震動世界
大地が激しく揺れていた。
空では大気が震え、海では連続した波が四方に向かっている。
震動世界バルドンアデネス。
常に地震が起こっている大地の上をイージェス、ファリス、エレンたちファンユニオンが歩いていた。
『――というわけだ。呪歌王がそっちに行ったので、上手くキャッチしてくれたまえ』
エールドメードから<思念通信>が届き、一方的に切断された。
「相も変わらず、厄介事を持ち込む男よ」
ため息交じりに、イージェスが重低音の声を響かせる。
「しかし、銀滅魔法の対策のことといい、元々、呪歌王ボイズは足並みを揃えるつもりはなさそうですね」
ファリスが言う。
「うん、なんでパブロヘタラに入ったのかな?」
エレンが疑問の表情を浮かべる。
「あれじゃない? パブロヘタラを利用するつもりとか?」
「なにに?」
「それはわからないけど……」
ジェシカとヒムカがそんな会話をしていた。
これまでのところ、呪歌王ボイズは波風を立てるようなことしかしていない。悪印象を抱くのも無理からぬことだろう。
「捨て置くことよ。さしあたって、今すべきは――」
そう口にして、イージェスが足を止める。
視線の先には、深いクレーターがある。その内部からは耳を劈く爆音が連続的に響いている。
他の場所以上に激しい大地震がクレーター内部で発生しているのだ。
それにより、頑丈な震動世界の大地が引き裂かれ、少しずつではあるがそのクレーターは拡大している。
「ぬん!」
イージェスは自らの胸に右手を突き刺す。
赤い血を溢れさせながら、彼が引き抜いたのは骨の魔槍――緋髄愴ディルフィンシュテインである。
「は!」
彼は骨の魔槍を突き出した。
魔槍が輝きを発すると、穂先から緋色の血が噴出した。
それは長き六本の血槍と化し、クレーターの内部めがけてぐんと伸びた。
しかし、そこに入った途端、激しい震動を叩きつけられ、血槍の先は容易く四散した。
冥王はその隻眼を光らせた。
「これが<震撼轟淵>か」
彼は言う。
「銀水聖海の恐怖がここに引き寄せられてくる」
「あ……だから、この中なんだか怖い感じがするんだ……」
と、ヒムカが言う。
「うん。怖いよね……」
「なんか、不気味だったり、危険だったり、知らないものだったり、色んな怖いものが混ざってる感じがする……」
マイアとジェシカが同意するようにそう口にした。
クレーター内部が恐ろしさを孕んでいるのは、恐怖という感情そのもので形作られているからだろう。
「<震撼轟淵>内の震動は、恐怖により全てを拒絶するそうですが、魔眼も例外ではないようですね」
ファリスはその魔眼で、<震撼轟淵>の深淵を覗こうとする。しかし激しい震動に妨げられ、まともに見ることができない。
彼らの目的は<淵>の調査だが、魔眼が使えなくては話にならぬ。
「どうしましょうか?」
「知れたことよ。中に入らねば調べられん」
冥王は即答した。
「でも、これじゃ死んじゃわない?」
シアが言う。
「そなたらはそこで待っているがいい。この震動を止めぬことには調査もままならん」
イージェスは魔槍を手にしながら、一歩、<震撼轟淵>の内側に足を踏み出す。
途端に激しい震動が冥王の体を内部が揺さぶる。しかし、彼は全身の筋肉を躍動させ、それを力尽くで押さえつけた。
「まったく。厄介な代物よ」
血槍をいとも容易く破壊する震動の中、冥王は悠然と歩いていく。
前世の彼が遺した緋髄愴ディルフィンシュテインが、彼の力の源である血を全身に巡らせ、その魔力を飛躍的に向上させているのだ。
一歩、また一歩とイージェスがクレーターの中心に近づいていくと、薄らと人影らしきものが見えてきた。
