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混迷する海


 銀水学院パブロヘタラ。


 傀儡皇を取り囲むように、四本の水柱が立った。


 中から現れたのは、やはり絡繰神である。


「理解に苦しむよ、傀儡皇ベズ。傀儡世界は誤った選択をした」


 絡繰神の一人が言った。


「第一魔王アムルは、破滅的な思想の持ち主だ。忌まわしき願望世界ラーヴァシュネイクの味方をした唯一の男。幼い正義感ならばまだ良い。偏った正義でも、愚かな正義でも、致し方がないことだ」


 唾棄するように絡繰神は告げる。


「だが、第一魔王は己の行動が悪心からくるものと知りつつ、それを許容している。傀儡皇、傀儡世界はなぜそんな男の味方をする?」


 その問いを、小馬鹿にするようにベズは笑い飛ばした。


「なぜ? おめでたいね、正帝ヴラドというものは」


 絡繰神の冷めた視線が、傀儡皇ベズに突き刺さる。


「味方をしたのはアムルの方だ。彼は我々にとって目障りだった夢想世界フォールフォーラルを滅ぼしてくれたのでね」


 夢想世界フォールフォーラルを滅ぼしたのは、<極獄界滅灰燼魔砲エギル・グローネ・アングドロア>。


 元はといえば、アムルの魔法だ。


 彼ならば、深層世界を一撃で滅ぼしたとて、なんら不思議はない。


「つまりはこういうことか?」


 合点がいったといった風に、絡繰神は言う。


「傀儡世界は、悪の巣窟だと」


 四体の絡繰神が魔法陣から聖剣を抜き放ち、同時に傀儡皇に襲いかかる。


<黒糸>に吊られた無数の<魔刃>が、操られるように縦横無尽に空を舞い、絡繰神を迎え撃った。


「その権能は先程見た」


 絡繰神の両手が赤く輝く。


「<断罪刃弾(ゲゼルデ)>」


 四体の絡繰神が両手を振り下ろせば、真っ赤な斬撃が飛び、<魔刃>の糸を切断した。


 すぐさま、傀儡皇の懐に入り、絡繰神は至近距離で<断罪刃弾(ゲゼルデ)>を放とうとした。


「縛れ、<黒糸>」


 ベズが指先を動かせば、それに操られ、切断された<黒糸>が絡繰神の五体に絡みつく。


 振り下ろそうとした右腕は、<黒糸>に縛りつけられ、ピタリと止まった。


「縛れはしない。それぐらいではな」


 縛りつけられた絡繰神が再び動こうとする。ギチギチと音を立てながら、力尽くで<黒糸>を斬り払おうとしていた。


 そうはさせまいと、ベズは<黒糸>を更に絡繰神に巻きつかせ、その腕の自由を奪う。


 瞬間――


「ミサ、ルッツ」


 そう声をかけ、レイはパブロヘタラ宮殿に向かって急降下を始めた。


 ミサとバルツァロンドは後を追う。


「どうなさいますの?」


「兄上っ。奴らを放っておいては……!?」


 ミサとバルツァロンドが言う。


「先にパブロヘタラを押さえる。彼らの力が拮抗している今がチャンスだ」


 レイの視線の先、そこには巨大なネジ巻きを手にした少女、裁定神オットルルーがいた。


 彼女は上空で繰り広げられている傀儡皇と絡繰神の戦いを注視していた。


「オットルルーッ!」


 レイ、ミサ、バルツァロンドが、オットルルーのもとへ着地した。


「パブロヘタラをハイフォリアから出して欲しいっ!」


 単刀直入にレイはそう口にした。


「オットルルーは質問します。オットルルー及び、パブロヘタラ宮殿に残った学院の者たちは事態の把握

ができていません。これは深層十二界での<淵>の調査と関係しているのですか?」


 レイはうなずく。


「あの絡繰神は、絡繰世界の正帝ヴラドが送り込んできたものだよ。彼は長い間、聖王レブラハルドに成りすましていた」


「それは、証明することはできますか?」


「正帝ヴラドのことが知る方法がある。パブロヘタラを安全なところまで移動させれば」


 すると、オットルルーは考えるように俯いた。


「オットルルー、たぶん、君のことも知ることができるはずだ」


「オットルルーのことというのは……?」


 不思議そうに、彼女は聞き返した。


「君は<追憶(ついおく)廃淵(はいえん)>から生じたと言ったよね。銀水世界リステリアの住人たちの追憶から。彼らは銀水聖海の凪を願った学院同盟を残そうと、その裁定神を復活させようとした」


