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門下宗匠の思想


「震動世界に向かったのは冥王たちだ。呪歌王のことは<思念通信リークス>で報せておいた」


 しれっとした顔でエールドメードが言う。


「あっちは確かエレンさんたちもいますけど、大丈夫でしょうか? パブロヘタラで揉めたって聞きましたけど……」


 ナーヤは不安げな表情を覗かせる。


「だから、いいのではないか」


「えぇ……? そ、そうですか……? 雨降って地固まる……とかですか?」


「カッ、カカカカッ、カカカカカカカカッ!!!」


 ナーヤの発言がツボにはまったか、エールドメードは心底楽しそうに笑い声を上げた。


「いやいや、固まらないなぁ、アレは。雨ではなく、隕石だ。空から激突し、大地を吹き飛ばす」


 なおもニヤニヤと笑いながら、熾死王は呪歌王ボイズをそう評する。


「じゃ、じゃあ、キャッチ……?」


 と、ナーヤは空からの隕石を両手で受け止めるようなポーズを取った。


 一瞬の間の後、なにも言わないエールドメードとナーヤの目が合った。


「カーッカッカッカッカッカッ!!」


 ますます愉快そうにエールドメードは笑う。


「魔王聖歌隊ならアレの呪歌を魔王賛美歌で相殺できると思ったが、いやいやいや、オレの考えが甘かったなぁ。キャッチするように言っておこうではないか」


「え……あ……えぇっ……?」


 戸惑いつつも、ナーヤは空を見上げた。そちらは震動世界の方角だ。


「エレンさんたち……がんばってください……熾死王先生が言うんですから、きっとキャッチできます……!」


 彼女はそう級友にエールを送る。


 熾死王が無茶な要求ばかりをしてくるためか、はたまた彼への信頼ゆえか、ナーヤの中で不可能と可能の境界が限りなく曖昧になっている。


「謝罪をしよう、師父エールドメード。我々はあの手の輩とは共存し難い。不要な波風を立てた」


 ガーガリが言うと、元首カルラは深く頭を下げた。


「謝ると損をするぞ、教育神。オレたちの世界の元首が、そのうち波風どころか嵐を呼んでくる」


 ニヤリ、と熾死王は笑みを返す。


「そうか。では感謝をしよう、師父エールドメード」


 熾死王は大真面目だったが、ガーガリはそれを厚意と受け取ったようだ。


「<虚構淵擬きょこうえんぎ>についてですが、一つ提案があります」


 元首カルラがそう切り出す。


「私と彼女、どちらが先に見つけ出せるか、競わせていただけないでしょうか?」


 と、カルラはナーヤを指さした。


「わ、私とっ……!?」


 びっくりしたようにナーヤは声を上げる。


「いえっ、そんな私なんか全然っ……元首様と競えるような実力じゃありませんし……」


 手を左右に振って、ナーヤが申し出を辞退する。


「そうでしたか。あなたからは門下宗匠の思想が感じられました。師父エールドメードも、ガーガリ様と同格の教師と思いましたが、競うまでもないとは……」


 カルラは落胆したように目を伏せた。


「やはり、ローデンヌ以外には真の教育者はいませんか」


 残念そうに彼女は呟く。


「カルラ。勝手な期待をして他者を貶める行為は恥である」


 教育神に咎められ、カルラははっとした。


「も、申し訳ございません。私はただ……」


「教育の秩序を尊ぶ我が世界が、教育に優れているのは必然のこと。それぞれの世界に、それぞれの文化、特色がある。彼らは転生世界の住人。教育に命をかけているわけではないのだ。理解せよ」


