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碧い恋  作者: 水瀬 瑞希
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先生革命①

「先生を革命します!」

「は?」


今日、開口一番に私は先生にそう告げた。目の前には先生のぽかんとした顔。うん、なかなかいい眺めかもしれない。そんな妙な優越感を感じつつ、私は仁王立ちしていた。



さて、なぜ私が突然こんなことを言い始めたのか、それは一昨日にまでさかのぼる。


年々気温が高くなって、身体の水蒸気がすべて蒸発して干からびてしまうのではないかと心配になってしまうような猛暑が毎日続いている。そんな中、私たちのクラスは音楽の授業があるため、みんなでぞろぞろと休み時間の間に移動していた。

私もそれにならい、一人のそりのそりと後ろの方を歩いている。昨日、徹夜で漫画を読んでいたせいで、とてつもなく眠い。


(くっそー、なんであの漫画は一区切りつけるようにしてくないだ。ずーーっと熱い展開が続くし、その上巻数は多いし。ふっふっふっふ、でも私はそれにも屈せず、一日ですべて読みきったぞ。ざまーみろ、ばーか、ばーか。)


睡眠不足のせいなのか、思考もろくに回らない。


ふわ~とあくびをしていると目の前にも何人かのクラスメイトが歩いており、その話声の一つが私の耳に届いた。


「ねぇ、うちらの担任って、なーんかとっつきずらいよね。」

「あー、わかるわかる。いつも眉間にしわ寄ってるし、しかめ面でこっちにらむし、少しは笑えっての。」

「あはは、言えてる。そういえばさ、隣のクラスの担任、小さくってすごく可愛いんだって。」

「知ってる。あの英語の先生でしょ?」

「そうそう、背が小さくって、いつも笑顔で、めっちゃやさしいらしいよ。プリント悪れても怒らないし。」

「えー、チョーいいじゃん。担任交換してよ。うちらのクラス、このままじゃあ、陰険クラスになるって。」


ギャハハハと下品な笑い声を上げながら、クラスメイト達が歩いている。


(何、こいつ等。先生のこと何も知らないくせに。先生にだって、可愛いとこも優しいとこもあるのに)


あー、イライラする。でも、何も言うことなどできなかった。ただ彼女たちが話しているのを黙って聞いていない振りをするぐらいしかなかった。


こんな自分が嫌だけど。それでも、どうしようもない。あの子たちに口をはさむ勇気なんてないのだから。


もやもやしながら歩いていると、階段の前を通った。ちらっとそっちを見たとき、私の足は一瞬にして凍りついてしまった。そこには、何やら教科書を抱えた先生が立っていたのだ。先生の顔は血の気がなく、青ざめている。


前をみると、悪口を言っていたクラスメイトはもういない。私が先生の方に視線を戻したとき、バチッと先生と目が合ってしまった。私は思わず顔をそらしてしまう。これが失敗だった。次に慌てて視線を戻した時には、もう先生の姿はなかった。


もうすぐ授業がはじまるというのに、私はしばらく先生がいたほうをただ茫然と眺めていた。


そのあと、すでに始まっていた授業の中に入っていき、案の定、音楽の先生に怒られてしまい、罰をもらってしまったが、そんなことどうでもよく、私の頭の中は先生のことでいっぱいだった。


午後の授業も身が入らず、私はずっと先生のことを考えていた。

(あの時、声をかければよかった。目をそらさなければよかった。ううん、追いかけて慰めてあげればよかったのかもしれない。ただ、そんなことないよ、ちがうよって言ってあげればよかったのに。)

今考えてもそんな役にも立たない後悔ばかりが頭に浮かぶ。


(あんな先生の顔初めて見た。やっぱりショックだったんだろうな………。そりゃそうだよね、面と向かってじゃないとしても、担任として否定されたようなものだもんね。)


はあーと私は何度となく溜息をついた。



放課後、私は授業に遅刻した罰として一人で音楽室を掃除していた。


「はぁー、先生、大丈夫かな。」


そんなことばかり考えながら、埃のついたピアノを拭く。

ふと、なんとなく、ポロンと鳴らしてみた。ド、レ、ミ、と弾いてみたら、ちょっと楽しくなってきて、いつの間にか、小学生のときに練習したことのある猫ふんじゃったとか昔の記憶をたよりに、夢中になって曲を弾いていた。

だから、人が入って来たことにすぐに気づけず、


「まだ、掃除してたの?」

「え!!」


バッと後ろを振り返ると、先生が私のすぐ後ろに立っていた。その表情は心なしか元気がないようにみえた。


「はい、えっと、ちょっとピアノ弾きたくなっちゃって。」

「ピアノ習ってたの?」

「いいえ、その、遊びで弾いたことしかないです。」

「そう、とても上手だったから。」

「………そんなこと、ないです。」


なんだかいつものように話せなかった。どうしてか、のどに何かがつっかえているみたいだった。


先生はさらに私のそばに来て、鍵盤にふれ、音を鳴らす。


「懐かしい。私、昔習ってたの。」

「へえー。」

「意外でしょ?」

「えっ、あっ、そんなこともないですよ?」

「ふふふ、語尾が疑問形になってるわ。いいの、私にはあんまり合わなくてすぐにやめたから。」

「そう、なんですか。」


何とも言えない空気が流れる。少しだけ気まずいというか、何か先生に言わなきゃとか思う気持があるからだろうか。私はうまく言葉をつなげられなかった。


「先生はなんで音楽室に?」


私がそういうと、少し苦笑いしながら、先生が私の頭をおいた。


「私の生徒が授業に遅れて、罰として一人で掃除させられてるって聞いたからかな。」

「あっ………、その、ごめんなさい。」


私がそう謝ると、何も言わずに、頭を少しだけなでた。


「先生?」


先生の顔を見上げると、悲しそうにほほ笑んでいる先生の顔が目の前にあった。私の胸がズキッと痛む。


「あなたはやさしい子ね。私のこと、心配してくれたんでしょ?」


優しく温かい瞳に見つめられ、私は何も言えなくなってしまった。


「私は大丈夫だから、あなたが落ち込むことではないし、悩むことなんてないのよ。」

「で、でも、私は……。」


ふいに唇に人差し指を当てられた。その感触にドキっとして、言おうとしていた言葉を飲み込んでしまう。


「私は先生なのよ。だから、大丈夫!!」


誰がみても、空元気だとわかるけど、それでも先生はとびきりの笑顔で私を励ますようにぽんと肩をたたいた。


「ほら、そんな顔してないで、ちゃっちゃと掃除を終わらせて、家に帰りなさい。先生も手伝うから。」


もうこれで終わりという風に先生は私から離れ、掃除道具を手に取った。


「はい、先生。」

「そう、良い返事ね。」


ふふふと笑う先生に私もつられて笑った。


それでも、心の中はもやもやして、それは家に帰って、眠りについても、気分は晴れなかった。




次の日は土曜で、半日授業だ。私はすっきりしないまま授業を受けていた。


「ここ、テストに出るから、よく覚えとけー。」


黒板に赤いチョークで、線を引きながら、社会科の教師がやる気のなさそうな声でいうと、クラスメイトたちが一斉にノートに書く音が聞こえる。私もみんなにならって黒板の文字を書き写す。


(えっと、フランス革命、自由、平等、友愛っと。………………んっ?)


黒板の赤い文字を見て、私ははっとした。


(これだっ!!!)


そうして、私は考えた。先生を革命してやる!!!






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