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謎の転入生現る


 デルゾゲード魔王学院、第二教練場。

 授業開始の鐘の音とともに、カカカ、と凶人じみた笑い声が響いていた。


 ドアが開き、熾死王エールドメードが、教壇に姿を現す。

 シルクハットを被り、杖を手にしている。


「おはよう、オレの生徒たちっ。この熾死王が、オマエたちに魔王のなんたるかを教えるため、教壇に戻ってきたぞっ!!」


 しばらく休職扱いになっていた熾死王は、開口一番、生徒たちの度肝を抜いた。


「……ね、ねえ、エールドメード先生、なんか違くない?」


「お、おう。そうだな。どことなく表情豊かになったというか……」


 生徒たちがチラリ、と様子を窺うと、カッカッカとエールドメードは無駄に上機嫌な笑声を発す。


「……豊かになりすぎなんじゃ……?」


「でも、前からおかしいところがあったし……自分のことを神とか言ってなかった……?」


「言ってたような気がする……」


「というか、なんであんなこと俺ら真に受けてたんだ?」


 ノウスガリアが消えたことで、彼が放った言葉の効力が消え、生徒たちも最早、エールドメードが神だとは信じていない。


 後に残されたのは、彼が神を自称する変人だという事実のみだ。


 今のエールドメードには、天父神の秩序を生む秩序という権能が備わっている。

 奴の性格からして、目を離せば、ノウスガリア以上に厄介なことをしでかす可能性があるため、デルゾゲードで真面目に教師の仕事に取り組んでもらうこととした。


 無論、ただ教師をしろといっても引き受ける男ではない。彼がこうして教壇に立ったのには理由がある。


「それではオマエたち。今日は授業の前に、転入生を紹介しようではないか!」


 エールドメードは杖を入り口のドアへ向ける。


「入ってきたまえ」


 彼の魔力で、ガラガラとドアが開いた。

 

 俺は教室の中へ足を踏み出し、まっすぐ歩いていく。


「……え?」


「……ふふっ、小っちゃいなぁ……」


「いくつかな?」


「というか、あの歳で入学できるのか?」


「体が小さいだけかもしれないじゃない?」


「それにほら、今の魔王学院は、将来性があると判断されれば、誰でも入学を許可されるようになったんだし」


 俺は歩みを止めると、ざわつく生徒たちに向き直る。

 そして、堂々と言葉を発した。


「俺の名は、アノシュ・ポルティコーロ。六歳だ」


 <逆成長クルスラ>の魔法を使い、俺は六才相当に体を縮めていた。


 呆れたようなサーシャの表情が目に映る。

 一席空け、その横でミーシャは薄く微笑んだ。


「わーお、びっくりだぞ……」


 事情を知らなかったエレオノールがそう感想をこぼすと、隣のゼシアが目を輝かせた。


「ゼシアが、お姉さん……です……」


「え、えーと、レイさん、知ってましたか?」


 こそこそとミサがレイに耳打ちする。

 

