に取り入り――」
「だったらっ!!」
俺の言葉を打ち消すように、コーストリアは叫んだ。
まるで自暴自棄になったかのように。
「だったら、命令すればいいっ! 嘘とか、騙してたとか、そんなのどうでもいいっ! 君が僭主なら、災人イザークを、ボボンガを、姉様を滅ぼせって、そう命令すればいい! そしたら、そうしたら、私は――」
「それは獣のすることだ」
一瞬、コーストリアは捨てられた子犬のような顔になった。
「……獣で……いいじゃない……!! 屈服させられて、躾けられて、命令されて……! 難しい御託を並べるより、ずっとわかりやすいし、ずっと当たり前のことでしょ……!」
「確かに楽だろうな。力が全てだというのならば。そうであれば、俺の欲しいものも、ずいぶん簡単に手に入っただろう」
「……意味わかんない……ちゃんと言って……!」
「己の頭で考え、己の責任で事を成せ」
俺は魔法陣を描き、そこから影の球体――影珠を取り出す。それをコーストリアの手に力尽くで握らせた。
「なにを――!!」
「そうすれば、お前の欲しいものは存外簡単に手に入るやもしれぬぞ」
その言葉が琴線に触れたか、コーストリアはだらんと力を抜き、俺を見返した。
「……私の欲しいもの……」
「つまらぬ戦いで命を捨てぬことだ」
俺は<背反影体>を使い、<絡繰淵盤>を影で覆う。続いて、<転移>の魔
法にて、<絡繰淵盤>ごとミリティア世界に界間転移した。
コーストリアは呆然としたまま、遠く銀水聖海を見つめる。
「ざまあみろより……上の気持ち……」
呟いた言葉は、激しい戦闘の音にかき消された。




