反対勢力
レブラハルド狩猟宮殿。レブラハルドの自室。
「即位の儀を明日に控え、クルトン派が王都で反対運動を強めています」
報告をしているのはレブラハルドの従者ノエインである。
「これまでは当主のホーネットを中心にクルトン家が反対運動を主導していましたが、そこにジャーミラー家、リガリオン家など名家が賛同し、クルトン派は更に勢力を拡大している様子」
ノエインの表情は芳しくない。
クルトン派が悪というわけではなく、事態の収拾が難しいからだろう。
「ホーネット卿は誠実な御方だ。霊神人剣の剣身を失い、満足な説明をしない私を糾弾するのは当然だろう」
レブラハルドが言う。
「しかし、すべてが彼の判断ではない。彼を先導した者がいる」
「……見つかったのですか?」
レブラハルドはうなずき、すっと校章を差し出した。
波と泡の意匠である。
「これは……?」
ノエインはその校章に視線を注ぐ。
「銀水学院パブロヘタラの校章だ。クルトン家に招かれたジャーミラー家の使者が持っていた。名はフレアドール」
「フレアドール?」
疑問の表情でノエインは主を見返した。
「ジャーミラー家に、そんな人物はいなかったはずです」
こくりとレブラハルドはうなずく。
狩猟貴族は家同士でつながりがある。レブラハルドも名家のため、ジャーミラー家とは懇意にしていたのだ。
しかし、フレアドールという名前は聞いた覚えがない。一族の者のみならず、従者にも存在しない名前なのだ。
「彼女を探ってみた。ジャーミラー家はフレアドールに掌握されているようだった」
「ジャーミラーの一族でもない女性にですか?」
「そうだ。狩猟貴族ならば、当主でもない者がその家を牛耳ろうなどとはまず考えない。ハイフォリアの文化を知らない他世界の者が、隠蔽魔法などで狩猟貴族に成りすましているのではと思った」
レブラハルドは自らの考えを述べ、続けて説明した。
「だが、彼女の深淵をどれだけ深く覗いても正体は暴けなかった。フレアドールは虹路を持つ普通の狩猟貴族にしか見えない」
「他の世界の住人が虹路を持つというのは、考えがたいですが……」
口元に手を当て、ノエインが考え込む。
「だから、斬ってみた」
「……は?」
驚いたようにノエインはレブラハルドを見返した。
「霊神人剣なら、正体を暴くことができると思ってね。勿論、私が間違っていれば問題になったが」
霊神人剣の柄には失った剣身の代わりに別の聖剣の剣身を取りつけた。
本来の力は出せないが、それでも霊神人剣の特性は残っている。
「斬りつける寸前、霊神人剣はフレアドールの収納魔法陣を表に出した。私はそれを斬り裂き――」
「この校章が中に入っていたということですか?」
「その通りだ」
「その後、フレアドールは?」
ノエインが問う。
「残念だけど、逃がしてしまったよ。行方を追ってみたが、見つからない。もうハイフォリアから出ているかもしれないね」
レブラハルドはそう答えた。
不意をついたにもかかわらず、フレアドールを拘束することはできなかった。
他世界の者だとすれば、かなり深層の世界に位置する。その中でも手練れだろう。
「問題は敵はほぼ完全に狩猟貴族に成りすませることだ。霊神人剣がかろうじて反応するレベルだ。それ以外の方法では、正体を暴くことは難しい」
「……いかがなさいましょうか?」
レブラハルドは校章に視線を落とした。
しばしそれを見つめた後、ぐっと握りしめ、彼は言った。
「パブロヘタラに侵入する」
◇
鋼鉄世界ドルケフ。
鉄の大地が広がり、鋼鉄の火山がそびえ立つ中層世界だ。
火口から溢れ出るマグマは、通常の溶岩ではなく、溶銑――すなわち溶けた鉄である。
鉄のマグマは川を作り、鋼鉄世界のあらゆるところに届けられていた。
その上空を銀水船ネフェウスが飛んでいた。
隠蔽魔法により、船体が隠されており、甲板にはレブラハルドとノエインの姿がある。
「レブラハルド卿」
ノエインは前方に視線を向ける。
そこには巨大な浮遊大陸があった。