「僕も聞いてなかったよ」


 コンコン、とエールドメードが杖で床を叩く。

 生徒たちが注目すると、彼は言った。


「アノシュ。もう少し、自己紹介をしてはどうだ?」


「ふむ。そうだな」


 一歩、俺は前に出る。


「ここに来るまでは、旅芸人をしていた。特技は暴虐の魔王の物真似だ。好きな食べ物はキノコグラタン。苦手な魔法は特にない。少々常識に疎いかもしれぬが、よろしく頼む」


 ぱちぱちと拍手の音が聞こえる。

 見れば、ミーシャが手を鳴らしていた。


 それに続き、教室中の生徒たちが歓迎するように拍手をした。


「せんせーい、アノシュ君に質問していいですか?」


「良いだろう。好きにしたまえ」


 許可が出ると、白服の女子生徒が俺に言った。


「アノシュ君は六歳っていうことは、転生とかしてるの?」


「転生はしておらぬ。正真正銘六歳だ」


「えー、すごーいっ。じゃ、六歳で転入試験に合格したってこと?」


 すると、黒服の男子生徒が言った。


「……そんなことってあるのか……? 転入試験はかなり難しいって聞いたが……?」


「ああ、俺は転入組だが、とてもじゃないが子供が受かるような試験じゃなかったぞ」


 ざわざわと教室が騒ぎ始める。

 それを静めるように、エールドメードが言った。


「カカカ、驚くほどのことではないのだよ。なぜなら、アノシュ・ポルティコーロ。彼は、天才少年なのだから!」


 転生したことにするとしても、前世をどういう者にするか、色々と考えねばならぬ。


 整合性を取るのが面倒ではあるし、<成長クルスト>の魔法を使わない理由を突っ込まれる可能性もある。


 取り繕えば取り繕うほど、ボロが出るのならば、逆転の発想だ。

 潔く、すべてを天才で押し通すつもりだ。


「そっかぁ……天才少年なんだぁ……」


「まあ、そういうことも、あるのか……?」


「ディルヘイドに一人ぐらいいても、なあ」


 若干、疑問の表情を浮かべてはいたものの、彼らは納得した様子だ。


「それでは、空いている席に座ることだ」


 俺が歩き出すと、他の生徒たちが口々に言った。


「アノシュくーん、こっちこっち。こっち空いてるよー」


「アノシュ、こっち来いよ。仲良くしようぜ」


 ふむ。なかなか、気さくではないか。

 不適合者だった頃とは、少々反応が違うな。


 とはいえ、俺の席はもう決まっている。


「あ、そういえば、エールドメード先生。エレンたちがまだ来てないみたいなんですけど……?」


「魔王聖歌隊は本日、公務があると連絡を受けている。それが終われば来るだろう」


「公務かぁ。いつのまにか、有名になっちゃったよねぇ」


 そんな風に生徒の一人が感想を漏らす。

 魔王聖歌隊の人気は急上昇しており、彼女たちには魔王賛美歌の歌唱依頼がひっきりなしにやってくる。


 王権を持つ暴虐の魔王が自ら迎え入れた、魔王直属の配下であるというのも大きいだろう。

 依頼する側にも様々な思惑はあれど、平和の歌が広まるのは望ましい。エレンたちには、学業に支障がない範囲で公務に励んでもらっている。


「お、おい。待て、あいつ……」


 俺の背中を見て、生徒が息を飲む。


「まさか、あの席に行くつもりか?」


「……ま、まずい。お、おいっ、アノシュッ。その席はだめだっ!」


 声をかけてきた生徒に、俺は振り返る。


「誰かの席なのか?」


「いや、そうじゃないが……」


「ならば、問題あるまい」


 気にせず、俺は歩いていく。

 サーシャとミーシャの隣の席へ。


「……こ、子供だから知らないんじゃない……?」


「知らないからって、まずいだろ。あそこは……アノス様の……?」


「だけど、アノス様はもういないんだし……」


「いや、でもよ。俺、前に悪ふざけであそこに座ってみたことがあるんだよ」


「そんなことしたのっ!?」


「ジョークだよっ、軽いジョーク!」


「……それで、どうなったの?」


「タイミング悪くサーシャ様が戻ってきて、隣に座ったんだけどさ。にっこりと笑って、<破滅の魔眼>を浮かべててさ。絶対に俺と目を合わせようとしないんだ」


「だって、その状態で目を合わせたら、きっと死んじゃうよね……」


「それだけじゃなくて、ミーシャちゃんがじっと見てくるんだよ。無表情で、無言で、じーっと見てくるんだよっ!」


「ミーシャちゃんが怒るなんてよっぽどじゃない」


「それでとどめがエレオノールさんっ! のほほんとした口調で、そんなところに座ってると、ぶっ殺されちゃっても文句言えないんだぞ、って!?」


「あんたもうさっさとそこどいときなさいよ」


「腰が抜けて立てなかったんだってっ!」


 教室中の視線が俺に集中する。


「というか、そいつの言う以上に、あそこの席はやべえと思うぜ……悪ふざけで座ってみるとか、軽率にもほどがあるだろ。殺してくれって言ってるようなもんだ」


 別の生徒がそんな言葉を口にする。


「周りを見てみろよ。勇者カノンに、勇者学院の生徒に、元偽の魔王とネクロンの姉妹だろ。ぜってぇ、近づきたくねえ……」


「えー、みんな優しいから大丈夫だって」


「いやいや、どう考えてもあの組み合わせはヤバイだろ? 勇者カノンって、本当に味方になったのか? 偽の魔王もそうだよ。大体あの二人、学院に通う意味ないよな?」


 深刻そうに生徒が言う。


「……ぜってぇなにか企んでるよ。よく考えてみろって。あんな奴らが、ただ普通に生徒してました、とかあるか? 魔王学院に潜伏して、いざというときに暴虐の魔王を裏切るつもりなんじゃ……?」


