魔王の答案
一週間後――
エニユニエンの教室。
鐘と鈴の音が鳴ると、教壇の大木に顔が浮かぶ。
エニユニエンの大樹が嗄れた声を響かせた。
「では、今日は小テストを行うからの」
大木からドサドサとなにかが落ちてきた。
白い本である。それらに棒のような手足が生え、とことこと歩き始めた。
本の妖精リーランだ。
それぞれ一冊ずつ、生徒たちの手元まで来て、自ら本を開いた。
最初のページには、『精霊の学舎小テスト』と書いてある。
「見ての通り、小テストの問題は、その本の妖精リーランに書いてある。専用の羽ペンで直接回答を書き込むといい。他の生徒の答えを見るなど、不正は禁止じゃて。もし、不正が発覚した場合には、火山精霊イドアムの火口に入ってもらうからのう」
本の妖精リーランが、自分にくっついていた羽ペンを取り外し、それぞれ生徒たちに差し出す。
俺はその羽ペンを手にした。
「制限時間は一時間じゃ。では、始めるがよい」
リン、リーンという鈴の音が鳴り、小テストが開始される。
本を開けば、そこに第一問が書いてあった。
『よく見て、よーく考えてね。精霊は精霊でも、噂がもとになってない精霊ってなーんだ?』
ふむ。なかなかどうして、思ったよりも厄介そうだな。
問題というよりも、どちらかと言えば、なぞなぞか。
あの翠の本に載っていた精霊はすべて覚えた。
ミーシャたちも暗記していたが、ゼシアやファンユニオンたちなど、どうしても覚えきれなかった者には魔法で記憶を植えつけた。
少なくとも、このテストが終わるまでは忘れることはあるまい。
普通のテストであれば、全員満点を取るのは造作もなかったが、なぞなぞとなれば話は別だ。答えを知っていても、頭を使わなければそれに辿り着くことができないからな。
この第一問、普通に考えれば、『そんな精霊は存在しない』というのが答えだろう。
噂と伝承がもとに根源が作られ、この世に生じたもの、というのがそもそも精霊の定義であり、噂がもとになっていなければ、精霊とは認められぬ。
しかし、それでは誤りだ。
この第一問の正しい答えは、『六本足の精霊ジジェイク』である。
ジジェイクというのは、古代精霊語で『噂ではない』という意味にあたる。つまり、言葉の上では噂がもとになっていない精霊なのだ。もちろん、ただの洒落にすぎぬ。
なぞなぞのため、少々強引な感は否めないが、答えが『ジジェイク』であるという極めつけの根拠が問題文の下に描かれている、謎の立方体だ。
僅かだが、線が六本はみ出している。下手な絵であることは間違いないが、これは六本足の精霊ジジェイクの足に間違いないだろう。
『よく見て、よーく考えてね』というのは、この絵のことをさしているのだろう。
俺はともかく、果たして他の者が気がつくかというと、怪しいところだな。
緋碑王が簡単に賭けに乗ってきたのも、この精霊の学舎のテストが、こういう類のものだと知っていたからか。
たとえ、出題範囲の精霊のことを瞬時に調べ上げ、記憶を配下に渡しても、そうそう解ける問題ではないと確信していたに違いない。
<思念通信>に<秘匿魔力>をかけ、皆に答えを伝えるか。
翠の本を読んだところ、エニユニエンの大樹は、教育の精霊の特性として、不正を見抜く魔眼に優れている。奴の体内では尚のことその力が高まる。
だが、俺の魔力ならば、それすら欺くことができるだろう。
「残念ながら、魔王。吾輩には汝の考えは手に取るようにわかる」
緋碑王ギリシリスは淀みなくペンを走らせながら、そう言った。
次の瞬間に大地を突き破り、教室の四隅にぐんっと巨石が生えてきた。
緋色の碑石。緋碑王の作った魔法具だ。
「この二千年の間、魔力を貯蓄し続けた碑石でねぇ」
緋色の碑石に、魔法文字が浮かぶ。
<魔眼強化>の魔法だ。その効果はこの教室内限定で、エニユニエンの大樹の魔眼を強化すること。
不正を見抜くエニユニエンの大樹の魔眼特性に、二千年もの間魔力を蓄えた緋碑王の碑石の力が加われば、さすがにその魔眼を欺くのは難しい。
一度、二度程度ならばどうとでもなるだろうが、ミーシャたち全員に、すべての答えを伝えるとなると、至難の業といったところか。
「ふむ。二千年の間、ただ遊んでいたわけではないようだな、緋碑王」
「余裕ぶっている暇があるのかねぇ。残り一時間足らずで、汝の根源は吾輩のものだ」
得意気に言いながらも、緋碑王ギリシリスはジェル状の顔を歪めた。
「気の早いことだな。せいぜい夢を見ているがいい」
「あー、お主ら。テストに集中するといいのう」
エニユニオンの大樹が注意を飛ばしてきた。
ひとまず、静かにしておくか。
しかし、どうするか?
