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人狼への転生、魔王の副官  作者: 漂月
本編

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158/415

ロルムンド領へ

158話



 リューンハイトを出立した俺たちは、ミラルディア北東部の端にある採掘都市クラウヘンに到着した。

「遅いですよ」

 また城門前で交易商のマオが待っていた。

 彼はぶつくさ言いながら、こう報告してくる。

「魔撃大隊の兵士を確保しました。説得したら簡単でしたよ。皇女殿下に会うまでは態度を保留すると言ってますが」



 俺は苦笑した。

「その様子じゃ、簡単でもなかったんだろう。自害しようとしたヤツもいたんじゃないか?」

「死にたがりは死なせておけばいいと思うんですがね。もちろん全員無事ですよ」

 肩をすくめてみせるマオだが、言うほど簡単ではなかっただろうというのは想像がつく。

 期待通り、ロルムンド人を説得する交渉力はありそうだな。



「すまないな。それと頼んでおいたものは調達できたか?」

「ええまあ。予備も含めてそれなりの量を梱包しておきました。ロルムンドの気候に合うかわかりませんので、管理は私がやります」

 人に任せればいいと思うのだが、何でも自分でやらないと気が済まない性格らしい。

「ありがとう、お前がやってくれるのなら間違いはないだろう。しかし……」

「なんです?」

「苦労性だな」

「あなたに言われるのは心外ですね」

 どういう意味だよ。



 城門をくぐると、クラウヘン太守のベルッケンが出迎えてくれる。

「ヴァイト卿、よくお越しくださいました」

 彼は最後までロルムンドに義理立てしていたが、他の北部太守たちの説得に応じて連邦に降伏した。

 彼の場合は事情が事情だったので、俺は評議会で彼を処罰しないよう求めている。もちろん異論はなかった。



 そんな訳で、彼の俺に対する物腰は柔らかい。

 だから俺も笑顔で応じる。

「今日は窓からではなく、きちんと正門から参った。ついては裏口の抜け穴から出ていくので、よろしくお願いしたい」

 堅物で知られるベルッケンは、俺の下手なジョークに困ったような笑顔を浮かべる。



「えー……そうですな。坑道の保守と警備は万全です」

 ロルムンド人と話が合いそうな真面目っぷりだ。

 どうも南部気質に染まってしまったせいか、俺は上手くもないのに冗談が増えてしまった。

 ベルッケンが離れた隙に、後ろでゴショゴショと人狼たちがささやいている。



「今の隊長の冗談、どうだった?」

「そうだねえ……十点中の七点ぐらいかな?」

「俺は六点だと思う」

 失礼な連中だ。

 これでも前世よりはだいぶ社交的になってるんだぞ。



 俺たちは坑道を通り、ロルムンド領へと向かう。

 坑道自体はロルムンド側から何年もかけて掘っていたらしく、かなり長い。

 その長い坑道を抜けた先も山の中だった。

 まだ夏だというのに寒い。緯度や標高の違いも多少あるだろうが、山脈の存在自体も気団に影響してるのかもしれない。

 そして目の前には、長く連なる山々。

 山ばっかりだ。



 エレオラが遠くの山頂を指さした。

「あそこがロルムンドの最前線基地となっているノヴィエスク城だ。私の城でもある」

 望遠鏡で覗くと、山頂に堅牢そうな城が見える。

 前世の遊園地のお城のモデルになったという、ノイ……なんとか城にちょっと似ている。

 というか俺はあまり城を知らないので、他の適当な比較対象が見つからない。

 こちらはもっと実用一辺倒で無骨な造りだ。



「あんな山城が皇女の城とは驚きだな」

「成人したときに研究用に静かな城が欲しいと所望したら、陛下からあの城の城主を命じられたのだ」

 どう考えても左遷だろ、これは。



 しかしエレオラは苦笑する。

「当時は南征の話など出ていなかったし、宮廷内の陰謀から遠ざかれると素直に喜んでいたのだがな。思えばあのとき、もっと警戒しておくべきだった。良い教訓だよ」

 なるほど、こうしてだんだん性格が歪んでいった訳か。



 ノヴィエスク城は山城なので居住性はあまり高くないが、百五十人ほどの兵士が長期的に駐留できるという。

「今はあの城で三十名ほどが留守を守っている。第二〇九魔撃大隊はそれで全部だ」

 下っぱ皇女の親衛隊としては十分な数だが、軍事行動を起こすには少なすぎるな。

「他に動員できる兵力はこの辺りにいないのか?」



「私の父方の伯父にあたるカストニエフ卿は、この近くの領主だ。国境守備のため兵は三千ほどいる」

「常備兵か?」

「そうだな。半農の郷士たちだが、それだけに土地を守るときは命がけだ。農作業は農奴や小作人にさせているから、日々の訓練も怠ってはいない」

 ミラルディアの市民兵とは違って、郷士は一応れっきとしたプロの戦士だという。地侍みたいなものだ。



 領主クラスで三千か。国を挙げてやっと一万かそこらのミラルディアとは規模が違うな。

「味方なんだろうな?」

 俺が疑わしげに訊ねると、エレオラは肩をすくめてみせた。

「さあな」

 厄介な土地だ。



 もっともロルムンドにしても、これだけの兵力をミラルディア進攻に使える訳ではない。

 盗賊や反乱に備えなくてはならないし、そもそも山脈越えで戦争を仕掛けるのは大変だ。冬になれば退却も援軍もままならない。

 だからこそ今まで平和が保たれてきたのだが、そうもいかなくなってきた。



 半日ほど歩いてエレオラの城に到着した俺たちは、若干緊張する。

 ここで彼女が裏切るとも思えないが、やはり敵地にいる気分は拭えない。

 人狼隊は強いから大丈夫だとして、心配なのはカイト、ラシィ、マオの三人だな。

 俺はパーカーに声をかける。

「パーカー」

「なんだい?」

「何かあったときには、随行員の人間たちを守ってやってくれないか?」



 すると例の幻術でイケメンに偽装しているパーカーが、気安く応じた。

「ああ、もちろんさ。同じ人間として、責任をもって彼らを守るよ」

「同じ……人間?」

「君ときどき本気で忘れてるみたいだけど、僕は元々人間だからね!? 一度死んだだけで、別に他の種族に転生した訳じゃないから!」

 他の種族に転生したのは俺です。



「死んだ時点でもう生身の人間じゃないだろ。ゾンビの親戚だ」

「これだから強化術師は肉体至上主義だって言われるんだよ! 人間の本質は知性と精神にあるんだよ!?」

 精神なんて脳の化学物質ひとつでコロコロ変わるくせに。



 俺なんか人狼の脳に人間の人格が入ってるから、しょっちゅう不具合起こしてるんだぞ。

 特に人狼の本能に引っ張られるときの恐怖は、経験した者にしかわからない。

 自分が巻き起こした殺戮の痕を見るたびに、ひやりと冷たいものが背筋を走るのだ。



 でもそう考えると、脳すら残ってない状態で精神をつなぎ止めているパーカーは、不安定極まりない存在だな。

 もう少し優しくしてやるか。

 そう思ったのだが。

「おや、君はこの城の悪霊かい? 僕はパーカー、死霊術師さ! なるほど、君は軍規違反で処刑されたんだね。ああいいとも、すぐに無念を晴らしてあげ……」

「おい待て、勝手に悪霊に荷担するな」

 やっぱり今まで通り手荒に扱おう。

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