 更に続けて、ガーガリは教え子を諭す。


「はい」


 改めてカルラはナーヤに向き直り、頭を下げた。


「申し訳ございません、ナーヤさん。非礼を詫びます」


「い、いえ……その……」


 またしても戸惑ったようにナーヤは口ごもる。ちらりと熾死王を横目で見るも、彼はニヤニヤと笑っているばかりだ。


 ナーヤがぐっと拳を握る。


 大丈夫、大丈夫、大丈夫、と自らに言い聞かせるように小さな声で彼女は呟く。


 そうして、覚悟を決めたか、キッと視線を鋭くした。


「……謝らないでください。間違っていたのは私です……」


 カルラは顔を上げ、不思議そうにナーヤを見返す。


「熾死王先生は最高の先生です! 教育世界ローデンヌの先生がどんなにすごかったとしても、私にとっては熾死王先生以上の先生なんてどこにもいませんっ!」


 ナーヤははっきりと断言した。


 自己評価の低い彼女は自分のことならば、どれだけ言われても反論したりはしなかっただろう。


 しかし、恩師であるエールドメードが真の教育者でないと言われることだけは見過ごせなかったのだ。


「それは聞き捨てなりません」


 カルラもまた看過できないといった風に、強い瞳で訴えてきた。


「ローデンヌの教育は教える相手を選びません。あなたは、教育神ガーガリ様より、師父エールドメードの方が教師として優れていると言うのですか?」


「……はいっ!」


 震える足で大地を踏みしめて、勇気を振り絞るようにナーヤは言い切った。


「いいでしょう」


 カルラは言った。


「ナーヤさん。あなたに正式に勝負を申し込みます。私が勝ったら、ガーガリ様の方が優秀な教師であることを認め、あなたにはローデンヌの門下に入っていただきます」


「……え? それは……」


「どうしました? 師父エールドメードが最高の先生であるという言葉は嘘だったんですか?」


「う、嘘じゃありませんっ!」


「ではよろしいですね」


 有無も言わさぬ口調であった。


 ナーヤが一瞬戸惑いを見せると、


「カカカカ、面白いではないか。ならば、オマエが負ければ、教育神にオレの教えを受けてもらうぞ」


 エールドメードがそう交換条件を出す。カルラは一瞬絶句した。


「……が、ガーガリ様が……? 私ではなくてですか?」


「生徒を奪うのはオマエの世界のやり方だろう? 転生世界ミリティアでは、負けた教師が教えを請う!! こともあるのだ」


 堂々とエールドメードはごく一部の例を、一般的な文化かのように誇張した。


「よかろう」


 承諾したのは、教育神ガーガリである。


「カカカカカ、話がわかるではないか。ソイツが言った通り、先に<虚構淵擬>を見つけた方が勝者ということでいいのか?」


 と、エールドメードが聞く。


「構わぬ。私とあなたは直接探すことはしない。無論、教えを授けることは不問とする」


 ガーガリの言葉に、満足そうに熾死王はうなずく。


「では、勝負開始といこうではないか!」


「あっ」


 エールドメードがナーヤの手をつかむと、彼女は僅かに声を上げた。


 そのまま、彼女を引っ張るようにしてエールドメードは空を飛んでいく。


 カルラたちは地上から探すことにしたのか、反対方向へ歩いて行った。


 もっとも、速く動き回ったところで見つかるわけでもない。


 擬態している<淵>を探すには、なにより頭を動かすことが肝心だ。


「さて、居残り。まずはどうする?」


「あの……さっき、空から見たら、大地が変な気がしました」


「なにが変だったのだ?」


「……えっと……」


 ナーヤが考え込むように俯く。


「もう一回見ればいいのではないか? ん?」


「はいっ! じゃ、ま、見てきますっ!」


 ナーヤは空高くまで上昇すると、くるりと振り返り、地上を見下ろした。


 彼女は険しい表情でしばらくそうしていたが、やがてわからないといった風に首を捻った。


「……あれ?」


「見つからないかね?」


「はい……さっきは、なにか変な気がしたんですけど……」


 ナーヤは大地をぐるりと見回していくが、やはり違和感は見つからない様子だ。


「よく思い出してみたまえ。本当に見たのかね?」


「……気のせいだったのかもしれません……」