「そうオットルルーは記憶しています」


「それは半分は正解なのかもしれない。だけど、もう半分の真実が隠されている」


「……それが、正帝ヴラドという者に関係しているのですか?」


 こくりとレイはうなずいた。


 彼の視線がまっすぐ裁定神を見つめている。彼女は言った。


「わかりました。パブロヘタラの歴史が誤っているのは、問題があるとオットルルーは判断します。緊急避難のため、パブロヘタラ宮殿を安全ところに移動します」


 そう口にして、オットルルーは地面に魔法陣を描いた。


 手にした巨大なネジ巻きを魔法陣に差し入れ、ぎい、ぎい、ぎい、とそれを回転させる。


「合図を出したら、全速力でハイフォリアを離脱して欲しい」


 そうレイが言った。


「オットルルーは承知しました」


 レイは上空に視線を向ける。


 傀儡皇ベズの<黒糸>が一体の絡繰神の体内にちょうど入り込んでいった。


「捕えたぞ」


 ベズが両手の五指を動かす。


 すると、<黒糸>が蠢き、絡繰神が操り人形のようにぎこちなく動いた。


 その右手が赤く輝き、他の絡繰神に対して<断罪刃弾(ゲゼルデ)>を放つ。


 一体がそれを魔法障壁で受け止め、残りの二体が<断罪刃弾(ゲゼルデ)>を返す。操られた絡繰神は、赤き斬撃によって五体を切断され、派手に爆発した。


 傀儡皇ベズは、その隙をつき、残りの絡繰神に無数の<黒糸>を伸ばす。


「今だ!」


「パブロヘタラを発進します」


 レイの合図で、オットルルーはネジ巻きに魔力を込める。パブロヘタラ全体が魔力の光に包まれ、全速力で黒穹へ向かう。


 上空に浮かんでいた傀儡皇ベズと絡繰神は置き去りにされた。


「……小賢しい男だ」


 絡繰神へ伸ばした<黒糸>をピタリと止め、ベズは反転する。<飛行(フレス)>を使い、遠ざかるパブロヘタラを追いかけた。


 少し離れ、絡繰神もまたパブロヘタラを追ってくる。


「どちらへ向かいますか?」


「ミリティア世界へ。そこが一番安全だ」


「進路を変更します。パブロヘタラはこれより、転生世界ミリティアまで移動します」


 レイの答えを聞き、すぐさまオットルルーはパブロヘタラを操縦した。


「パブロヘタラの全速力でも、傀儡皇ベズと絡繰神は振り切れないとオットルルーは判断します。転生世界ミリティアに到着するまでに追いつかれます」


「追いつかせはしない」


 バルツァロンドは矢を同時に四本番え、追ってくる傀儡皇と絡繰神に放った。


 奴らはそれを回避するも、そこへ新たに放った矢が射られていた。真横へ進路を変えて、傀儡皇と絡繰神は回避行動を取った。


 しかし、バルツァロンドの弓は早く、避けるであろうその場所を正確に狙い、矢が放たれている。


 減速を余儀なくされ、奴らは魔法障壁にてその矢を防ぐ。


 バルツァロンドは巧みに矢を放ち続け、敵の前進を妨げていた。


「ミリティアまでどのぐらいでつきますの?」


「約五分後にパブロヘタラは最大船速まで加速します。そのまま、速力を維持できれば、四時間ほどで到着するとオットルルーは考えます」


「それまであの方々を押さえるのは骨が折れそうですわね」


 ミサは魔法陣を描き、<深雨霊霧消(フスカ)>を使った。


 無数の霧が、銀水聖海中に現れ、バルツァロンドの矢の軌道とパブロヘタラ宮殿を覆い隠す。


「四時間だろうと、四日だろうと、このバルツァロンドの矢が狙っている限り、これ以上近づけさせはしない!」


 バルツァロンドの連射速度はますます加速し、傀儡皇らに向かって、矢の雨が降る。


 傀儡皇と絡繰神は追いすがってきているものの、矢の被弾が増え、距離を縮めることができないでいた。


 その時、耳を劈く爆発音が鳴った。


 素早くレイが振り返れば、パブロヘタラ宮殿の一部が激しい炎に包まれていた。


 そこから姿を現したのは、絡繰神である。すぐさま、その絡繰神は<断罪刃弾(ゲゼルデ)>を放つ。


 赤い斬撃は浮遊大陸の大地を斬り裂き、貫通していった。


「なにっ……!?」


 バルツァロンドが驚きの表情で声を上げる。