「ああ……。たぶん、それを見張るために、サーシャ様やミーシャちゃんが目を光らせてるんだと思う……」


「じゃなきゃ、あんな化け物ばっかになんねえよ……。火薬庫みたいなもんだよ、あの席の周りは。一見和やかに会話してるように見えるけど、いつ爆発するか、わかったもんじゃねえ……」


「それにあの席について誰も口に出さないのは、恐れ多すぎてなにも言えないだけで、教師だって、毎朝、あそこに頭下げてくんだぜ……」


「うーん、ちょっと入りづらいってのは、あるけどね……」


 ふむ。どうやら俺がいない間に、この席が聖域とされていたり、レイやミサたちが恐れられていたりと変化があったようだな。


 まあ、噂話の好きな生徒たちだからな。

 言わせておいても、特に問題はあるまい。


 魔力を送れば、椅子が動く。

 俺はそこに座り、隣を向いた。


「どうだ? 誰も気がついていまい」


 サーシャが呆れたような表情を見せた。

 ミーシャはじっと考え、ぽつりと言う。


「まだ?」


「っていうか、ずっと気がつかれないでいられるつもり? どうせあなたのことだから、大人しくしてるなんて絶対にできないでしょ?」


「なに、そのための天才少年だ」


「あー、なにがあっても天才で押し通すつもりだっ」


 エレオノールが気がついたように声を上げる。


「……完璧な……作戦です……」


 ゼシアがぐっと拳を握る。


「聞いたか、サーシャ」


「……せめて、もうちょっと真面目に隠そうとしてよね……」


「問題あるまい。俺の配下は優秀だからな」


「それ、誰のことよ……?」


「違ったか? お前ならば、うまく事を運んでくれると信じていたのだが?」


 サーシャは顔を赤くし、視線をそらした。


「……はいはい、魔王さまの仰せのままにっ。わたしたちが苦労する予感しかしないわ……」


 サーシャがぼやく。


「サーシャは喜んでる」


 と、ミーシャが俺に耳打ちする。


「ミーシャッ、変なこと言わないのっ」


「あははー。でも、またアノス――ええと、アノシュ君と一緒にお勉強ができて、嬉しいですよねー」


 ほんわかした微笑みを浮かべ、ミサが言う。

 レイが椅子を倒し、もたれかかるように爽やかな笑顔を向けた。


「魔王の公務は?」


「放課後にやれば事足りる。先程も言ったが、俺の配下は優秀だ。魔王など象徴であればよい。民の嘆願についても、大抵のものはエリオやメルヘイスたちで対処できることだしな」


 象徴でしかなければ、それが一番いいだろう。

 暴虐の魔王が寝る間を惜しんで公務に励まねばならぬ事態があるのなら、それは平和ではないということだからな。


「また楽しい学校生活になりそうだね」


 フッと笑い、俺は言った。


「そうだな」


 身構えるようにしながらこちらの様子を窺っていた生徒たちが、ふう、と息を吐く。


「……だ、大丈夫みたいだな……?」


「和気藹々としてるよね? なに話してるかはわからないけど……」


「なんでだ?」


「……やっぱり、子供だからかな?」


「く。子供の特権かよ。ずりい……」


 カンカン、と再び床を杖で叩く音が聞こえる。

 生徒たちが慌てて黒板に向き直ると、エールドメードが言った。


「今日は新たにもう一人、剣術の講師を紹介しようではないか」


剣術の講師、いったい誰なんだ……?

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― 新着の感想 ―
一人しか思い当たらないなあ
[良い点] エールドメード、動機はともかく、いい教師になりそう。
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