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人狼への転生、魔王の副官  作者: 漂月
本編

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163/415

狼の皮(後編)

163話



 ロルムンドの魔術師が俺の手に触れ、呪文を唱えている。

 使われているのは、おそらく探知魔法の類だ。かなり念入りに、俺のことを調べている。

 魔力の波長は、種族によってだいたい決まっている。

 人狼と人間の魔力の波長は違うので、それを読み取っているのだろう。



 しかし俺の背後には、頼もしいスペシャリストが二人いる。

 欺くことに長けた魔術師と、見破ることに長けた魔術師。

 幻術師ラシィと探知術師カイトだ。



 ラシィは今、自分の魔力の波長をコピーして俺に貼り付けている。

 過去の運用試験中では、カイトがあらゆる手段を使ってそれを見破ろうとした。

 おかげで完成度は非常に高い。



 俺が「魔力の渦」で、相手がエコーのように打ち出してきた微弱な魔力を吸い取ってしまってもいい。

 その場合、結果を「正体不明」にはできる。

 でも今欲しいのは、「ヴァイトは魔族ではない」という公的な証明だ。



 エレオラは俺と敵対していた頃、ミラルディアの政情について詳細なレポートを本国に送っている。

 南部連邦に九人の評議員がいることは知っていて、名前や外見も全て伝わっている。

 俺が他の評議員になりすましてもいいのだが……年齢と性別が一致するのがアラムだけで、ヤツとは身体的特徴が違い過ぎる。ずっと幻術でごまかすのも厳しいだろう。

 そんな訳で、俺は堂々と「黒狼卿ヴァイト」を名乗っている。



 宮廷魔術師は複数の魔法を使い、念入りに俺を調べている。何もしていなければ、とっくに正体がバレているところだ。

 しばらくして宮廷魔術師は助手を呼び、さらに助手の魔術師が同様の魔法をかけてくる。

 セカンドオピニオンという訳だろうが、無駄だ。



 やがて魔術師たちは納得したのか、アシュレイ皇子に無言のまま恭しく一礼した。

 皇子はうなずき返す。

「ご苦労。下がりたまえ」

 魔術師たちが退出した後、アシュレイ皇子は俺に笑顔を向けてくる。

「詮索されて気分を害されたことと思いますが、これも皇子の務めゆえお許し願えますか?」



 俺も笑顔で返し、頭を下げた。

「宮廷内に魔族がいては一大事です。よろしければ、私の他の側近たちもお調べください」

 パーカーにも同じ偽装が施してあるし、カイトとラシィは人間だ。

 だがアシュレイ皇子は苦笑した。

「そんなに疑ってばかりでは、帝室の品格を逆に疑われてしまいます。これはあくまでも皇帝陛下を補佐する者としての責務ですので、どうか御安心ください」

 こうして俺は無事に、帝室から「人間の黒狼卿」というお墨付きを得た。

 今後はもう、あれこれ詮索されることもないだろう。



 アシュレイ皇子には俺からもミラルディアの政情について嘘の報告をしたが、ついでに俺の境遇も適当にでっち上げておく。

「私の故郷は魔王軍の勢力圏に近く、私は魔王軍と交渉を繰り返しているうちに彼らの外交官のような立場になっていました」

 これは別に嘘ではない。

 人狼たちは最初、魔王軍とは中立の関係だった。

 それを俺が苦労してみんなを説得し、人狼隊を創設したのだ。

 いやあ、あれほんとに大変だったな……。



 アシュレイ皇子がうなずく。

「なるほど、武力ではなく交渉で死地を切り開いてきたのですか」

「はい。そして魔王軍の一員として人間と交渉するときは、やはり多少の凄みも必要なのですよ、殿下」

 俺は意味ありげに微笑んでみせる。

 悪役っぽい笑顔を日々練習している俺だ。



 アシュレイ皇子はどうやら俺に興味を持ったようだ。

「西ロルムンドには、『狼の皮をかぶった兎』の伝承があります。その伝承では、兎が狼のふりをして狐から身を守るのですよ」

「私も中身はただの兎でございます、殿下」

 俺は笑ってみせるが、アシュレイ皇子は俺をじっと見つめながら首を横に振る。

「おそらくあなたは、『狼の皮をかぶった氷虎』というところでしょう」

 聞いたことのない生物名が出てきたが、たぶん猛獣か魔物だろう。



 その後、貴族たちを集めて公式な報告を行い、エレオラ皇女は無事に任務を完了したことになった。

 属国を作って戻ってきた皇女様の歓迎としては、少々そっけない気がする。

 経費節約のために宮中行事は慎むのがこの数十年の伝統だというが、本音はエレオラ皇女にあまり華を持たせたくないのだろう。

 しかし残念だ。

 何か旨いもののひとつも食わせてもらえると思ったのにな。



「用事は済んだ。長居は無用だ。帰ろう、黒狼卿」

「待て待て」

 エレオラ皇女は本拠地に引きこもりたいらしい。

 こういうときに人脈を作っておかないとダメなんだろうが、エレオラ皇女は目の前の仕事をこなすことしか頭にないように見える。



 ただ、エレオラの気持ちも理解できた。

 この宮殿の空気は、第六位の皇女に冷たい。

 俺にボルシュ副官が、そっと告げる。

「帝都にいる貴族の大半は、領地を持たない『宮爵』です。下級貴族の彼らは帝室からの恩給だけが頼りですから、多くはアシュレイ殿下の味方と考えてよろしいかと」



「例外もあるのか?」

 俺の問いに、今度はエレオラが皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「王弟派の子飼いになっている宮爵もいる。ドニエスク家は広大な領地を持ち、北ロルムンドの領主たちも味方につけているからな。おこぼれに預かろうという連中だ」



