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ルツェンドフォルトの赤い糸


「それでは採決を行います。フォールフォーラル滅亡につきまして、首謀者判明までの間、魔王学院の正式加盟を凍結、ミリティア世界を聖上六学院の支配下におく。賛成のものは挙手をお願いします」


 形式上のこととばかりにオットルルーが事務的に述べる。

 無論、手を挙げる者はいない。


「賛成者なし。全会一致につき、本案を否決しました。法廷会議を終了します。なお、<極獄界滅灰燼魔砲エギル・グローネ・アングドロア>については箝口令を敷いたまま、第二深層講堂の待機措置を解除します」


 オットルルーが<思念通信リークス>を送る。

 これで深層講堂にいた俺の配下たちも自由に動ける。


「坊や」


 転移の固定魔法陣を起動しながら、ベラミーが言う。


「約束は忘れるんじゃないよ」


 パリントンにそう釘を刺して、彼女は転移していった。


 レブラハルド、コーストリア、ギーも転移の固定魔法陣を起動する。


「ああ、お前たちは少し待て」


 俺は三人へ向けて言った。

 

「二、三訊きたいことがある」


「死んじゃえ、不適合者」


 子供の悪口のようにそう言うと、コーストリアは転移していった。


「すまないが、次の法廷会議の準備をしなければならない」


 聖王レブラハルドが言う。


「霊神人剣の話はいいのか?」


「エヴァンスマナには意思がある。選ばれし者の手にあるのなら、それは果たすべき役目があってのことだ。今は預けておくよ」


 ふむ。解せぬな。

 俺がフォールフォーラル滅亡の首謀者である疑いは残っているはずだ。


 ハイフォリアの象徴である霊神人剣を預けたままにしておくのはどういう意図だ?


「まずはこの一件を片付けなければならない。そなたとの話はまたの機会ということで、失礼させてもらうね」


 レブラハルドは、バルツァロンドとともに転移していった。


「自分は質問の回答権を持たない。対話も許可されてはいない」


 直立不動のまま、ギーは実直な声を発した。


「では、創造神エレネシアに伝えるがよい。娘が会いたがっている、とな」


「伝達は保証できない」


 そう言うだろうと思ったがな。


「一応覚えておけ」


「記憶はする。では」


 固定魔法陣を使い、ギーも転移した。


「来たばかりだというのに、皆、多忙のようであるな」


 言いながら、おかっぱ頭の青年、傀儡世界の元首パリントンがこちらへ歩いてくる。


「母さんが世話になったな」


「……む?」

 

 不思議そうな顔でパリントンが思案する。


「お前がここへ来る前に助けた女性だ」


 すると、一瞬パリントンは真顔で俺を見た。


「……それは、左様か。なるほど……」


 彼は一人、納得がいったというような反応を見せた。


「ありがとう」


「通りがかっただけであるが……しかし、パブロヘタラで、あれほど物騒なことも珍しい。フォールフォーラルの滅亡も大事であるが、その件も調べた方がいいのではないか?」


 そう口にしながら、パリントンがオットルルーへ顔を向ける。


「庭園での出来事は把握しました。外部の人間がパブロヘタラ宮殿へ侵入した形跡は確認できていません」


 母さんを襲ったのはパブロヘタラ内部の者の犯行ということになる。


「調査を始めるとともに、聖上六学院にも対策を協議してもらいます」


「よきことである」


 軽く言って、またパリントンはこちらを向いた。


「法廷会議での口添えの件も礼を言おう。おかげで厄介ごとが一つ減った」


「礼には及ばない。ただ興味があったのだ」


 俺が視線を向ければ、パリントンはにんまりと笑う。


「転生である」


 ふむ。俺に味方したのも、単に人が好いわけではなかったわけか。


「たとえば、滅びた人がいたとして」


 パリントンが静かに口を開く。


「我々はまた巡り会えると思うか? 生まれ変わりし、その人と」


「真に望むのなら会えるだろう。いつかな」


 満足そうに彼はうなずく。


「私も同じ見解である」


 パリントンは手をかざし、転移の固定魔法陣に魔力を送る。

 同時に、俺の足元にある魔法陣も光を発していた。


 ついて来いということだろう。


 転移に身を委ねれば、目の前が真っ白に染まる。

 次の瞬間、四つの柱が立ち並ぶ通路が視界に映った。


「銀水聖海では転生は存在しないというのが一般的な考え方のようだが?」


「その通りである。傀儡世界ルツェンドフォルトでも、転生を信じる人は滅多にいない。恐らく、私ぐらいであるな」


 言いながら、パリントンは歩き出す。

 俺はその横に並んだ。


「かくいう私も、昔は信じていなかったのであるぞ。様々なことがあり、見聞を広め、考えを改めたのだ。いつか必ず、奇跡は起こるはずである、と」


 彼はひたむきに前を向く。

 希望を信じて疑わないような、熱に浮かされた瞳であった。


「そうか」


「アノスは良き人であるな」


 振り向けば、パリントンはにんまりと笑う。

 足を止め、彼はそのまま天井を仰ぐ。


「其の方が考えた通りである。奇跡を願うのは、いつでも奇跡を必要とする者なのだ。我らが姫が目の前で滅び去り、皆は諦め、先へ進もうとしたのだ。だが、私は女々しかった。私一人だけが諦めきれなかったのだ」


