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憎悪の炎

 リニョルの樹海。


 そこは鬱蒼と生い茂った木々と大地を埋め尽くす草花に覆われている。


 中央には一本の川が流れ、多くの魔物や野生動物の棲家となっていた。


 危険が多く、自然の中で暮らす孤影族といえども、ここを縄張りにする者は殆どいなかった。


 その樹海にアムルは転移してくる。一瞬遅れ、ノアが後を追って転移してきた。


「先程の男の集落がここにあったはずだが、移動したようだ。第一魔王に目をつけられないためだろう」


 アムルがそう口にして、歩き始める。


 ノアもその隣に並んだ。


「見たことのない魔眼だった」


 ノアが言う。


「<心火しんか魔眼まがん>という。母以外にこの魔眼を持っている者に出会ったことはない」


 アムルはそう説明した。


「憎悪を吸い取るだけではなく、記憶も読み取れるのか?」


 だからこそ、聞かずともあの男の仲間がこの樹海に集落を作っていることがわかったはずである。


「両方とも勝手に入ってくる」


「勝手に?」


 ノアは聞く。


「魔眼の制御が利かん。憎悪に反応して、勝手に出る」


「それは難儀そうだ」


 子どもらしからぬ会話を交わした後、二人は小一時間ほど歩き続けた。


 会話はなく、お互いに無表情だったが、ノアもアムルもどこか居心地が良さそうに見えた。


 自らの背丈を超えるほど生い茂った雑草をかき分け、道なき道をひたすら進んでいく。


 ピクリとアムルが眉を動かす。


 集落を見つけたようだが、しかし彼の表情は堅かった。


 ノアはアムルと同じ方向へ魔眼を向けた。


「先客か」


「まだ間に合う!」


 そう口にすると、アムルは思いきり地面を蹴った。瞬間、彼は矢のようにすっ飛んでいった。


 向かった先には集落がある。


 孤影族が七人、血を流しながら地面に倒れていた。


 立っているのは一人だけ、第一魔王ジゼルだ。彼女の前には少女が一人、地面に腰をついていた。


「残念ながら、あなたのご両親とこの集落の者たちは絆を作ってしまいました」


 少女を見下ろしながら、第一魔王は言う。


「しかし、あなたはなにも知らない子どもでした。今ここで、世界貢献を行うならば、孤高となることが

できるでしょう」


 第一魔王は少女の前に魔剣を突き刺した。


 怯えた瞳で少女は魔剣を見た後、体を震わせながらジゼルに視線を移した。


 優しくジゼルは笑った。


「世界を救う孤高なる英雄か、世界を堕落させる衆愚か。選ぶのはあなたです」


 だが、恐怖を覚えた少女はがちがちと歯の根を合わない音を鳴らすばかりだ。


 それを数秒眺めた後、ジゼルは言った。


「こうしましょう。大人たちに呪いをかけます。未来永劫、死の苦痛を味わい続ける呪いです。そうすれば、彼らを滅ぼすことが彼らにとっても救いとなります。これならわかりやすいですね」


 子どもあやすように微笑んで、第一魔王ジゼルは呪いの魔法陣を描いた。


 その瞬間、少女は震えた手で魔剣を握った。


「や……や……」


 小さな唇から、言葉にならぬ声が零れ落ちる。


「やぁぁだああぁぁぁぁっっ!!」


 泣き叫ぶように彼女はその魔剣を抜き放ち、まっすぐ第一魔王ジゼルに突き出した。


「あなたの心はもう腐っているようですね」


 突き出された魔剣を第一魔王は指先一つで受け止めていた。


「間引いておきましょう」


 もう一本魔剣を創り出し、第一魔王ジゼルは横薙ぎに振り抜いた。


 首を狙ったその斬撃は、しかし空を斬った。


 少女の姿が目の前から消えていたのだ。


「腐っているのはお前だ、第一魔王」


 ジゼルが声の方向を振り向けば、少女を抱えたアムルが立っていた。


 彼は少女を下ろすと、はらはらと涙をこぼす彼女の頭を優しく撫でる。


「よく頑張ったな。偉いぞ」


「腐っている? 私の心がですか?」


 第一魔王に不思議でならないといったように首を捻る。


 アムルは少女をかばうように前へ出た。


「腐りきっている。孤高だというのなら、誰とも関わらず一人で山奥にこもっていればいい。わざわざ他者に孤高を強制するのは、結局のところお前も他者との関わりが欲しいからだ」


