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【完結】修羅場となった地獄の舞踏会  作者: 入多麗夜


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3/10

③ 舞踏会の騒動 (エリザベート視点)

 王城大広間の扉が開くと同時に、胸の奥にあった緊張がふっとほどけた。


 ――来てよかった。


 それが最初の感想だった。


 煌めくシャンデリアの光、宝石のように磨かれた床の反射、香水が混ざり合う甘い空気。


 春の大舞踏会の夜は、昼とは比べものにならないほど華やかだ。


 エリザベートは深呼吸をし、青いドレスの裾を整えて、大広間へ足を踏み入れた。


(……大丈夫。私を呼んだのは、彼なのだから)


 今日届いたレオンハートの手紙が、胸元の深い青の布の間からごく僅かに覗いている。


 “今夜、話がある”


 侍女が「お預かりしますか?」と聞いたが、エリザベートは「肌身離さず持っておきたい」と断ったのだ。


 軽く扱われているとは微塵も思わず、未来の約束かもしれないという慎ましい期待だけを抱いて。


 ゆっくりと視線を巡らせる。


 ほどなくして、レオンハートの姿を見つけた。


 女性たちの輪の中心で、軽やかに笑っていた。

 その笑顔は、相変わらず人々を惹きつける。


(相変わらず……素敵ね)


 胸が少しだけ温かくなる。


 自分に向けられた笑顔ではないけれど、彼が社交の光の中にいることが、エリザベートには誇らしかった。


 ほんの少し躊躇しながらも、歩みを進める。


(話すタイミングは……きっと自然に訪れるはず)


 そう信じて――。


「……あの、失礼いたしますっ!」


 背後から小さく震える声がした。振り返ると、紅いドレスの少女が立っていた。


 伯爵家の令嬢――セシリア。初対面だが、胸元の家紋で分かった。


 彼女は緊張で胸元の布をぎゅっと握りしめている。伏せられていた目が、ふとエリザベートの胸元に止まった。


「あ……っ」


 セシリアの息が止まる。


「ごきげんよう。どうかされまして?」


 エリザベートが穏やかに声をかけると、セシリアは涙を堪えるような顔で、自分の胸元から同じ封筒を取り出した。


「そ、その封筒……!もしかしてレオンハート様から、ですか……?」


「ええ。……あなたも、ですの?」


「わ、私も……その、レオンハート様から同じようなものを」


「……お二人とも、その封筒を?」


 静かで落ち着いた声。白いドレスのロザリンデがすぐそばに立っていた。


 彼女もまた、同じ封筒を手にしている。


「初めまして。……私にも届いております。文面は、おそらくお二人と同じでしょう」

 

 三人の間に、小さな沈黙が落ちた。


 エリザベートは深呼吸を一つ置いて、提案した。


「ご一緒に伺いませんか?直接確認できれば、誤解が解けますわ」


「はい……。お願いします」


「異存ありません」


 三人は自然と列をつくり、大広間の中心――レオンハートのいる場所へ向かった。


「レオンハート様」


 エリザベートの声に、彼は笑顔で振り返った。

 だが、その笑みは――三人の姿を認めた瞬間、ひどく不自然に止まった。


「エ、エリザベート……っ?セシリアに……ロザリンデ……?ど、どうして……三人で?」


「それは、こちらが伺いたいのですわ」


 エリザベートは、手元の封筒をそっと持ち上げた。三人同時に差し出されたそれは、レオンハートの顔色を一瞬で変えた。


「これは……!その、誤解で……!」


 慌てる声。揺れる瞳。繋がらない言葉。


 その時――。


「皆様、お揃いでしたのね」


 深紅のドレスの裾が揺れた。ダイアナが静かに姿を現し、三人の前に立つ。


「レオンハート様の”婚約者”として、ご挨拶を」


 エリザベートの耳に届いた瞬間、胸の奥がきゅう、と痛む。


(……婚約者?)


 エリザベートは――動けなかった。

 心が、追いつかなかった。


 (だって……そんな話、一度だって聞いていないわ)


 胸元にそっと触れる。

 そこに挟んだままの手紙が、急に重く、冷たく感じられた。


「エリザベート……ま、待ってくれ。これは……!」


 レオンハートが慌てて弁明しようとする。

 だが、その声は震えていて、説得力というものがひとかけらもなかった。


 セシリアもロザリンデも、驚きと動揺に揺れている。特にセシリアに関しては若いせいか泣きたそうな顔になっていた。


 エリザベートは――ただ静かにレオンハートを見つめた。


 三つの封筒に、三人の少女。そのどれもに向き合おうとしなかった男。そして婚約者までいる。


「……レオンハート様」


 エリザベートは、ゆっくりと口を開いた。


「婚約者がいらしたのなら……今夜、話があるなどと、どうして私に?」


「ち、違うんだ!本当に違う、あれは……!」


「違うのでしたら、どう違うのですか?」


 レオンハートは口を開いたが、言葉が出なかった。


 ただ、ひどく情けない沈黙が流れる。


 エリザベートは静かに息を吐く。

 この人は、自分のしてしまったことに対する責任を取る覚悟すらないのだ。


「……そうですか」


 エリザベートは、ほんの少し笑った。


「あなたが何も答えられないということが……すべての答えなのだと、理解いたしました」


 エリザベートは、静かにレオンハートへ歩み寄った。そして――。


 パァンッ!


 乾いた音が響く。


「もう結構ですわ。これ以上、私を弄ばないでください」


 そういい、エリザベートは胸元にあった手紙を破り捨てて、怒り心頭で立ち去ったのだった

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