⑩ ロザリンデの忘備録 (ロザリンデ視点)
春の大舞踏会から、いくらか日が経った。
王都ではまだ噂が続いているが、ロザリンデにとっては、すでに評判ほどの意味はなかった。
ただ、一連の出来事を思い出そうとすれば――
胸の奥に、くすりと笑いたくなるような感情が残る。
(……ええ。面白かったですわ。なかなか刺激的でしたもの)
あの夜以降、ロザリンデはエリザベートとセシリアに手紙を送った。
三人は文通を続け、やがてお茶会を開くようになった。
性格も育ちも違うのに、なぜか話はよく合った。
エリザベートの慎ましい優しさも、セシリアのまっすぐな純粋さも、ロザリンデにとっては居心地がよかった。
(……お友達、というのでしょうか。まあ、悪くありませんわね)
その日の午後、ロザリンデはふと思い立ち、書斎の机に向かった。
机の上には、ほとんど白紙のまま眠っていた日記帳が置かれている。
開くのを待ち続けて、いつの間にか季節が一つ過ぎていた。
ロザリンデは椅子に腰を下ろし、日記帳をゆっくりと開いた。
真新しい白紙のページが現れる。
(……これは、忘備録として残しても良いかもしれませんわね)
あの舞踏会は、彼女の日常から見れば素晴らしい“事件”だった。
事件と言っても、恐ろしいものではない。
ただ、ひどく面白く、色鮮やかで、退屈とは程遠い貴重な夜だ。
ペンを手に取りながら、ロザリンデはふっと笑う。
三人が封筒を掲げた時の空気。大広間のざわめき。三連続の平手打ち。レオンハートの顔色が見るたび変わっていく様子。
どれも鮮やかで、まるで舞台の一幕のようだった。
そしてその舞台が終わったあと、こんなふうに文通やお茶会が始まるとは、当の本人であるロザリンデすら予想していなかった。
(人生とは……何があるのか分からないものですわね)
ペン先を紙に軽く置く。
まずはタイトル、といったところだろうか。
しかし、しっくりくる言葉がすぐには浮かばない。
ロザリンデは肘をつき、少しだけ考え込んだ。
(普通につけてもつまらないですわね……そうですわ。少し大げさなくらいが、ちょうど良いかもしれません)
ロザリンデはペンを手に取った。思いついた言葉を形にしようと、ペン先を紙に置く。
最初の文字が滑るように記された。
『修羅場となった地獄の舞踏会』
自分でつけたにもかかわらず、ロザリンデはくすりと笑った。
「ふふ……大げさですけれど、あの場にいた方々なら、納得してくださるはずですわ」
ページに記された黒いインクが光を受けて乾いていく。
次にどんなことを書こうか。
あの夜に見た光景を連ねてもいいし、舞踏会のあとに知った二人の変化を書いてもいい。
(ああ、そうでしたわ。エリザベート様とセシリア様のことも記しておきませんと)
彼女たちの成長や、これから先どんな人物になるのか――
この日記帳は誰にも見せない。見せる気もない
彼女にとって、記録とは“整理”ではなく、後から読み返して“ああ、こんなこともあった”と自分で面白がるためのものだ。
(今度会う時に、二人にも聞いてみましょうか。色んな話が聞けるかもしれないですし)
ロザリンデは「さて」と小さく呟き、紙の上へと筆先を滑らせた。
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