表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
736/791

有翼世界


 景色が黒穹から青空に変わった。


 銀水船ネフェウスからは、無数の鳥たちが飛び抜けていく光景が見えた。


「わーお、鳥だぞーっ!」


 甲板で周囲を飛んでいく鳥たちを見回しながら、エレオノールは笑みを浮かべている。


「鳥さん……たくさん……います……」


「ねー」


 ゼシアとエンネスオーネが両手を翼のようにして、羽ばたく真似をする。


 エンネスオーネは頭に翼があるにもかかわらず、なぜか手で羽ばたいていた。


「「パタパタ、パタパタ」」


 すると、二人の体がふわりと浮かび上がった。


「……飛んで……ます……!?」


 驚きながらも、ゼシアは歓喜の表情で、更に勢いよく両手をパタパタと羽ばたかせる。


「んー? なんでだ? <飛行フレス>使ってなあい?」


 目を細くしながら、エレオノールはあり得ない物を見るかのように我が子を凝視した。


「ズルは……してません……! ゼシアは……鳥になりました……!」


「空気がつかめる気がするよ? ほら」


 エンネスオーネが頭の翼を軽くはためかせると、彼女の体が重さから解き放たれたかのようにぐんと上昇し、一瞬にして米粒のように小さくなった。


「んー、すっごい速いぞっ。エンネちゃーん、知らない世界だから、あんまり遠くいかないで、戻っておいでー」


 エレオノールがそう声を飛ばす。


 エンネスオーネは風を切り彼女の目の前まで一気に急降下してきた。


「エンネ……すごい……です……」


「えっへん」


 と、エンネスオーネは小さな胸を張る。


「この有翼世界ゆうよくアリファーバの秩序なのでしょう。ここの空気は瞬間的にではありますが、手でもつかむことができる性質を持ちます。翼を使い飛ぶとなればこれほど良い環境もないでしょう」


