ダンジョン試験
今日は寝坊してしまい、7時台に更新できませんでした……。すみません……。
大魔法教練が終わり、昼休み。
俺は廊下でアイヴィスと話をしていた。
「――つまり、お前が我が主、暴虐の魔王だというのか?」
「ああ、暴虐の魔王の名はアノス・ヴォルディゴード。それが何者かによって、アヴォス・ディルヘヴィアと書き換えられた」
頭ごなしに否定することなく、アイヴィスは訊いた。
「何者かというのは?」
「まだわからないが、貴様の記憶を消した奴だろうな」
「なるほどな」
アイヴィスは考え込むように口元に手をやった。
「確かに我の記憶が消されたことも、その説明で納得がいく。だが、アノス、記憶を消したのはお前の仕業ということはないか?」
殺気を込めた魔眼で、アイヴィスは俺を洞察する。
「残念だが、やってない証拠は見せられないな」
「お前は有能だ。だが、その有能さ、暴虐の魔王に仇なすものだとすれば、捨ておくことはできぬ」
アイヴィスは馬鹿ではない。記憶のない奴の立場からすれば、俺が本物かどうか見分ける術もないだろう。だとすれば、敵である可能性を疑うのも当然だ。なにせ奴が知る限り、<時間操作>の魔法を使えるのは俺だけなのだ。
二千年前に遡り、記憶を初めからなかったことにできる候補の一人ということである。記憶を消し、暴虐の魔王に成り代わろうとしているのが、味方を装い近づいてきた俺なのではないか、と思ったところで不思議はあるまい。
「しかし、今のところは中立としておこう。そなたには、懐かしさを感じる」
「そうしてくれれば助かるがな」
「さらばだ」
アイヴィスは去っていった。
「……今の人、七魔皇老のアイヴィス・ネクロンでしょ……?」
「……ほんとだ……あたしたち黒服でもアイヴィス様と口を利くことなんてできないのに、あの白服の生徒、いったいなんなの……?」
「ねえ、もしかして例の不適合者じゃない……?」
「どうして不適合者が七魔皇老と……」
2組ではない連中か。しかし、ここの生徒は噂好きだな。
人のことなど気にしていても仕方がないだろうに。
「アノス君」
声をかけられ、振り向くとエミリアがいた。
「落とし物です。渡しておいてください」
エミリアから校章を受け取る、押された烙印は六芒星だ。俺のものではない。
「誰のものだ?」
「あなたの班の班員ですよ」
サーシャかミーシャだが、校章の芒星の数は見ていなかったな。
「どっちだ?」
「……サーシャさんではない方です」
妙な言い回しをする。ミーシャと言えばいいだろうに。
「しかし、俺を使いっぱしりにするとは、怠慢じゃないか。自分で渡せばいいだろう」
ムッとするかと思ったが、エミリアは困ったような表情を浮かべるばかりだ。
まあ、いいだろう。ミーシャもこれを捜しているだろうしな。
「渡しておく」
踵を返すと、俺の背中にエミリアは言った。
「午後はダンジョン試験がありますから、教練場ではなく、地下ダンジョンの入り口に集合してください」
「わかっている」
その場を後にする。ミーシャの魔力を追い、デルゾゲードの中庭へやってきた。
人だかりができている。その中心にはサーシャとミーシャがいた。
「残念だけど、わたしにはどうしようもないわ。班に入りたいのなら、アノスに言ってちょうだい」
「ですが、サーシャ様。あの不適合者、まったく取り合う気がないんです。サーシャ様の方から、何卒お口添えを……」
「そ。じゃ、仕方ないわ。わたしが言っても聞かないもの」
サーシャの元班員たちのようだ。どうやらサーシャと一緒に俺の班に入りたいようだな。なにやら、必死にとりなしてもらおうとしている。
隣にミーシャもいるのだが、しかし誰も話しかけようとしない。俺の班に入りたいなら、ミーシャにとりなしてもらう手もあるだろうに。最初からいたミーシャの方が、途中で班に入ったサーシャよりも、俺と親しいと考えるのが普通だ。
そうしないのは、ミーシャが白服だからか? 単純にミーシャとは接点がないから頼めないのか?