イージェスは警戒を強め、前進した。
確かに人がいる。
男だ。大地にあぐらをかいている。胴着を身に纏い、あたかも修行僧といった風体である。
<震撼轟淵>の中心には、四方から最も強い震動が集中している。
にもかかわらず、その男は微動だにしない。目を閉じたまま、静かに座り続けているのだ。
「余は冥王イージェス。そなたはこの震動世界を治める魔王か?」
イージェスも魔王がそこにいると知っていたわけではない。
だが、<淵>の中心で平然と座り続けている男を見て、魔王以外にはあり得ないと確信したのだろう。
それほどまでに、男が身に纏う空気は異質だった。
「拙僧は第七魔王ジョズ。ジニアから話は聞いている」
ゆっくりと目を開き、第七魔王ジョズは告げた。
「修行の邪魔はするな。さすれば、うぬらのすることは不問としよう」
第七魔王ジョズは<震撼轟淵>の震動に身を曝すことで己を鍛えている。
つまり、震動は止められぬということだ。
しかし、震動を止めぬことには魔眼の働きも阻害される。<淵>を調べるのは難しいだろう。
あちらを立てれば、こちらが立たぬが、イージェスは即答した。
「承知した」
そう口にして、彼は踵を返す。
瞬間、ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィと甲高い声が鳴り響いた。
呪歌だ。
その歌は<震撼轟淵>の震動を呪い、沈黙させた。
「これで魔眼が使えるだろ。調べるぞ」
頭上から声が聞こえた。
<震撼轟淵>の上空を飛んでいるのは呪弦船である。そこから、人影が一直線に降下してきた。呪歌王ボイズだ。
「邪魔はするな、と」
重たい声が響く。
第七魔王ジョズが殺気立った視線を放つ。
その重圧に曝され、イージェスが反転し、槍を構えた。
「――言うたはずだっ!!」
第七魔王ジョズは冥王も呪歌王の仲間と見なしたか、一足飛びで間合いを詰め、その拳を繰り出した。
イージェスは後退し、それをかろうじて回避する。
「お前が邪魔をするな」
ギイィィィィンと再び呪歌王ボイズが呪歌を歌い上げれば、その声はたちまち幾本もの魔弦に変わった。
それを手に、ボイズは第七魔王に突っ込んでいく。
「ちぃっ」
イージェスは一歩踏み込み、緋髄愴ディルフィンシュテインを閃かせた。
三者の衝突は、震動世界の大気を震わす。風圧で砂塵が天高く舞い上がった。
「おい、お前――」
ボイズはギロリと冥王を見やる。
ディルフィンシュテインの穂先はボイズの首元に迫っており、それを彼は魔弦を絡みつかせて受け止めている。
一方でボイズの右手の魔弦は第七魔王ジョズに放たれている。しかし、ジョズは左手でそれをつかんでいた。
そして、ジョズの右の正拳は冥王イージェスに向かって突き出され、彼の血槍にて防がれている。
「――どういうつもりだ? 同じパブロヘタラだろ」
そうボイズは不満をぶつけてきた。
動じず、冥王は冷静に口を開く。
「それは愚問というものよ。その首を刎ねられたくなくば、余に従え」
冥王の隻眼がボイズを射抜く。
その殺気は本物だ。呪歌王ボイズが下手を動きを見せれば、冥王は即座に魔槍を走らせるだろう。
「仲間割れなら外でやるのだな」
第七魔王ジョズが血槍をつかみ、魔弦をぐいと引っ張った。ボイズはそれに抵抗しようとするも、相手の力の方が数段上だ。
「さもなくば、うぬらはここで滅ぶことになる」
「お前、魔王だから自分が格上だと思ってるのか?」
不敵な笑みを覗かせ、ボイズは挑発する。
「大魔王の腰巾着が。勘違いするなよ」
冥王、第七魔王、呪歌王、三者の視線が鋭く交錯する。
彼らは同時に動いた――