 彼はまた歩き始めた。


「あれから、千の年を幾度数えたことか……」


 考えながら、パリントンは通路を進んでいく。


「私は、奇跡は起こると信じることに決めたのだ。彼女の転生を願い、探したのだ。口にすれば、よく馬鹿にもされた。生まれ変われば、最早別人である、と。私は口を閉ざすようになったが、それでも様々な世界を旅してきた。深層世界も浅層世界も、パブロヘタラでは侵入が禁止されている泡沫世界にも行ったものである」


 一度言葉を切り、改めてパリントンは言う。


「勿論、どこにもいなかったのだ」


 なぜか彼は笑顔を見せ、軽い足取りで進んでいく。


「皇子なのに元首というのを不思議に思ったであろうか?」


 ふいにパリントンは話題を変えた。


「まあな」


「ルツェンドフォルトのおうは主神なのだ」


 なるほど。


「主神の子か?」


 深淵を覗けば、パリントンからは確かに神族の魔力が発せられている。

 だが、完全な神ではない。別の魔力も混ざっているようだ。


「子と言えば、子のようなものであるな。我が傀儡世界の主神は、傀儡皇くぐつおうベズ。運命を結びつける権能を持つ。それが、<赤糸あかいと>と呼ばれる運命の糸と、<偶人ぐうじん>と呼ばれる魔法人形である」


 俺を振り向き、彼は続けた。


「傀儡皇は一人、自らの世界に相応しい者をその<赤糸あかいと>でくくり、<偶人>に結びつける。根源を運命で結ぶのだ。傀儡世界ルツェンドフォルトの元首になるという運命を。結ばれた運命は必ず実現するのである」


「必ず?」


「そう、必ずである。たとえば、別の世界の住人に<赤糸>をくくる。ならば、根源の秩序である火露は傀儡世界へ転移し、彼の根源は自身の体を失う。その根源は<偶人>という魔法人形の器に<赤糸>でくくりつけられ、ルツェンドフォルトの元首になるのだ」


 なんとも傀儡世界と冠するに相応しい権能だな。

 

 理滅剣を封じることができた理由も、大凡の見当がつく。


「お前のその体が、傀儡皇の権能というわけだ」


「左様。この身は魔法人形<赤糸あかいと偶人ぐうじん>である。私は思ったのだ。この<赤糸の偶人>が成立するのは、銀水聖海に転生が存在するからではないかと。昔の私は消え去り、魔法人形に生まれ変わったと考えられる。記憶と力を保ちながら」


「確かに転生の仕組みに類似しているな」


 本当にその秩序によってのことかはわからぬ。

 だが、<赤糸の偶人>となったからこそ、パリントンは他の者より転生を信じることができたのだろう。


「一つ、これは何人なんびとにも打ち明けていないことではあるが――」


 宮殿の外に出て、俺たちは庭園にやってきた。魔王学院の生徒たちがすでに襲撃者の調査に当たっている。イージェスから事情を聞いたのだろう。


「<赤糸>でくくられる前、私は災淵世界イーヴェゼイノの住人だったのだ」


「ほう」


 先の一件で破壊された購買食堂『大海原の風』は、ミーシャの創造魔法で修復されている。

 母さんが俺に気がつき、手を振った。


 俺は軽く手をあげて、それに応じる。


 パリントンが言った。


「アノスの母様も、そうではないのか?」


「なぜそう思う?」


 こちらへ駆けてくる母さんを、傀儡世界の皇子は懐かしそうに見つめた。


「もしかすれば、と思ったのだ。無論、すぐに信じることはできなかった。だが、今では確証がある。ずっと探していたのだから。ルツェンドフォルトの赤い糸に導かれて、私はようやく出会えたのかもしれない」


「アノスちゃん、おかえりっ……あれ……?」


 母さんが俺の隣にいたパリントンに気がつく。

 そうしてすぐに頭を下げた。


「さっきは、ありがとうございます。アノスちゃんのお知り合いの方だったんですか?」


「申し訳ない。先程は少々動転し、思うように挨拶ができなかった」


 柔らかい口調で言い、彼は丁寧にお辞儀をする。


「お久しゅうございます、姉様。私を覚えてはいませんか?」


「えと……」


 母さんが戸惑ったようにパリントンを見る。

 心辺りがないからだろうが、それだけではなく、どこかぼーっとしている。


 息が荒いのは、走ってきたからか?


「……すみません。覚えていなくて。どこかで、お会いしましたか……?」


 パリントンは少し悲しげな表情を浮かべた。


「……いや、思い出せないのは当然である。申し訳ない。急がぬよう心がけていたのであるが、それでも気が急いてしまった」


 そう口にして、気を取り直すようにパリントンは笑顔を見せた。


「順を追って、話そう。あなたの前世の名は、ルナ・アーツェノン。災淵世界イーヴェゼイノにて、災禍の淵姫と呼ばれていたのである。私はただ一人、災禍の淵姫の宿命を分かち合うことができる家族であり――」


「そのぐらいにしておけ」


 パリントンは訝しげな表情で俺を見た。


「迷惑をかけるつもりは毛頭ない。ただ――」


「そうではない」


 母さんの額に手を伸ばす。かなり熱い。


「あ……わかっちゃった? ちょっとだけ、さっきから熱があって……風邪気味なのかな……」


 違うな。

 風邪で魔力は乱れぬ。


 だが、なんだ? 見たことのない症状だ。

 <時間操作レバイド>で戻しても、治る気配がない。


「大丈夫だと思うんだけど……あ……」


 母さんがふらつく。その体を俺は支えた。


「ごめんね、アノスちゃん……なんだか、急……に……」


 俺の腕にもたれかかるようにして、母さんはがっくりと脱力する。


 そのまま気を失った。



母さんの体に異変が――?

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