「いやいや、違う、違うなぁ、居残り、それは。自分を疑うのは悪くない。だが、事実は疑うな。オマエは確かに違和感を覚えた。そうだろう?」


 ナーヤはこくりとうなずく。


「でも、見たと思ったんですけど、今はなにも見つからなくて……」


「では、それを疑いたまえ」


「え……?」


「本当に見たのかね?」


 ナーヤはじっと考える。


 やがて、なにかに気がついたか、はっとしたように大地に、そして海に視線を向けた。


 ゆっくりと彼女は降下し始める。


「潮の香り……風に乗って、潮の香りがしたんです……でも……」


 彼女は五感を使って、それを感じ取ろうとする。


 風が彼女に吹きつけ、潮の香りを確かに届けた。


「やっぱり……風は海から吹いてません……」


 海のある方角から風は吹いていない。にもかかわらず、吹きつける風は潮風だ。


 つまり――


「行きますっ」


 ナーヤは海とは反対側、風が吹く方角へ飛んだ後、<飛行フレス>を解除して、落下した。


 その先には草原の大地が待ち受けている。


「大丈夫かね?」


 一緒に落ちているエールドメードが聞いた。


「……は、はい。これは、海……海ですっ……絶対、海ですからぁぁぁ、きゃああああああぁぁぁっっっ!!」


 落下の速度に耐えかねて、自ら落ちたはずがナーヤは悲鳴を上げ、ジャポンッと大地に落下した。


 そう、大地の上に落ちたにもかかわらず、水音がしたのだ。


 みるみる草原の大地は、一面の大海原へと変貌を遂げていく。


 海中に沈んでいったナーヤは、水をかいて泳いでいくと、再び水面に顔を出した。


「やっぱり、海が擬態していたんですね……」


 擬態世界ライメニはその名の通り、あらゆるものが何かに擬態している。


 海は大地に擬態していたのだ。


「それじゃ、たぶんあっちの海が……!」


 ナーヤは<飛行フレス>で飛び上がり、今度は海がある場所まで飛んでいく。


 その直前で地上に降りて、海に向かって走り出した。


「沈まない……沈まない……沈まない沈まない沈まなぁぁぁぁぁぁいっ……!!」


 ザバァッと海に突っ込んだナーヤ。足が水に沈むのも構わず、そのまま沖に向かって走っていく。


 一歩、二歩……三歩目の場所は深かったか、ナーヤの体が更に水の中に沈み、頭まで海中に入った。


 それでナーヤは確信した。


「やっぱり……息ができます……!」


 すると、周囲の水がみるみる緑に変わっていく。水に擬態していたのは長い草だ。


 海は刻一刻と姿を変えていき、そこには密林が姿を現した。


「海が大地に擬態していて、大地が海に擬態していたんですね……!」


 発見が嬉しいのか、ナーヤは笑顔でそう口にした後、しかしすぐに深刻そうに俯いてしまった。


「……でも、これだけじゃ<淵>がどこにあるかはまだ全然わからないですよね……」


「そうかね?」


「え? えっと、だって、まだ大地と海の擬態がわかっただけですから」


 すると、エールドメードはナーヤを杖で指した。


「居残り。オマエは<淵>を探すのは大変だと思っているのか?」


 一瞬、彼女はきょとんとした。


 質問の意図がわからず、ナーヤは素直に聞き返す。


「大変……ですよね……?」


「なぜだ?」


「その……<淵>はすごい強い魔力があって、沢山の想いを引き寄せる、銀水聖海では特別な自然空間だと思ったんですが……」


「わかっているではないか。つまり?」


「つまり? えーと……」


 自分で口にしながらも、不思議そうにナーヤは視線を上にやった。


「あれ? あんまり大変な理由がない……のかな? 擬態世界じゃなかったら、そんな特別な場所、すぐに見つかりそうですし」


 実際、イーヴェゼイノの<渇望の災淵>も発見するのは容易かった。災淵世界を訪れれば一目でわかる場所にそれはある。


「大地と海の擬態がわかったんですから、考えればそんなに難しい話じゃないのかも……?」


 自問するように、ナーヤは言う。


「大地が海で、海が大地だから……」


 はっとナーヤは顔を上げた。


 なにかに気がついたように大地を蹴り、<飛行フレス>で飛んだ。


 上空高くまで飛んで行き、魔法陣を描く。


「<憑依召喚アゼプト>――<融合神ガラギナ>!」


 番神を融合させた融合神を憑依させ、ナーヤは空を飛びぬけて黒穹へ達した。