「それは間違っています。全ての者が正しく孤高であるならば、私は何者にも関わろうとは思いません。

しかし現実、衆愚になろうという者が現れます」


 ジゼルは個別世界の正道を説く。


「それではこのグラウヴェノアは滅びます。孤影族が弱くなるとわかっていながら、他者と関わらずにいられないほどに心の弱い者は、間引かなければなりません」


「弱いのはお前だろう。自らの力が衰えることを怖がり、他者に犠牲を強いる。それのどこに強さがあるというんだ?」


 怒りを秘めながら、アムルは言い放つ。


「力を捨て、いつかお前に滅ぼされるとわかっていながら、それでも仲間の手を放さなかった。彼女らの方が遙かに勇敢だ」


「堕落を勇敢と呼ぶのは冒涜ですよ」


 ジゼルはゆるりと魔剣を構える。


「他者と交わるあなた方が脆弱なのは紛れもない真実なのですから」


 一瞬、光が瞬いたかと思えば、ジゼルはアムルの目の前にいた。


 振り上げた魔剣が彼の脳天に振り下ろされる。


 武器を持たないアムルは、しかしその刃を素手でわしづかみにして受け止めた。


「……!?」


「侮るな、第一魔王」


 アムルの魔眼が赤黒く輝き、<心火の魔眼>が出現する。


 赤黒い炎が七つ、天をつくように燃え上がった。


 それはそこに倒れた孤影族と少女のもの。第一魔王ジゼルに対する憎悪の炎だ。


 荒れ狂う炎はうねるようにしながら天から落ちてきて、アムルのもとに降り注いだ。


 その右手が紅蓮に染まり、ジゼルの魔剣がどろりと溶ける。


「それは……」


 目を丸くして、ジゼルは一歩後ずさった。


「覚えているか、ジゼル」


 一歩前へ出て、アムルはその紅蓮の右手を突き出した。


 第一魔王は魔剣を再生し、更に魔力を上乗せして、その高熱の一撃を受け止める。


 バチバチと激しい火花が散った。


「……あの時の赤子が……母親と同じ不適合者の力を受け継いだ……ということですか……」


「お前がこれまでに家族や仲間を奪った六七四人の憎悪がこの右手に宿っている」


 第一魔王は全力で魔剣を振り抜いた。アムルは押し飛ばされたが、その右手は傷一つついていない。


 反対に第一魔王の魔剣が僅かに溶けていた。


「母を、息子を、父を、娘を、兄弟を、姉妹を、友人を、お前に奪われた全ての者の憎悪がここにある」


 およそ幼い少年から発せられるものとは思えないほど、暗く、低く、ドス黒い声だった。


 アムルが奪った全ての憎悪が、彼の胸中に渦巻いている。


「仇は討たせて貰うぞ、第一魔王っ!」


 紅蓮の炎を纏いながら、アムルは再び真正面から第一魔王に突っ込んだ。


 第一魔王がその突進に合わせ、横薙ぎに魔剣を振るう。


 だが、直前にアムルは纏った炎を後方に放ち、急加速していた。


 魔剣をかすめながら、その斬撃をくぐり抜け、グジュッと紅蓮の右腕は第一魔王の腹を貫く。


「……許し……ません……」


 血を吐きながら、ギロリとジゼルはアムルを見下ろした。


「……人心を誑かす悪鬼……! あなたという存在は……私の個別世界グラウヴェノアを、崩壊に導く……!!」


 第一魔王ジゼルは左手でアムルの右腕をわしづかみにすると、右手を掲げ、途方もない魔力を集中させた。


 それは巨大な球状魔法陣を作り出す。


 第一魔王ジゼルの全力。恐るべき深層大魔法の発動を前に、個別世界が震え出す。


「<孤斬魔滅掌グヴェリニア>!!!」


 ジゼルは紅蓮の右腕が脅威とわかっていてあえて体で受け止め、アムルを拘束した。ゆえに、避ける術はない。あらゆる物を最小の大きさになるまで斬り刻むその分断の刃が直撃した。


