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預言の審理


 翌朝――


 俺と魔王学院一同は、ディードリッヒに案内されながら、剣帝王宮の一階を歩いていた。


「昨夜はゆっくり休めたようだな。一段と精強な面構えだ」


 ニカッと歯を見せて笑い、ディードリッヒは言った。


「なに、良い部屋だったのでな」


「そいつは重畳。とはいえ、お前さんの配下の奉仕には及ぶまいて」


 ふむ。さすがは預言者といったところか。


「……配下の奉仕って、なんのことかしら? 昨日なにかあったの?」


 後ろでサーシャが、こそこそとミーシャに耳打ちしている。


「ふふっ」


 と、彼女は笑い声を漏らした。

 サーシャは少し不思議そうな表情を浮かべた。


「えーと……なにがあったのよ?」


 ミーシャは考えるように、小首をかしげる。

 それから微笑んだ。


「秘密」


 意外な答えだったか、サーシャは目を丸くした。


「到着だ」


 ディードリッヒは足を止め、目の前の門に手をかざした。

 魔法陣が浮かび、ゆっくりと門が開かれていく。


 室内は途方もなく広く、吹き抜けになった天井からは、地底の光が降り注いでいる。

 照らされているのは、中央に突き刺さっている剣だ。


 城からはみ出そうかというほど巨大な大剣であり、竜の意匠が施されている。


 その大剣の向こう側、部屋の奥に、獰猛な瞳を輝かせていたのは、巨大な体躯を持った純白の竜であった。


「ここは、アガハでも限られた者しか入れぬ支柱の間。天柱支剣てんちゅうしけんヴェレヴィムと王竜の座す場所である」


 ざっと視線を巡らせれば、室内には竜騎士団とナフタの姿が見えた。

 俺たちが来るのを待っていたのだろう。鎧を着込み、整列している。


「天柱支剣というのは、それのことか?」


 俺は中央の大剣に視線をやる。


「おうよ。秩序の柱は知っていよう」


 うなずくと、ディードリッヒは続けて言った。


「この天柱支剣ヴェレヴィムは、その支柱だ。地底の天蓋を秩序の柱が支え、秩序の柱をこのヴェレヴィムが支えている。太古より、神がもたらしたこの地底の恩恵を、我々アガハの騎士は祀っているのだ」


 なるほど。地底の支柱が剣だからこそ、それを祀るアガハの民は騎士となり、その王は剣帝を名乗るのかもしれぬな。


「ふむ。この一本で、秩序の柱を支えているのか?」


「さすがにそこまでの力はないものでな。秩序の支柱は、地底にいくつか存在する。こいつは、その一つだ」


 ディードリッヒは、まっすぐ天柱支剣の前に歩み出る。

 振り返ると、彼は言った。


「アガハの未来に関わることだ。この神聖なる場が、相応しかろうて」


 彼は厳粛な表情を浮かべ、竜騎士団、魔王学院、双方に視線を向けた。


「聞けい、皆の者。これより、地上の魔王は預言者ディードリッヒの預言に挑む。変えられぬ悲劇、覆らぬ運命を、その力でもって滅ぼそうというのだ。アガハの剣帝は彼らの勇気を称え、その信念に敬意を表す」


 竜騎士団は、全員がぴたりと動きを揃え、剣を抜く。

 豪快にディードリッヒは言い放った。


「偉大なる魔族たちの挑戦に」


 まっすぐ立てた剣を、騎士たちは胸の辺りに持ってきて、敬礼した。


「「「我らが剣の祝福を!」」」


 ナフタが歩き出し、ディードリッヒの横に並ぶ。

 彼女は<未来世水晶みらいせずいしょう>カンダクイゾルテに魔力を込め、その両眼を開いた。


「未来神ナフタが、ここに伝達します。地上の魔王と、その配下たちよ。あなた方が挑むのは、一〇万分の一の未来。限局世界にて、その審理は課されるでしょう」


 厳格な裁判官のように、ナフタが言った。


「汝らを預言の審理に処す」


 カンダクイゾルテがパリンッと音を立てて砕け散る。

 キラキラと輝く水晶の破片が宙を舞い、無数に数を増やしていく。


 それらは輝く砂嵐となりてこの場を飲み込んでいき、次の瞬間、風景が変わった。

 

