鬼刃世界
銀水学院パブロヘタラは船団を組み、深層十二界へ向けて出発した。
転生世界ミリティアからは魔王列車と飛空城艦ゼリドへヴヌス、樹海船アイオネイリアが、鍛冶世界バーディルーアからは工房船が、聖剣世界ハイフォリアからは銀水船ネフェウス、聖船エルトフェウスが出されている。
呪歌世界ディメディオンの船は呪弦船と呼ばれ、帆の代わりに竪琴のような弦楽器が取りつけられている。
巨大な気球は、教育世界ローデンヌのものだ。
横に倒した塔が吊られており、そこがブリッジである。魔導気球と呼ばれる、教育世界で最も速い船だった。
パブロヘタラの船団は順調に飛んでいき、深層十二界の領海の前までやってきた。
大魔王ジニア・シーヴァヘルドが発する強大な魔力が、領海全体を覆っている。深層世界の住人とて、その恐るべき力を目の当たりにすれば、逡巡するだろう。
レブラハルドが乗る銀水船ネフェウスや、バーディルーアの工房船、また呪弦船、魔導気球も慎重に船足を落とした。
だが、先頭を行く樹海船アイオネイリアだけは速度を落とさず、深層十二界の領海に入った。
それを確認して、残りの船も続々と領海に入っていく。
「<背反影体>」
樹海船アイオネイリアから、魔王列車めがけ魔法陣を描いた。
銀灯のレールの影が現れ、それが十二本に分かれる。十二本の影のレールがぐんと伸びて、彼方へ消えていった。
『深層十二界同士をつないだ。そこを辿れば、界間通信が容易にできる』
俺はそう船団全体に<思念通信>を飛ばす。
『承知した。では各自、予定通り銀泡へ向かう。不測の事態が起きれば報告するように。ただし、切迫した状況では各自の判断で対処して構わない。深層十二界ではなにが起きるかわからない。特に魔王には最大限の警戒を払うように』
同じくレブラハルドも船団全体に告げる。
『わかってるさ。子どもじゃないんだからねぇ』
ベラミーはそう口にすると、工房船の針路を変えた。聖船エルトフェウスや、魔王列車もそれぞれ別々の方向へ向かっている。
しばらくして、工房船の前方に銀泡が見えてきた。
「さあて、うちらが一番乗りみたいだねぇ」
工房船を降下させながら、ベラミーが言う。
彼女の前に見えているのは、山のようなものが無数にそびえ立つ小世界である。
「一番近いですからね」
ベラミーの隣でシンが言った。
「あれ? 山じゃなくて……刃?」
シルクが魔眼を凝らし、その世界の大地から生えているものをじっと見つめた。
それは無数の刃だった。天をつくほどに長大な刃が密集しているため、山のように見えるのだ。
「刃山だねぇ。この鬼刃世界ミヒャイムは刃に鬼が宿ると言われている。岩も木々も草花もぜんぶ刃さ。気をつけるんだねぇ」
ベラミーがそう説明すると、シルクは不思議そうに首を捻った。
それから、シンに小声で聞いた。
「なんで婆さんが深層十二界のことを知ってるの?」
「ご自身でお聞きになればよろしいのでは? せっかく仲直りするために戻ってきたのですから」
シンは率直に答えた。
慌てて、シルクは手をぶんぶんと振る。
「べ、別にアタシは……! ただ婆サンが手を貸してくれって言うから、仕方なく……!」
そう言って、ばつが悪そうにシルクが俯く。
彼女はよろず工房の中でも、優秀な鍛冶師だ。喧嘩別れした彼女に戻ってきてもらうためにベラミーは、今回の調査に誘った。
とはいえ、二人とも頑固な性格で、先程からシンを挟んでの会話に終始している。
「客から聞いたことがあってねぇ。どうせなら、多少は知っている世界の方が都合がいいから、ここにし
てもらったのさ」
ベラミーが言う。
「客……?」
シルクはどんな客なのか興味がある様子だったが、やはりベラミーには直接聞きづらいのか、シンを上目遣いで見るばかりだ。
「降りましょう」
「ああ」
シンとベラミーはそう言って、飛び上がった。
「あっ、ちょ、ちょっと待って! おいてかないでっ!」
慌ててシルクは二人の後を追う。
工房船の長い煙突をくぐっていき、三人は外に出た。
「<淵>の場所はわかりますか?」
「あいにく来るのは初めてなもんでねぇ。まあ、魔力の大きいところを探していけば見つかるんじゃないかい」
シンの質問に、ベラミーはそう答えた。
「ねえ」
後ろから追いついてきたシルクが耳をすましている。
「あっちじゃない?」
と、彼女は遠くを指さした。
「なんか、ものすっごく沢山の声が聞こえる気がする。ほら、剣の声みたいな。剣とは違うんだけど、でも剣っぽいっていうか」
直感的にそう思っただけなのだろう。シルクの説明は要領を得ない。
