ロルムンド領へ
158話
リューンハイトを出立した俺たちは、ミラルディア北東部の端にある採掘都市クラウヘンに到着した。
「遅いですよ」
また城門前で交易商のマオが待っていた。
彼はぶつくさ言いながら、こう報告してくる。
「魔撃大隊の兵士を確保しました。説得したら簡単でしたよ。皇女殿下に会うまでは態度を保留すると言ってますが」
俺は苦笑した。
「その様子じゃ、簡単でもなかったんだろう。自害しようとしたヤツもいたんじゃないか?」
「死にたがりは死なせておけばいいと思うんですがね。もちろん全員無事ですよ」
肩をすくめてみせるマオだが、言うほど簡単ではなかっただろうというのは想像がつく。
期待通り、ロルムンド人を説得する交渉力はありそうだな。
「すまないな。それと頼んでおいたものは調達できたか?」
「ええまあ。予備も含めてそれなりの量を梱包しておきました。ロルムンドの気候に合うかわかりませんので、管理は私がやります」
人に任せればいいと思うのだが、何でも自分でやらないと気が済まない性格らしい。
「ありがとう、お前がやってくれるのなら間違いはないだろう。しかし……」
「なんです?」
「苦労性だな」
「あなたに言われるのは心外ですね」
どういう意味だよ。
城門をくぐると、クラウヘン太守のベルッケンが出迎えてくれる。
「ヴァイト卿、よくお越しくださいました」
彼は最後までロルムンドに義理立てしていたが、他の北部太守たちの説得に応じて連邦に降伏した。
彼の場合は事情が事情だったので、俺は評議会で彼を処罰しないよう求めている。もちろん異論はなかった。
そんな訳で、彼の俺に対する物腰は柔らかい。
だから俺も笑顔で応じる。
「今日は窓からではなく、きちんと正門から参った。ついては裏口の抜け穴から出ていくので、よろしくお願いしたい」
堅物で知られるベルッケンは、俺の下手なジョークに困ったような笑顔を浮かべる。
「えー……そうですな。坑道の保守と警備は万全です」
ロルムンド人と話が合いそうな真面目っぷりだ。
どうも南部気質に染まってしまったせいか、俺は上手くもないのに冗談が増えてしまった。
ベルッケンが離れた隙に、後ろでゴショゴショと人狼たちがささやいている。
「今の隊長の冗談、どうだった?」
「そうだねえ……十点中の七点ぐらいかな?」
「俺は六点だと思う」
失礼な連中だ。
これでも前世よりはだいぶ社交的になってるんだぞ。
俺たちは坑道を通り、ロルムンド領へと向かう。
坑道自体はロルムンド側から何年もかけて掘っていたらしく、かなり長い。
その長い坑道を抜けた先も山の中だった。
まだ夏だというのに寒い。緯度や標高の違いも多少あるだろうが、山脈の存在自体も気団に影響してるのかもしれない。
そして目の前には、長く連なる山々。
山ばっかりだ。
エレオラが遠くの山頂を指さした。
「あそこがロルムンドの最前線基地となっているノヴィエスク城だ。私の城でもある」
望遠鏡で覗くと、山頂に堅牢そうな城が見える。
前世の遊園地のお城のモデルになったという、ノイ……なんとか城にちょっと似ている。
というか俺はあまり城を知らないので、他の適当な比較対象が見つからない。
こちらはもっと実用一辺倒で無骨な造りだ。
「あんな山城が皇女の城とは驚きだな」
「成人したときに研究用に静かな城が欲しいと所望したら、陛下からあの城の城主を命じられたのだ」
どう考えても左遷だろ、これは。
しかしエレオラは苦笑する。
「当時は南征の話など出ていなかったし、宮廷内の陰謀から遠ざかれると素直に喜んでいたのだがな。思えばあのとき、もっと警戒しておくべきだった。良い教訓だよ」
なるほど、こうしてだんだん性格が歪んでいった訳か。
ノヴィエスク城は山城なので居住性はあまり高くないが、百五十人ほどの兵士が長期的に駐留できるという。
「今はあの城で三十名ほどが留守を守っている。第二〇九魔撃大隊はそれで全部だ」
下っぱ皇女の親衛隊としては十分な数だが、軍事行動を起こすには少なすぎるな。
「他に動員できる兵力はこの辺りにいないのか?」
「私の父方の伯父にあたるカストニエフ卿は、この近くの領主だ。国境守備のため兵は三千ほどいる」
「常備兵か?」
「そうだな。半農の郷士たちだが、それだけに土地を守るときは命がけだ。農作業は農奴や小作人にさせているから、日々の訓練も怠ってはいない」
ミラルディアの市民兵とは違って、郷士は一応れっきとしたプロの戦士だという。地侍みたいなものだ。
領主クラスで三千か。国を挙げてやっと一万かそこらのミラルディアとは規模が違うな。
「味方なんだろうな?」
俺が疑わしげに訊ねると、エレオラは肩をすくめてみせた。
「さあな」
厄介な土地だ。
もっともロルムンドにしても、これだけの兵力をミラルディア進攻に使える訳ではない。
盗賊や反乱に備えなくてはならないし、そもそも山脈越えで戦争を仕掛けるのは大変だ。冬になれば退却も援軍もままならない。
だからこそ今まで平和が保たれてきたのだが、そうもいかなくなってきた。
半日ほど歩いてエレオラの城に到着した俺たちは、若干緊張する。
ここで彼女が裏切るとも思えないが、やはり敵地にいる気分は拭えない。
人狼隊は強いから大丈夫だとして、心配なのはカイト、ラシィ、マオの三人だな。
俺はパーカーに声をかける。
「パーカー」
「なんだい?」
「何かあったときには、随行員の人間たちを守ってやってくれないか?」
すると例の幻術でイケメンに偽装しているパーカーが、気安く応じた。
「ああ、もちろんさ。同じ人間として、責任をもって彼らを守るよ」
「同じ……人間?」
「君ときどき本気で忘れてるみたいだけど、僕は元々人間だからね!? 一度死んだだけで、別に他の種族に転生した訳じゃないから!」
他の種族に転生したのは俺です。
「死んだ時点でもう生身の人間じゃないだろ。ゾンビの親戚だ」
「これだから強化術師は肉体至上主義だって言われるんだよ! 人間の本質は知性と精神にあるんだよ!?」
精神なんて脳の化学物質ひとつでコロコロ変わるくせに。
俺なんか人狼の脳に人間の人格が入ってるから、しょっちゅう不具合起こしてるんだぞ。
特に人狼の本能に引っ張られるときの恐怖は、経験した者にしかわからない。
自分が巻き起こした殺戮の痕を見るたびに、ひやりと冷たいものが背筋を走るのだ。
でもそう考えると、脳すら残ってない状態で精神をつなぎ止めているパーカーは、不安定極まりない存在だな。
もう少し優しくしてやるか。
そう思ったのだが。
「おや、君はこの城の悪霊かい? 僕はパーカー、死霊術師さ! なるほど、君は軍規違反で処刑されたんだね。ああいいとも、すぐに無念を晴らしてあげ……」
「おい待て、勝手に悪霊に荷担するな」
やっぱり今まで通り手荒に扱おう。




