深淵魔法の継承
牙獣世界ドゥーダウス。
「ずいぶんと弱くなったものだな、二律僭主」
五センチほど抉られた右肩に回復魔法をかける俺に、第十魔王ダンカンは言った。
激しい戦闘の余波を受けて、青き森――<絶望の獣淵>はその半分が吹き飛び、荒れ地となってしまっている。
「昔のお前ならば、我らは今の一撃で原形をとどめてはいなかったはずだ」
俺の後方にいるのは、人馬世界の第六魔王エルヴィナ。
彼の愛馬は四本の足を真っ赤に血に染めており、立ち上がることができない様子だ。
右方には擬態世界の第八魔王ヴィアンがいる。肩から右腕が引きちぎられ、左手で傷口を押さえている。
左方にいるのは雷鳴世界の第九魔王ガジラ。胸と腹部、左脚のふとももに風穴が空いており、片膝をついている。
そして、前方にいるのが降魔世界の第十魔王ダンカンだ。両眼を抉られ、右腕を真っ赤に染めている。
「十分だろう」
そう俺は答えた。
「……まるでわからんなぁ、二律僭主」
光を失いながらも、正確に俺の方を向いて、第十魔王ダンカンは言った。
「なぜ今更、大魔王の座を求める? そんなものに興味も示さなかったお前が」
ダンカンは俺の心変わりが不可解でならないといった様子だ。
「ふむ。<淵>を調べるのに手っ取り早いと思っていたのだが、どうやら雲行きも怪しくなってきた」
聖剣世界の状況を鑑みれば、あまり悠長にもしていられぬ。
「なんの話だ?」
「願望世界の<絶渦>が再び渦動する話は知っていよう。思った以上に時間がないやもしれぬ」
意味がわからないといった風に、第十魔王ダンカンは眉根を寄せる。
「つまり、アレは自然発生したものではないということだ」
レイが思い出した前世の記憶、レブラハルドの過去と死因。そして、正帝ヴラドとの会話を考えれば、<絶渦>は人為的に引き起こされている可能性が高い。
<絶渦>自体が目的だったのか、それともなにか別の目的があったのか。
いずれにせよ、<絶渦>に干渉できる術を身につけておいて損はあるまい。
「銀海の平和を望むならば、お前も手を貸せ」
「残念だが、力以外に興味はないっ!」
その言葉が合図となった。
負傷した体がもたないのを覚悟で、四人の魔王は全魔力を解放した。
光の粒子が轟々と立ち上り、その余波で残った森さえも吹き飛ばさんとするほどだ。
「<降魔轟絶深王宝華>!!」
第十魔王ダンカンの背後に、ゆらゆらと揺らめく闇の粒子が立ち上る。
それはまるで邪悪な亡霊のように見えた。
「<神鳴音雷幽暗孤月>!!」
轟く雷鳴とともに第九魔王ガジラの全身から雷が迸る。夥しい量のその雷は、巨大な球を象っていく。
それは雷の孤月を彷彿させた。
「<擬態解放闇手圧殺滅撃>!!」
第八魔王ヴィアンの引きちぎられた右腕から、闇の手が無数に生えてくる。
それら全てが長く伸び、手の平を大きく広げた。
「<深人馬合一魔翼光聖>!!」
第六魔王エルヴィナとその愛馬が一体化し、半人半馬となった。左に闇の翼が、右に光の翼が生えて、彼はふわりと浮かび上がる。
光と闇、相反する二つの力がバチバチと鬩ぎ合いながら、エルヴィナの周囲に球状の結界を構築する。
四人の魔王による深層大魔法。
全魔力を込めたそれを四方から衝突させ、この牙獣世界ドゥーダウスごと俺を滅ぼすつもりなのだろう。
避ける術はあるまい。
しかし――
「<二律影踏>」
深層大魔法が放たれる一瞬前、長く伸びた奴らの影を踏んだ。
すでに<涅槃七歩征服>と<背反影体>を発動していた俺の<二律影踏>によって、四名の魔王は同時に血を吐き出した。
根源を踏み抜かれ、その魔力が消失していく。
「……がっ……うっ……!!」
深層大魔法は消え、彼らは糸の切れた人形の如く、その場に崩れ落ちた。
「……まだ……だ……」
第十魔王ダンカンは地面に手をつき、歯を食いしばる。そうして、己の根源に魔力を集中した。