シンとベラミーは顔を見合わせた。
「鬼刃世界にある<淵>は、<斬刃鬼淵>。剣の妄執を引き寄せるんだとさ」
「<淵>というものは様々あるものですね」
魔剣や聖剣、神剣など強い魔力を有する剣には想いが宿っている。
無論、人や魔族ほどはっきりとしたものではないが、元々魔剣であったシンにはそれがよくわかるだろう。
「では、シルクが聞いた剣の声は<斬刃鬼淵>から聞こえたものかもしれませんね。行ってみましょう」
シンはシルクが指さした方角へ、勢いよく飛んでいく。
彼女はシンの後を追いながらもご満悦といった表情で、ちらりとベラミーの方を見た。
「自慢なら<淵>が見つかってからにするんだね。あんたは剣を打つ前から、剣が出来た気でいる。詰めが甘いんだって、いつも口を酸っぱくして言ってるだろう。大体――」
「あー、あー、もう、うるさいなぁ」
耳を塞ぎながら、シルクは顔をしかめる。
「剣を打ってるわけじゃないんだからいいじゃん」
「よかぁないよ。日頃の心構えが、打った剣になるって何度言ったらわかるんだいっ?」
「……でも、アタシだって、もう霊神人剣を打ち直すぐらいにはなったんだし、婆さんのやり方は古いんじゃ……?」
小声でシルクがぼやくと、ギロリとベラミーが睨みつける。
ビクッと彼女は身を震わせた。
「なにか言ったかい?」
「べ、別に」
と、彼女は身を小さくしながらも唇を尖らせ、「なにさ」と呟いた。
「シルク、ベラミー」
飛行していたシンが急停止して、二人の行く手を塞ぐように腕を伸ばした。
二人の言い争いを仲裁しよう、とは考えていないだろう。
彼の視線は鋭く、目の前を警戒していた。
「なにかが来ます」
ブオウッと一陣の風が吹いた。
シンたち押し飛ばしてしまいそうなほど強い風である。
同時に、声が響く。
「大魔王の爺様が珍しく人を寄越すというから何事かと思えば、ずいぶん面白い人を寄越してきたんだな」
ベラミーが僅かに目を見開く。
風とともに目の前に現れたのは、頭に二本の角を生やした男である。
黒い短髪で、均整のとれた体躯、腰には一振りの魔剣を携えている。
「どなたでしょうか?」
鋭い視線を放ちながら、シンが聞いた。
「俺は第四魔王アゼミ・リゼツ」
角の男はそう答える。
「話は通っているはずですが、私たちは<斬刃鬼淵>に用があります。案内していただけますか?」
「この先をまっすぐ行けばある。だが、その前に一つ頼みたいことがあってな」
第四魔王アゼミは魔剣の柄に手をかける。
「なんでしょうか?」
シンが問うたその瞬間、アゼミは魔剣を抜き放った。
まっすぐベラミーに向けられたその刃を、シンは即座に魔法陣から抜き放った屍焔剣ガラギュードスで受け止める。
ガギィッと甲高い金属音が、上空に鳴り響いた。
「なんのつもりでしょうか?」
「見ろよ。そのなまくらに亀裂が入っただけだ」
アゼミの魔剣は、シンの魔剣に食い込み、僅かに亀裂を走らせている。
シルクが鍛えた、シンしか操ることのできなかった屍焔剣ガラギュードスが、アゼミの魔剣に完全に強度負けしているのだ。
「……嘘っ……」
驚いたようにシルクが声を上げた。
信じられないといった表情で、半ば呆然と彼女は二つの魔剣を見比べる。
「嘘じゃねえよ。こいつは霊命鬼剣マギマ。銀水聖海のあらゆる剣が束になっても敵わない至高の剣。そうだろ、よろず工房の魔女ベラミー」
「え?」
と、シルクがベラミーは見た。
彼女は険しい表情で、アゼミを睨み返している。
「研ぎ直してくれよ。作ってもらった時は、確かに最強の魔剣だった」
「違うっ!!!」
叫ぶような勢いで、ベラミーはアゼミに言い返す。
あまりの剣幕にシルクが体を震わせ、先程以上に驚いた表情を覗かせる。
「そんなものが至高の剣のはずがないっ! 黙って道を開けとくれ! 二度とあたしに話かけるんじゃな
いよっっっ!!!」
ベラミーはまくしたてるように言った。
「あんたも本当は期待してたんじゃないか? この剣が折れてたらってな」
第四魔王がそう言うと、ベラミーは絶句した。
「残念だったな。霊命鬼剣マギマは、あんたの最高傑作だ、ベラミー」
ドゴォッとベラミーは重魔槌をアゼミに叩きつけていた。
だが、それは奴の体には当たっておらず、霊命鬼剣によって防がれていた。
「黙れと言ったんだよっ、第四魔王!!」
ふう、とアゼミは溜息をつき、ポリポリと頭をかいた。
「仕方ないな。今日は爺様の顔を立てることにするよ」
面倒くさそうな口調で言い、第四魔王は魔剣を鞘に納める。そうして、奴はいずこかへ転移していった。