 甲板にやってきたのはマントを羽織った男装の麗人。五聖爵が一人、フレアドール子爵である。


「そっかそっか。じゃ、ここの魔王は翼がある人なんだ?」


「いえ、元首アノスの情報によれば、有翼世界を所有しているのは第四魔王アゼミという鬼人族きじんぞくです。翼は持っていない、とのことです」


 魔王たちは大魔王の継承者となるために国盗りを行っている。元々、有翼世界を支配していた魔王は、第四魔王アゼミが滅ぼし、それを奪い取ったのだ。


 ゆえに、この銀泡には常駐している魔王はいない。深層十二界の中では比較的安全と言えるだろう。

 もっとも、魔王たちも常に同じ場所にいるわけではないが。


「んー?」


 と、エレオノールは気になったようにフレアドールの足下に視線を向ける。


 彼女の後ろに人影があり、小さな手が僅かに覗いていた。


「可愛い子がいるぞ」


「紹介が遅くなり、すみません。先程まで眠っていたもので。ほら、出てきなさい」


 フレアドールは自らの後ろに隠れている小さな女の子をそっと手で促して、前に立たせる。


「私の子、パルムです。ご挨拶なさい」


「パルムだ。よろしく頼む」


 幼いからか多少舌っ足らずだが、毅然とした、勇ましい口調である。


 年齢はゼシアと同じぐらいに見えるが、ずいぶんと大人びていた。


 すると、ゼシアはずいと前に出た。


 彼女はじっとパルムを見た後、素早くフレアドールに視線を移し、またすぐにパルムに視線を戻した。


 「そっくり……です……」


 と、ゼシアは驚いたように言う。


 彼女が言った通り、フレアドールの顔とパルムの顔は生き写しのようだった。髪の色も目の色も同じで、違いは年齢だけといっても過言ではない。


「そっくりっていうか、この子――」


 魔眼を光らせ、エレオノールはじっとパルムの深淵を覗く。


 彼女の奥底にあるその根源を。


「ゼシアと同じだぞ」


「ええ、パルムはわたしの根源クローンです。事情があり――」


「おおぉ……!」


 フレアドールの話の途中で、ゼシアが食い気味に声を上げた。彼女はキラキラと瞳を輝かせながら、パルムの手を両手でつかんだ。


「お姉ちゃんたち以外で……おんなじ……初めて、です……!」


 初めての根源クローン仲間に、ゼシアは嬉しそうにぶんぶんと両手を振っている。


「姉が根源クローンなのか? 何人いるんだ?」


 パルムもゼシアに親近感を持ったのか、興味深そうに聞いてくる。


 ゼシアはばっと両手を開いて、突き出した。


「一〇人か。多いな……!」


 ぶるぶるとゼシアは首を左右に振った。


「……一万人……です……!」


「一万人……!?」


 パルムがびっくりしたように目を見開き、


「一万人……ですか……!?」


 同じく驚いたようにフレアドールが目を丸くしていた。


 さすがは根源クローンの親子といったところか、その表情はそっくりだった。


「これは一万ではないだろう」


 パルムはゼシアがやったのと同じように、五本指を立てた右手と左手を突き出す。


 どうやら驚きのポイントは、一〇ではなく一万だったということのようだ。


「一万……です……!」


 負けじとゼシアは指を一〇本立てて、一万だと猛プッシュしている。


「指は一〇本だろう? なぜ一万なんだ? 根拠はなんだ?」


「指は一〇本でも……ゼシアの気持ちが……一万です……!」


  迫真の気迫でゼシアはズバリと言い切った。


「…………」


 絶句したパルムに、ゼシアは気迫を込めた眼差しを向け続ける。


「ぷ」


 あまりの強引さがツボにはまったか、パルムがふきだす。


「あはははっ」


 お腹を抱え、パルムはケタケタと笑う。彼女が初めて見せた子どもらしい表情だった。


「君は馬鹿だな」


 パルムがそう感想を漏らす。


 すると、ゼシアはぷくーっと頬を膨らませた。


「ゼシアは……馬鹿じゃ、ありません……!」


「面白いという意味だ」


 パルムがそう言い直すと、ゼシアはぱっと笑顔に変わった。


「面白ゼシア……です……!」


 得意げにゼシアは言う。


 その様子を見て、くすくすとパルムは笑声をこぼした。


「パルム……一緒に……飛びます……!」


 ゼシアは再び手をパタパタして、浮かび上がった。それを真似して、エンネスオーネも手で羽ばたき始める。


「それは、なにか意味があるのか?」


 不思議そうにパルムが問う。


 合理的に育てられたのか、ゼシアたちの無邪気な行動が理解できない様子だ。


「すっごく……あります……!」


「……そうか。それはどんな……?」


「すっごく……ありますっ……!!」


 顔を至近距離まで近づけ、ゼシアは力一杯アピールした。


「だから……」


「あり……ますっ……!」


「……わ、わかった。やってみよう」


 ゼシアの勢いに負けたか、意味がわかっていないながらも、パルムは二人と同じように手を羽ばたかせ

る。


 有翼世界の秩序に従い、彼女はふわりと浮き上がる。


「出発……です……!」


「いっくよー」


 ゼシア、パルム、エンネスオーネの順番で隊列を組み、彼女たちはふわふわと甲板の上を低空飛行していく。


 パルムは戸惑うような素振りを見せていたものの、ゼシアとエンネスオーネが満面の笑みではしゃいでいるため、悪い気はしていない様子だ。


「大変だったのですね」


 遊んでいる娘の様子を見守りながら、フレアドールが言った。


「んー?」


 エレオノールが首を捻ると、彼女は振り向いた。


「一万人もの根源クローンを作るのは、平時とは言えません」


「……うん……でも、みんな、アノス君が助けてくれたんだ。今はこうやってゼシアも笑ってるし、すっごく幸せなんだぞ」


 エレオノールが笑顔でそう言うと、フレアドールは微笑んだ。


「わかります」


 彼女は我が子に温かい視線を注ぎながら同意を示した。


「わたしもパルムが一番の宝です。あの子を守るためなら、この命も惜しくはありません」


「あー、そんなこと言っちゃだめだぞ」


 人差し指を立てて、からかうようにエレオノールは笑った。


「フレアドールちゃんがいなくなったら、パルムちゃんがすっごく悲しくなっちゃうぞ」


 ふふっとフレアドールが笑う。


「フレアドールちゃんと呼ばれたのは初めてです」


「あ……!」


 と、エレオノールが声を上げ、銀水船の進行方向へ視線を向けた。


「あれじゃないかな? <有翼ゆうよく風淵ふうえん>」


 目の前の空には光の柱が見える。それはキラキラと輝く無数の羽根だ。それらが空に舞い上がり、巨大な光の柱を形成していた。


 <有翼の風淵>。それは地上を這うことしかできない者の、空への憧れが具象化したもの。その舞い上がる羽根の一つ一つが、空への憧憬なのだ。


「パルム、行きますよ」


 フレアドールが娘を呼ぶ。


 すると、パルムはゼシアたちを引き連れながら、手をパタパタさせながら飛んできた。


 僅かに微笑み、フレアドールは言った。


「仲良くなれましたか?」


「はいっ。初めて友達ができました、母上」


 子どもらしくパルムは無邪気に笑った。フレアドールは彼女の頭を優しく撫で、それから<有翼の風淵>に視線へ向けた。


「行きましょう。<淵>の調査にはあなたの魔法が欠かせません。手伝ってもらいますよ」


 フレアドールとパルム、そしてエレオノールたちはその<淵>へ向かって飛び込んでいった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ほっこりした
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