表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
586/726

災人


 パブロヘタラ宮殿。聖上大法廷。


 俺が転移してくれば、すでに聖上六学院の代表者たちが席についていた。


 一人足りない。

 よろず工房の魔女ベラミーの姿がまだなかった。


「レブラハルド。オルドフは今どこにいる?」


 ミリティア世界の席につきながら、俺は軽く訊いた。


「相変わらず魚釣りに出ていてね。どこかの浅層世界だろう」


「連絡はつかぬのか?」


「先王が使っているのは通信手段のない船なものでね」


 小世界の外へは、通常の<思念通信リークス>は届かぬ。


 事実なら、居所がわからないのも当然ではあるが。


「先王がなにか?」


「訊きたいことがあってな」


 すると、嗄れた声が響いた。


「オルドフと直接話をしたいんなら、何千年待つことになるかわからないよ」


 転移の固定魔法陣に現れたのは、バンダナを巻き、ゴーグルをつけた老婆――ベラミーである。


 彼女はバーディルーアの席につきながら言った。


「旧友のあたしにさえ会いに来ようとしない薄情な男だよ。ま、聖王時代の生真面目さが祟ったんだろうねぇ。今じゃ羽を伸ばしてばかりさ。だろう?」


 苦笑しながら、レブラハルドがうなずく。


「全員揃ったね」


 その声に、法廷の空気が引き締まる。


 制帽の男ギー、暗殺偶人のレコルが、レブラハルドの方へ視線を向けた。


「議題に入ろう。災淵世界イーヴェゼイノの話だ」


「聖王さんは、ほんと打つ手が早いのね」


 微笑みながら、ナーガがチクリと言う。


「同じ学院同盟の危機とあればね」


 さらりとレブラハルドはかわし、オットルルーを振り向く。


 彼女はうなずき、口を開いた。


「調査結果を報告します。元首と主神、両方の力を併せ持つ災人イザーク、彼が眠り続けたことにより、災淵世界イーヴェゼイノは現在正常な秩序を保てていません。元首代理ナーガの申告通り、災淵世界の住人は理性を失うか、銀泡自体が<渇望の災淵>に飲み込まれる危険があります」


「やれやれ、そりゃ大事じゃないか。なんだって、そこまで放置したのさ。早い内に手は打てなかったのかい?」

 

 ナーガに向かって、ベラミーがざっくばらんに問いかける。


「放置していたわけじゃないわ。イーヴェゼイノも手は打ってたのね」


「災人を起こす手を、か?」


 そう発言したのは、ルツェンドフォルトの軍師レコルである。


「あたしたちがパブロヘタラに入ったのはつい最近でしょ。それより前に手を貸してくれたのは、あなたのところの前皇子だけだったわ」


「元々はけいの世界の住人だろう」


「そうね。そそのかして奪ったのが、そちらの主神、傀儡皇ベズでしょ?」


「相容れない考えだ」


 すると、ベラミーが盛大にため息をついた。


「今更、そんなことを言い合っても埒があかないよ。レブラハルド君、それであんたはどうしたいんだい?」


「災人イザークは不可侵領海。それも、気まぐれに世界を容易く滅ぼすほどの。彼は己の渇望のままに振る舞い、ただ欲望を満たすためだけに生きる。銀水聖海に生きる人々にとって、災いそのものと言っても過言ではない」


 淡々とレブラハルドは説明する。


「先人たちが今日まで語り継いできたように、決して起こしてはならない。よって、目覚めかけた災人イザークの封印と災淵世界イーヴェゼイノの救済を、パブロヘタラの総力を挙げて行うことを発議する」


「銀水学院序列第二位、狩猟義塾院による発議を認めます。全学院参加につき、賛成多数の場合に可決します。賛成の者は挙手を」


 手を挙げたのは、レブラハルド、ベラミー、ギーである。


 俺とナーガ、そしてレコルは反対だった。


「あら? 二人は味方してくれるのね。ありがと」


 ナーガはそう軽口を叩く。


「賛成三、反対三。よって議決は不成立となります。元首レブラハルドの発議に対して、各学院代表者は協議を行ってください」


 オットルルーが事務的に述べる。


 はあ、とベラミーからため息が漏れた。


「困ったもんだねぇ、最近の若いもんは。あのイザークを野放しにしようってんだから。あたしらの世代じゃ、まず考えつかないよ」


 頭の後ろで手を組んで、彼女は椅子にもたれかかる。


「元首代理ナーガ。パブロヘタラがイーヴェゼイノの救済を行う、という条件ではまだ不服かな?」


 レブラハルドが、ナーガに問う。


「勿論、気がかりは沢山あるわ。そもそも、聖王さんはどうやって災淵世界を救済するつもりなのかしらね?」


「方法はいくつか考えられる。協議して決めればいい」


「祝聖天主エイフェに、イーヴェゼイノを祝福させるとか?」


「それはそなたらが望まないことだ」


 ナーガが目を細める。


「本当にそう思ってるかしらね? 忌まわしき災淵世界を正しき道へ歩ませる。ハイフォリアさんはずっとそう言ってきたんだもの」


 人の良さそうな笑みを貼り付けながらも、彼女は言葉を続けた。


「良い機会だし、ここで、はっきり言っておくわね。あたしたちアーツェノンの滅びの獅子や、イーヴェゼイノの住人が持つこの渇望は、勿論自分自身にとっても思うようにならない災厄みたいなものよ。あたしにとって虚言は息を吸うようなことで、今だってもしかしたら嘘をついているかもしれない。それで自分の首を絞めることだってあるわね」