 巨大な時計台の見える、水晶の街。

 ナフタの限局世界の中に、俺たちは取り込まれていた。


「この世界は、アガハの騎士に味方をし、魔族に敵対します。限局された理、限局されたルールの中、魔族が勝利する未来は一〇万分の一に等しい」


 竜騎士団団長ネイト、副団長シルヴィアがざっと前へ歩み出た。

 ネイトは魔法陣を描くと、そこから黄金の樽を二つ取り出し、床に置く。


「預言の審理である以上、相手が滅びるまで戦うわけにもいかん。審理は酒杯竜戦の形式で行う。これは剣を交わしながら、互いが持つ逆鱗酒を、先に飲み干した方を勝者とするものである」


 敵から逆鱗酒を守りつつ、反対に敵の逆鱗酒を奪い、飲み干すか。


 ただ奪うだけでは終わらぬ。逆鱗酒は毒だ。

 飲み干すとなれば、並大抵のことではない。


「酒戦は二対二で行う。竜騎士団からは私とシルヴィア副団長が出る。そちらも二人を選ぶがよい。その選択からすでに審理は始まっている」


 確かに、まったく勝ち目のない二人もいるだろうな。 


「ナフタは制限します。地上の魔王よ。あなたがこの審理に挑むことは認められません」


 ふむ。まあ、予想はついていたがな。

 一〇万分の一の未来に限局するというのだから、それしかあるまい。


「俺では審理にならぬか」


「この世界においても、あなたが勝利する未来を一〇万分の一に限局することはできません。ゆえに、あなたは審理に挑むことができない」


 言わば、これは本物の預言に挑む、その模擬戦だ。


 どれほどのものなのか、事前に体験できれば、対策の練りようもあったのだがな。

 まあ、仕方あるまい。


 俺を相手に未来を限るなど、本物の世界をそのまま持ち出さねば成立しまい。


「誰がいいのかしら?」


 そう言いながら、うーんとサーシャが考え込む。


「ボクはシン先生がいいと思うぞっ。剣も強いし、お酒も強いし」


 エレオノールが人差し指を立てて、提案する。


「じゃ、もう一人は?」


「やっぱり、シン先生と相性が良い人がいいんじゃないかな?」


 エレオノールが言うと、サーシャがまた考え込むような表情になった。


「エールドメード先生がいればよかったんだけど……」


 熾死王はまだジオルダルにいる。

 震雨についての対策を、教団に教え込んでいるところとのことだ。


「レイも……お酒、強いです……剣も、強いです……」


 ゼシアが言うと、エレオノールとサーシャが目を合わせた。


「レイと……」


「シン先生……」


 二人は苦い表情を浮かべている。


「……たぶん、相性最悪だわ……」


「協力するところが全然想像できないぞ……」


 対戦したことはあれど、まともに共闘したことはない。

 敵を倒すだけならばまだしも、酒を守り、酒を飲まねばならぬ変則的な戦いだ。


 共闘に慣れている者が良いだろう。

 それに、確かめたいこともある。


「レイ、ミサ。お前たち二人に任せる」


 俺がそう口にすると、レイは爽やかに微笑んだ。


「戦うだけなら、よかったんだけどね」


「それでは審理にならぬのだろう」


 俺たちの勝利が一〇万分の一しかない未来にするには、限局世界と言えども、制限が必要だろう。


 戦う相手がナフタではないというのも、その一つだ。未来神に攻撃できなければ、この限局世界の理を乱すことが難しい。


 霊神人剣の秘奥<天牙刃断>ならば、ナフタの宿命を断ちきり、限局世界に強く干渉できるだろうが、それは封じられている。


 とはいえ、目的はなにも勝つことだけではないがな。

 未来神が見た未来、一〇万分の一の可能性をどのようにたぐり寄せるのか。


 あるいはそれが、預言を覆すヒントになり得る。


「……でも、あたしで大丈夫なんでしょうか…………?」


 不安そうにミサが言う。


「レイとの共闘ならば、お前が一番慣れている」


「確かにそうですけど」


「ジオルダルでは、愛魔法の修練を積んだのだろう?」


 こくり、とミサがうなずく。


「でも、まだアノス様の期待するような域に達してないと言いますか……」


「戦いとは待ってくれぬものだ。ちょうどいい。この預言の審理と共に挑むがいい」


「……あはは……なにげにハードルが上がってるんですが……」


 ミサが乾いた笑みを見せた。


「この審理で負けたからといって、なにがどうなるわけではないがな。しかし、その次に控えているのは、仮初めの限局世界ではなく、真に一〇万分の一の未来だ。俺たちはそれをつかまねばならぬ」


