戦いに備えよ
38話
こうしてリューンハイトは都市国家同盟ミラルディアから離脱し、魔王軍と同盟を結んだ。
事実上、リューンハイトが魔王軍の「首都」だ。
だからリューンハイトの都市機能や防衛力を、もっと高めなくてはいけない。
気分は城作りシミュレーションだな。
ただし命がけだ。
「それで、まず手始めに何をしますか?」
リューンハイト独立祝いの熱気が覚めやらない翌日、俺とアイリアはさっそく今後の相談をしていた。
なにせリューンハイトはミラルディアの裏切り者だ。ぐずぐずしていたら攻め込まれる。
俺は以前から考えていた計画を実行に移すことにした。
「邪魔な住民を追い出そう」
「え?」
アイリアが目を丸くした。
ここでいう住民とは、もちろん全住民ではない。
「リューンハイト独立に反対の住民もいるだろうし、魔王軍に反感を持ってる住民もいるだろう?」
「人数はそれほど多くないと思いますが、確実にいるでしょうね」
全員が全員、同じ意見を持つはずがないのだ。
そこで俺は全市民に、リューンハイトから退去する自由を与えた。嫌になったらいつでも出ていっていいよ、ということだ。
これにすぐさま応じたのが百人余り。リューンハイトの人間の人口は三千人ほどだから、三%強ってとこだな。
他にも迷っている者が多数いるだろうが、ひとまずはこれだけだ。
荷物をまとめてリューンハイトの城門から出ていく人々を、アイリアは寂しそうに見送っている。
「無事に移住先が見つかるといいのですが……」
「いつでも戻ってこれるように手配しておいたし、ダメならまたリューンハイトで暮らせばいいさ」
ユヒト司祭の件で、俺はこの世界の人間に対する認識を改めた。
この世界の人間は、一度魔族に関わった同胞をあまり信用しない。
もちろん全部が全部そうではないが、出て行った百人余りの何割かは定住できずに戻ってくることになるだろう。
そのときに彼らがリューンハイトで生活できるよう、彼らの家や畑は魔王軍が管理することにした。希望者の家は買い取り、帰ってきたら同額で払い戻す。
無一文で戻ってくるヤツもいるだろうから、無利子の分割払いも可だ。
こうしておけば、彼らが戻ってきたときにすぐわかる。そのときはちょっと外の様子を聞かせてもらうとしよう。
ただ、できれば彼らには、どこかで定住してほしい。
彼らは魔王軍にあまり好意的ではないから、魔王軍の悪い噂を広めるだろう。暴力的だとか、傲慢だとか。
そうすれば、その都市の住民は魔王軍に対して不安を感じることになる。
いずれはミラルディアの全都市を制圧する予定なので、そのときには「怖そうな魔王軍」のイメージを最大限に活用するつもりだ。
まるでマフィアだな……。
「何か悪だくみをしている顔ですね、ヴァイト殿」
「否定はしないぞ、アイリア殿」
さてと。厄介払いと将来の布石もできたことだし、次の計画に取りかかろうか。
リューンハイトをもっと大きく、強くしないといけない。
「城壁を作り直すと、作業期間中は無防備になる。できれば古い城壁はそのままにして、外側に新しい城壁を作りたいんだが」
俺は技師たちの集団に、そう要望した。
聞いている技師たちは、人間と犬人の混成チームだ。
人間の方はユヒト司祭についてトゥバーンから移住してきた輝陽教徒で、ユヒト司祭の指示でリューンハイトの発展に協力してくれている。
トゥバーン技師団のリーダーを務める中年の男が、俺の言葉にうなずいた。名をアズールという。ユヒト司祭の娘婿だ。
「工期を考えると、それが良いと思います。リューンハイトの城壁は歴史的にも文化的にも価値が高く、壊すのは得策ではありませんから」
そういうものか。俺にはよくわからないが、文化的価値があるとなれば急に惜しくなってくる。
ただし、アズールはこう付け加えた。