俺の配下全員に答えを伝えるのは難しい。
だが、全員が自力で九〇点以上を取れる可能性は少ない。
となれば、方法は一つか。
できれば、魔力を温存したかったが、仕方あるまい。
エニユニエンの大樹の魔眼は、精霊の学舎である自らの体内に向けられている。つまり、その外であれば、不正を見抜く力を発揮できぬ。まあ、見抜かれたところで、意味をなさぬとは思うがな。
俺はエニユニエンの大樹の外に魔法陣を展開しながらも、次の質問に目を向けた。
『愛は記憶、記憶は愛。愛を求めて彷徨う精霊の名前は、なーんだ?』
ふむ。これは、わからぬな。
翠の本に載っていた精霊には、該当するものがない。
出題範囲が翠の本ということは、消去法で、『愛の妖精フラン』が答えか?
破られたページにこれに関する内容が載っていたはずだ。
ひとまず飛ばし、他の問題から片付けることにしたが、第二問以外に答えが不明なものはなかった。
第二問の答えには『愛の妖精フラン』と書いておき、ペンを置いた。
ミーシャたちは、じっとテストを睨み、まだペンを動かしている。
テストが終わるまで、ゆるりと待つことにした。
やがて、鐘と鈴の音が鳴った。
「そこまでじゃ。小テストを回収する」
本の妖精リーランは独りでに閉じ、ペンを手にして、またとことこと大木の方へ歩いていく。そのまま木ををよじ登って、木の葉の中に入っていった。
ゆっさゆっさと木の枝が大きく揺れる。
「うむ。では、テスト結果を発表しようかのう」
素早く採点をすませ、厳格な声でエニユニエンの大樹が言った。
「イージェス・コード、八五点」
冥王イージェスはこんなものかといった表情を浮かべた。
「カイヒラム・ジステ、八一点」
詛王カイヒラムの別人格ジステはほっとため息をつく。
「ギリシリス・デッロ、九七点」
ニヤリ、と笑うかのように、緋碑王ギリシリスはジェル状の顔を歪めた。
「アノス・ヴォルディゴード、見事なものじゃのう。一〇〇点満点じゃ」
ふむ。第二問は確証がなかったが、当たりだったか。
「ミーシャ・ネクロン、これも見事、一〇〇満点じゃのう」
ミーシャはぱちぱちと目を瞬かせている。
「サーシャ・ネクロンも一〇〇点満点じゃのう」
サーシャは怪訝な表情を浮かべた。
「エレオノール・ビアンカ、一二七点じゃ」
「なんだと……!?」
声を上げたのは緋碑王ギリシリスだ。
「……えーと、一〇〇点が満点なのに、一二七点なんだ?」
エレオノールは驚きを隠せない様子だ。
「ゼシア・ビアンカ、一五〇点じゃのう。すごいわい」
「……満点以上は……初めてです……」
続けて、エニユニエンの大樹は俺の配下の点数を発表していくが、全員一〇〇点以上だった。
「うむ。この短期間にこれだけの成果を上げるとは、優秀な生徒たちじゃのう。約束通り、お主たちには精霊の試練に参加する資格を授けてしんぜよう」
「いやいや、これはこれは、なにを言っているのか、まるでわからないねぇ」
緋碑王ギリシリスが立ち上がり、首を左右に振りながら、そう言った。
「全員が一〇〇点以上とは、さすがにおかしいねぇ。なにか不正があったのではないだろうか?」
「わしが目を光らせておったが、断じて不正などはありはせん」
「いやいや、考えがたいことだよ、これは。そもそも満点は一〇〇点なのでは?」
「いかにも。だが、加点があれば、一〇〇点を超えることもある」
「どういう加点があってそうなったのか、理解に苦しむねぇ。たとえば、なにか内々で取引があったのではないかね?」
大木に浮かんだ顔が眉をひそめる。
「教育の大樹として、そのような不正は断じて行うことはないのう」
「不正がないというのなら、答案を見せてはくれないかね? 吾輩が不正をチェックしよう。どうにも腑に落ちないのでねぇ」