「あれが銀水学院パブロヘタラです。中層世界を中心とした集団で、束になって挑まれたとしても、我々ハイフォリアの敵ではないはずですが……」
「本来ならね」
ハイフォリアよりも遙かに浅い小世界の者たちが、狩猟貴族に成りすますなど不可能のはずなのだ。
ましてやフレアドールほどの力を持つことはまずあり得ない。
あの学院同盟になにかあるのは間違いない。レブラハルドはそう考えた。
「聖王陛下はパブロヘタラに関わるなとおっしゃったことがある。背後に深層世界がついている可能性が高い」
「……聖王陛下に報告せずによかったのですか?」
「話せば止められるだろうね。それだけならいいよ。場合によっては聖王陛下自らパブロヘタラに乗り込みかねない」
「それは……」
事が起きれば、自ら先陣を切る。だからこそ、聖王オルドフは慕われ、皆がついていくのだ。
「しかし、レブラハルド卿は明日、即位なされる身。万一のことがあれば……」
「それでも、私がやらなければならないことだ。パブロヘタラにつけいる隙を作ったのは私なのだから」
銀水ネフェウスを上空で停止させた。
「これ以上船で近づけば勘づかれる」
「承知しました」
レブラハルドとノエインは隠蔽魔法で姿を隠したまま、銀水学院パブロヘタラに近づいていく。
「結界がありますね」
パブロヘタラの浮遊大陸は上部を半ドーム状の結界で覆われていた。
無理矢理入れなくもないが、勘づかれる可能性が高い。
どこかに穴がないかとレブラハルドは結界に魔眼を向ける。しばらくして、何かに気がついたように彼は頭上を見た。
「ちょうどいい。あれに紛れよう」
黒穹から鋼鉄の船が降りてきた。
パブロヘタラの船着き場に向かう途中、船が通れるように結界に穴が空いた。
レブラハルドとノエインは船が通過するタイミングに合わせて、その穴から結界の内側に入る。そのまま二人は鋼鉄の船にはりついた。
船は湖に着水する。
水の泡が周囲を包みこむと、船は水中に潜っていく。
レブラハルドたちも船に張りついたまま、水の中に潜る。
湖の中にある洞窟を抜けて、鋼鉄の船が再び浮上していく。
到着したのは石畳の一室。船の格納庫だ。
水の泡が弾け、鋼鉄の船のタラップが下ろされる。
そこから、鎧を着た兵士たちが降りてきた。
水面から僅かに顔を出して、レブラハルドたちはその様子をじっと観察していた。
『レブラハルド卿』
ノエインが<思念通信>を送る。
彼は深刻な表情で目くばせをした。
船から最後に降りてきたのは孔雀緑の軍服を纏い、ペリースを左肩にかけた、軍人然とした男である。
『魔弾世界の大提督ジジ・ジェーンズです』
険しい視線でレブラハルドはその顔を見た。
魔弾世界は聖剣世界よりも深層に位置する世界。そこまでの大物が絡んでいるとは、やはり聖王オルドフの懸念通りだった。そうレブラハルドは考えた。
いったい、大提督はパブロヘタラを使ってなにをするつもりなのか。彼の動きをレブラハルドは注意深く見守った。
「ご足労いただき、感謝いたします。大提督殿」
出迎えたのは、男装の麗人。フレアドールだった。
「感謝は不要。我が世界に利があると言うので出向いたまでだ」
まっすぐ大提督ジジはフレアドールのもとまで歩いていく。
「虚言ならばパブロヘタラを撃つ」
弾丸のような殺気を込めて、ジジは彼女を見据えた。
それをいなすように柔らかくフレアドールは笑みを返す。
「そんなことにはさせませんよ」
一歩、フレアドールが足を踏み出す。
瞬間、その手がブレたように見えた。
「…………っ!?」
言葉にならない声が漏れる。
血の雫が数滴、石畳の床に滴り落ちる。
フレアドールがその聖剣を大提督ジジの胸に突き刺していた。
「あなたはここで滅びるのですから、大提督殿」
残った力を振り絞るように、ジジは震える手をフレアドールの顔面に伸ばす。
「……貴……様……は、狩猟貴族では……ない、な……」
フレアドールが聖剣を引き抜く。
バタンッと音を立てて、大提督ジジは倒れたのだった。