 それが誇らしいとでも言わんばかりに、彼女は車椅子の上で堂々と胸を張る。


「でも、これがあたしたちなの。獣から人にしてやろうなんてハイフォリアさんは考えているんだろうけど、大きなお世話ね」


「イーヴェゼイノの主張は理解している」


「でしょうね。獣の内はわからない。人になれば必ず私たちに感謝する。それがハイフォリアさんの考えだっていうのは、あたしたちも理解しているわ」


 非難の言葉を、ナーガは皮肉っぽく突きつける。


「たとえ、幻獣や幻魔族でなくなったとしても、あたしたちは恨むだけね。恨んで恨んで、奪われた渇望の代わりに新しい渇望を手に入れ、人の身のまま、あなたたちに食らいつく」


「ふむ。だが、考えの違う者もいよう。お前たち、アーツェノンの滅びの獅子にもな」


 俺が発言すると、ナーガがこちらへ視線を移す。


「たとえば、コーストリアだ。まあ、ハイフォリアのすることは拒絶するだろうが、己の渇望を嫌っている。存外、人の身になった方が幸せやもしれぬぞ」


「よく知ってるのね」


「羨むだけの生が、楽しいはずもあるまい」


 すると、彼女は冷たく微笑する。


「アノスはどちらの味方なのかしらね?」


「発議が気に食わぬだけだ。イーヴェゼイノに味方するつもりはない」


「では」


 やんわりとレブラハルドが口を挟む。


「元首アノス。発議に対するそなたの見解を聞きたい」


 反対している三人の内、一人でも意見を変えれば、賛成多数により発議が通る。


 元々レブラハルドは、絶対に賛成しないであろうナーガではなく、俺かレコルを味方に引き入れる腹づもりだろう。


 ナーガとの小競り合いは、周りの出方を窺っていたといったところか。


「イーヴェゼイノの行く末を決めるのに、主神と元首の意見を聞かないというのは道理に合わぬ。この法廷会議に招くべきではないか?」


 俺の言葉に、一瞬静寂がよぎった。


「正しい見解だと思う」


 レブラハルドが言う。


「相手が災人でなければね」


「気まぐれに世界を滅ぼすのが問題だと言うなら、俺が押さえつけてやろう」


「馬鹿言っちゃいけないよ」


 ベラミーが片手を振って否定する。


「あんたの力を疑うわけじゃないよ。先の銀水将棋でも凄まじいものだった。だけどねぇ、そりゃ無理ってもんさ。仮に法廷会議中は何事も起きなかったとして、その後はどうするんだい? 四六時中見張り続けようってのかい?」


「結論が出るまではそうする他あるまい。気まぐれを起こしたなら、寝かせてやればいい」


「それはもう戦争だよ。考えたくもないねぇ。なあ、ギー。あんたはどう思う?」


「は」


 魔弾世界のギーは、生真面目な声で即答した。


「災人の力は未知数な部分がありますが、深淵総軍を含む聖上六学院の戦力をもってすれば、撃破も不可能とは考えておりません。しかし、こちらも被害を免れない以上、戦闘の回避が最優先と判断します」


 魔弾世界の主張は率直でわかりやすい。


 危険を冒してまで、災人の見解など聞く必要がないということだ。

 イーヴェゼイノが滅びたところで構わぬのだろう。


 鍛冶世界、ベラミーの見解も概ね似通っている。


 わからぬのはやはり――


「レブラハルド。お前は災人と話をしてみたくはないか?」


「災人イザークは自ら眠りについた。やがて、イーヴェゼイノがこうなるのを承知の上でね。それが彼の答えだと私は思う。わざわざ起こすことはない」


 ふむ。

 どこまでが本音だ?


 聖王に即位したレブラハルドは、オルドフの夢を継いだはずだ。


 災人を眠らせたままにしておくことで、それが達成できるのか。

 それとも――


「どうやら、長くかかりそうだね。先に猶予を確認しておきたいが、災人に目覚める兆候は?」


 レブラハルドが、ナーガに問う。


「心配性ね、聖王さんは。覚醒用の術式は破棄したし、今のまま放置しても数ヶ月は目覚めないわ」


 嘘だろうな。コーストリアから聞いた話と違う。


「それは保証ができる言葉と考えても、構わないね?」


「見張りに来てもらっても、構わないわ。ハイフォリアさんじゃなく、オットルルーにね」


 真顔のレブラハルドと笑顔のナーガが、視線の火花を散らす。


「わかった。それで手を打とう」


「承知しました。まずイーヴェゼイノ近海にいる銀海クジラを向かわせ――」


 オットルルーが途中で口を閉ざす。


 聖上大法廷に漂ったのは、禍々しい冷気。

 室内の温度が急速に低下していた。


 その場にいた誰もが、立ち上がり、瞬時に天井を見上げた。


 凍りついている。

 突如、激しくパブロヘタラ宮殿が震撼し、凍てついた天井が消し飛んだ。


 大きく空いた穴から大量の冷気が流れ込み、人影が下りてきた。


 膨大な魔力に、俺の根源がざわつく。


「……イザーク…………」


 呟きを漏らしたのはベラミーである。


 冷気が晴れていけば、そこに立っていたのは、蒼い魔眼の男だ。

 獣のたてがみのような髪は同じく蒼で、そこに霜が下りている。


 開いた口からは牙が覗き、呼吸とともに白い冷気を吐き出す。


 男は臭いを嗅ぐような素振りを見せた後、レブラハルドに視線を向けた。


「おい、狩り人」


 獣のように獰猛な声だった。

 災人イザークは、聖王を見据え、問い質す。


「オルドフは、どこにいる?」



災人襲来――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