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帰らぬ主は


「完全なる正義……」


 ロンクルスが呟く。


「ヒース。今のあなたの、どこに正義があるとおっしゃるのでしょう?」


「どこに、というと?」


 動じることなく、第三魔王ヒースは言葉を返す。


「この無神大陸は、秩序が救えなかった者たちの唯一のより所。ラグーも、ノーズも、アガネも、ホルセフィも。そして、わたくしも……。銀水聖海から拒絶された者たちを救ったのが、わたくしたちの王、二律僭主でございます」


 正義を標榜する第三魔王を、糾弾するようにロンクルスは言った。


「わたくしたちはただこの場所で、僭主の帰りを待ち続けているだけ。この無神大陸を侵略されることに、どのような正義がおありだとおっしゃるのですか?」


「何度も言ったはずだ、マルクス」


 ヒースは手にした櫂を大きく振り上げる。


「秩序が救えなかったのではない。秩序は救わなかったのだ。汝らは、秩序に従い、生きるべきだったのだ」


「ほざけぇぇっ!!!」


 空から一直線に降りてきたのは無聖者ラグー、戦士アガネ、覚醒者ノーズだ。


 三人の体には膨大な魔力が渦巻いている。


 一撃に全霊を込めて、差し違えてでも第三魔王ヒースを滅ぼすつもりだ。


「う・お・お・お・おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」


 ラグー、アガネ、ノーズは魔剣を突き出す。


 その先端が第三魔王ヒースの魔法障壁を貫き、奴の体を貫いた。否、体は水流と化しており、三本の魔剣は傷一つつけることができていない。


「アガネ、ノーズッ! 合わせよっ!!」


「ああ!」


「行くぜぇぇっ!!」


 三人の魔剣が共鳴するようにその魔力が膨大に膨れ上がる。


「食らえ、第三魔王っ!!」


 声を揃えて、三人は言った。


「「「《聖爆三連鎖魔光撃(ジルファ・ゲドム)》!!!」」」


 体が水流と化しているのならば、その水流ごと吹き飛ばせばいい。ラグー、アガネ、ノーズの魔力を合わせた捨て身の魔法爆撃。


 だが、ひとたび第三魔王ヒースが櫂を掲げれば、その体の水流が三つの川を作った。


 その流れに従うように、ラグーたちの放った《聖爆三連鎖魔光撃(ジルファ・ゲドム)》はヒースの体を流れていき、そして外に飛び出した。


「ばっ……!」


 反応する余裕もなく、ラグーたちの体の中心で《聖爆三連鎖魔光撃(ジルファ・ゲドム)》が爆発した。


「馬鹿……な……」


 がっくりとラグーはそこに膝をつき、前のめりに倒れた。


 アガネ、ノーズも最早動くことはできない。捨て身の魔法爆撃を跳ね返され、己の身でそっくりそのまま受けたのだ。


「お前たちは、己の世界で、己の分を弁えて生きればよかったのだ」


「ふざけないで!」


 上空に舞い上がっているのはサーシャである。彼女の背後には、破滅の太陽が輝いており、それが無数に分割されていく。


「《黒火輪壊獄炎殲滅砲サージエルド・ジオ・グレイズ》!!」


 無数の黒き火輪が流星の如く、第三魔王ヒースに降り注いだ。


「《操魔逆流(レヴィエル)》」


 ヒースは櫂を突き出す。


 それを中心にして、水流が渦を巻いた。


 降り注ぐ《黒火輪壊獄炎殲滅砲サージエルド・ジオ・グレイズ》が、《操魔逆流(レヴィエル)》の水流に触れた途端、魔力の流れが逆流するかの如く、サーシャめがけて跳ね返っていく。


「そう来ると思ったわよっ!!」


黒火輪壊獄炎殲滅砲サージエルド・ジオ・グレイズ》が反射した瞬間、サーシャは《終滅の神眼》を光らせ、黒陽にて、薙ぎ払った。


 反射した火輪も、反射前の火輪も、皆サーシャの視線に灼かれて、大爆発を巻き起こす。


操魔逆流(レヴィエル)》は《黒火輪壊獄炎殲滅砲サージエルド・ジオ・グレイズ》を反射するために術式の調整がなされている。黒陽による誘爆には対応できず、その水流は爆発に飲まれ、弾け飛んだ。