そういえば、ミーシャが他の魔族と話しているところを見たことがない。まあ、自分から話しかけるような性格でもないし、いつもは大抵俺といるからかもしれないが。
「サーシャ様。あんな不適合者の班員のままで満足なのでしょうか? なにかお考えがあるのではないですか?」
サーシャはうんざりといった表情を浮かべている。
「契約だから仕方がないわ。それに、アノスをただの不適合者と侮りたいのなら、融合魔法を完成させられる者だけがそうしなさい」
途端に、生徒たちは沈黙した。ぐうの音も出ないといった様子だ。
「もういいでしょ。いきなさい」
渋々と言った風に生徒たちは去っていった。
はあ、とため息をつくサーシャに俺は声をかける。
「俺の配下らしい、なかなか痛快な断り文句だな」
俺がいると思っていなかったのだろう。サーシャは目を丸くした後、そっぽを向いた。
「……うるさいわね……あいつらがうっとうしかっただけだわ……」
弱々しくサーシャが言う。
「ミーシャ、落とし物だ」
校章を差し出す。
「……ありがとう……」
ミーシャは校章を受け取り、制服につけている。
「迎えに来た?」
「なんのことだ?」
「……午後はダンジョン試験……」
エミリアも口にしていたが、この後はダンジョン試験というものがあるらしい。
簡単に言えば、デルゾゲードの地下深くまで設けられた迷宮に挑む試験のことだ。班別対抗試験同様、班での行動を行うことになる。ダンジョンに置かれた魔法具や武器、防具などを集め、その得点を競う。
迷宮探索の技術を訓練するのがどうのこうのと講釈を垂れていたが、早い話がただの宝探しだ。
「そういうわけじゃなかったが、ちょうどいいかもな」
「ん」
集合場所がダンジョンの入り口になるため、少し早めに移動しなければならない。
「ところで、アノス。あなた、ちゃんと試験の説明聞いてたかしら?」
「ああ。最下層の祭壇に供えられた王笏を手に入れれば満点なんだろ。簡単なことだ」
「全然聞いてないじゃない。満点だけど、絶対に無理だわ。最下層には生徒どころか、教師だって行ったことがないんだもの。本当に王笏があるのかもわからないし、そもそも最下層が存在するのかさえ怪しいところだわ」
「なら、なぜ評価項目にある?」
「……そんなことわたしに言われても、知らないわ。地下に王笏があるっていう伝承があるからでしょ」
やれやれ。まったく、どうしてこの学院はこう適当なのか。
「王笏は<魔王軍>の魔法を強化する杖という話だったな?」
「ええ。始祖が作った魔王の杖と言われているわ」
「それならある」
「……また適当なこと言って。まあ、いいわ。そろそろ行きましょ。時間だもの」
歩き出すと、隣に来たミーシャがじっと俺を見上げた。
「……どうしてわかる……?」
「俺の城だぞ」
ミーシャが小首をかしげる。
あそこに入るのも久しぶりだなと思いながら、俺は地下ダンジョンの入り口へ向かった。
すでにそこには2組の生徒たちが集まっていた。
俺たちが所定の位置につくと、ちょうど授業開始の鐘が鳴る。
「それでは、これからダンジョン試験を始めます。なお、ダンジョンで手に入れたアイテムの所有権は、班リーダーにあります。制限時間は明日の朝九時まで。早めに戻った生徒は帰宅して構いません。ギブアップする者は<思念通信>で先生に伝えてください」
エミリアは地下ダンジョンの扉を開く。
「あなたたちに始祖の祝福があらんことを」
合図とともに、各班の生徒たちが一斉になだれ込んでいく。
俺は特に急ぐことなく、ゆるりと歩いていた。
「ちょ、ちょっと、アノスッ。先を越されるわよ? ダンジョン試験は早い者勝ちの勝負なんだから、こんな悠長に歩いている場合じゃないわっ!」
「大丈夫だ」
「大丈夫って……」
「行きたいなら先に行ってもいいぞ」
「一人で行っても仕方ないわ」