「うむ、よかろう。しかとその目で見るがいい」
エニユニエンの大樹がそう口にすると、ドサドサドサッと本の妖精リーランが落下してきた。
「無駄だぞ、緋碑王。不正などなにもしていない」
「それはそれは、不正をしていると言っているようなものではないかね」
ギリシリスは、魔法を使い、複数の本を同時に開く。
指先で弾き、ペラペラとページをめくっていった。
「む……?」
あるページをギリシリスは指さした。
サーシャの答案だ。
「エニユニエン。これはどういうことだ? 問二七の答えは、『溶岩の死人』だ。この回答が『デードイリッヒ』になっている。二つはまったく違う精霊ではないかね」
「うむ。じゃが、答案を見て、そういう解釈もあると思ったのじゃ。人生において、答えが一つではないこともある。新たな答えに気がつくことものう。そういう意味では、『デードイリッヒ』も正解じゃて」
ギリシリスはジェル状の顔を歪め、別の答案をさした。
エレオノールのものだ。
「では、こちらを説明してもらえるかね。問一五だが、釣りに関連した精霊の数の話だ。正しい答えは『一七』。しかし、答案には『二一』と書いてある」
「うむ。まあ、よくよく考えれば、ジスラ、メト、アノウエ、ビーラの四体は船の精霊だ。船の精霊は釣りに関連していると見なしてもよいじゃろうと気がついての。よって、正解として、またわしに気づきを与えたことから、二〇点の加点を行った」
「馬鹿な……これが加点かねっ?」
「おかしいかのう?」
「ならば、これはどうだというのだっ!?」
声を荒らげ、ギリシリスはゼシアの答案をさした。
「問七、九、一七、五一、六七には『わかりません』と書いてある。これで一五〇点というのは、どう考えてもおかしいのではないかっ!?」
「わからないことを正直に言う。なかなかできることじゃないのう。これもまた一つの正解じゃて。その誠実な態度に五〇点の加点を与えたのじゃ」
「……な……!?」
ギリシリスが絶句する。
さすがにおかしいと気がついたのだろう。
「……ま、さ、か……これは………………?」
ギリシリスがゆっくりと俺を振り向く。
「答えが間違っているからといって、満点が取れないとでも思ったか」
緋碑王が驚愕と言わんばかりに声を震わせる。
「……ヴェヌズドノアが…………戦闘以外でも……?」
「使えぬと言った覚えはないぞ」
起源魔法<魔王城召喚>を使い、採点中に魔王城をエニユニエンの大樹上空に召喚した。ここはすでに俺の懐、理滅剣の影響下にある。
その力で、俺の配下のみ、誤答についての理屈を滅ぼしたのだ。
「言ったはずだ。不正などしていない。ただ間違えたからといって点数にならないという理屈を滅ぼしたにすぎぬ」
たとえ剣を躱しても、斬られる理滅剣の前では、誤答しようと正解同然、更に加点すら容易い。
白紙の答案さえも一〇〇点と化すであろう。
「……おのれぇ…………」
屈辱のあまり、ギリシリスはぐにゅぐにゅと顔を歪める。
しかし、最早どうにもならぬと悟ったか、それ以上の不正を追及しようとはしなかった。
妙な話だな。
緋碑王にはヴェヌズドノアを見せた覚えはない。
ジェルガのときといい、どうやら俺の情報を漏らしている奴がいるようだ。
理滅剣を見て今生きているのは、ノウスガリアと魔剣大会に現れた仮面の魔族か。
そのどちらかが緋碑王に伝えた可能性が高い。
「さて、緋碑王。契約通り、答えてもらうぞ」
屈辱に染まったように再びジェル状の顔を歪ませるギリシリスに、俺は問う。
「お前の『上』とは何者だ?」
一〇〇点満点のテストで、一五〇点を取らせにいく、それが魔王……。