第六魔王エルヴィナ、第八魔王ヴィアン、第九魔王ガジラもまた残った力を振り絞り、俺を睨んだ。
残る手段は一つ。決死の特攻だ。
どうやら、滅ぶまで負けを認めるつもりはなさそうだ。
「貴様に、深層十二界は渡さん……!!」
ダンカンの根源が輝きを放つ。
それは深層大魔法を超える力。根源を燃やす、最期の魔法だ――
「やめよ」
そう、声が響いた。
四人の魔王、いずれのものでもない。
空からだ。頭上を見上げれば、白い装束の老人がそこにいた。
大魔王ジニア・シーヴァヘルドである。
「ノアや。後を継ぐ気はあるか?」
ちょうどいい。
いや、大魔王のことだ。事態が切迫しているのを察知して、やってきたのやもしれぬ。
「<絶渦>は任せよ。だが、肩書きはいらぬ」
そう口にすると、穏やかにジニアは微笑んだ。
「昔から、我が儘ばかり言うものじゃ」
ジニアは自らの腹に魔法陣を描く。そうして、その手を魔法陣の中心に入れた。
「深層十二界と深淵魔法をお前に譲ろう」
ジニアは自らの体内にある根源をつかんだ。ゆっくりと彼は手を引き抜き、握った拳を開いた。
手の平の上に浮かんでいるのは、黒い球だ。
それは深く、深く、底が見えないほど果てしなく深い、凝縮された力の塊だった。
「これが<深魔>じゃ」
そう言って、ジニアはその黒い球を手放した。
「秩序の影響下にない唯一の魔法。お前ならば、使いこなすことができるじゃろう」
重力を無視した速度で、黒い球は俺のもとへ落ちてくる。
速いようで遅く、遅いようで速い。
遠いようで近く、近いようで遠い。
その術式がいかなるものかを知ろうとして、魔眼を光らせ、<深魔>を見た。
途方もなく、深い魔力だ。
これまでに強い魔力は幾度となく見てきた。
だが、深いと感じたのは初めてだ。
俺は更にその深淵を覗こうとして、それに気がつくのが一瞬遅れた。
黒い滅びの力だった。
見覚えのある終末の火が、視界の端にちらついたのだ。
「<極獄界滅壊陣魔砲>」
一瞬の出来事だった。
牙獣世界ドゥーダウスの一切が黒く炎上した。
全てが黒き灰燼に変わっている。
第六魔王エルヴィナも、
第八魔王ヴィアンも、
第九魔王ガジラも、
第十魔王ダンカンも――
空も海も大地も灰燼に帰していく。
絶望の想いが集う青い森――<絶望の獣淵>さえ、ただの黒き灰と化し、<淵>としての力を完全になくしている。
ぐらり、と傾いた大魔王ジニアが落ちてきた。
俺がその体を抱きかかえれば、ボロリと顔が黒い灰に変わる。連鎖するように全身がボロボロと黒き灰燼と変わっていく。
反射的に、俺は五つの魔法陣を描いていた。使ったのはある魔法だ。
やがて、大魔王の体は完全に灰と化した。
今、滅びゆくこの世界で動いているものは三つ。
俺と、<深魔>と、そしてもう一つ――闇の全身鎧だ。
その鎧の手が伸び、黒い球をつかむ。
滅びの魔法を撃ち放ち、深淵魔法<深魔>を奪ったのは、傀儡世界の軍師レコルだった。
そんなことは、あり得ぬはずだった。
上空から、俺を見下ろす冷たい瞳に、一つ問うた。
「なぜだ? アムル」
<深魔>が反発するかのように、魔力の渦を作り出す。
闇の全身鎧はその手でそれを握り、深淵魔法を力づくで掌握していく。
力と力がぶつかり合い、彼の纏った闇の全身鎧が弾け飛んだ。
あらわになったのは燃えるような赤い髪と、銀水聖海に二つとない赤黒き魔眼。
第一魔王、壊滅の暴君アムルがそこにいたのだった。
十六章も、これにて終わりとなります。
残すところ最終章のみとなりますが、完結まで更新しましたのでお頼みいただけましたら嬉しいです。
またWEBが完結しました記念としまして、新作『全知全能の王、御言葉が勘違いされる』を書き始めましたので御覧になっていただけましたら嬉しいです。↓↓↓にスクロールしていただくと、リンクがありますので、よろしくお願いします。