 だが、無傷だ。


 黒陽と《黒火輪壊獄炎殲滅砲サージエルド・ジオ・グレイズ》の大爆発に巻き込まれていながら、第三魔王ヒースは一切のダメージを負っていない。


「行け」


 ヒースが言う。


 すると、それまで上空で待機していた絡繰神が魔法陣を描いた。そこから泉が出現する。


 絡繰神はその泉の水に手を入れた。


()(せん)(けん)ギルヴォーズ」


 絡繰神が引き抜いたのは、水滴を滴らせた蒼い魔剣である。それを手に絡繰神はサーシャめがけ急降下した。


 振り下ろされた魔泉剣ギルヴォーズに対し、ロンクルスが右手を突き出した。


「《攻防一体(ギゼル)》」


 ぐにゅう、と魔泉剣の刃はロンクルスの右手の中に入り込んだ。


 傷はついていない。融合したのだ。


 そのまま振り抜かれた魔泉剣はロンクルスの体を通り抜ける。


「抑えて」


 ミーシャが言い、その神眼を地上に向けた。


「氷の山」


 みるみる創造されていくのはそびえ立つほどの巨大な氷山だ。その高さは上空にいる絡繰神まで達している。


「はっ!!」


 ロンクルスが蹴りを放ち、絡繰神をその氷山に弾き飛ばす。


 ドゴォォッと氷に深くめり込んだ絡繰神に、ロンクルスは魔法陣を描いた。


「《強制融合(アンチェオ)》!」


 氷山と絡繰神の体が交わり、融合した。


 絡繰神が体を動かそうとするも、その身はすでに氷山そのものとなっており、指一本思い通りにはならない。


「サーシャ」


「わかってるわっ!」


 ミーシャとサーシャは手を伸ばし、つないだ。


 互いに半円の魔法陣を描き、一つの魔法陣とする。更にその上にもう一つの魔法陣を重ねた。


「《分離融合転生(ディノ・ジクセス)》」


 光と化した二人の姿は溶けて交わり、一つになる。長い銀髪の少女、アイシャの姿がそこにあった。


「「《創滅の魔眼》」」


 ミーシャの《創造の魔眼》と、サーシャの《破滅の魔眼》が同時にアイシャの瞳に出現する。


 破壊神と創造神の力を取り戻した彼女らの魔眼は、これまで以上に、敵の魔法を滅ぼし、その姿を創り換える。


 それに対抗すべく展開された魔法障壁がなす術なく視線に滅ぼされ、氷山と融合していた絡繰神の体がみるみる縮んでいった。


 そうして、いとも容易く絡繰神は小さな氷の結晶と化す。再生する体を持つ絡繰神も、《創造の魔眼》とは相性が悪い。


「これで、終わりだわっ!!」


 アイシャが《終滅の神眼》を浮かべる。その視線に灼かれ、氷の結晶は燃え上がった。その状態ではさすがに抵抗することができず、絡繰神は燃え尽きていった。


「《破壊神降臨(アベルニユー)》」


「《創造神顕現(ミリティア)》」


 ミーシャとサーシャが言った。


 無神大陸の空に闇の日輪と白銀の月が出現する。二つが重なり合い、《破滅の太陽》は欠けていく。


 無神大陸を闇が覆う。


《破滅の太陽》の皆既日蝕。更に今、二人は《分離融合転生(ディノ・ジクセス)》により、創造神と破壊神の力を何倍にも引き上げていた。


 狙いは一点、悠然と佇む第三魔王ヒースである。


「はね返せるものなら、はね返してみなさいよっ!」


 暗い日輪に映るのは少女の影。


 彼女は静かに指先を伸ばした。


「《微笑みは世界エイン・エイアールを照らして・ナヴェルヴァ》ッッッ!!!」


 終滅の光が無神大陸に輝いた。


 膨大なまでの滅びが目の前に押し寄せる中、第三魔王ヒースは櫂を振るった。


「残念ながら、流水魔法では神の権能を制御できない」


 矢のような勢いで飛んだのは、ヒースが乗ってきたゴンドラである。


 奴がそれに飛び乗ると、ゴンドラは急上昇していく。速い。まさに目にも映らぬほどの速度だ。


 終滅の光が大地に降り注ぐも、間一髪、ヒースのゴンドラは回避した。


 そのままの勢いで第三魔王はアイシャに押し迫る。


「見えてる」


「甘いわよっ!!!」


 アイシャはその指先を高速で押し迫るヒースに向けた。放出されていた終滅の光は角度を変えて、ゴンドラごとヒースを灼いた。


「人を救わない秩序になんの意味があるのよっ。たとえ一〇〇万人が救われても、笑えない人が一人でもいるなら、そんな世界は間違ってるわっ!」


 先のヒースの発言に、サーシャは憤りをあらわにする。


「あまねく世界も、秩序も、銀海も、すべてが尊きもの。世界が間違っているからその理を無視するのか? それは違う。世界のためになにができるかを考える――」


 反魔法を纏いながら、終滅の光の直撃にかろうじて耐え、ヒースは櫂を投擲した。


「それこそが正義を成すということだ」


 終滅の光を突き抜けて、ヒースの櫂がアイシャに迫る。


 彼女は魔法障壁を張り、防いだが、その瞬間、櫂は魔法陣を描いた。


「神の権能は制御できないが、その融合魔法は別だ」


