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星の瞳


 転生世界ミリティア。


 黒穹から降りてきた魔王列車が、魔王学院デルゾゲードの裏門に停車した。


 各車両のドアが開き、魔王学院の生徒たちが続々と降りてくる。


「んー、なんか久しぶりに帰ってきた気がするわ」


 外に出たサーシャが、ぐんと伸びをする。


「ほっとする」


  隣でミーシャがそう言った。


「でも、よかったの? その、第一魔王アムルって人に会った方がいいのよね?」


 サーシャが振り返り、俺にそう問うた。


「ここは戦場になるやもしれぬ」


 それを聞き、サーシャの視線が険しくなる。


「正帝……だったかな? そいつがミリティアに侵略してくるってことかい?」


 飛空城艦ゼリドへヴヌスから降りてきたレイが言った。


 同じく飛空城艦に乗っていたファリス、シン、エールドメード、ミサたちも着地した。


「そうだ」


「何者かね、その正帝というのは?」


「わからぬ。だが、俺が生まれた銀水世界リステリアを滅ぼしたのはそいつだ。隠者エルミデになりすまし、この海で暗躍を続けていた」


 なにが目的かはまだわからぬ。


 だが、いくつもの世界を裏で操っているのは確かだ。


 なにか大きな思惑がある。そんな気がしてならぬ。


「俺が二律僭主だった頃から、奴は俺に目をつけていた」


「僭主が銀水世界リステリアの生き残りだからでございましょうか?」


 ロンクルスが降りてきた。


 上空には彼が乗ってきた無神大陸が浮かんでいる。


「それも理由の一つだろう。だが、恐らくそれだけではない」


 銀水世界リステリアが健在の頃から、俺は幾度か隠者エルミデを騙る正帝と戦った。


 正帝は俺を滅ぼしたがっていたかのように思える。


「奴は俺が邪魔だったのだ。己の目的を果たすためにな」


 確証があるわけではない。だが、奴が恨み辛みで動いている類の者にはどうしても思えぬ。


 奴の目的と、俺の存在、そこになにかしらつながりがあるはずだ。


「我が君に刃を向けるならば、転生世界ミリティアを狙うのは道理でしょうね」


 そうシンが言った。


「ミリティアを侵略すれば、俺の動きを制限することができる。後手に回れば、こちらは防戦一方になるだろう」


 ゆえに、備えをするために一度戻ってきた。


「それじゃ、ミリティアのみんなで、返り討ちにする準備をしちゃえばいいんだ」


 ピッと人差し指を立ててエレオノールが口を開く。


「だが、銀水聖海に出ていない者は深層世界の住人とはまともに戦えまい。銀泡の中にまで入られれば被害は拡大する。外で迎え撃たねばならぬが、外では転生魔法が使えぬ。ゆえに」


 俺は自らの影と魔王学院の影に魔法陣を描く。


「<背反影体ダヴエル>」


 二つの影が交わり、一つなる。そうして、ゆっくりと浮かび上がると、その影は四散した。


 小さな欠片となった影は球状に変化し、ミーシャやサーシャら配下それぞれのもとに飛んでいく。


「その影のたま影珠えいじゅという。二律僭主の影だ」


 二律僭主の体は俺が転生したため、失われた。しかし、その力、特性を有した影だけは残っている。


「二律僭主の魔力と<背反影体ダヴエル>が封じられている。それを使えば、銀海の秩序はある程度打ち破ることができよう」


「あ、じゃ、これを使えば、ミリティア世界の外でも転生魔法が使えるってことなんですね」


 影珠を見つめながら、ミサが言った。


「残念だが、それはできぬ。限定魔法である秩序を打ち破り、一時は転生状態になるだろう。しかし、実際に生まれ変わるには時間を要する。影珠の効果はさほど長くもたない」


「えーと……それじゃ、どうすれば……?」


界間転移かいかんてんいだ。このデルゾゲードの影があった場所にならば、それが可能となる」


「つまり、瀕死の状態でもいいからミリティアに転移しちゃって、転生するってことね」


 サーシャがそう結論づける。


 ミリティアにさえ来られるなら、この世界の秩序により転生魔法を使うことができる。


 直接、転生魔法を使うより難易度は高いが、十分な備えになるだろう。


「間界転移には影珠えいじゅの全ての魔力を使う必要がある。それ以外のことにならば何度かもつだろうが、確実に敵を仕留められる時以外は使うな」


 影珠を使い、一時的に自らを強化することもできるが、それをすれば界間転移ができなくなる。


「んー、ちょっとさっきの話で気になったんだけど」


 エレオノールが唇に指を当てながら、聞いてきた。


「ミリティア世界の外で影珠えいじゅを使って転生するとどうなっちゃうんだ?」


「我が父セリス・ヴォルディゴードが<転生シリカ>の研究をしていた時と同じだろう。転生の秩序が存在しない銀水聖海では、<転生シリカ>を使った者の根源は、死の痛みを刻みつけられたまま、完全に滅び去ることもできず、その狭間で未来永劫苦しみ続ける」