 領地を持つ中級以上の貴族たちは『領爵』と呼ばれる。

 彼らは農奴を使って領地から利益を生み出しているから、帝室からのささやかな恩給などあてにしていない。

 エレオラがどのような方法で帝位を奪うにせよ、領爵たちの支持を得なければ反乱が相次いで帝国が崩壊しかねない。

 まあそれもアリといえばアリだが、ちょっと気の毒だ。



 どうしたものかと考えながら中庭に出ると、先ほどの式典帰りらしい貴族の一団がこちらを見ていた。

 ボルシュがささやく。

「王弟派の宮爵たちです。ご用心を」

「わかった」

 領地を持ってない連中に用はないが、味方に引き込めればそれに越したことはないな。



 しかし彼らは俺たちに聞こえるような声で、こんなことを言い出す。

「エレオラ殿下はさすがですな。野蛮人どもを味方につけてくるとは」

「殿下は母君譲りの美貌をお持ちだ。造作もないことでしょう」

「聞けば御自慢の魔撃大隊の半数近くを失ったとか」

「その補充が、あの蛮族ですか。いやはや、苦労なさった様子ですな」

 なるほど、そういう態度か。



 彼らはああしてエレオラに冷たくすることで、自分たちのボスであるドニエスク家への忠義を示しているつもりなのだ。

 彼らの地位や実力がどうあれ、こういう人間性では手を組む気にもならない。

 しかしこんな連中でも、使い道がない訳でもない。



 せっかくなので、一番有効な方法で役立てさせてもらおう。

 俺は微笑みながら、彼らに大股で歩み寄る。

 貴族たちが一瞬、驚いた表情を浮かべた。



 彼らの動揺が次の反応に移らないうちに、俺は訛りのないロルムンド貴族の発音で、こう告げる。

「今の発言、私はエレオラ殿下への侮辱と受け取った。殿下に謝罪をした上で、発言を撤回していただきたい」

 貴族たちがどよめく。



 貴族の一人が苦笑しながら、俺にこう言った。

「これは驚きましたな……ミラルディアの田舎貴族が、伝統あるロルムンドの宮士爵にこの物言いとは」

 なんだとこの野郎。

 宮士爵は領地を持たない宮爵の中でもさらに下位、貴族階級の最下層だ。



 こういうタイプはこちらがへりくだれば、調子に乗ってますます居丈高になる。前世で嫌というほど経験した。思い出すだけでムカムカする。

 だから人間扱いしてやる必要はない。

 ここは人間のやり方ではなく、魔族のやり方でやらせてもらう。



 俺はこの男を嘲笑してやる。

「ミラルディアの全土に実権を持つ私に対して、ロルムンドの貴族が敬意のひとつも払えぬほうが驚きだ。国の政というものがまるでわかっておらぬようだな」

 小さな国だが、それでも俺はミラルディア連邦評議員の一人だ。



 俺が侮られると、アイリアやフィルニールたちまで侮られているのと同じだ。

 エレオラに対する非礼に加えて、ミラルディアへの侮辱まで加わった。

 もう殴ってもいいかなという気がしてくるが、もう少し待つ。



 俺の態度と口調に、その下級貴族はうろたえている様子だ。予想外の事態が続き、とっさの対応ができていない。

 彼らは俺のことをよく知らず、属国から来た人間としか思っていない。

 ロルムンドが強大な国家であることは事実なので、それだけで俺を見下しているのだ。

 だがそうではないことを、きっちり教えておく必要がある。



 俺はそこで微笑み、彼に余裕を与えてやる。

「もっとも貴殿がそう思うのも、ある程度は理解できる」

 相手が一瞬不思議そうな顔をした瞬間に、俺は追撃を加える。



「私が戦場で返り血を浴び、エレオラ殿下が親衛隊と共に死闘を繰り広げていたときに、何も為さずに禄だけもらっていたような者だ。まともに取り合うのも、少々大人げないな」

「なっ!?」

「だからこそ、発言の撤回と謝罪だけで許してやると言っているのだよ。私が笑っているうちに悔い改めたほうが身のためだぞ」



 貴族たちが殺気立ち、傍らにいた一番体格のいい青年貴族が腰のレイピアに手をかけた。

 人狼の動体視力は、変身していなくてもそれなりに働く。

 俺は掌にかけておいた強化魔法を発動させ、青年の右手を押さえた。

「決闘でもないのに剣を抜けば、私は貴殿を不名誉な狼藉者として処理せねばならない。それは気の毒だろう?」

「ぐっ!?」



 俺より背の高い屈強な青年貴族は殺気立ったが、みるみるうちに顔色を変えた。

 なんせ右手が一ミリも動かせないのだから、相当痛いし怖いだろう。

「きっ、貴様っ……!? うっ、うおぉっ!?」

 怒りが動揺に変わり、そして次第に恐怖へと変化していくのがわかる。

 今の俺の握力なら、彼の指を中身のない手袋みたいな形にしてやることもできる。



 青年がそれを理解したところで、俺は彼を解放してやった。

 よほど怖かったらしく、青年の顔は真っ青になっている。

 俺は笑うのをやめ、もう一度だけチャンスを与えてやる。三回目の警告だ。

「これが最後だ。発言を撤回し、エレオラ殿下に非礼を謝罪せよ」

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