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【完結】修羅場となった地獄の舞踏会  作者: 入多麗夜


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4/10

④ 淡い光が差す午後に (エリザベート視点)

 舞踏会から一週間ほどが経ち、王都の噂好きたちは依然として “あの騒動”を話題にしているらしい。


 だが、エリザベートはその中心にいることを、以前ほど煩わしいとは感じていなかった。


 書斎の窓辺で本を開いていると、庭園から風が入り込んでくる。花の香りが混じった、柔らかな風だった。


 ページをめくる手が止まる。

 あの夜のことを思い出さないわけではない。けれど、思い出すたびに胸が締め付けられることは、もうなかった。


「お嬢様、騎士団から使者がお見えです」


 侍女マリアの声に、エリザベートは手を止めた。


「騎士団?」


「はい。アシュレイ・ローレンス様と伺っています」


 一瞬、エリザベートの胸が小さく跳ねた。

 あの夜、大広間の隅で静かに立っていた人物。視線が一度だけ交わったことを覚えている。


「応接室へお通しして」


「かしこまりました」


 エリザベートは本を閉じ、鏡の前で身だしなみを整えた。髪を軽く撫でつけ、ドレスの裾を整える。


 騎士団の人間がわざわざ訪ねてくる理由が分からない。だからこそ、きちんとした姿で迎えなければならないと思った。


 応接室へ入ると、アシュレイは立ち上がって丁寧に礼をした。

 淡い金茶の髪が柔らかく揺れる。騎士特有の堅い雰囲気はなく、どちらかと言えば誠実で穏やかな青年という印象のほうが強い。


「突然の訪問、失礼いたしました。エリザベート嬢に……ぜひお伝えしたいことがありまして」


「わたくしに、ですか?」


「はい」


「先日の舞踏会でお見かけしました。その後、お変わりありませんか」


「ええ。ご心配いただき、ありがとうございます」


「……実は、お詫びを申し上げたくて参りました」


「お詫び?」


 アシュレイは真剣な表情で頷いた。


「あの場にいながら、何もできなかった。騎士として……いえ、一人の人間として、あまりに無力でした」


 エリザベートは少し驚いた。

 そんなことを言われるとは思っていなかったのだ。


「いえいえ、アシュレイ様が謝られることではありませんわ。わたくし自身のことですもの」


「それでも……何も言えなかったことを、後悔しています」


「ありがとうございます。でも、気にしていただくようなことではありませんわ。実はもう立ち直っていますから」


 エリザベートは他の侍女に紅茶を用意させ、二人は向かい合って座った。


 会話は驚くほど自然だった。政治の話でもなく、噂話でもなく、ただ――互いの価値観や日々の出来事を話す時間だった。


 アシュレイは騎士団での日々について語った。訓練の厳しさ、仲間たちとの絆、王都を守る責任の重さ。


 エリザベートは、侯爵家の令嬢としての日常を語った。社交界の煩わしさ、読書の楽しみ、庭園で過ごす静かな午後。


 互いの世界は違うのに、不思議と話が弾んだ。


 エリザベートは気づいた。話すことが心地よいと感じるのは久しぶりだった。


 レオンハートとの会話は、いつも彼の言葉に合わせることばかりだった。彼の興味に寄り添い、彼に笑顔を向ける。


 けれど今、目の前にいる人は、自分の言葉にも、ちゃんと耳を傾けてくれていた。


 しばらくして、アシュレイは少し躊躇うように口を開いた。


「……実は、もう一つお願いがありまして」


「お願い?」


「はい。今度の騎士団主催の『乗馬会』に、ご参加いただけませんか。よろしければ、わたしがエスコートさせていただきたいのですが」


「……わたくしを?」


「無理にとは申しません」


 アシュレイは少し微笑んだ。


「ただ、貴方と話す時間を……また持てたならと思いまして」


 それは敬意と好意が丁寧に包まれた誘いだった。


「……はい。お誘い、光栄に思いますわ」


 アシュレイの表情が、ぱっと明るくなった。


「ありがとうございます。必ず、楽しい一日にいたします」


 その言葉に、エリザベートは自然に微笑んだ。


 それは誰かに期待する笑顔ではなく、自然に出てくる笑顔だった。


 アシュレイが帰った後、エリザベートは庭園へ出た。


 手すりに手を添え、静かに目を閉じる。


「……ふふっ。悪くないわね」


 足元には小さな花が咲いている。淡い紫色をした可憐な花だった。


 空には薄い雲が流れ、青空は深く、遠く、どこまでも澄んでいた。


次話以降はセシリアに纏わる話です。

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