 エレオノールはぞっとしたように身震いした。


「絶対やりたくないぞ」


「転生……ダメ……です……」


 ゼシアが同意を示し、隣のエンネスオーネと抱き合っていた。


「俺は地上や地底の者たちに事情を伝えてくる。お前たちはしばらく休め」


 配下たちにそう言うと、俺は転移した。



   ◇



 魔王学院デルゾゲード。廊下。

 月明かり窓から差し込み、二つの影を映し出す。


「つい最近までここで授業を受けてたのが嘘みたいだわ」


「ん」


 前を歩くサーシャの後ろを、ミーシャはとことこと歩いている。


「でも、どうして学院に来たの?」


 サーシャが聞くと、ミーシャはぱちぱちと瞬きをした。


「なんとなく?」


 と、彼女は小首をかしげた。


「ふーん。ま、誰もいない学院って静かでいいわよね」


 サーシャは第二教練場のドアを開ける。


 誰もいないはずの室内に、ぽつんと座っている少女がいた。


 金髪碧眼で細い体。魔王学院の制服ではなく、純白のドレスを身に纏っている。


 その碧い瞳は美しく輝いており、まるで星のようだった。


「あれ?」


 人がいることに、サーシャは不思議そうに声を上げた。


 ミーシャが魔眼でじっと少女を見つめる。


「神族……よね?」


 サーシャがそう問うと、


「この世界の神様じゃない」


 ミーシャは淡々と答える。


 すると、ドレスの少女は二人の方へ顔を向けた。


「こんばんは」


 彼女は感情の伴わぬ声で挨拶をした。


「私は希輝星ききぼしデュエルニーガ。旅をしている途中で立ち寄った。勝手に入って申し訳ない」


「大丈夫」


 優しくミーシャは言った。


「わたしはサーシャ、こっちが妹のミーシャよ」


 サーシャとミーシャは、デュエルニーガのもとへ歩いていく。


「この銀泡で一番綺麗な星が見える場所はどこ?」


「え? 星?」


 唐突に聞かれ、サーシャは思わず聞き返す。


「星。空の星」


「あー、色々あるけど、一番……一番って言われても、うーん……どこかしら……?」


 頭を捻ってサーシャは考え込む。


「一番はわからない」


 淡々とミーシャは言った。


「でも、いいところがある」


 そう口にして、ミーシャはデュエルニーガに手を伸ばした。


 彼女がその手を取ると、<転移ガトム>の魔法陣が描かれる。


 視界が真っ白に染まり、三人は転移した。


 やってきたのは、ミッドヘイズ南西の丘である。昼はミッドヘイズの街並みを一望でき、夜は満天の星を望むことができる。


「…………」


 鮮やかに輝くミリティア世界の星空を、デュエルニーガは見とれるように眺めていた。


「星を見れば、世界がわかる」


 デュエルニーガは言った。


 彼女はゆっくりと指先を夜空へ向ける。


「あの星々には幸せが満ちている。この世界の人々が幸せに満ちている証拠」


 その言葉を聞き、ミーシャとサーシャは嬉しそうに表情を綻ばせた。


「あなたたちの努力の結晶。ここはとても素敵な世界」


 そう口にして、デュエルニーガは視線を下ろした。


「ありがとう」


 ミーシャがそう感謝の言葉を告げる。


 彼女が創造神だと、デュエルニーガは気がついているのだろう。


「あなたたちは、この世界がなにでできているか知っている?」


 素朴な疑問といった風にデュエルニーガは問う。


「優しさと」


「笑顔よ」


 ミーシャとサーシャは自信を持ってそう答えた。


「それは違う」


 デュエルニーガは目を伏せ、ぽつりと呟く。


「……え?」


 聞き違いだと思ったのか、サーシャが疑問の声をこぼす。


 デュエルニーガは告げる。


「あなたたちは知らない。人の望みはもっと醜い。人はもっと醜い」


 ミーシャとサーシャはすぐには反論できないでいた。


 人は醜いと二人の言葉を否定したデュエルニーガが、なによりも悲しげだったからだ。


「私の世界を見れば、あなたたちにもそれがわかる」


 星のような輝く瞳で、二人の目を射抜くようにまっすぐ見つめながら、デュエルニーガはそう言った。


「あなたの世界はどこ?」


 ミーシャが問う。


「一番下」


 デュエルニーガは答えた。


「願望世界ラーヴァシュネイク」


 ミーシャとサーシャの表情が驚きに染まる。その瞬間、ぱっと光がその丘を覆いつくした。


 はっとした二人はその深淵を覗く。だがなにもない。光が収まった頃、デュエルニーガの姿はもうどこにもなかった。


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― 新着の感想 ―
願望世界があんなことになってる時点でね……
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