幼馴染との雑談からの
「趣味悪いよ? 盗み聞きなんて」
「たまたまだって、飲み物買いに来たら聞こえてきたんだよ」
「わざわざ教室から遠いここまで?」
「人少ないし、静かだし」
「そういうことかー」
円香は納得したようで、それ以上追求はしてこなかった。
俺が自販機に向かうと彼女もいつもの距離感で後ろを着いてくる。
硬貨を入れた瞬間、密着されて戸惑う。
「何してんのお前?」
「奢ってくれるんじゃないの」
と言ってる傍から取り出し口から重い音が響く。
更に背に体重が掛かる。
彼女は身を乗り出して、勝手に選んだオレンジジュースを取り出した。
「重いって」
「誰が重いって?」
「いへへっ。ほっへはひっはるは」
「なんて~?」
くそう。
普通にわかってて聞き直しやがったな。
「なんてね。よっと……、なんか恥ずかしかったからさ」
俺の背中から飛び降りるようにはずみをつけて離れていく。
柔らかく良い匂いもしていたが、暑苦しいのが離れてくて助かる。
筋肉痛で軋む身体であと数分もすれば潰れていた。
自分の分のジュースも購入し、ベンチまで移動する。
「恥ずかしいって受けた側なのにか」
「誰も聞いてないって思ってたし、私嫌な感じじゃなかった?」
「普通だったと思うよ。というか、円香って思うよりもはっきりと断るんだな」
「うん。だって少しでも希望を与えてしまって付き纏われても嫌だもん」
「モテるのはモテるので大変なんだな」
「なぁーに、他人事みたいに」
「実際そうだからな」
「いーちゃんだってモテてたくせに~」
「いつの話だ」
「小学生」
「アホか」
あんなのって言い方酷いが、あんなのは恋愛に含まない。
恋に恋するお年頃で、俺を好きなんじゃなくて恋愛というのに興味があるだけ。
よく考えたら足が速いだけで好きになるっておかしいよな……。
きっかけにはなり得るだろうが、それだけで人となりの理解は出来ない。
「いーちゃんまた捻くれたこと考えてる?」
「どうだろうな」
「ある意味子供の頃のほうが純粋な恋愛だと思うけどな私は~」
「なんでだ?」
「好きだから好きって感じじゃん? でも、大人だとややこしいってイメージ」
「金とか?」
「それは大人すぎる……」
「じゃなんだよ」
「友達に自慢出来る相手かどうか、かな?」
「円香……」
「わ、私じゃないってばっ。今は好きな人いないしっ」
「気になる言い方するな」
「あははー。これでももう高校生だからね。小学生の頃には初恋ぐらいは済ませてるよ」
人差し指を唇に当て、お姉さんぶった態度でそう言う円香。
その仕草は似合っていて、この幼馴染に対して少しドキッとさせられた。
家に戻ったら、あんな体たらくなのに。
ってか、小学生の頃かよ。
足が速いからモテると一緒で顔がいいからモテていたのは円香。
あの頃はまだ俺と円香は一緒にいることが多かったし、学校でも男女ともに仲のいい子たちと遊んでいた。
「俺の知ってる人?」
「私の初恋? うん、そうだよ」
「へぇー。誰?」
円香とも仲が良く俺と合わせて四人でよく遊んでいた、杉山か峰崎のどちらかか。
大穴で俺か。
そう考えると自意識過剰で恥ずかしい。
これはなかったことにしよう。
「えーっとね、内緒かな」
「そこまで言っといて、それは気になるっつーの」
「逆の立場だったら私もそう思う。けど、恥ずかしいからだーめ」
そこまで気になるって訳じゃなかったのに、こんなこと言われると気になってしまう。
「それより、いーちゃん」
「ん?」
「お腹すいた」
「……なんでだよ」
「だって友達と食べてる最中に呼び出されたんだもん」
「結構いい迷惑だな」
なんかの気まぐれで付き合わなくてよかったんじゃないか。
緊張しすぎでそこまで気が回らなかった可能性もあるが。
「それにきぬちゃん達のところに戻ったら茶化されるんだよ……」
「……お疲れ様」
「あぁー、戻ってお昼ごはん再開したいけど戻りたくな~い」
「茶化されるのも慣れたもんだろ。お前、今まで何人に告白されたんだよ」
「高校に入ってからだと、これで5回目だよ」
「多いな」
七月になったばかりだぞ。
想像していた以上の数に驚く。
「夏休み前だからなのかな」
「関係あんの」
「勝手なイメージだよ」
「解らないでもないけどな」
長期休みは俺でも浮かれる。
だからといって女子に声を掛ける気にはならないが。
「よしっ。じゃあ、私は先に戻るね」
「おう」
「また教室で~」
少しだけ重たい足取りで円香が去っていく。
ゆらゆら揺れている背中を見送り、ゆっくりと時間をかけて昼休みを満喫してから教室に戻った。
教室にいる円香は普段通り様々な友人に囲まれて、笑顔を浮かべ雑談に興じている。
向こうは慣れているのか、こちらが心配する必要もなかったようだ。
※
「なんだ、あれ」