流川操魔(メイヴィア)》の光がアイシャの飲み込む。その輪郭が僅かに歪んだかと思えば、一つの光が二つに分かれた。


分離融合転生(ディノ・ジクセス)》が解除され、ミーシャとサーシャに戻ったのだ。


「ハッ!!」


 右手に反魔法を集中して、ヒースは思いきり払いのける。照射されていた終滅の光を弾き飛ばしたのだ。


 ミーシャとサーシャに戻ってしまったため、その威力が格段に弱くなってしまっていた。


「下がって」


 ミーシャが言った。


 だが、その頃にはヒースは櫂を手に二人に接近を果たしていた。


「遅い」


 水流がぐるぐると二人の体を締めつけ、完全に拘束した。


「くっ……」


「魔力が……乱されてる……」


 水流魔法の力にて、ミーシャとサーシャの魔力を乱し、魔法の行使を妨げているのだ。アイシャになれば厄介だと踏んだ第三魔王は、先にその術を封じにかかった。


「終わりだ」


 ダン、ガンッと櫂を打ち、ヒースはミーシャとサーシャを大地に叩きつけた。


 致命傷とまではいかぬものの、魔力が乱されている状態で食らったのだ。そう簡単には回復できぬだろう。


「マルクス」


 一瞬の隙をつき、飛び込んできたロンクルスの体に、第三魔王ヒースは櫂を突き刺した。


「がっ……あ……」


 大量の血がロンクルスから滴り落ちる。


「これでわかっただろう。秩序が救わなかった者を、救おうとしても意味なきことを。結局は秩序に従い、同じ末路を辿る。よいか? この海は、ただこの海の流れのままに。自由なる風など決して吹かない」


 第三魔王ヒースは言った。


「お前たちも薄々勘づいていたはずだ。知りながらも、目を背け続けてきたのだ。口に出すのが怖くなってしまったのだ。二律僭主は、裸の王様だとな」


 更に櫂を深く突き刺され、根源が抉られる。


「がぅっ……う、ぁ……!!」


「最後のチャンスだ、マルクス。我に忠誠を捧げたまえ。汝の力を得て、我は大魔王を継ぐ。約束しよう。我はこの海に真なる正義をもたらす、と」


「僭主は……」


 根源を激しく損傷し、半死半生の身で、ロンクルスは言った。


「僭主は……わたくしの言葉を受け入れ……この海に吹く、自由なる風であり続けた……だが、だが……」


 彼の瞳から、涙の雫がこぼれ落ちる。


 それは主を止めることのできなかった後悔か。


 血を吐き出したながら、彼は叫んだ。


「そんなものは存在しないと……誰よりも……僭主自身が気がついていらしたはず……! それでも、王の器ではないとわかっていながら、我らのために、秩序と戦ってくださった……!」


 息も絶え絶えに、それでも彼は強く訴える。


「この無神大陸は民の国……我が君が裸の王だというのなら、その服を着せたのは我々でございます……!」


 突き刺さった櫂をつかみ、ロンクルスは魔力を込める。


「王様が裸だと……誰が声を上げようとも……我々は、我々だけには確かに、見えております……!!」


 強引に櫂を己の体から抜き、ロンクルスはヒースに手を伸ばす。


 しかし、先にヒースの指先がロンクルスの心臓を貫いた。


「がっ……!」


「それを馬鹿というのだ、マルクス。まあよい。今の汝ならば強引に取り込んでも、問題はなかろう」


 ヒースは魔法陣を描く。《流川操魔(メイヴィア)》にて、ロンクルスの魔力を操り、自らと融合させているのだ。


「う……あ……ぐぅ……」


 ロンクルスが光り輝き、その輪郭がぐにゃりと歪む。そうして、彼はヒースの体に吸い込まれていく。


 圧倒的な力の前に、ロンクルスは滅び去り、力だけを無理矢理取り込まれる――その寸前だった。


 まだ取り込まれていなかった彼の右腕が光り輝いた。


 違う。


 光っているのはロンクルスが身につけていた二律剣だ。


 それはみるみる大きくなり、形を変えていく。


「……な……に……!?」


 第三魔王ヒースが目を丸くする。


 確かに、そこにいたのだ。


 吹くはずのない、自由なる風。


 帰るはずのない、無神大陸の主。


 彼が裸の王様と断じた――二律僭主ノアが。


 体だけだったはずの二律僭主の中に、しかし今は確かに根源があった。


 強靱なる根源が。



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― 新着の感想 ―
[良い点] アノスが僭主の体使うのか…! 勝てる気しないわぁ
[良い点] セリスにしろアノスにしろ、失った首(根源?)や置いていった身体に何千年〜万年かけて戻ってくるところが最高に親子だな
[一言] あっロンクルスがやってたことをアノス様がやるのか!
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