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人狼への転生、魔王の副官  作者: 漂月
本編

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93/415

開かれた航路

93話



「よし、こんなもんでいいか」

 俺は犬人隊に作ってもらった祠を眺めて、うんうんとうなずいた。

 タコ供養のための祠だ。



 今回の島蛸討伐作戦では、人馬兵二名と人魚一名を失っている。予想よりずっと少ない被害だが、ゼロではない。

 彼らにとっては、生きては帰れない任務になったのだ。

 それにベルーザの船乗りたちも、過去に大勢やられている。

 そこで戦勝記念碑と慰霊碑を兼ねて石碑を建てることになったのだが、ついでなので小さな祠も作らせた。



 俺は日本人だから、「死ねばみんな仏様」という感覚だ。

 同時に、「さわらぬ神には祟りなし」的な、いいじゃんいいじゃんとりあえず祀っとけという感覚もある。

 そこで島蛸のヤツも祠に祀っておくことにした。祠といっても、小脇に抱えられるぐらいの小さな木箱だ。

 どうせ誰にもわかりゃしないだろうから、デザインは神社っぽい雰囲気で発注しておいた。もっとも、細かい部分はうろ覚えだ。

 御神体として、ヤツを葬るときに使ったクロスボウの物騒な矢尻を安置する。



「ヴァイト様、これはなんですか?」

 祠を作ってくれた犬人たちが不思議そうにしているので、俺は適当に答えておいた。

「島蛸が再び現れないように、儀式をしているんだ。俺は専門家じゃないから、あくまでも気休めだがな」

 よし、島蛸神社と命名しよう。

 俺は絵筆に黒い塗料を含ませ、カマボコ板みたいな額縁に漢字で書く。

 成仏しろよ、タコ野郎。

 来世は人狼とかおすすめだぞ。



 そして俺は再び軍船「フリーデンリヒター」に乗り込む。

 今のこの船は、ベルーザ海軍の指揮下にある。今回の俺は提督ではなく、ただの客として乗っている。気楽なもんだ。

「提督ぅ! そろそろ出航しますぜ! 提督の手下は、これで全員ですかい!?」

 今回は提督じゃないんだけどな。まあいいか。

 俺はベルーザ海兵に叫び返した。

「これで全員だ! 人狼隊と側近以外は置いていく!」

「わかりやした、提督!」

 だからもう提督じゃないって。



 ロッツォにはあくまでも交渉に行くので、俺は最低限の護衛と側近しか連れていかない。

 具体的には人狼隊の八人と、ラシィ、あとついでにパーカーだ。

「今、僕の顔を見て失礼なことを考えてなかったかい?」

 パーカーがなんか言ってるが無視だ。

「ところでヴァイト、漕ぎ手は本当にベルーザ軍に任せていいのかな? 足りなければ僕が用意するけど」

 するとガーシュが笑った。

「心配すんな、ベルーザには兵力がたっぷりあるからな!」



 それを聞いたラシィが首を傾げる。

「でも元老院の資料では、ベルーザは人口二千人。衛兵隊の割り当ては百人ですよ……どうみてもそれ以上いますけど」

 そう。ベルーザは入り江全体が街になっていて、建物がずらりと並んでいる。

 街の中には強面の衛兵たちが曲刀を差して腕組みしており、何かあれば腕っ節にものを言わせて叩き伏せるのだ。

 パーカーがつぶやく。

「どうみてもベルーザの人口は一万人以上いるし、衛兵も数百人いるねえ」



 嬉しそうな顔をしたのはガーシュだ。

「おう、人口は確かに二千人しかいねえがな。ベルーザは港町だ。『停泊中』の船がたくさんいるのさ。だから人も多いって寸法よ」

「ボートハウスだろ、それ」

 俺が言うと、ガーシュはますます嬉しそうに笑う。

「いやいや、風と波さえ都合がつけば、すぐにでも出港するらしいんだがな! こればっかりはどうにもならねえだろ?」

 船長の笑い声に、手下たちもゲラゲラ笑っている。



 ベルーザは南部の諸都市の中でも、北部とは特に折り合いが悪い。

 そのため市街地を狭く区切られ、市街地の拡張を防ぐように城壁を設定されてしまった。

 しかし海の上に何かを浮かべることはできる。

 そこで停泊中や建造中の船、あるいは桟橋という名目で、海上にじゃんじゃん家を建てた。

 そういうことらしいのだ。



「おかげで南部のあっちこっちからも、人が集まってきやがる。みんな出港待ちのお客さんさ」

 リューンハイトにしろシャルディールにしろ、城壁の制約で同じような目に遭っていて人口を増やせない。

 北部は自分たちに近い都市が力を持ちすぎることを警戒しているのだ。

 そこで各都市の余剰人口は南端のベルーザやロッツォに移住する。ここなら元老院の目も届かない。

「あっしの爺さんの故郷は、シャルディールでさあ」

「俺の親父はリューンハイトの出身っすよ。従兄がリューンハイトの商工会にいますぜ」

「あ、俺はトゥバーンです。十年前に家族と一緒に越してきました」

 ベルーザの海兵たちが挨拶してくれた。

 みんなこんな具合だ。



 ガーシュはこう言う。

「流れ者を適当に受け入れてたら、すっかりガラの悪い街になっちまった。今じゃ城壁なんか無視して、そこらじゅうに家が建ってるしな。だがおかげで、ベルーザには六千の常備軍がいる」