放課後になり、昇降口を出たところだった。
校庭あたりに人だかりが出来ていた。
「なんだろうね」
円香も気づいて、俺の言葉をオウム返しするように呟く。
何かがあって人が集まってるのは予想出来るが、その何かが人の壁によって見えない。
気にはなるが、別に俺らに関係ないだろうと校門に向かおうとするが、円香の手が俺の腕を掴み引き止める。
「どうした?」
「この時間ってサッカー部が使ってるよね」
「そうだな」
今日みたいに少しだけ遅れて学校を出ると、よくサッカー部がグラウンドで掛け声を上げながら走り込みをしている姿をよく見る。
もっと遅い時間になればもっとサッカー部らしい練習が見れるのだろうが、夕方六時まで校舎に残ったことはない。
「咲希ちゃん、サッカー部のマネージャーなんだよね」
「そういえば」
前田さんとは最近良く話す。
兄の影響でサッカーが好きになったと言ってたっけ。
「気になるな、行こうか」
「うん」
人の壁をどうにか割って入り込み、グランドの現状を見ることが出来た。
周りは騒がしいが、中心になっている場所は静まり返っている。
女子生徒一人が痛みを堪えるように蹲っている。
その生徒は体操服に身を包み運動部だということが予想されたが、幸い前田さんではなく体操服のハーフパンツの色から上級生であることがわかった。
「知ってる人?」
隣で心配そうにしている円香に尋ねる。
「うん。咲希ちゃんの先輩。私も何度か話した事ある」
「じゃあサッカー部の」
「……ちょっと行ってくるね」
「あぁ、俺も行く」
俺達が中心に向かってあるき出すと、ちょうど校舎、保健室がある場所から体操服に着替えた前田さんが走ってくるのが見えた。
「円香」
「へ? 何?」
「前田さんが来たから、彼女が落ち着いた頃に事情を聞こう」
「……うん」
前田さんから少し遅れて保険医が同じ場所からこちらへ向かってくる。
別の男子教師も同伴しており、彼はどこかに連絡を入れているようだ。
保険医の動向に注目する。
学生に質問しながら怪我を確認。
蹲っていて隠れているが、腕が黒ずんで腫れており、どうやら骨折していたらしい。
言い方は悪いが骨折でこんな人だかりが出来るのは不思議だと思ってしまった。
男子教諭と保険医が生徒に寄り添いながら保健室へと連れて行くと、人だかりは霧散していつもグランド、いやサッカー部までが静かになって、グラウンドは静まり返っていた。
一人、前田さんが地面にしゃがみ込み、ひらひらした布を片付けている。
円香と共に傍に寄り、一つ手に取る。
それはサッカー部の練習着で前田さんの正面には籠ごと落ちている。
「あ、……藍浦くん。と、円香ちゃん」
「「手伝うよ」」
「本当に二人、仲良しだね。ありがとう」
三人もいれば早く片付けることが出来てた。これからこの練習着を洗濯するようで、洗濯機のある方に移動しながらさっそく本題に入ることにした。
ってか、洗濯機多いな。
部室棟なんか初めて来たが、五台もあるわ。
「何があったんだ?」
「えっとね」
俺が尋ねると前田さんは一連の流れを思い出すように空を見上げる。
「練習まえに先輩たちが少しボールで遊んでたんだけど、強く蹴ったボールが運悪く洗濯物を運んでいた神岸先輩に当たちゃって」
「事故だったんだ」
「うん。倒れる時に荷物を持っていたからか受け身が取れなくて、そのまま腕から倒れて」
「そっか。骨折ぐらいで済んでよかった」
「でも、今サッカー部のマネージャーって二人だけなんだよ」
骨折だけで命などに別状はなさそうでも、前田さんの顔に憂いが残っていたのはそういうことだったのか。
「咲希ちゃん、マネージャーって大変なの?」
「想像以上には大変だと思うよ。私が入部してきた頃はマネージャー六人ぐらいいたんだけど」
半端な気持ちで入部するとリタイアするらしい。
「まぁ、マネージャーでなくとも入部した男子の半分もいなくなちゃったんだけど」
「そんな厳しいのかサッカー部」
「藍浦くんも入部してみる?」
「丁重にお断りします」
普段省エネで生きてるんだ。
部活になんか入ってたまるか。
青春といえば部活、恋愛の二大巨頭だろう。
どちらを手放しても構わないから、自分のペースで過ごしたい。
「でもどうしようかな……。慣れてる先輩がいるから保ってるものなのに、怪我で抜けられたらうち一人でやれるのかな」
「じゃあ、先輩が戻ってくるまで手伝うよ」
「いいの円香ちゃん?」
「友達のためだもん。それくらいお安い御用だよっ」
盛り上がらない力こぶを作って見せる円香。
二の腕がぷにぷにしてそうだ。
「俺は家のことしなきゃいけないから手伝えないけど、何かあったら言ってくれ」
「二人ともありがとう」
こうして暫くの間、円香はサッカー部に在籍することになった。