 銀泡に亀裂が入ったかと思うほどの轟音が鳴り響き、世界が揺れ動くほどの震動が巻き起こった。


 その光景を、ノアは黙って見ていた。


 困っていることはない、と彼が口にしたからだ。


「……な……にが……?」


 ジゼルは息を呑んだ。


 振り下ろした自らの右手、何人たりとも阻むことができぬはずのその分断の刃を、アムルは額で受け止めていた。


 彼の魔眼が輝いている。


 赤黒い炎が第一魔王ジゼルから溢れ出し、アムルの体に吸い込まれていた。


 不適合者を許さないという第一魔王の憎悪をアムルは吸い取ったのだ。


 そして、それが彼の力を桁違いに増幅させた。第一魔王ジゼルすらも凌駕するほどに。


「憎悪を持てば俺には勝てん」


 アムルは右手を第一魔王の体に更に押し込む。


「……がっ……!!」


「壊滅しろ、孤独な元首よ」


 ピシッとガラスが割れるように第一魔王の体に亀裂が走り、次の瞬間、根源もろとも粉々に砕け散った。


 最早蘇生することはできないだろう。


 アムルは少女を振り返った。


 彼女は無事だ。その一瞬、アムルは憎悪に駆られたような邪悪な目で少女を睨んだ。


 ぐっと拳を握り、平静さを保とうとするように目を伏せた。


 次第に毒気が抜けていき、いつものアムルの瞳に戻った。


 ふう、と小さくアムルは息を吐く。


 そうして、踵を返そうとした。その時だった。


「ジゼルを滅ぼす子どもがいるとはのう」


 驚いたようにアムルは空を見上げた。


 白い装束を纏った白髪の老人がゆっくりと降りてくる。


 只者ではないというのは一目でわかった。この距離に来るまで、否、老人が声を発するまでアムルは気がつきもしなかったのだ。


 もしも、彼がその気ならばやられていた――そんな予感がアムルの頭から離れなかった。


 静かに老人は大地に足をついた。


「大魔王ジニア・シーヴァヘルドか?」


 知っていたわけではない。


 だが、体中にまとわりつく途方もない畏怖が、彼にそう確信させていたのだ。


「いかにも」


 柔らかくジニアは答えた。


 大魔王ならば、第一魔王を滅ぼした自分を許すことはないだろう、とアムルは思った。


 彼は全身で警戒を示し、<心火の魔眼>を光らせる。


 どれだけ深淵を覗いても、その老人の底は見えない。この相手は自分に憎悪を抱くことなく滅ぼすことができる。


 戦えば、確実にやられるだろう。


 そうかといって、逃げられる気はまったくしなかった。


 まさしく蛇に睨まれた蛙の如く、アムルはそこから微動だにできないでいた。


 そのとき――


「困っていることはあるか?」


 緊張を打ち破るようにノアの声が響いた。


 彼はゆるりと歩を進めると、アムルの隣に並んだ。


 自ら大魔王の前に立ちはだかった幼子を見て、アムルは笑った。


「ああ。困っている。敵が化け物だ」


「手を貸そう。二人ならば、どうにかなるかもしれない」


 アムルは紅蓮の指先に魔力を集中する。それは第一魔王を倒した時以上に輝き、高熱を発した。


 同時に、ノアは魔力を全開にしていた。その影がぬうっと起き上がり、彼の背後を覆う。


 小細工無しの全力の一撃を、二人は大魔王に同時に叩き込む算段だった。


「末恐ろしい」


 大魔王ジニアは穏やかに微笑む。


「のう。お前たち、魔王にならぬか?」


 大魔王の申し出に、アムルは僅かに眉をひそめる。


「俺は第一魔王を滅ぼした」


 お前の敵のはずだ、とアムルは言いたいのだろう。


「魔王というのは儂の継承者じゃ。力があればよい。ジゼルとて、心はなかったであろう?」


「知っていて、放っておいたのか?」


 責めるように、アムルは問うた。


「この世はのう、均衡で成り立っておる。善に偏ろうと、悪に偏ろうと、滅びる生命は同じじゃて。長生

きをするとのう、善も悪もさして変わらぬように見えてくる」


 一瞬考え、アムルは言った。


「どういうことだ?」


「お前は賢しいがのう。若者には、まだわからぬこともあるということじゃ」


「……わかった」


 大魔王の言葉に、なにを感じ取ったのか、アムルは臨戦態勢を解く。


「魔王になってやろう。その代わり、この銀泡をもらう」


「よかろう」


 アムルはふっかけたつもりだったか、大魔王ジニアはすんなりと承諾した。


「さて」


 大魔王ジニアはノアに視線を向けた。


「お前は停滞世界ザガロを奪い取ったノアじゃな。新しい魔王の座につくならば、あの銀泡をお前に譲ろう」


 ノアは言った。


「銀泡はもらおう。だが、魔王はいらぬ」


 アムルは目を丸くし、ノアを振り向いた。


 ほっほっほ、とジニアは笑う。


「正直者じゃのう」


 ジニアがそう口にすると、僅かにその体が透け始めた。


「二人とも、いつでも遊びに来るがよい。年を取ると、若人と話したくてのう」


 いつ魔法を使ったのか、ジニアの姿はその場からすうっと消えていった。


「…………」


 ノアはぽつりと言葉をこぼす。


「大魔王を相手に交換条件を出す幼子がいるのだな」


「くっ」


 くくく、くっくっくっく、はっはっはっはとまるでツボに嵌まったようにアムルは笑う。


 そうして、ひとしきり笑った後に顔を上げ、目の前の幼子を見た。


「お前が言うことではないぞ、ノア」


 どこか似たもの同士の、それが二人の出会いだった――


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― 新着の感想 ―
滅びと憎悪っていうマイナス要素を救う力に変えるの良いよね
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