「六千!?」

 ラシィが驚いて周囲を見回す。

「……ってことになってるのさ。俺が声をかけりゃ、もっと集まるだろうがな」

 ベルーザは南部の常備軍を負担することで、北部とのつながりを保っているらしい。

 実際には常備軍は書類上にしか存在せず、「常備兵」たちは魚を捕ったり船を造ったりして生活している。



 俺は半分呆れて、こう答えるしかなかった。

「悪党だな」

「海賊だからな」

 楽しそうに笑ったガーシュは、手下たちに命令する。

「野郎ども、出航の時間だ! ロッツォをめざせ!」

「へい親分!」

 出航を告げる銅鑼が景気よく鳴らされ、五隻の軍船がゆっくりと海上を滑り始めた。



 船が入り江を出ると、どこかで見ていたかのように人魚たちが姿を現す。

 島蛸を退治して以来、人魚たちは魔王軍と積極的に交流を持つようになっていた。

「あら、ヴァイトさん、パーカーさん」

「おでかけですか?」

「私たちでよろしければ、お供しましょうか?」

 彼女たちが申し出てくれるので、俺はありがたくそれを受けることにする。

「我々は航路の確認ついでに、ロッツォまで行く。何人かついてきてくれると嬉しい」

「それぐらいでしたら、喜んで」

 海中偵察要員がいれば航路のチェックも心強い。



 ベルーザからロッツォまではガレー船だと二日ほどかかる。帆船に比べると、漕ぎ手を休ませないといけないガレー船は足が遅い。

 風や潮に逆らって進めるのはガレー船の利点だが、帆船もジグザグに進めば風上に進めるのだ。

「やっぱり僕が、骸骨を呼んだほうが良かったんじゃないかい? 彼らなら昼夜問わず漕げるよ」

 パーカーがそんなことを言うが、俺は首を横に振る。



「ガーシュのおっさんが交渉してくれるって言ってるんだ。魔王軍は怖がられるから、俺たちはあくまでもベルーザ太守の一行という形にしておきたい」

「人間というのも、なかなか大変だね」

「あんただって元は人間じゃないか」

 するとパーカーは苦笑混じりに肩をすくめてみせた。

「食事も睡眠も不要、痛みも感じなければ恋のときめきも忘れてしまった僕だよ。人間らしい心も、次第に色あせていくのさ」

「ああ、そうか……」



 そういやこいつ、割と深刻な境遇だったな。

 だがすぐにパーカーは笑う。

「おかげで君が寝ている間も、君をおちょくる計画を練ることができるけどね!」

「それをやめろって言ってるんだよ! その虚ろな眼窩にオレンジを詰め込んでやろうか!」

「あっ、それ凄くいいね! そのネタ今度使っていい?」

 もう好きにしろ。



 そんなやりとりをしているうちに航海は順調に進み、ベルーザの艦隊はロッツォの港を捕捉する。

 ガーシュは腕組みして、ニヤリと笑った。

「陸戦隊、上陸用意!」

 船室からぞろぞろ出てきたのは、凶悪な面構えの連中だ。

 モヒカンやスキンヘッドの筋肉男たちが、トゲトゲだらけのメイスや斧を担いでいる。

「へい、親分!」

「ヒャッハァー! 出番ですかい!?」

「腕が鳴るぜぇ!」

 お前ら、どこの世紀末から来た。



「おいガーシュ、こんな連中どうするつもりだ?」

 俺が訊ねると、ガーシュは肩をすくめてみせる。

「ロッツォの太守、ペトーレのクソジジイを説得するなら、最低でもこれぐらいの説得力は必要なのさ」

「ベルーザじゃこういうのを説得力っていうのか」

 暴力の間違いだろ。

「ま、ここは俺たちに任せといてくれ。あんたらには恩がある。少しでも義理は果たさねえとな。いくぜ野郎ども!」

「ヒャハアァー!」

「オラアアァ!」

 本当に任せて大丈夫なのか?

 俺はそんなことを思いながらも、とりあえずは様子を見守ることにした。

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