「パブロヘタラの機関部に被弾しました。速力半減。次の被弾で、航行不能に陥るとオットルルーは考えます」


「あと一撃……」


 バルツァロンドが下唇を噛む。


「それより、この速力ではあちらに追いつかれますわ」


 ミサは<覇弾炎魔熾重砲(ドグダ・アズベダラ)>を放ちながら、追ってきている傀儡皇と絡繰神を牽制する。


 だが、パブロヘタラの速力は半減しており、<深雨霊霧消(フスカ)>と魔法砲撃、バルツァロンドの矢を回避しつつも、みるみる距離を詰めてきている。


「機関部の修復には一五分かかります」


「遅すぎますわね」


 一五分あれば、傀儡皇も絡繰神も余裕でパブロヘタラに追いつくだろう。


「問題はなき――」


 パブロヘタラに虹の橋がかけられた。


 それを渡るように外からやってきたのは、ハイフォリアの主神、祝聖天主エイフェである。


 彼女は虹の翼を広げ、斬り裂かれた大地を――その奥にある機関部を光で照らし祝福する。


 次第にパブロヘタラの速度が上がり始めた。


「天主」


 空を飛ぶエイフェのもとへ、レイが近づいていく。


「なぜここへ? ハイフォリアは……?」


「聞きたいことがあり、追いかけてきた」


 エイフェは言った。


「レイ。聖王レブラハルドと其の方が争ったことは私にもわかっている」


 聖剣世界ハイフォリアでの戦闘だ。主神であるエイフェが気がついていたとて不思議はない。


「虹水湖に起きた変化も」


 エイフェは言う。


「私の神眼には聖王レブラハルドがまっすぐ虹路を歩んでいる姿が見える。しかし、私の心は虹水湖を<淵>にするのを正しきこととは思えない」


 まっすぐレイに視線を向け、彼女は問うた。


「レイ。聞かせてほしい。其の方が本物の聖王レブラハルドだというなら、私はどうするべきかな?」


 強い瞳で彼女を見返し、レイは答えた。


「天主。あなたは間違った道に進むのを恐れているんだと思う」


 エイフェは静かにうなずいた。


「ハイフォリアでは、正しき道が目に見える。誰も決して間違えない優しい世界だ。だけど、ミリティアに転生して僕が知ったのは、愛と正義と優しさを願っていても、人は間違えてしまうということだ」


 ミリティア世界で起きた大戦を振り返れば、今でもレイの胸には苦く、苦しい想いが蘇る。


「正しき良心に従った道が、誰もが願う銀水聖海に続いているとは限らない」


「……されど、光り輝く虹の道を逸れて、私たち狩猟貴族は暗い銀の海をどうやって歩んでいけばよきかな?」


「狩猟貴族の誇り、勇気を抱いて、手を合わせながら進んでいこう」


「もしも、その道が誤っていたら?」


 エイフェの問いに、優しく笑い、レイは答えた。


「簡単なことだよ。また別の道を探せばいい。それだけのことなんだ」


 エイフェは目を閉じて、小さく息を吐く。


 そうして、言ったのだ。


「私は……私の秩序ではなく、私の心に従ってみようと思う。レイ、私の心はあなたが本物のレブラハルドだと言っている。だから、この道を信じたい」


 エイフェは虹の翼を広げ、機関部の上にある大地全体に結界を構築していく。


「機関部は私が守ろう。このパブロヘタラのどこかに絡繰神を生み出している場所があるはず。それを押さえれば逃げ切れる」


 レイがうなずき、返事をしようとしたその時――


(あめ)え」


 聞き覚えのある声に、レイがはっと頭上を見上げる。


 いつの間にか、冷気がパブロヘタラ上空に漂い、宮殿が凍りついていた。


 視界に入ったのは、蒼い魔眼()の男、獣のたてがみのような髪に霜が降りており、口から鋭い牙

が覗く。


 災淵世界イーヴェゼイノの主神にして元首、災人イザークがそこにいた。



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― 新着の感想 ―
最終章だけあって豪華フルメンバーだな?
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