 そして、その先には一〇万分の一の勝利すらない預言が待っている。


「こんなところで躓いてはいられぬ。越えてみせよ」


「……がんばってきます……」


 腹の据わった表情で、ミサはうんとうなずいた。

 レイと彼女は並び、二人の竜騎士の前へ歩いていく。


「改めて名乗らせてもらうよ。僕はレイ・グランズドリィ。彼女はミサ・レグリア。君たちの王の預言に挑み、それを越えるためにこの戦いの舞台に立つ」


 レイが手をかざすと、光とともに霊神人剣エヴァンスマナが現れる。


「地上の戦士よ。貴様の勇気に敬意を表す」


 ネイトは金の酒樽を持ち上げ、それを放り投げた。

 レイは軽く酒樽を受けとめる。


「私たちは貴様が持つその酒樽の逆鱗酒を飲み干せば勝ち、反対に貴様たちは私が持つこの逆鱗酒を飲み干せば勝ちだ。この限局世界では、樽を破壊しようと、酒がこぼれることはない。また敵が飲む酒を、飲むといったこともできん」


 レイはうなずき、酒樽を背後に置いた。


「なにか質問はあるか?」


「いいや。ああ、それじゃ一つ」


 レイは思いついたように、シルヴィアを見た。


「二日酔いは大丈夫かい?」


「今は審理の最中だ。酒宴のことなど忘れろ」


 鋭い口調でシルヴィアは言う。


「私はもう忘れた。二度と思い出すことはない」

 

 思い出したくもないといった様子だった。


「ナフタは宣言します。只今より、預言の審理を開始します」


 未来神が開戦の合図を告げると、レイがミサに軽く手を伸ばした。


「逆鱗酒は僕が飲むよ。君はそれを守ってくれるかい?」


 ミサがレイの手に、そっと自らの手を置く。


「……はい……」


 そのときだった。


「すでに戦闘中だ。なにを乳繰り合っている」


 ミサの目の前に突如、シルヴィアが姿を現す。

 さすがは子竜というべきか、目にも止まらぬ速度だった。


「はあぁっ……!!」


 魔力が渦巻き、シルヴィアの拳がミサの腹部に突き刺さる。

 瞬間、勢いよく弾き飛ばされた彼女は背後にあった家の壁をぶち破っていった。


「剣を抜くまでもない。戦士に愛や恋など不要。そんなものを後生大事に抱えているから、お前は弱いのだ」


「あら? 愛も知らない戦士なんて、お子様ですわね」


「なっ……!?」


 目を見開き、シルヴィアは振り向く。

 確かに吹き飛ばしたはずのミサが、突如、背後に姿を現したのだ。


 しかも、先程とはまるで別人のような容貌。


 長く伸びた、深い海のような髪。

 檳榔子黒びんろうじぐろのドレスを纏い、六枚の精霊の羽がその背にあった。


 なにより魔力が段違いだ。


「愛魔法を使うまでもありませんわ」


 突きだした指先が、シルヴィアの胴体にめり込む。

 頑強な子竜の皮膚に、鈍い衝撃が伝わったか、シルヴィアは苦痛に顔を歪めた。


「……なんだ、この姿……この女、急に魔力が…………!?」


 ミサが指先を振り抜けば、シルヴィアの体が吹き飛んだ。

 ドッガッシャァァンッとけたたましい音を立て、今度は彼女が商店の壁をぶち破った。


 ふっとミサが微笑する。


「あなたの理屈が正しいとおっしゃるのでしたら、愛もないのに弱いあなたは、あまりに哀れではありませんの?」


一〇万分の一の未来が、仕事していない……。


【書籍化情報】

活動報告にも書いたのですが、書籍版のイラストレーター様が決定しました。

しずまよしのり先生です。


こんなにも有名で素晴らしい作品を手がける先生に

描いていただけるとは思ってもおらず、

本当に皆様の応援のおかげです。


感謝の気持ちを胸に、これからも更新をがんばります。


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[一言] 最後のあとがきww
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