ぷいっと振り返り、サーシャはほんの少し先を歩いていく。試験には魔物が配置されているそうなのだが、先陣を切った生徒たちが倒してくれているため、俺たちはのんびりとダンジョンを進むことができた。
「そこを右だ」
「なんでわかるのよ?」
「来たことがあるからだ」
今一つ信じられないといった表情をしながら、それでもサーシャは渋々俺の言う通りに歩いていく。
十層ほど降りたところで、ミーシャが言った。
「……訊いてもいい……?」
「どうした?」
「……誕生日は、なにをあげたらいい……?」
ミーシャが前を行くサーシャの背中を見つめる。
「サーシャのか?」
こくりとミーシャはうなずいた。
「……明日……」
なるほど。急な話だな。
まあ、仲直りしたのが昨日の話だから仕方ないだろう。
「サーシャ」
「なによ?」
「お前、今欲しいものはあるか?」
「そんなの、この試験で一番になることに決まってるわ」
なんとも色気のない答えだな。
「だそうだが?」
「……困った……」
「一番ならプレゼントしてやれるぞ」
ミーシャは首を左右に振った。
「……一生忘れないものがいい……」
それはまたずいぶんとハードルが高いな。
「お前が考えたものなら、なんでも喜ぶんじゃないか?」
「……そう……?」
「仲直りできて嬉しそうにしてたからな」
ミーシャは無表情でじっと考える。
「洋服がいい」
服か。ちょうどダンジョン最下層の宝物庫にいいものがあったな。
「サーシャが喜びそうなものがあるぞ」
「……ほんと……?」
「ちょうどここの地下にな。まだ残ってたら、お前にやる」
すると、ミーシャは珍しく微笑んだ。
「……ありがとう……」
「ところでお前の誕生日はいつだ?」
「……明日……」
そうか。双子なのか。確かによく似ているからな。
「なにが欲しい?」
ミーシャはしばらく考える。
「……いらない……」
「遠慮しなくていいんだぞ」
「……会えないから……」
別に明日会えなくとも、誕生日プレゼントぐらいはいつあげてもいいだろう。
それとも、本当に欲しいものがないのか?
まあ、押しつけてやればいいか。
「ところで、ミーシャはいくつになるんだ?」
「……明日で十五……」
ということは、サーシャも十五か。
彼女が生まれたのは十五年前、魔王の始祖が転生するのは今年。
それでも、サーシャは始祖の生まれ変わりと噂されている。
つまり、生まれ変わりというのは言葉通りではないわけだ。
魔王の始祖は赤子として生まれるのではなく、すでに生まれており、力を持った強い器に転生すると考えられているのだろう。
俺がどういった形で転生するかは特に伝えていなかったが、もしかすると、赤子に転生したことは逆に伝承とは違うと思われているのかもしれない。
魔王学院が始祖を捜すためのものではなく、逆に俺を始祖と認めないために作られているなら、その可能性もある。
「アノスッ? ここ行き止まりだわ」
突き当たりでサーシャが振り返った。
「ああ、隠し通路だ」
「そんなわけないわ。魔眼で見てみても、なんにもないもの」
「魔眼じゃわからないように対策してるんだ」
そう言って、俺は突き当たりの壁に向かい、まっすぐ進む。
「え……ちょっと、アノス……?」
ドガンッ、と俺の頭が壁に当たり、壁が破壊される。俺がそのまま力任せに歩いていくと、壁はドドドドド、ゴゴゴゴゴと俺の体の形に破壊されていく。
「はぁっ……!?」
「……頑丈……」
「確かに馬鹿みたいに頑丈だし、すごいはすごいけど……あれ、隠し通路って言うのかしら?」
「……魔眼じゃわからない……」
「魔法の仕掛けもなんにもないものね……」
唖然とした表情を浮かべ、立ちつくすサーシャとミーシャに俺は言った。
「早く来い」
狐につままれたような顔をしながらサーシャは歩き出した。
「ただ壁をぶっ壊してるだけだわ」
「……ん……」