「周辺の地盤などの調査が必要ですし、リューンハイトをぐるっと囲む形になりますので、かなりの大工事になります。さっそく計画を立ててみますが、工期も年単位でかかるでしょう。大丈夫でしょうか?」
「作りかけの城壁は、敵にとっては絶好の遮蔽物だしな……」
先に作ってから独立すべきだったかな……。
俺は悩んだが、どのみち作らない訳にはいかないのだ。
「今作らないと、いずれ後悔する日が来る。東側から作り始めてくれ」
「承知しました」
しばらくは諜報や外交に力を入れて、軍勢同士の決戦は避けることにしよう。
こうして俺は着々とリューンハイトの魔改造に取り組んでいたが、やるべきことは他にもあった。
魔王様の居城、グルンシュタット城。
いつも通り師匠に送ってもらい、報告のために城を訪れると、いつも通りバルツェ副官が向こうからやってくる。
「ヴァイト殿、陛下のお姿が見あたりません」
「またですか……」
魔王フリーデンリヒターは、多忙な指導者だ。
我々は軍事面だけでなく、内政面でも魔王様に頼りっきりだ。魔王様は転生者として確かな知識がある上に、魔王様の発言には皆が従う。
魔王軍の各部署から多数の要望や申請が届いていて、処理が追いつかなくなることもあった。
戦場では剛勇で鳴らしたバルツェ副官が、書類の束を抱えてうろうろしている。
「困りました。すぐに見ていただかないといけない報告書があるのですが、陛下の所在がわからないのです」
「あー、それでしたら……」
俺は少し考える。
確か昨日、一緒に緑茶飲みながらなんか言ってたな。
『余は久しく実戦を経験しておらぬゆえ、いささか身のこなしが鈍くなった気がしてならぬな』
『陛下の動きについていける者なんかおりませんって』
『いやいや、武人としての鍛錬を怠っては、将兵に示しがつかぬ』
うん、たぶんあれだ。
「練兵場におられると思いますよ」
「おお、助かりました!」
案の定、魔王様は城内の練兵場で竜人族の新兵相手に大暴れしているところだった。
「構わぬから、全員でかかって参るがよい」
「は、ははっ!」
槍術練習用の棒を持った新兵たちが、三十人ほどで魔王様を取り囲み、一斉に突きかかる。
しかし魔王様は巨体をひるがえし、その包囲を軽々と飛び越えてしまった。
軽やかに着地したときには、すでに新兵が三人よろめいている。ジャンプした魔王様から、肩当てや兜に棒の一撃をもらったのだ。いつやったんだ?
後はもう一方的な展開だった。
「いかんな」
無様に倒れた新兵たちを見下ろしながら、魔王様が溜息をついている。
いや、魔王様相手にこれだけ健闘したんだから誉めてあげてください。人間の兵士なら悲鳴をあげて逃げてるところですよ。
「思ったほど高く飛べなかった……なまっておるな」
そっちですか。
「陛下、緊急の書類が」
バルツェ副官が差し出した書類を、魔王様は素早く一読した。
「ふむ……よし、午後より臨時の軍議を開く。担当武官を召集せよ」
「ははっ!」
バルツェ副官が敬礼して走り去っていく。
その後、魔王様は新兵たち一人一人に、さっきの手合わせでの改善点を指導する。
俺は槍術はまるっきりの素人だからわからないが、なかなか熱心な指導だ。
「皆、良い働きぶりであった。実戦でもその動きができるよう、さらに励むがよい」
「ははっ!」
緊張でカチコチになっている新兵たちを激励してから、魔王様は俺を振り返る。
嫌な予感がするぞ。
「ヴァイトよ。おぬしとであれば、もう少し実戦に近い訓練ができようか?」
「遠慮しておきます」
冗談じゃない。人狼の俺より遙かに素早い上に、巨人族以上のパワーなんだぞ。こんなもん、どうやって戦えというのだ。
「私は徒手格闘が専門ゆえ、剣の名手であるバルツェ殿のほうが適任でしょう。人間は武装しておりますので」
「うむ、なるほどな」
すまない、バルツェ副官。
それにしても、臨時の軍議って何があったんだろうな?