 更に速く、遠くを目指してナーヤは飛ぶ。


 黒穹をまっすぐ飛んでも、秩序に従い、その軌道を曲げられる。銀泡の外には出られないようになっているのだ。


 本来ならば。


「この黒穹は黒穹じゃなくて、なにかが擬態しているはずです」


 全力でナーヤは黒穹を飛ぶ。


 すると、景色が次第に変わり始めた。黒穹が徐々に青みがかっていき、その濃さはみるみる増していく。


 完全に黒がなくなった時、目の前に見えていたのは青空である。


「な・る・ほ・どぉ」


 興味深そうにエールドメード唇を吊り上げる。


「そもそも、この擬態世界は二つの銀泡が連なっていたというわけだ。一方の銀泡は世界の外に擬態して、銀泡が一つに見えていたようだな」


「はいっ。たぶん、この先に」


 青空から降りていくと、そこにはまた地上が見えた。


 先程とそっくりな世界だったが、一つだけ違う部分がある。


 空も大地も海も、立ち上る光の粒子で満ちているのだ。


 この場所が、擬態していたもう一つの銀泡そのものが、<虚構淵擬>なのだろう。


「やった……」


「思ったより早かったですね」


 下方から声が聞こえ、ナーヤは驚いたように地上を見た。


 ゆっくりと飛んできているのは教育神ガーガリとカルラだった。


 二人はナーヤたちよりも先に、この<淵>に辿り着いていたのだ。


「しかし、私たちの勝利です」


「…………」


 ナーヤは悔しそうに唇を噛み、薄っすらと涙を浮かべた。


「約束通り、ローデンヌの門下に入ってもらいましょうか?」


「………………はぃ……」


 か細い声でナーヤは呟く。


 約束は約束だ。それを違えるようなら、更に恩師である熾死王を貶めることになる。彼女はそう考えたのだろう。


「……熾死王先生……あの……」


「カカカカカ、なにをそんなに落ち込んでいる、居残り。教育世界の教育を直に学べるのだ、またとない機会ではないか」


「……でも……」


 悔しさが声に滲む。


 もっとエールドメードに学びたかった。そんな感情が言外に見て取れた。


 そんな教え子に、熾死王は言う。


「思いっきり学んできたまえ。オマエがオレの知らぬ学びを得れば、これまで以上に教え甲斐が出てくるというものだ」


「え?」


 きょとんとナーヤは熾死王を見返した。


「なにを言っているんです? 彼女は今日からローデンヌの門下に入ると」


 カルラがそう言い含めようとすると、


「オマエこそなにを言っているのだ、門下宗匠? ローデンヌの門下に下るとは言ったが、掛け持ちしないとは言ってないではないか」


 熾死王の言い分を聞き、カルラは絶句する。


 彼の魂胆がこの時、初めて理解できたのだ。


「……あなたは……最初からローデンヌの教えが目的で……?」


「いやいやいや、ローデンヌの教えをパクろうなどと、そんな卑怯なことは思いつきもしない」


「無効ですっ! そんな馬鹿な話には応じられませんっ!」


 反駁するカルラの肩にそっと手が置かれる。教育神ガーガリだ。


「カルラ、文化が違うのだ、師父エールドメードは約束を違えるようなことは口にしていない」


 ガーガリが一言言うと、カルラはすぐに怒りを収めた。


「わかりました」


「では、余興は終わりだ。この<淵>を調べようではないか」


 満足そうにエールドメードは笑みを見せる。


 エールドメードとナーヤ、ガーガリとカルラは二手に分かれ、<虚構淵擬>を調べ始めた。


「……少し変でしたね……」


 離れていくガーガリとカルラを見ながら、ナーヤが言った。


「聞き分けがよすぎることかね?」


「あ……えーと……神と信徒が教え合う関係が門下宗匠の思想ってカルラさんが言ってましたけど……ガーガリ様はあんまりカルラさんのことを見ていない気がして……」


「なるほどぉ?」


「あ、全然、ただの気のせいかもしれませんけど……」


 カカカカカカカ、とエールドメードは愉快に笑った。


「よく観察しているではないか、居残り」


「は、はいっ。ありがとうございますっ、熾死王先生」


 褒められたのが嬉しかったか、ナーヤは俄然やる気を出して、その<淵>に魔眼を凝らしたのだった。



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